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第二章
1
雪の時節の備えも終わり、わたしはオースグリーン館で保存食を作ったり、
新しい料理に挑戦したり、これまで育てて来た作物の記録を書いたりしながら、
のんびりと過ごしていた。
この時期になれば、庭仕事も減るので、ウィルの手伝いも要らなくなる。
これまでと違い、誰の顔も見ずに過ごす事が増え、最初は自由気ままにしていたが、
直ぐに物足りなくなってきた。
「誰にも会わないなんて、時間が停まったみたいだわ!」
時間が恐ろしく長く感じられた。
一日中、庭仕事をしていた頃が恋しい。
大変ではあるが、遣り甲斐もあり、今よりずっと充実していた。
そんな、わたしの物足りなさを知っているかの様に、ウィルはひょっこりとやって来る。
「エレノア!お茶を頂きに来ましたよ!」
何て言い方だろう?
この人が辺境伯など、わたしは未だに信じるのが難しい。
呆れつつも、わたしは冬用のコートに身を包んだウィルを中に促した。
「どうぞ、寒かったでしょう?毎日来られなくてもいいのに…」
「僕は、お茶の時間はここで過ごすと決めていますからね!」
また、勝手な事を言っている。
わたしが肩を竦めるのにも構わず、ウィルは中に入ると、
持っていた籠をテーブルの上に置いた。
「これは、マックスからです、晩食にして下さい」
ウィルは毎日の様に、何かを持って来てくれるが、
今日はマックスが焼いたバケット、大きな卵が三つ、ハム、チーズだ。
オースグリーン館に無い物が良く分かっている。
「ありがとう!毎日悪いわね」
「いいえ、こうして十分な食事が出来るのも、あなたのお陰ですからね!
遠慮なさらず、足りない物があれば、何でも言って下さい!」
「ありがとう、そうさせて頂くわ」
頼もしく善い隣人だ。
わたしは棚からカップを二つ取り出した。
毎日の事なので、既に準備は出来ていて、お湯も沸いていたが、
悟られない様に、わたしは忙しそうに動いた。
「いつ来ても、ここは落ち着きますね」
ウィルが赤々と燃える暖炉で手を温めながら、しみじみと言う。
「狭い部屋だから?」
「いえ、部屋の雰囲気というか…温かくて落ち着きます、不思議ですが…
ああ!きっと、あなたが居るからですね!」
ウィルが屈託の無い笑顔をわたしに向けた。
ドキリとしてしまう。
うれしさに舞い上がってしまったが、一瞬後に、それに気付いた。
ウィルは正直で素直だが、そこに、深い意味は無い。
彼はわたしを《女》とは見ていないのだ___
当然だと思うのに、気持ちが落ちてしまうのを、止められなかった。
こんなの、変よね?
わたしは「どうぞ」と紅茶を勧め、用意していたスコーンも一緒に出した。
ウィルは無邪気に目を輝かせた。
「スコーンじゃないですか!これは、どうされたんですか?」
「時間があったから、焼いてみたの」
「あなたが!?凄いじゃないですか!あなたは、本当に何でも出来るんですね!」
悪い気はしない。
わたしの気持ちは、またふわふわと浮き始めた。
「そんな事は無いけど…ジャムも作ったの、この庭で採れた林檎を使って…」
「ジャムも作られたんですか!?これは、美味しそうだ!早速、頂きますね!」
ウィルはスコーンを取ると、二つに割り、林檎のジャムをたっぷりと乗せた。
そして、大きく口を開け、齧り付いた。
口をもごもごとさせ、それを味わうと、笑顔を向ける。
「美味しいですよ!こんな美味しいスコーンは初めてです!
林檎のジャムも、とても美味しい!」
大袈裟な称賛に、わたしの気持ちは完全に浮き上がった。
「本当?嘘を吐いていないか、わたしも食べてみるわよ?」
「どうぞ!食べてみて下さい!」
「ん…美味しいわ!」
「そうでしょう!僕も、もう一つ頂きますね!」
ウィルはスコーンを三つも食べ、紅茶を飲むと、暖炉の側へ行き、
温まってからコートを着た。
「エレノア、美味しいスコーンとジャムと紅茶をありがとうございました。
それでは、また明日___」
ウィルがわたしの頬にキスをする。
もう、すっかり習慣になっていて、驚く事も無くなった。
ただ、どういう訳か、わたしは笑顔になってしまう。
「寒いので、気を付けて帰って下さいね」
「僕が転ばないか、窓から見ていて下さい!」
庭を行くウィルは、時々振り返り、こちらに向かって、大きく手を振った。
わたしも手を振り返す。
アーチまで辿り着いた時、ウィルが脇に避けたのに気付いた。
「どうしたのかしら?」
不思議に思い見ていると、アーチを通って入って来た人が居た。
女性だ。
その後ろから、御者が荷物を両脇に抱え運んで来る。
ウィルはアーチの脇に立ち、それを眺めている様だ…
胸がざわざわとする。
わたしはそっと、窓から離れた。
それで真直ぐにこちらに向かって来る人を避けられる訳も無く、程なくして、
コンコンと、扉が叩かれた。
わたしは仕方なく、嘆息すると、覚悟を決めて扉を開けた。
そこにあったのは、誰をも魅了して止まない、
濃い青色の瞳を持つ美しい顔だったが、わたしの気持ちは地に落ちた。
彼女はわたしの姉、ルシンダだ。
折角離れられたと思っていたのに、向こうからやって来るなんて…
「寒いじゃないの、早く入れて頂戴、エレノア」
姉は厳しい目をして催促する。
わたしは仕方なく脇に避け、彼女を中に入れた。
御者は荷物を置くと、帰って行った。
ウィルがまだこちらを見ているのに気付いたが、わたしは気付かない振りをし、扉を閉めた。
御者が置いて行った荷物は、トランクが三つ…
わたしは嘆息してから、腕を組み、姉を振り返った。
彼女は帽子とコートを脱ぐと、暖炉の側に行き、体を温め始めた。
「館を相続したと聞いたけど、小さな家ね、それに、こんな田舎だとは思わなかったわ」
失礼な物言いに、わたしの機嫌は更に悪くなった。
「お姉様には、ここの良さは分からないわ!
それに、どうして来たの?」
突然、何の知らせもなく!
鼻息を荒くするわたしに対し、姉は淡々としていた。
「知らせた所で同じでしょう?
お父様とお母様が心配しているから、様子を見に来ただけよ。
暫く居させて貰うわよ」
「勝手に決めないでよ!ここに寝る場所なんてないわよ!」
「町で宿を取るわよ、宿位あるでしょう?」
姉は事も無げに言う。
公爵子息に嫁いだ姉は、羽振りが良かったので、金銭面での心配は無いが…
「でも、一人で来たんでしょう?」
実家のノークス伯爵家に戻る時でも、姉は侍女を連れていた。
だが、ここへは誰も連れて来ていない。
「ええ、あなたが侍女を雇っていると思っていたから。
居ないなら、町で雇うわよ」
「でも、馬車を帰したでしょう?町までは遠いわよ?」
「隣は辺境伯の館でしょう?馬車を借りるわ」
わたしは姉をここに泊めるべきか、それともウィルに馬車を借りるべきか…迷った。
「今からだと、町へ行っても泊まれないかもしれないから、今晩は居ていいわよ…」
わたしがそう結論を出した時だ、コンコンと扉が叩かれた。
嫌な予感がしたが、姉が「お客様よ」と促すので、仕方なく扉を開けた。
そこには、予想した通り、ウィルが立っていて、わたしは益々気落ちした。
「エレノア、お姉さんが来られたのですよね?先程お会いしました。
姉妹水入らずの所、差し出がましいのではとも思ったのですが…」
それなら、何も言わないで!という、わたしの心中などお構いなしに、
ウィルは真剣な目でわたしを覗き、続けた。
「お姉さんをオースグリーン館にお泊めするのは、難しいでしょう?
つまり、お姉さんを僕の館でお預かりしてはどうかと思うのですが…」
姉をコルボーンの館へ!?
わたしは一瞬、息が止まりそうになったが、急いで言った。
「いいえ!卿のお申し出には感謝致しますが、姉は結婚していますし、
悪い噂が立ってはいけませんので…
姉も明日には町で宿を取ると言っていますので、どうぞお構いなく…」
「それなら、母の隣の部屋はいかがですか?
心配でしたら、アンナも付けましょう!」
「アンナも忙しいのに、姉の為に面倒は掛けられません」
「それでは、エレノア、あなたも一緒に泊まって下さい!」
「わたしも一緒に?」
何故、そうなるのだろう?
まさか、わたしに、姉の侍女をしろというの??
わたしは顔を顰めたが、ウィルは決めてしまった様で、晴れやかな顔で続けた。
「直ぐに部屋を用意しますので、荷物を纏めて下さい!
晩餐にも出て下さいね!」
ウィルが走って帰って行くのを、わたしは茫然と眺めてしまっていた。
「誰なの?まさか、あなたの恋人じゃないでしょうね?」
後ろから姉に言われ、わたしはキッと目を吊り上げ振り返った。
「彼は、ウィリアム、コルボーン辺境伯よ!」
「あれが辺境伯?嘘じゃないでしょうね?」
「嘘じゃないわよ、お姉様を泊めて下さるそうよ、良かったわね!」
「何を怒っているのよ?あなたも誘われてたじゃない」
ええ、姉の世話人としてね!!
「一緒に行かないの?私一人でも行くけど」
「行くわよ!でも、自分の荷物位、自分で持ってよね!
コルボーン卿の館には侍女はいないし、執事は老年だから、自分の事は自分でするのよ!
言っておきますけど、わたしはお姉様の侍女なんてしないから!!」
わたしは言うだけ言うと、二階に駆け上がり、急いで荷物を纏めた。
ああ、最悪だわ___!
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誤字脱字がありますが気にしないと言っていただけたら幸いです…更新は不定期ですがよろしくお願いします。