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第二章
5
「姉が帰りますので、翌朝、町まで馬車を貸して頂けますか?」
ウィルに頼むと、快く「ええ、勿論ですよ」と言ってくれた。
だが、続けて姉の事を聞かれた。
「お姉さんは大丈夫ですか?」
あの騒ぎだ、館の者たち皆、姉が離縁した事は知っているだろう。
ウィルは心配そうな表情をしている。
わたしは胸が痛くなった。
「塞いでいます、実家に帰れば、落ち着くと思います…」
「そうですね、実家は安心出来る場所でしょう、きっと、大丈夫ですよ、エレノア」
ウィルが微笑み、わたしの肩にそっと手を置いた。
わたしはウィルが姉をどう思っているのか気になったが、やはり、聞く事は出来なかった。
わたしはただ頷いていた。
姉が晩餐に出るのを断ったので、わたしは部屋に食事を運んだ。
姉はもうベッドに入っていたが、眠った振りをしているのが分かり、胸が痛んだ。
姉が『ノークス伯爵家に帰る』と言った時、わたしは安堵してしまった。
もし、ウィルにその気があり、ウィルと姉が結婚したらと考えると、耐えられなかった。
二人を出来るだけ遠く、引き離したかった。
姉が辛い思いをしているというのに…
「わたしは、酷い妹だわ…」
◇◇
翌朝になると、姉はすっかりいつもの姉に戻っていた。
珍しく早く起き、準備を済ませると、わたしを急かした。
「あなたが出ている間に、紅茶は頂いたわ、もう出発するわよ___」
「お姉様、本当に帰るの?」
「ええ、心配しなくても大丈夫よ、あなたの事は上手く言っておくわ」
姉が元気になった事には安堵したが、わたしは自分自身にガッカリしていた。
強く引き止めないなんて、嫌な妹だ___
御者席にはボブの姿があった。
姉が馬車に乗り込み、出発しようとしていた時だ。
誰かが勢い良く玄関から飛び出して来たかと思うと、そのまま馬車に乗り込んだ。
「!?」
ウィルかと思い、息を飲んだが、それは、クレイブだった。
クレイブは馬車の窓から顔を出し、こちらに向けて叫んだ。
「町で馬車を拾う手伝いをして来ます!」
「ああ、はい、お願します…」
わたしが呆気に取られている間に、馬車は走り去って行った。
ボブと館の馬車が帰って来たのは、一時間後だったが、クレイブは帰って来なかった。
クレイブは姉をノークス伯爵家まで送り届けるつもりらしい。
あの落ち着き、少々冷めているクレイブに、これ程行動力があったとは…驚きだった。
だが、クレイブが行動を起こして、ウィルは平気でいられるだろうか?
わたしの胸はまたもやもやとしてきた。
ウィルが悲しい思いをするのは嫌だが、
一緒に行ったのが、ウィルではなく、クレイブだった事に喜んでいる…
わたしが落ち着かずに、館の玄関ホールを行ったり来たりしていると、
漸く、ウィルが二階から降りて来た。
いつも通りに遅い朝を迎えたウィルは、頭を掻きながら、わたしの前に立った。
「エレノア?そんな所で、どうかされましたか?」
「あの、姉が帰ったので…」
「ああ、しまった!お姉さんは、もう帰られましたか!?
ああ、僕とした事が!挨拶も出来ず、すみませんでしたね…」
頭を下げて謝るウィルを注意深く眺めたが、
何処からどう見ても、いつも通りのウィルに見えた。
「クレイブが、姉と一緒に行ったのですが…」
「クレイブが?そうですか、クレイブは気が利いていますからね!流石、僕の弟です!」
ウィルが笑顔で胸を叩くのに、わたしは頭を捻った。
呑気なのか、鈍いのか、天然なのか、分からないわ…
「でも、クレイブは、姉の事が好きかもしれませんよ?」
「それはいい!と言っては、不謹慎でしょうか?」
その表情にも、動揺は無く、どちらかというと、楽しんでいる様に見えた。
これって、やっぱり…
「それでは、もし、クレイブと姉が特別な関係になっても、ウィル、あなたは構わない?」
あなたは、姉に恋していないのね?
「それなら、僕の台詞ですよ!
お姉さんの相手がクレイブで、あなたに不満はありませんか?
僕に気兼ねせず、正直におっしゃって下さいよ!」
わたしは、緊張が解け、「ふふふ」と笑い出していた。
「クレイブなら、最高の相手だわ!」
「良かった!それでは、僕たちは、
クレイブがお姉さんを上手く捕まえられる様、祈りましょう!」
わたしは漸く、笑顔になれた。
◇◇
わたしたちの願い通り、それから5日後、クレイブはルシンダを連れて帰って来た。
驚く事に、クレイブはすっかり話を纏めて来ていた。
「ご両親の許可は頂いて来ました!
離縁した後直ぐに…というのは、外聞が悪いと言われ、
婚約は三月後に、結婚はその一月後にしたいと考えています!
ルシンダには、館に泊まって貰い、僕の秘書をして貰います!
母さん、兄さん、どうか、許可を下さい!」
「ああ、勿論、賛成だよ!良かったね、クレイブ!エレノアが言った通りになったよ!」
「言った通り?」
「エレノアは、おまえとルシンダが結ばれても良いか、僕に訊いてきたよ、
彼女は何でもお見通しだからね!」
ウィルは屈託なく笑う。
わたしは内心冷や汗ものだった。
わたしがウィルに確認を取ったのは、ウィルが姉を好きかどうか、確かめたかったからだ。
全然、お見通しなんかじゃないわ!!
「エレノア、ありがとう」
姉に言われ、わたしは気恥ずかしく頭を振った。
「わたしは何もしていないわ、
正直、お姉様はクレイブの事、何とも思っていないと思っていたの。
ここまで話を進めて来るなんて、思ってもみなかったわ…」
「ええ、あなたの言う通りよ、クレイブの事は何とも思っていなかったわ。
だけど、彼が馬車に乗り込んで来た時、うれしかったの…
あんな人、初めてだわ!」
姉はくすくすと笑った。
今の姉は、棘が消え、幸せそうに見えた。
「お姉様、今度はきっと、幸せになれるわ!」
「そうだといいけど、でも、私もそう感じるの…変よね?」
姉が頭を傾げる。
わたしは笑って、姉の腕を組んだ。
「変じゃないわ!これも、わたしたちの《力》よ、きっとね!」
クレイブと姉からは、婚約するまで、わたしも一緒にコルボーン卿の館に
泊まって欲しいと言われたが、それは、わたしを独りにさせない為だと分かっていたので、
わたしは丁重に断り、オースグリーン館へ戻った。
姉はクレイブに好意を持っているし、ウィルとどうこうなるとは考え難く、
そうなれば、わたしも心置きなく、館を出て行けるというものだ。
これまで通り___
そう思い、オースグリーン館へ戻ったのだが、独りの館は何故か寂しく感じた。
「きっと、寒いからよ!」
わたしは暖炉に火を入れ、温まる。
「どうして、断ったのかしら…」
ウィルと一緒に居られるチャンスを自分から棒に振ってしまった…
コンコン!
扉が叩かれ、出てみると、ウィルだった。
いつもの様に、髪を跳ね散らかし、わたしに向かって捲し立てた。
「どうして、帰られたんですか!?クレイブもお姉さんも引き止めたでしょう!?
僕の館は気に入りませんか?何か不足しているなら、何でもおっしゃって下さい!
この天候ですから、少し時間は掛かるかもしれませんが…
でも、この辺は雪も深くなりますし、きっと不便ですよ?
せめて、雪が終わるまで、僕たちと一緒に過ごしませんか?」
ああ、そうだわ…
ウィルが引き止めてくれなかったからよ…
「二人の邪魔をしたくないし…」
「邪魔なんかじゃありませんよ!
あの二人は、いつでも何処でも二人の世界になれますからね!」
わたしはつい、吹き出してしまった。
「ほら!僕たちと一緒の方が楽しいでしょう?」
「でも、わたしはオースグリーン館の主だから…」
「ここは三百年以上、誰も居なかったんですよ、冬の間なんて、きっと、瞬く間ですよ!
ここであなたを待っていてくれますよ」
「ウィルはわたしに居て欲しい?」
「勿論ですよ!だから、こうしてここまで来ているんです!」
眼鏡の奥の青灰色の目が、真剣な光を見せる。
わたしは吸い寄せられる様に、見つめていた。
「エレノア、僕の館に来てくれますか?」
ああ!この誘いを断る事なんて出来ないわ!
「そこまでおっしゃられては、断れませんわ。
でも、冬中となれば、もっと荷物が必要になるから…」
「それなら、ここにある荷物は僕が館に運んでおきますね!」
「ありがとう!」
わたしは二階に駆け上がり、服を搔き集め、トランクに詰めた。
それから、冬の食料として保存していた物を、テーブルに広げる。
干した物や瓶詰…林檎ジャムの瓶も幾つかある。
わたしはそれを手に取った。
ウィルが『美味しい』と言って食べてくれたのが、つい、昨日の事の様だ。
「ウィルは喜ぶかしら?」
わたしはそれらを籠に詰め、布を被せた。
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