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最終話

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◇◇ テオドール ◇◇


修道院へ送り帰される道中、王都の大通りへ差し掛かった所、
何か騒動が起き、その所為で、店の前に積み上げていた、
果実入りの箱が雪崩を起こし、道を塞いだ。

バースは舌打ちをし、窓から顔を出すと、「早く片付けろ!」と怒鳴った。
すると、町の人たちは「偉そうにしてないで、手伝えばいいだろう!」と
崩れた果実を投げて来た。
それに怒ったバースが馬車を降りた時、僕は『今しかない』と、馬車を降り、走った。
気付いたバースが追って来たが、僕は必死に逃げた。

捕まれば、どんな目に遭うかも分からない。
それに、捕まれば、二度と、ランベールには会えないだろう___!

闇雲に走った結果、僕は運良く、バースを撒く事が出来た。

「ああ、神様…感謝します」

だが、僕に行く場所は無かった。
クリストフは影武者として務めた僕に、給金を払っていない。
一文無しだ。

僕は一旦、バースから身を隠す事を考え、あの礼拝堂へ向かった。
礼拝堂の地下、隠し通路ならば、バースにも気付かれないだろう。
僕は冷たく寒い隠し通路で一夜を明かし、明るくなってから、行動を開始した。

僕は、このまま王都に残りたかった。
王都に居ても、ランベールには会えないが、近くに居たかったのだ。
それに、王都ならば情報も手に入易い。
もし、ランベールに何かあれば、駆けつける事も出来るだろう___

「僕なんかに役に立てる事は、何も無いかもしれないけど…」

それでも、僕は、ランベールを助けたい___

とはいえ、王都の物価は高く、宿に泊まるのは無理だ。
礼拝堂の隠し通路に隠れ住むというのも、現実問題、難しかった。
隠し通路は凍える様に寒く、満足に眠る事も出来ない。

「何か、住み込みの仕事があればいいんだけど…
出来れば、表には出ない様な仕事が…」

そうして、僕が向かったのは、ランベールが教えてくれた、あの本屋だった。

「ここで雇って頂けないでしょうか?」

一縷の望みを賭け、僕は自分を売り込んだ。
こんな事が自分に出来るなんて、驚きだ。

「店員は募集してないよ」

店主に迷惑そうにされたが、僕は食い下がった。

「写本や翻訳をしていました、簡単なものであれば、挿絵も描けます!」
「…翻訳が出来るのかい?」
「はい!古代文字を読み書き出来ます」
「それはいいかもしれん…試しに少し使ってみてやってもいいが、
役に立たなかったら、追い出すからな!」
「ありがとうございます!宜しくお願いします!」

本屋の奥には別に部屋があり、真ん中に大きな机が置かれ、その周囲を本棚が囲んでいた。
床にも、所狭しと本が積まれている。

「力試しだ、この本の翻訳をして貰おう」

店主から古い破れ掛けた文献を渡された。
僕は机に着き、作業に取り掛かった。

どの位か、時間が経ち、店主が顔を覗かせた。
僕は夢中で作業をしていたので、フードを被るのを忘れていた。
僕を目にした店主は、「クリストフ様!?」と声を上げた。

僕はクリストフに見つかったのかと、ギョッとし、顔を上げたが、
店主が恐れていたのは僕で、キョトンとしてしまった。
そして、自分の容姿に気付いた。

「クリストフ殿下と似ていると言われますが、僕は別人です。
田舎者で、以前はリュイソに住んでいました」

「本当かね?いや、そっくりだよ、式典の行列で見たんだ!」

ああ…
僕は式典の行列で、馬車から顔を出し、手を振ったのを思い出した。

「間違われたらいけないので、王都では仕事に就けなくて…
実は、一文無しの宿無しなんです…」

「確かに、そんなにそっくりなら、下手に雇うと大変な事になる…
まぁ、ウチは目立った商売じゃないから、いいがね…
さて、出来ている所まででいい、見てやろう」

「はい、お願いします」

僕は用紙を渡した。
店主は眼鏡を掛け、じっくりと読んでいたが、ややあって、用紙を返してきた。

「良く出来ている、続けて頼むよ。
給金は仕事に応じて、週末払いだ。
宿が無いなら、ここの半地下を貸してやろう、物置だがね、必要な物はある。
食事はパンと水、お茶位なら出してやる」

思ってもみない申し出に、僕は歓喜した。

「ありがとうございます!お世話になります!」
「ああ、その分、頑張って働いてくれよ」
「はい!頑張ります!」

僕は仕事、食事、寝床を確保する事が出来、安堵した。
それに、ここならバースにも見つからないだろう。

店主は僕の為に、茶色の鬘を貰って来てくれた。

「その髪はいかん!目立ち過ぎる!」

ボブカットという所は気になったが、自分とかけ離れている分、
良いかもしれないと、僕は常にそれを被っている事にした。



本屋で翻訳の仕事に就き、一月が過ぎた。
給金も貰えたので、衣服も揃える事が出来、生活も安定していた。
本屋なので、情報も集まって来る。

サンセット王国では、オディロン王が失脚し、覇権争いとなっていたが、
この度、新しく王が誕生した。
ゾスター部族への賠償の話も出ている。

「ランベール様は、どうしているかな…」

僕と過ごした日々の様に、クリストフと変わらずに過ごしているのだろうか…

時間の流れを感じ、感傷的になり、僕は胸元のネックレスを弄った。

ランベールが僕にくれたネックレス。
いや、僕ではなく、クリストフに贈ったものだ。
それを、僕が奪い、いつまでも身に着けているだけ…

「ごめんなさい…」

全て返したから、これだけは、譲って欲しい。
僕との思い出だけは、渡したくない。

「テオ、ちょっと来てくれ!」

店主から切羽詰まった声で呼ばれ、僕は何事かと、慌てて椅子を立った。

「はい、どうかしましたか?」

店の方に顔を覗かせると、店主が血相を変え、僕を手招きした。

「おまえに、お客さんだよ!それが、あの…王太子とそっくりなんだ!
兄弟殿下のそっくりさんが揃うとは…何か出し物でもするのかい?」

え?

僕がそちらを見ると、そこには、懐かしい…
ランベールの姿があった___

「!?」

息を飲み、茫然と立ち尽くした僕を、一歩踏み出したランベールが、抱きしめた。
強く抱きしめられるも、僕は状況が分からず、固まっていた。

「迎えに来たよ、クリス…いや、テオドールだよね?」

ランベールが顔を上げ、微笑んだ。
懐かしい、甘い笑みなのに、その顔は酷くやつれて見えた。

「にい…ランベール様、何処かお悪いのではありませんか?」

「ああ、おまえの所為だよ、おまえが黙って居なくなり、どれだけ心配したか…
もう、二度と、私に黙って居なくならないでくれ、テオドール___」

「あの、どうして、僕の事を?」

クリストフに聞いたのだろうか?
だが、クリストフが影武者の事を話すとは思えなかった。
不思議に思っていると、ランベールが声を落としてそれを教えてくれた。

「実は、最初から気付いていたんだ、おまえがクリストフでは無いと」

「ええ!?最初って、何時ですか!?」

「おまえが私を『兄さん』と呼んだ時だよ。
クリストフは私を『兄さん』とは呼ばない、良くても『兄殿下』だよ。
クリストフは私を嫌っているからね…」

それでは、本当に、『最初』だ。
僕は茫然とした。

「でも、お二人は、恋人ですよね?」

ランベールは金色の髪を振った。

「クリストフと恋人だった事は一度も無いし、そんな想いを抱いた事も無いよ。
クリストフは弟以上でも、以下でも無い」

「それでは、嘘だったのですか?どうして…」

「最初、おまえが『兄さん』と呼んでくれた時、私はうれしかったんだ。
可愛い弟を持つなんて、現実には叶わない事だからね…
私は可愛い弟を手に入れる事が出来、それを楽しんでいた。
だけど、あんまり可愛いから…手に入れたくなった」

ランベールの瞳が熱を帯び、僕はドキリとした。

「恋人だと嘘を吐いて、おまえに無理をさせて、無理矢理奪って…
ごめんね、テオドール。
だけど、私の言った言葉は、真実だよ。
おまえを愛している、おまえを失えば、私はこんな風に、情けない男になってしまう」

変装もせずに、王都を歩き、ここまで来て…
僕を心配して、こんなにやつれて…

僕は、そっと、手を伸ばし、ランベールの頭を撫でた。

「心配をお掛けしてしまい、すみませんでした…
それに、僕もクリストフと偽っていましたので…謝ります」

僕は手を下ろし、それから、息を整え、顔を上げた。
真直ぐに、その瞳を見つめる。

「これまで、あなたに言ってきた事は、僕の本心です。
恋人に成りすます為に言った事ではありません。
そんなの、考えられない程、僕はあなたに夢中で…愛していたから…」

「過去形?」

不安に揺れる瞳に、僕は安心させる様に、笑みを返した。
僕はシャツのボタンを二つ外し、それを見せる。
金色のネックレス。
ペンダントトップは、幸運をもたらすと言われる花の飾り。

ランベールの薄い青色の目が見開かれた。

「ずっと、着けてくれていたんだね…」

「はい…」

「戻って来てくれるかい?」

そっと、その手が僕の頬を撫でる。
僕は、その手に自分の手を重ね、上目に見た。

「それよりも、新しく、始めませんか?」


《もう一度、恋をして貰うよ》

いつか、ランベールが言った事があった。
仕切り直しだ。


影武者はもうお終い。
愛を知ってしまった僕は、修道士にも戻れない。

これからは、あなたと共にありたい。

今日から、今、この瞬間から、始まる___


「良い案だね、テオドール」

ランベールは笑って頷くと、僕に口付けた。


初めてのキスは、甘く、そして愛に包まれていた



《完》
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