【完結】バッドエンドの落ちこぼれ令嬢、巻き戻りの人生は好きにさせて貰います!

白雨 音

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第二章


「今までお元気だったのに、急に悪くなるなんて…」
「ああ、すっかり良くなっていたのにな…」
「病は治ったとばかり思ってたよ…」

わたしが調理場に入って行くと、マックス、アンナ、ボブが晩食の下拵えをしていた。
話題はやはりプリシラ夫人の事だ。
夫人が体調を崩してからというもの、館内は何処も陰鬱としていた。

「夫人にお水と、ウィルとケイシーにお茶を持って行きますね」
「ああ、エレノア様、ありがとうございます」

わたしがワゴンにお茶を準備していると、ケイシーが入って来た。

「ケイシー、お水とお茶はわたしが持って行くわ」

ケイシーも付きっ切りで世話をしていたので、他の雑用は引き受けるつもりだった。
ケイシーは冷めた目でわたしを見ると、「だったら、早く持って来て」と冷たく言った。

聞こえてしまった様で、アンナは息を飲み、マックス、ボブの間にも重い沈黙が流れた。
ケイシーはプリシラ夫人の看護、世話人だが、コルボーン家の親戚筋なので、
ここの使用人の中で一番立場が上なのだ。
故に、誰もケイシーを咎めたりは出来ない。

ケイシーはこれまでも、わたしや姉に対し、好意的では無かったが、
それを表に出したのは初めてだった。
きっと、看病に疲れているのだろう…
わたしは『思いやりよ!』と、自分に言い聞かせた。

「ごめんなさい、直ぐに持って行くわね!」

「プリシラ様の体調が良くなったのは、ただの偶然で、あなたのお陰なんかじゃないって、
これで良く分かったでしょう。皆、馬鹿みたいにあなたを有難がっているけど、
そんな価値なんか無いわ。上手い事を言って、皆を欺いていたんでしょう?
あなたもあなたの姉も、ただのペテン師よ!さっさと出て行けばいいのに!」

ケイシーは言うだけ言うと、スカートを翻し、調理場を出て行った。

「まぁ…何て酷い事を言うのかしら…」
「気にする事は無いですよ、エレノア様」
「彼女があんな事を言うなんて、驚いたな…」

皆が慰めようとしてくれたが、わたしは笑顔を向けた。

「いいんです、ケイシーは疲れているのよ、普段は優しい人だし」

わたしと姉以外の皆にはね。

「お茶を持って行きますね!」

わたしはワゴンを押し、夫人の部屋へ向かった。

ケイシーは献身的に、夫人の看護や世話をしている。
夫人には彼女が必要だ。

「少し位、八つ当たりされても、わたしは平気よ!」

それに、ケイシーが言う様に、プリシラ夫人の体調が良かったのは、偶然だ。
わたしが来て、手を入れた事で、水が良くなり、食べ物も良くなってはいるが、
些細な事だ。

「別に、わたしが言い出したんじゃないわ…
皆が勝手に、オースグリーン館の相続人を、神様や精霊だと思っていただけよ」

欺いてなんていない…
それで元気になれるなら、そう思わせておいても良いと思っただけよ。

でも、ケイシーの様に考える者もいるという事だ。

「だからって、わたしにはどうしようもないわ!」

わたしは考えるのを止め、開き直る事にした。
なるようになるでしょう!


部屋の扉の前では、ケイシーが腕組をし、冷たい表情で待っていた。

「遅いわよ、何て愚図なの!」

この館の皆はわたしに好意的だったので、こんな悪態は初めてで、ショックだったが、
『一度目の時の教育係よりは優しいわ』と、笑みを作った。

「終わったら、ワゴンは出しておいて、後で下げるわ。
夫人を見舞ってもいい?」

「プリシラ様には近付かないで!それとも、目的はウィル様?
あなたたち姉妹は、クレイブ様を毒牙に掛けただけじゃ足りないの?
病で苦しんでいるプリシラ様を理由に近付こうだなんて、呆れるわ!」

ケイシーはワゴンを奪うと、部屋に入って行った。
バタンと目の前で扉が閉まる。

プリシラ夫人を見舞いたい気持ちは本当だが、ウィルの様子を見たかったのも確かだ。
ウィルは夫人の部屋に寝泊まりし、ここから出て来ない。
当分、顔も見ていない。
夫人を酷く心配しているだろうし、落ち込んでいるのではないか…

「ウィルを心配しちゃいけないっていうの?」

「お姉様が男性たちを惹き付けるのは、美貌故で、お姉様の意志じゃないわ!
それに、クレイブは毒牙に掛かって幸せだし、いいじゃないの!」

「あんな事言わなくたって…!」

「ええ、そうよ、ケイシーは疲れているだけよね!」

わたしは足音を立て、調理場に戻ると、腹立ち紛れに紅茶を飲んだ。


◇◇


あの事があり、ケイシーは吹っ切れたのか、開き直ったのか、
隠す事なく、わたしに悪態を吐く様になった。
わたしがケイシーを手伝うのは悪手ではないか?という思いはあったが、
今更アンナに代わって貰うのも、ケイシーに屈した様で屈辱で、
わたしは意地になり、三人の食事を運び、用事を訊き、お茶を運んだ。
それからも、「夫人を見舞いたい」という、わたしの希望が叶えられる事は一度も無かった。

数日して、プリシラ夫人が回復を見せた。
そこで漸く面会が許され、わたしは姉とクレイブと一緒に部屋を訪れた。

「プリシラ様が疲れるので、少しにして下さい」

クレイブが居たからか、ケイシーは素っ気なくはあったが、普通に見えた。
心の中では違うでしょうけど!
姉がクレイブを毒牙に掛けただなんて、仲の良い二人を見れば考え直すわね!

夫人はクッションを背に体を起こしていて、わたしたちに向け、微笑んでいた。
また痩せてしまったが、それでも、思っていたよりもずっと元気そうに見えた。
ウィルはいつかの時と同じく、夫人の側で、ベッドに頭をうつ伏せ、眠っている様だった。

安心したのね…

堪らなく愛おしくなる。

ああ、頭を撫でてあげたいわ…

勿論、そんな事をすれば、恐ろしい事になるだろう。
わたしは自分の手を自分で握り、衝動をやり過ごした。

「ルシンダ、エレノア、良く来て下さいました、クレイブ、あなたも来てくれて有難う」
「母さん、具合は?」
「今日は驚く程良いのよ!」
「少し良くなったからって、無理をしては駄目だよ、母さん」
「ええ、そうね、ケイシーにもそう言われたわ。ケイシーはとっても、良くしてくれるのよ…」

夫人がケイシーに感謝の眼差しを送り、彼女は「当然ですわ」と微笑み返した。
今のケイシーは聖女にさえ見えた。
クレイブでさえ、その本性に気付いていない。
彼はケイシーに感謝の眼差しを向けると、夫人の手を取り、優しく言った。

「ケイシーが居てくれて良かったね、母さん」
「ええ、感謝しているわ」
「エレノアも手伝ってくれていたんだよ、料理やお茶を運んでくれていたんだよね?」

クレイブが知っていた事に驚いた。

「扉の外までですけど」
「まぁ!エレノアに申し訳ないわ、もっと使用人を雇えたらいいのだけど…」
「いえ、わたしがやらせて欲しいとお願いしたんです。わたしも何かお手伝いがしたくて」
「まぁ…ありがとうございます、感謝します」

夫人がわたしの手を取り、祈る様に握った。
ケイシー…恐らくクレイブも呆れているだろうが、わたしはしっかりと握り返した。

「私たちに出来る事があれば、何でもおっしゃって下さい、プリシラ様」
「ありがとう、ルシンダ、エレノア、顔を見られただけで、十分です、元気になるわ!」
「良かったわ!また来ますね!」
「お大事になさって下さい、プリシラ様」

わたしたちが部屋を出る頃になっても、ウィルは眠ったままだった。
仕方ないわ、きっと、疲れているのよ…
跳ねた髪の後頭部を、名残惜しく眺め、踵を返した。


「思ったより元気そうで良かった…」

部屋を出て、安堵の息を吐いたクレイブを、姉は励ます様に、肩や腕を擦ってあげていた。

わたしもウィルを励ましてあげられたらいいのに…
そんな事をすれば、プリシラ夫人は驚くだろうし、ケイシーはわたしを叩き出すだろう。

わたしが嘆息すると、二人はわたしの存在を思い出した様で、
慌てて「仕事に戻ろう!」「そうね!」と、バタバタと去って行った。

「何よ、わたしが邪魔したみたいじゃない?」

所構わずにイチャイチャするからだわ!

「まぁ、いいわ、わたしは鶏たちに愚痴でも聞いて貰おうかしら…」

わたしはもう一つ嘆息すると、踵を返した。


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