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本編
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しおりを挟む週末、わたしは遅い朝を迎え、身支度を終えると、朝食は断り庭に出た。
久しぶりに、森を散歩し、良く色付いた果実を幾つか捥ぎ取った。
それを抱えて、近くの小川に向かう。
手頃な岩の上に座り、靴を脱ぎ、足を透き通る水に浸けた。
冷たくて気持ちが良い…
「ああ、心が洗われるわ!」
果実をスカートで拭き、齧り付く。
「うん!美味しい!」
これぞ、贅沢な朝食だ。
舌鼓を打っていると、何やら騒々しい音がし、白い馬が駆けて来た。
馬に乗っていたのはミゲルで、わたしの近くまで来ると馬を止め、わたしを見下ろした。
「ミゲルも食べる?」
わたしは果実を放ってあげようかとそれを掲げたが、ミゲルは「要らない」と言い、
馬から降りた。馬に水を飲ませ、わたしの方にやって来た。
「義姉さん、もう子供じゃないんだよ?」
ミゲルが咎める様な顔をしている。
全く不本意で、わたしは頬を膨らませ睨み返した。
「何よ、木から果実を採って食べる位、大人の女性でもするでしょう?」
「そうじゃないよ、僕が言いたいのは、義姉さんの《恰好》の事」
格好??
わたしは自分を見下ろした。
普段着用のドレスで、質素だが、見苦しいものではない。
水に濡れない様、ちゃんとたくし上げている。
「何か問題でもある?」
わたしが答えると、ミゲルはあからさまに嘆息して見せた。
「そんな無防備な恰好をして、誰かに見られたらどうするの?
変な男が入り込んでいないとも限らないんだよ?」
「誰もいないわよ、いたとしたら気配で分かるわ。
それに、盗人はこんな所には来ないわ、狙うなら絶対に母屋よ」
ミゲルの心配が如何に的外れであるか、わたしは客観的に説明してあげた。
だが、ミゲルは「参りました」とは言わず、益々顔を顰めた。
「遠くから覗いていたら、気配になんて気付かないでしょう?
それに、僕が言っているのは盗人なんかじゃなくて、女性を狙う者たちの事だよ」
拉致とか?
有り得なくはないけど…
この館でそんな事は一度も起こった事はなく、わたしには突飛な考えに思えた。
王都では良くある事なのかしら?怖い都だわ…
「大丈夫よ、ミゲル、ここは王都よりずっと田舎だもの」
ミゲルは何が気に入らないのか、突然、わたしを抱え上げた。
「!?ミゲル、何するの!?」
慌てるわたしに構わず、ミゲルはわたしを岩場から運び出した。
ミゲルはわたしを草地に下ろし、いつ取ったのか、靴を足元に置いた。
「何なのよ、一体…」
「いい加減、大人になりなよ、義姉さん、痛い目見ない内にね___」
冷たい目と声に、ゾクリとしつつも、わたしは虚勢を張った。
「わたしなら大丈夫よ、一緒に護身術習ったじゃない、わたしはミゲルより強いんだから!」
「いつの話?僕はもう大人の男なんだよ?義姉さんが力で敵う筈ないでしょ」
「そんなの、やってみなくちゃ分からないわよ」
わたしは強気の姿勢で言ったが、次の瞬間、足を払われ、仰向けに倒れ込んだ。
倒れていく体を、自分ではどうにも出来ない。
草地であっても、衝撃は避けられない___
覚悟して受け身を取ろうとしたが、寸前で、ミゲルの固い腕に抱き止められた。
「これでも?」
自分を間近で覗き込む、冷たい碧色の瞳…
わたしは反射的にビクリとしていた。
情けない___!
羞恥心に顔が熱くなる。
「わ、分かったわよ!あんたの方が強くなったって認めるから、早くどきなさい!」
「義姉さん、身の危険を感じたら、逃げる事だよ。
そうならない為にも、普段から気を付けておいた方がいい。
義姉さんは無防備過ぎるんだよ___」
ここは、王都じゃないのよ!
喉元まで出掛かっていたが、地面から十センチの所、
腕一本で体を支えられている状況では、得策でない事は分かった。
「約束出来る?」
え、偉そうに!!義弟の癖に!!
この屈辱に、わたしは葛藤し、唇を震わせた。
「やくそく…したらいいんでしょう」
「うん、でも、約束破ったら、お仕置きするからね?」
ミゲルが天使の笑みを浮かべ、わたしを抱え起こした。
軽々とやってしまうミゲルは、確かに、わたしの力を遥かに上回っている。
いつの間に、こんなに逞しくなったのだろう…
それが、悔しく、そして少し寂しかった。
「義姉さん、靴履いて」
ミゲルが跪き、靴を履かせてくれた。
こんな事、以前のミゲルはしなかったのに…
王都ですっかり、洗練されてしまった様だ。
女性たちと楽しくやっていたんだと思うと、ムカムカとしてきた。
「ミゲルばかり狡いわよ!わたしだって、水遊びしたいし、乗馬だってしたい!
何より自由でいたいのよ!」
大体、一体誰が、わたしを襲うって言うの!?
わたしなんて、縁談の一つも来ないっていうのに!!
パーティでもいつだって、壁の花なのよ!!とは、恥を上塗りする様で言えないが。
「一生禁止なんて言ってないよ、
そういう事を叶えるのは、義姉さんの夫の役目だから。
義姉さんは、そういう人を選べばいいよ___」
簡単に言ってくれる…
そういう人は、わたしなんか選ばないわ…
◇◇
「ミゲルと一緒に、パーティに出席なさい。
あなたもだけど、ミゲルも相手を探して良い頃でしょう?
それに、ミゲルがエスコートをしてくれるわ。
あなた、いつもエスコート役がいなかったし、良かったじゃない___」
母は呆れる程に、楽観的だった。
エスコートが《義弟》だなんて、それは、エスコートがいないのと一緒ではないか!
不満はあったが、ミゲルを一人で行かせる訳にもいかない。
ミゲルが変な女に目を付けられたら大変だ!
わたしは渋々、パーティへの出席を承諾したのだった。
◇
艶のある深い紫色のドレスを選んだ。
フリルやリボン等の飾りは無く、代わりに銀色の花の刺繍がされている。
上品で大人なドレスだ。
フリルやリボン、可愛らしいドレスが似合わない事は、
昔から散々、意地の悪い従兄弟から指摘されてきた。
「おまえが着ると男が着てるみたいだな!」
「デカイ自覚、無いんじゃねーの?」
「そういうのは、可愛い子が着るからいいんだろ、おまえだと不気味!」
そして、パーティに出席する様になると、周囲の令嬢たちからも同様の事を言われた。
「ヴァイオレット様には、可愛過ぎではありません?」
「ヴァイオレット様はもっと、大人っぽいドレスの方がお似合いですわ」
「ヴァイオレット様がお好きなら、よろしいと思いますけど…」
憐れむ様な目で見られれば、気付くものだ。
似合わない、悪目立ち___
それまでは、装いに拘りはなく、仕立て屋の意見や母の好みで作っていたが、
周囲の意見を参考にし、自分で考える様になった。
そして、シンプルで目立たないドレスに行き着いたのだった。
わたし自身、フリルやリボンが好きという訳では無かったので、特に異存はなかった。
わたしはミゲルから貰ったショールを掛け、部屋を出た。
玄関ホールでは、既に着替えを済ませたミゲルが待っていた。
黒いタキシード姿のミゲルは、決まっていて、
さぞかし、令嬢たちから持て囃されるだろうと想像出来た。
ミゲルがわたしに気付き、上から下までゆっくりと視線を這わせた。
まるで、品定めしているみたいで、顔が熱くなる___
相手は義弟だというのに!
ミゲルだって、別に、変な目で見ていた訳じゃない、きっと、不備が無いか確認してくれていたのだ。
わたしはそう結論付け、平静を取り戻した。
「そう、値踏みする様に見るものではないわ、マナー違反よ!」
ミゲルは笑った。
「値踏みしていた訳じゃないよ、感心していたんだ。
最後に見た時は、まだ、ほんの娘だったからね…綺麗になったよ、ヴィー」
懐かしい呼び名で呼ばれ、ドキリとした。
それに、綺麗だなんて!
勿論、社交辞令だろうけど…王都で一体、何を習って来たのかしら?
「あ、あなたもね!あの頃は、小さくて頼りない男の子だった」
「うん、今の僕はどう?」
ミゲルが得意気な笑みを見せる。
どうせ、褒められ慣れているのだろう、自信が透けて見える。
実際、ミゲルは何処を取って見ても、完璧だ。
なんて憎たらしい義弟なの!
わたしは思い切り、顔を顰めてやった。
「自惚れ屋ね!ここは王都より田舎だけど、あなた程度の男は山程いるわよ!」
嘘だ、居る筈が無い。
「自惚れてはないけど、少し位、褒めて欲しかったなぁ…」
あまりに情けない声を出すので、わたしは失笑してしまった。
「ごめんなさい、嘘よ、あなた程の男はそうはいないわ。
きっと、令嬢たちの餌食にされるわよ、気を付けなさい」
「その時は、義姉さんが助けてくれるよね?」
「気が向いたらね」
その暇なら、幾らでもあるだろう。
どうせ、わたしは壁の花なのだから___
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