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第一章

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豪華で美味しい朝食を平らげた後は、庭仕事だ。
ボブが耕してくれていた土地に、落ち葉を混ぜ込み、もう一度耕し、畝を立てた。
そこに、種を蒔く…

「ここは、トウモロコシ畑よ!」

他には何を植えようかしら?
考えると楽しくなる。

わたしが剪定の続きをしていると、ウィルがのんびりとやって来た。

「お早うございます!エレノア!」

「おはようございます、ウィル」

「ああ!花の良い匂いがしますね!」

植物の事など何も知らないのだろう、ウィルは花を咲かせている木々を眺め、
呑気に深呼吸をした。
また、何か騒がれても面倒なので、流しておいたが、あまり効果は無かった。

「花が咲くのを始めて見ましたよ!
あなたが来るまで、花一つ、実一つ、成りませんでしたからね!」

「左様でございますか…」

空笑いをするしかない。

「そうだ、エレノア、今朝も卵を頂きましたよ!
母も食べてくれました、それに、水も美味しいと喜んでいます。
気分も良いと言っています、見違える程元気になって…
こういうと、あなたは嫌がるのでしょうが…
本当に、あなたには感謝してもしきれませんよ、エレノア」

ウィルが妙に神妙な口調で言うので、わたしは調子が狂い、
「良かったですね」と頷いた。
尤も、ウィルが落ち着いていたのは一瞬だけで、すぐに元に戻った。

「さぁ!手伝いますよ!エレノア」

「作曲のお仕事はよろしいのですか?」

「勿論、やっていますよ!
こうしてあなたのお手伝いをしていると、良い曲が作れるんですよ!」

そう言われては、断る事も出来ない。
わたしは「それでは、昨日と同じ様にお願いします」と言い、剪定に戻った。


◇◇


三日が経つと、最初に植えた野菜と、鶏たち用に植えた葉野菜が、大きく育ってきた。

やはり、驚く程、成長が早い。
成長が早いのは助かるが、知る人が知れば、変に思う筈だ。

ここに来る者は、ウィル、ボブ…
それから、荷を運んで来る町の商人…

それらを頭に浮かべたわたしは、「まぁ、大丈夫ね」と頷いた。
彼らが農業に詳しいとはとても思えなかった。


ボブに葉野菜の周囲に囲いを作って貰い、鶏を離した。
鶏たちは喜んで葉野菜を突いていた。

野菜を食べた鶏は、十分な大きさの卵を産み、皆を喜ばせた。
最近では、卵の数も安定してきていて、
多い時で三十個、少ない時でも二十個は産む様になり、
それは館の者とわたしが食べるのに、十分な量だった。





オースグリーン館の水を使った料理は、美味しい。
故に、昼食に届けられるサンドイッチのパンは、格段に美味しくなった。
料理長のマックスが、毎朝焼いているからだ。
ただ、残念な事に、町で買ったのだろう、具材はイマイチなままだ。

「美味しいのは、料理長が焼いたパンと、卵くらいね…」

「本当ですか!?うれしいなぁ!きっと、マックスも喜びますよ!」

相変わらず、ウィルは何処かズレている。
悪い人じゃないんだけど…
そこが問題なのかしら??
わたしは自問自答しつつ、サンドイッチを齧った。

「そうだ!エレノア、週末ですよ!晩餐に来て下さる約束でしたね?」

ああ、やはり、忘れていなかったのね…
ウィルの期待が浮かぶ表情に、わたしは作った笑みを返した。

「はい、約束ですので、伺わせて頂きます」
「待っていますよ、エレノア!」

歓迎される事はうれしいのだが、正直、あの料理を思うと、気が重かった。
美味しいのは、精々、スープとパンと卵料理…後は紅茶かコーヒーだ。

早急に、豆を植えるべきね!!





わたしは晩餐の為に、いつもより早くに作業を終え、身支度をした。
濡らした布で体を拭き、ドレスに着替えて、髪を結い、化粧をする…

「こんな格好、久しぶりだわ…」

姿見を見て、わたしは驚いた。
連日、作業をしている所為か、わたしの体の余分な肉は落ちていた。
体は引き締まり、括れが出来、良い感じだ。
それに、顔もすっかり肉が落ち、スッキリしていた。

「美人ではないけど、そう悪くも無いわよね?」

鏡の中の自分に言い、笑って見せる。
そして、やはり、ガッカリしたので、姿見に布を被せた。

顔を見ると、どうしても、容姿端麗な姉を思い出してしまう。
そして、どれだけ自分が平凡か、思い知るのだ。

ウィルはわたしを「女神」だの、「妖精」だのと言ってくれるが、
あれは、容姿の事では無い。

「ああ、お姉様程でなくても、美しかったら良かったのに…」

わたしも、誰かから、うっとりと見つめられたい。
誰かの目に、魅力的に映りたい。
誰かから、恋をされたい…

「きっと、わたしじゃ無理ね」

わたしは頭を振り、館を出た。





コルボーンの館に着き、ドアノッカーを鳴らすと、待っていたかの様に扉が開いた。
扉を開けたのは執事のセバスだが、わたしを迎えたのは、夜会服姿のウィルだった。

「やぁ!来てくれましたね!エレノア」

珍しく、きちんとした格好で、しかも、髪の跳ね方もいつもより少し落ち着いている。
その笑顔は変わらないが…

不思議ね、まともな人に見えるわ…

細身だが、手や足が長く、スタイルは良い。
流石貴族で、整った繊細な顔立ちだし、
初めて会った時よりずっと、顔色も良くなっている。
それに、この邪気の無い笑顔は安心出来るわ…

「エレノア?」

ウィルが頭を傾げ、わたしは「はっ」と我に返った。
嫌だわ!ぼうっとするなんて!

「お招き感謝致します、コルボーン卿」

わたしがカーテシーをすると、ウィルが困った様に顔を傾げた。

「いつも通り、ウィルと呼んで下さい」

「わたしがそうしたいんです!
わたしだって、着飾っている時には、恰好をつけたくなるわ!」

「ふふ、それも面白いですね、それでは、どうぞ、エレノア嬢」

ウィルは気取って礼をすると、わたしに腕を差し出した。
彼にこんな事が出来るとは思ってもみず、驚いたが、
わたしに合わせてくれたのだと思うと、うれしかった。
わたしは気取って、その腕に手を掛けた。


ウィルにエスコートをされ、食堂に入ると、クレイブはもう座っていて、
その隣には、プリシラ夫人の姿もあった。

夫人とクレイブは席を立ち、迎えてくれた。

「エレノア様、ようこそお越し下さいました。
エレノア様のお陰で、この通り、すっかり病も良くなりました!」

そんな!まさか!と、顔に出てしまったのか、クレイブが補足した。

「以前に比べ、随分良くなっています。ベッドに入っている時間も減り、
短い距離なら一人で歩けるようになりました、不思議な事に…」

現実主義者のクレイブも、不本意らしい。
その対極にいるウィルは、わたしのエスコートをすっかり忘れ、興奮した様に捲し立てた。

「それだけではありませんよ!以前より、ずっと食欲も出てきて、
こんなに顔色も良くなって、艶と張りも出てきて、とても病持ちには見えませんよ!」

「エレノア様のお陰ですよ、常々、お礼を申したいと思っておりました。
ですが、この子たちが許さないんですよ、
今夜、やっと、元気になった姿を見て頂けて…もう、思い残す事はありません」

思い残す事は他にある筈です!
内心で慌てつつ、わたしは夫人に笑みを向けた。

「プリシラ様のお元気なお姿を拝見出来、わたしもうれしいです。
きっと、これからもっと、良くなりますわ!」

偉そうな事を言ってしまっただろうか?と心配になったが、
夫人は「ああ、有難い」と感涙を始め、
ウィルは「良かったね!母さん!」と笑顔で頷いていたので、良い事にし、
わたしは席に着いた。
クレイブはというと、遠くを見つめ、考えない様にしている様だった。

夫人の隣には、ケイシーの姿もあった。
年は二十一歳と若く、夫人の看護兼世話人として雇われているが、
コルボーン家の親戚筋でもあり、身内も同然の仲だという。
成程、姿勢も良く、品が良かった。
尤も、彼等とは違い、ケイシーは無口で無愛想だ。
これぞ、貴族令嬢ね!

出された料理は、やはりイマイチな物も多かったが、皆のお陰で楽しい晩餐となった。
晩餐の後、パーラーでコーヒーが出された。
そして、ウィルがピアノを弾いてくれた。

「一曲弾きましょう、エレノア、何がいいですか?」

これまで、リクエストを聞かれた事などなく、わたしは困ってしまった。
すると、ウィルはあるメロディをさらりと弾いた。
軽やかで綺麗な調べだ…

「これはいかがですか?」

「素敵な曲ね!是非、聴きたいわ!」

素敵な曲に、皆がうっとりと聞き惚れた。
ウィルは楽譜も見ずに、それを弾き上げた。

「何という曲なの?」

「気に入りましたか?これは、即興です」

「即興?」

「ええ、あなたを見ていたら、浮かんで来ました!」

このわたしを見て、あんな素敵な曲が浮かぶ原理が、全く分からない。
だが、気恥ずかしくなり、わたしは言葉を失い、赤面するばかりだった。

「さぁ、ケイシー、私たちは戻りましょう。クレイブも早くお休みなさい。
ウィル、あまり遅くならない内に、エレノア様を送り届けるのですよ」

プリシラ夫人は言うだけ言うと、ケイシーを連れてパーラーを出て行った。
クレイブもそれに続く。

プリシラ夫人が、わたしとウィルに気を利かせた気がしたが…

まさかね!

わたしは自分でそれを打ち消した。

ウィルとわたしを結婚させようなんて、夫人が思う筈は無い。
ウィルは《辺境伯》なのだから、結婚するなら、相応の貴族令嬢だ。

一応、わたしも伯爵令嬢だけど…

それは、夫人にも誰にも話してはいない。
訊かれなかったし、その機会も無かったからだ。

知ったからといって、辺境伯の妻など、わたしでは役不足だ。
わたしは地味で、平凡で、畑仕事しか出来ないのだから___

「エレノア、オースグリーン館まで送りますよ!」

屈託の無いウィルに、わたしは自分の考えがどれだけ馬鹿らしいかを思い知らされた。

ほらね、わたしは問題外なのよ!

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