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◇◇ セリア ◇◇

わたしがディアナの館に置いて貰い、
メイドの仕事や調理場の仕事を手伝う事になってから、二週間近くが経つ。

夜になれば、レオナールが恋しくなり、涙してしまう時もあったが、
昼間は仕事もあり、普通に過ごす事が出来ていた。

「二週間なんて早いものね…」

心配なのは、未だ、ディアナが仕事を紹介してくれない事だ。
尋ねても、「良い仕事が無い」と言われる。
ディアナがガストンと結婚するまでには、館を出て行きたいのだが…

「仕事を見つけるのは、難しい事なのですね…」
「女性は難しいですね、良い家のメイドでなければ、生きてはいけません」
「奥様がきっと良い仕事を見つけて下さいますよ、焦ってはいけませんよ」

アンナや料理長に諭され、わたしは頷き、籠にサンドイッチと果物、飲み物を詰めていく。

ディアナは昼前から夕方までは、ラックローレン伯爵の館の庭園で過ごしている。
驚く事に、彼女はガストンと二人分の昼食を用意し、持って行っていた。

サンドイッチはシュリンプが多めだ。
わたしは全く気付かなかったが、シュリンプはガストンの好物だったのだ。

「てっきり、奥様の好物とばかり思っていました…」
「奥様はあれで、尽くすタイプですよ、ガストンの話ばかりしています」
「全く知りませんでした、とても可愛らしいですね」
「そんな事言うと、奥様に怒鳴られますよ、照れ屋ですから」

アンナに真顔で注意され、わたしは笑いを零した。

「あなたたち、何を楽しそうに話しているの?もう出かけるわよ、お弁当は出来ている?」

噂のディアナがやって来たので、笑いは飲み込み、籠をディアナに渡した。

「はい、どうぞ、お気を付けて、奥様」

「あなたに《奥様》なんて言われると、痒くなるわ、ディアナでいいのに。
それじゃ、行って来るわね、あなたたち、お喋りばかりしていないで、しっかり働くのよ!」

ディアナは厳しい顔で言い付けると、籠を持って出て行った。
わたしたちはディアナを見送り、仕事に戻った。

あの日、ディアナはわたしがここに居る事を、レオナールに伝えに行ってくれた。

『レオナールには伝えておいたわよ、彼、心配してたわよ』
『そうですか…失礼な事をしてしまいました…』
『いいのよ、レオナールが勝手なのがいけないんだから!もっと困らせてやればいいのよ!』

ディアナは軽口を言ったが、わたしは頭を振っただけだった。
レオナールの事は気になったが、自分からは聞かない事にした。
聞いてしまうと、益々離れられなくなってしまう___

レオナールの事は諦めなければ…

そう思いながらも、ふっと気を抜くと、レオナールの事ばかり考えている。
楽しかった彼との日々を思い出し、もう戻れないのだと涙してしまう。


午後の休憩が終わり、わたしは洗濯物を取り入れようと、庭に出た。

ディアナは結婚後、ここでガストンと暮らすと決めていた。
これまで庭は、ディアナが好きに造っていたが、
二人で新しく造り直すのだと、二人は良くここで計画を話していた。
楽しそうな二人を見ていると、羨ましく、そして、自分には手に入れられないものなのだと、悲しくなった。

「こんな事ではいけないわ…」

わたしは自分を叱咤し、洗濯物に手を伸ばした。
大きなシーツを抱え降ろすと、そこには愛おしい人の姿があり、目を見開いていた。

「!?」

あまりに恋し過ぎて、遂に幻まで見えてきたのか?
どうかしていると、頭を振ったが、その姿は消えてはくれなかった。
それ処か、自分に近付いて来ると、わたしが抱えていたシーツを奪い取った。

「レオナール…?」

信じられずに恐る恐るその名を口にすると、目の前の彼は僅かに苦笑した。

「急に、こんな風に現れてしまって、すまなかったね」

「!!」

本当にレオナールなのだ!
わたしは大きく息を飲み、踵を返していた。

「待って!」

すかさず、手首を掴まれ、止まるしかなかった。
だが、怖くて振り返る事は出来ない。

「嫌です!わたしは出て行きません!あなたがそれを望んでも…!」

「セリア、君の話を聞かず、勝手に決めてしまって、すまなかった…」

それだけではない、彼はわたしの気持ちを否定したのだ___!

「離して下さい!」

「いや、君に、どうしても聞いて貰いたい事がある、逃げないで欲しい、セリア」

優しくお願いされると、わたしの張った盾など、直ぐに壊れてしまう。
ああ、罪な人だわ…!

「逃げません」

わたしが零すと、レオナールはわたしの手を離してくれた。
レオナールは小さく息を吐き、それを話し出した。

「私の母は、私が9歳の時に、突然亡くなった。
ある日、突然、姿が見えなくなり、使用人たち皆で探したよ。
館の裏の池で浮かんでいる所を発見されたが、見つけた時には手遅れだった」

知っている事だったが、レオナールからは初めて聞く事だ。
わたしは顔だけで振り返った。
彼の顔は辛そうで、思わず息を飲んでいた。

「姿が見えず、どれだけ不安だったか、悪い事ばかりを想像した。
そして、池に浮かぶ母を見た時の、絶望感___
私には、その時の事が昨日の事の様に思い出される」

レオナールは頭を振った。

「人と深く付き合おうとすると、それが酷くなる。
始終、不安に苛まれ、情緒不安定になり、眠る事が出来なくなる。
母が命を絶った理由は分かっていない。だからこそ、怖い。
防ぎ様も無い、ただ、置いて行かれるのを恐れて待つだけだ…」

わたしは、突然、館を出てしまった___!
わたしはそれに気付き、震えた。

「すみません…わたし…あなたを傷つけてしまったんですね…」

「いや、いいんだ、私が悪かったのだからね…」

レオナールは深く息を吐いた。

「それで、誰とも上手くいかなかった。結婚も諦めていた。
いや、結婚を避けていた。
一生独りで過ごした方が、どれだけ心穏やかに過ごせるか知れない…」

心穏やかであっても、孤独だろう…

「君を遠避けようとしたのも、これが理由だ。
君に惹かれ、君と深く関わり、契約結婚の枠を超えてしまえば、
いつもと同じで、私は情緒不安定になり、結局は君を失う事になる。
それが、怖かった…」

「そんな!決めつけないで下さい!」

わたしは思わず叫んでいた。
レオナールは苦笑し頷いた。

「ああ、そうだね…私が愚かだった。
君が館を出て行き、私は独りに戻った。
君を忘れ、自分を取り戻そうと努力をしたよ、だけど、駄目だった。
いつも、君の姿を探してしまう、目を閉じても、浮かんで来るのは君の事だ。
母の事は思い出しもしなかった。
ただ、君と過ごした日々が、恋しかった…」

レオナールの大きな手が、わたしの頬に触れる。
その緑灰色の瞳は、優しく、そして熱っぽく、わたしを見つめていた。

「セリア、君を愛しているよ、私の元に戻って来て欲しい」

「はい、勿論です!わたしはあなたの妻ですから!」

レオナールが微笑み、わたしに甘いキスを落とした。
わたしは彼の首に手を回し、情熱的なキスを返した。


「わたしは絶対に出て行きません!あなたの傍にいます!
必要でしたら、契約書に書きますわ!」

「それでは、新しい契約書を作ろう、期間は、死が二人を別つとも…だよ?」

「はい、それから、《白い結婚》の記述は要りませんわ」

わたしが顔を顰め、頭を振ると、レオナールは大きく笑った。

「私も同じ意見だよ___」



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