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しおりを挟むアラベラ・ドレイパー公爵令嬢は、実に美しい娘だ。
豊かな金髪、鮮やかな紫色の瞳、白い肌に赤い唇。
釣り目で目力は強いが、彫りが深く、整った美しい顔立ちをしている。
長い手足、細く括れた腰、大きすぎない形の良い胸、きめ細かな肌…
「まるで、女神ね!」
わたしは姿見に自分の姿を映し、惜しみなく賛辞を送った。
「死なすには惜しい、逸材だわ…」
あなたを生かしてあげたい…
こんなに美人なんだもの。
「ああ、この美貌を《前世》で持っていたら、大舞台に立てたかもしれないのに…」
ヒロイン!遠藤志保!
わたしは高い天井に向け、両手を伸ばし、仰いだ。
そして、我に返り、大きく息を吐いた。
「ああ、虚しい…」
わたしは《遠藤志保》ではなく、《アラベラ・ドレイパー》、悪役令嬢だ。
半年後には命を落とす事が確定している。
それならば、好きに生きるわ!と、ならない所が、《わたし》なのよね…
「ああ、真面目でお人好しで小心者な自分が憎い…」
自分が死ぬのは嫌だが、それを避ける事で、この世界がどうなるのか…
つい、悶々と考えてしまう。
それに、死を避けようとしても、結局は避けられないのではないか?
何処かで、思い掛けない死が待っている気がする…
「運命ってそういうものよね?
そうじゃなきゃ、今のわたしも、階段から落ちた時に死んでたわ」
《アラベラ・ドレイパー》の運命…
彼女がどう生き、どう死ぬのか…
それは、この世界を左右するもの…
「ああ!!もう、いいわよ!!」
「《アラベラ・ドレイパー》の人生を、生きるしかないんでしょう!」
「転生しちゃったんだもの!」
「大舞台で死ぬなら、本望よ!」
太刀打ち出来ない運命を前に、わたしは半ば自棄になっていた。
「わたしは、陰のヒロイン、世界を救う乙女となるわ___!」
拳を大きく振り上げると、拍手喝采が聴こえた気がした。
◇◇
腰まである豊かな金髪は、学園寮付きの侍女に巻いて貰い、
《悪役令嬢》の象徴である、縦ロールにした。
化粧は自分で施す。
前世では、舞台の化粧係をしていたので、お手のものだ。
これまでは厚塗りだったけど、肌にも悪いし、折角の美人が台無しだ。
「目は大きいし、睫毛も長いのよね…」
睫毛をパチパチとさせるのが楽しいなんて思わなかったわ。
ナルシストの気持ちが少し分かる気がするわ…
「化粧なんて必要ない気もするけど…悪役令嬢っぽくしなきゃ!」
暗めの濃い紫色のアイシャドウを、目尻の方に入れて…
アイライナーで目尻を長くし、上に跳ねる!
そして、ふっくらとした唇には、謎めいた暗赤色の口紅を濃く引く___
「イイ感じ!アラベラ、あなたは最高に美しい、悪役令嬢よ!」
鏡に映った姿に満足し、勢い良く椅子を立ったが、
その後ろで、侍女が困惑した目で見ているのに気付いた。
すっかり存在を忘れていたわ!
前世は庶民で、侍女なんていなかったもの。
わたしは以前の自分がどうだったかを頭に浮かべた。
侍女に対してはどうだったかしら?
すんなりと思い出せ無かったのは、自分以外の事に興味を持っていなかったからだろう。
一方的に命令するだけで、碌に顔も見た事が無かった。
「お茶はまだ!早くなさい!クビにするわよ!」と、一貫してこんな調子で、
文句は言えど、感謝の言葉は口にした事が無かった。
《悪役令嬢》とは言え、あまりに小者過ぎる…
これでは、単なる我儘で生意気な小娘だ。
ガクリと肩を落としたわたしの頭の中を、様々な考えが巡った。
考えてみれば、半年後には命が尽きるんだから、これ以上の悪行は避けるべきよね?
例え、白竜に食べられるにしても、出来れば天国に行きたいし、
何なら、次に生まれ変わる時には、《ヒロイン》になりたいもの!
だけど、《悪役令嬢》は必要よ___
断罪され、婚約破棄をされなければいけない。
だが、逆を言えば、それさえ整えば、他は良いという事だ。
そうよ、新しい《悪役令嬢》を生み出すのよ!
わたしが理想とする、陰のヒロイン、《アラベラ・ドレイパー》をね!!
わたしになら出来る!
前世で培った演技力と想像力を生かすのよ!
「ふっ、ふっふっふっふ…」
いけない、思わず笑いが漏れてしまったわ。
わたしは口元を引き締め、ツンと顎を上げると、侍女に手を差し出した。
「学園に行くわ、鞄を頂戴!」
「ですが、いつもは学園まで、お持ちしておりますので…」
侍女は胸の前で鞄を掲げ持ち、オロオロとしている。
そういえば、重いし面倒だという理由で、教室まで持って来させていたわ…
アラベラにとっては当然の行為だったが、他の者たちにすれば、非常識極まりない行為だ。
きっと、陰で笑われていたわね…
わたしは額を押さえたくなったが、何とか耐えた。
「わたくしの命が聞けないというの?偉くなったわね、たかが寮付き侍女のくせに!
学園にまで一々付いて来ないで頂戴!目障りよ!
それより、仕事をなさい、完璧にね!手を抜いたりしたら、許さないわよ!
だけど、完璧に出来たら、後でご褒美をあげるわ___」
わたしは悪女の如く不敵な笑みを浮かべ、ぼうっとしている侍女から鞄を奪い取ると、
脹脛まである長いスカートを翻し、颯爽と部屋を出た。
魔法学園は全寮制で、家柄により、男女それぞれ三棟に分かれている。
わたしは勿論、高位貴族用の立派で陽当たりの良い寮で、学園にも一番近い距離にある。
部屋は個室で、広くて豪華、それに侍女付きなので、身の回りの煩わしい事をする必要も無い。
「夢の様な生活ね…貴族って最高!
それに、わたしが魔法学園の生徒だなんて!ああ、夢みたいだわ!!」
思わずスキップをし、ミュージカルの如く歌いたくなったが、寸前で我に返った。
いけない、いけない、浮かれ過ぎね!
危うく、《悪役令嬢》ではなく、《変人》になってしまう所だった。
取り繕い、背を正した時だ、後ろから二人の女子が追って来た。
「アラベラ様、おはようございます!今日はお早いのですね」
「アラベラ様は今日もお美しいですわ!」
ドロシア・ソープ侯爵令嬢とジャネット・べインズ伯爵令嬢。
二人はアラベラの取り巻きで、同じAクラスだ。
アラベラと一緒になりヒロインを虐めていたが、断罪の場面では手の平を返し、
全てをアラベラに擦り付け、保身に走る裏切り者たちだ。
彼女たちは、わたしが高位貴族だから繋がりたいだけで、友情などは持っていない。
ガッカリな人間関係よね…
「アラベラ様!お鞄は、私がお持ち致しますわ…」
ジャネットが申し出たが、その表情には戸惑いが見えた。
何故、自分がこんな事を…と、思っていそうだ。
「ありがとう、ジャネット、でも、わたくしが自分で持ちたいの、よろしくて?」
わたしが威厳を放って聞くと、二人は慌てて笑顔を作った。
「も、勿論ですわ!何て、素晴らしい心掛けでしょう!」
「アラベラ様は学園生の鑑ですわ!流石、アラベラ様!」
取り巻きも大変ね…
同情はするけど、あなたたちは裏切るから、信用は出来ないわ。
「さぁ、あなたたち、参りましょう!」
わたしはツンと顎を上げ、威厳を放ち、学園へ続く並木道を進んだ。
並木の葉はほとんど落ちていて、枝が針の様だ。
空気がひんやりとしている。
間もなく雪が降り出すだろう。
わたしにとっては、きっと、最後の冬ね…
四月になれば、《聖女の兆し》が現れたと、国中に御触れが出る。
幾らかして、学園で鑑定が行われ、ヒロインが《聖女》と認められる。
五月になり、学年末試験が終わった後、学園パーティでアラベラは断罪され、婚約破棄となる。
その数日後、アラベラは聖女に毒を盛り、捕らえられる。
聖女が世界救済の予言をする。
アラベラは生贄に決まった事を知らされ、白竜の棲む谷へ連れて行かれる。
恐怖で狂ったアラベラは、白竜の餌食となる___
ああ、なんて憐れなアラベラ…
せめて、醜態は晒さず、美しく散るわね…
目指すは、美しく潔い、悪役令嬢よ___!
「台詞も考えておかなくちゃ!」
◇
外とは違い、校舎内は年中、魔法で過ごし易い気温に保たれている。
流石、国で一番の魔法学園だ。
教室へ向かう道すがら、擦れ違う学園生たちは皆、わたしたちに道を開け、頭を下げた。
後ろからは視線も感じる。
まぁ、この美貌だもの!仕方ないわよね!
わたしはニヤけてしまいそうになる口元を抑えつつ、澄ました表情で、殊更優雅に歩いた。
二年Aクラス___
教室のプレートを目にし、「ああ、ゲームと同じ!」と前世のわたしが顔を出しかけた。
いけない、いけない…
教室のプレートを見てはしゃいでいたら、情緒を疑われてしまう。
わたしは何事も無かったかの様な顔で、中に入った。
「おはようございます」と言ってくる者はいない。
皆、一様に目を反らし、近付かない様にしている。
何故なら、アラベラは公爵令嬢で、第二王子の婚約者でもあり、
話し掛けて良いのは、高位貴族に限る___と、アラベラが自分ルールを発動していたからだ。
『爵位や家柄で差別はしない』、『垣根は無い』と謳う、魔法学園の理念とは逆行している。
だからこそ、断罪に至るのよね…
わたしは現状維持を決め、当然の顔で後方の席に着いた。
席順は成績順で、アラベラはAクラス二十人中、二十番だ。
魔法学園では成績順でクラスが分かれている。
上から、A・B・C・D・Fだ。
優秀な生徒が集まるAクラスに、何故、碌に勉強もしないアラベラが入っているのか?
ゲーム的に、ヒロインと同じクラスの方が、何かと都合が良いから…
という事を抜きにすれば、元々の魔力のお陰だろう。
アラベラは非常に強い魔力を持っていて、その所為で、白竜の生贄となるのだ。
そう、アラベラは美しいだけでなく、《大魔女》に成り得る素質まで持っている!
「なんて羨ましいの!それなのに、勉強と努力が嫌いだなんて…」
つくづく残念な女だが、少しだけ、後ろめたい気持ちもある。
アラベラが勉強や努力を嫌うのは、両親や教育係の所為もあるが、
《遠藤志保》が死に際に、『努力などしても報われない』
『今までしてきた事は全部無駄だった』と、闇落ちしていた事も、
原因の一つになっているのではないか?と思えたからだ。
ドレイパー公爵家の方針は、『一番になれ!』だが、
事、勉強に関しては、アラベラが女性だからか、元々、厳しくは言われなかった。
特に、婚約が決まって以降は、『王子と結婚するのだから、勉強など必要無い』と思っている様だ。
「勿体ない…」
これでは、宝の持ち腐れだ。
見す見す、白竜へくれてやる事も無い。
「この上は、わたしが有効利用させて頂くわ!」
魔法を使ってみたいしね☆
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