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しおりを挟む◇◇ ステファニー ◇◇
公爵令嬢であったステファニーには愛した者がいたが、相手の男の身分は低く、
駆け落ちでもしない事には、永遠に結ばれる事は無かった。
そんな折、王太子ランベールから、《偽装結婚》の話を持ち掛けられた。
「君とザカリーの間に何があるかは知っているよ」
「私を脅す気でしたら、見当違いよ、王太子」
「脅すなんてとんでもない、君と取引をしたいだけだよ、ステファニー」
「取引?」
「君が私との結婚を受けてくれるなら、君とザカリーの仲を応援しよう」
ステファニーはその申し出に、最初はギョッとした。
自分を手に入れる為の罠ではないかと思ったのだ。
だが、そんなステファニーの考えを読んだランベールは笑った。
「誤解しないで欲しい、私は表面上の結婚相手が必要なだけだよ。
私は出来れば一生、結婚などしたくはないのだけど、周囲が煩くてね、
それに、結婚しなければ、王位に就けない、これは由々しき問題だ」
「何故、結婚したくないの?」
想う者が居ないのであれば、適当な相手と結婚してしまえば良い。
夫婦不仲の王、妃というのも珍しくは無かった。
「両親を見ていれば、そうなるよ。
政略結婚をし、互いに愛情を持てず、公の場でしか顔を合わせない。
王子であっても誰の子であるか分からないと噂され、アンドレもクリストフも
私もまともには育たなかった。結婚が生むのは不幸の連鎖だよ」
「『愛の無い結婚が生むのは』と訂正しておきますわ、王太子」
ランベールは「ふっ」と笑う。
「《愛》は永遠ではないよ、いずれ、消えてなくなるものだ」
皮肉に見せながらも、ランベールの表情には陰が見えた。
「誰かに裏切られたの?」
「いや、そういう場を多く見て来ただけだよ」
「それなら、あなたは《愛》を知らないだけよ!
《愛》は永遠よ、消える事は無いわ」
「だが、君も何れ、ザカリーを捨て、他の者の妻となるのだろう?」
このままでは、確かに、そうなるだろう。
結婚適齢期を迎えたステファニーには、結婚の打診が多く寄せられていた。
「いいえ、私はザカリーを捨てたりしないわ!」
「私と結婚すれば、愛を貫く事が出来るよ、ステファニー」
「どうかしら、私はあなたを知らないもの、簡単には信用出来ないわ、王太子」
そんな口車に乗るのは、未熟な十代の娘位だと、ステファニーは撥ね退けた。
だが、ランベールは全く動じずに、薄く笑っていた。
「それなら、教えてあげよう、私は女性相手では勃たないんだ。
だから、君の貞操は守られる、一生ね」
この告白に、ステファニーは驚いた。
鵜呑みには出来ないと思いながらも、それが《真実》だと何処かで分かっていた。
「私と偽装結婚してくれるなら、ザカリーを私の護衛に就けよう。
君は誰からも疑われる事なく、いつでも好きに彼と会い、愛し合えるよ。
私は喜んでその場を提供しよう。
そして、私に証明して欲しい、《愛》は素晴らしいものだと___」
この甘い言葉に、ステファニーは頷いていた。
いざ、《偽装の恋人》、《偽装結婚》を始めてみると、それは意外にも、上手くいった。
思いの他、気が合ったからだ。
兄妹、友人、そんな関係に近い。
傍にいても、少しも惹かれる事は無いが、人間的に好ましく、信頼出来、
何でも話す事が出来た。
そんな偽装の夫を、ステファニーは気に掛け、時に心配もしていた。
後々で知らされたが、ランベールは複数の男と関係を持っていた。
だが、それはどれも、体だけの、その場だけの関係でしかなかった。
ランベールは誰とも深く付き合おうとしないのだ。
愛を知らない、信じない人…
「何て、孤独な人なの…」
このまま、ランベールは一生、孤独の中で生きるのだろうか?
だが、ステファニーのこの懸念は、時を経て、晴らされる事になった。
ランベールが《恋》をしたのだ___
「クリストフを離宮で療養させる事にしたよ」
ランベールから聞いた時には驚いた。
ランベール、アンドレ、クリストフは、決して兄弟仲が良いとはいえなかったからだ。
いや、寧ろ、冷え冷えとしていた。
アンドレはランベールの嗜好を知っており、嫌悪、軽蔑していた。
そんな相手に負けるのが嫌で、何かとランベールに張り合っているが、
全く相手にされていないし、敵う事など一つも無かった。
クリストフは自己愛が強く、自分以外の者に興味が無い。
いつも自分中心でなければ不機嫌になり、自分を祭り上げない者は排除する。
他者に対して冷酷だった。
決して自分を甘やかさないランベールとは、水と油で、必要でなければ顔を見せる事もない。
その上、離宮は、ランベールが《行為の場》として使っている場所だ。
そんな場所に弟を置けば、男遊びも出来ないではないか。
「嘘でしょう?」
ステファニーは疑ったが、ランベールは実に楽しそうに、「本当だよ」と笑った。
その頃から、ランベールは変わった。
これまでのランベールは、公務中心で、人生を楽しんでいる様には見えなかった。
だが、今のランベールは、毎日楽しそうにしている。
何処か、うきうきとし、そわそわとし…
「クリスに何を持って行ってあげようかな~」
「この間のショコラは気に入ってくれたんだよ~」
「本当に可愛いんだから!」
惚気にも聞こえる事を、デレデレとした表情で、駄々漏らしている。
ステファニーには、《恋》をしている様にしか見えなかった。
だが、相手は、《弟》だ。
「まさか、思い過ごしよね…」
ステファニーは自分に言い聞かせた。
だが、仮装パーティの夜、二人を目の前にして、ステファニーはそれを悟った。
「あなたも漸く、《愛》を知ったのね、ランベール」
ランベールは《彼》を抱き、幸せそうに微笑んでいた。
尤も、翌日、ランベールから種明かしをされた。
「ステファニー、私の《天使》はどうだった?」
「天使?妖精でしょう?」
「私には同じだよ、可愛かったでしょう?」
ああ、以前の冷静沈着なランベールは、一体何処へ行ってしまったのか…
直球の惚気に、ステファニーは呆れつつ、頷いた。
「ええ、クリストフがあんな風だとは思わなかったわ。
私が知る限り、叱り飛ばしているか、能面の様な顔をしているかだったから…
でも、あれなら、あなたが恋に狂う…いえ、落ちるのも分かるわ」
ランベールはうれしそうに、「ふふ」と笑った。
だが、その後がいけなかった…
「実はね、ステファニー、あれは《クリストフ》ではないんだよ、《影武者》なんだ」
そんな告白をされ、ステファニーは唖然とした。
「彼は私に正体を知られているとは、考えてもいない。
とっても、純真な子だからね…」
「あなた、彼を騙しているの!?」
「彼も私を騙しているから、御相子だと思っていたんだけど、
思いの外、可愛かったから、手に入れたくなって…
それで、いざ手に入れたら、打ち明けられなくなってしまってね…」
ランベールが何か策を巡らせたのは分かった。
ステファニーは子を𠮟りつける様な表情をし、はっきりと言った。
「でも、何れは分かる事よ?真実を知れば、あなた、嫌われるわよ?」
ランベールが眉を下げ、困った顔をする。
「うん、だから、言えないんだよね…」
本当に、馬鹿な人だわ…
ステファニーは呆れた。
「そういう事だから、ステファニーもそのつもりでいてね、私の邪魔はしない様に___」
つまり、ランベールは、ステファニーが余計な事を言わない様にする為、
種明かしをしてきたのだ。
「邪魔はしないわ、私とザカリーの事ではお世話になっているのだから、
私も勿論協力は惜しまないつもりよ、だけど、彼を傷つけるのは止めて。
早く真実を伝えて、本当の彼を手に入れるのよ、ランベール!」
忠告と助言はした。
だが、結局、ランベールは踏み切らなかった。
そうして、現在、ランベールは腑抜けになっていた。
◇
クリストフの影武者である、テオドール=ブックが行方不明になり、
ランベールは少数の者を使い、内密に行方を捜していた。
勿論、ランベール自身も、時間が空けば、変装し、王都へと探しに出ていた。
だが、一向に行方が掴めなかった。
ランベールは、夜中探し周っている疲労と、心配とで、酷くやつれ、病人の様に見えた。
日頃、弱音を口に出さないランベールだが、ステファニーにだけ、それを漏らした。
いや、きっと、独り言だったのだろう…
「私の所為だよ…」
「私が守ってやっていたら…」
「私が正体を知っていると、伝えてさえいたら…」
ステファニーは見ていられなかった。
「あなたと彼は愛し合っていたのでしょう?
その彼が行く場所なんて、限られているじゃない!
あなたから離れるなんて出来ないわよ!だから、逃げ出したんでしょう?
彼は、絶対に、王都に居るわ___」
「でも、何処に?身一つだったんだよ?彼が行ける場所なんて思いつかないよ…」
「分からないけど、お金が無いなら、安宿とか?修道士なら、礼拝堂とか…」
「ああ!そうか、ありがとう、ステファニー!行ってみるよ!」
ランベールが勢いを取り戻し、部屋を出て行った。
ステファニーは嘆息する。
「お願いだから、出て来てあげて、テオドール」
◇◇◇◇
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