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本編
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しおりを挟む女なんて、つまらない…
これまで、幾度と無く、そういう場面に直面してきた。
どれだけ努力しても、女のわたしは《後継ぎ》にはなれない。
背が高い事だって、そうだ。
男であれば、目立ったりはしない、寧ろ羨ましがられていただろう。
ミゲルは小柄で、可愛い顔をしていたが、当たり前の様に、剣術や武術を習い始めた。
悔しくて、「わたしも習う!」と両親に掛け合い、一緒に習った。
わたしの方が腕は上だったけど、貴族女子学校の入学と共に、わたしだけ辞めさせられた。
「もう、十分だよ」と。
わたしは女性剣士になれると思っていたが、両親は全く取り合ってくれなかった。
ミゲルはあの時、何と言っただろう…
『どうしてよ!わたしなら、剣士にだってなれたのに!
ミゲルは剣士になんてならないのに、どうしてわたしだけ辞めさせられるの!?』
『お義父さんもお義母さんも、義姉さんが凄い事は分かってるよ。
ただ、危ない事をして欲しくないんだよ、義姉さんが大事だから…』
ミゲルは大人しく、控えめだけど、時々、凄く大人びた事を言った。
きっと、賢かったのだ。
わたしよりもずっと…
わたしに気を遣って、わざと一歩下がっていたのだ…
いつか、それを感じた時があった。
あの時は、悔しくて、少しだけミゲルが嫌いになった。
だけど、ミゲルは…
「待ってよ、義姉さん!」
ミゲルが追って来て、わたしは我に返った。
「どうしたの、ミゲル?」
ミゲルはわたしの所まで来ると、わたしの手を掴んだ。
大きな手、いつのまに、こんなに骨太になってしまったのだろう…
「急に元気が無くなったから…僕、何か気に障る事を言った?」
気に障る事は沢山言っていた気がする。
わたしは「別に、気の所為よ」と答えた。
すると、ミゲルの目は細くなった。
「いつも余計な事までハッキリ言う義姉さんが、何も言わない時は、
『落ちている時』でしょう?」
どうして、知っているのだろう?
わたしは「はっ」とし、少し頭が冷静になった。
ミゲルが声を落とす。
「僕に《伯爵》を継いで欲しくないなら、正直に言ってよ」
「誤解よ、わたしはミゲルに伯爵を継いで欲しいと思っているわ。
ただ、羨ましいだけよ、もし、わたしが男でも、きっと、父はミゲルを選んだと思うから…」
「義姉さんが男だったら、義父さんは迷わず義姉さんを後継ぎに選んだよ」
わたしが実の子だから?
とは、流石に言い難い…
だが、ミゲルはそれをすんなりと読み、頭を振った。
「僕は何一つ、義姉さんには敵わなかったよ」
「手加減してた癖に!」
「手加減なんてしてないよ、ただ、僕は男だから、その分有利なだけ。
だから、義姉さんが男だったら、僕は絶対に敵わないよ」
以前と同じ、優しいミゲルに心が癒される。
だから、いつも許してしまうのだ…
「そうね、わたしもそう思うわ!あなた、良かったわね、わたしが《女》で」
ミゲルは「そうだね」と笑った。
それから、わたしの手を引き、歩き出した。
「義姉さんのピアノが聴きたいな。四年も聴けなかったから…」
「それは、自分の所為でしょう!聴きたいなら、帰って来れば良かったのよ」
わたしは嫌な事を思い出し、唇を尖らせた。
「僕がいなくて、寂しかった?」
そう聞くミゲルが、何処かうれしそうで、わたしは増々嫌な気分になった。
「ぜーんぜん!寂しかったのは、ミゲルの方でしょ!」
「まー、そうかもね」
ミゲルが認めたので、わたしの機嫌は完全に回復した。
繋いだ手を大きく振り、ミゲルに笑顔を向けた。
「今夜は特別に、ミゲルの好きな曲を弾いてあげるわ!」
◇◇
ミゲルは父の仕事を習い始めた。
わたしはこれまで通り、二人の側で手伝いをしつつ、ミゲルを観察していた。
ミゲルが《伯爵》を継ぐに相応しいかどうか、自分の目で確かめたかった。
ミゲルは真面目で良く働くし、素直なので習得力も高い。
以前のミゲルは大人しく、押しに弱く、何処か気弱だったので、そういった処は心配だったが、
今のミゲルは父に対し、堂々と自分の意見を述べていた。
「可愛げが無いったらないわ…」
もし、ミゲルに弱点があれば、わたしが助けになろうと思っていたのに…
優秀過ぎて、嫌になっちゃうわ。
「ヴァイオレット、いいかしら?」
この日、母から呼ばれて部屋に行くと、お茶と菓子が用意されていた。
母は人払いをし、紅茶を勧めると、徐に、これからは自分の仕事を習う様にと告げた。
《伯爵夫人》の仕事は、主に館の管理、運営だ。
館の指揮を執っているのは母で、執事とメイド長と話し、一日の事を決めたり、
客を把握し、もてなしの仕方を決める。
他にも色々、絵画や美術品をどの部屋にどう飾るか、庭に何の花を植えるか…
問題があれば、それを聞き、解決に導く…
「あなたは《伯爵》の仕事を、『価値あるもの』と思っているわね?
確かにその通りだけど、《伯爵夫人》の役目も、同じ位、大切で価値ある事よ。
夫が安心して働ける様支え、家族や使用人たちに責任を持ち、
皆を護るの、素晴らしい事ではなくて?」
《伯爵夫人》の役目を、「価値が無い」とは思わないけど…
父の手伝いは、わたしに遣り甲斐と達成感を与えてくれる。
それに…
「それは、《ミゲルの妻》の仕事でしょう?」
ミゲルと結婚した女性が、《次期伯爵夫人》となるのだから、
わたしは介入する気など無い。煩い小姑なんて、邪魔なだけだ。
だが、母は平然として言った。
「嫁ぎ先でも役立つ事よ、習っておいて損はないわ。
このまま嫁げば、何も教えなかったのかと責められるでしょうし、
あなたが苦労するかもしれない。
あなたもそろそろ結婚して良い頃だし、教えておきたいのよ」
そろそろ結婚して良い頃?
あまりに遅い、今更ながらの申し出だ。
わたしはずっと前から、結婚を考えていたというのに、両親はなんて呑気なのか!
もしかして、わたしには結婚なんて無理だとでも思っていたのだろうか?
嫌な考えが浮かんできて、わたしは「むっ」と口を閉じた。
「ねぇ、ヴァイオレット」と、母が突然、怪しい笑みを浮かべ、わたしを覗き込んできた。
「あなた、スチュアートとはどうなっているの?」
突然、その名を出され、わたしは紅茶を吹き出す所だった。
「スチュアート・モットレイ男爵子息の事?どうもなってなんかいないわよ?」
わたしは平静を装い、『彼に興味など持っていない』という態度をした。
「あなた、スチュアートに好感を持っていたでしょう?」
!!!?
ズバリと言い当てられ、わたしは内心、酷く動揺したが、何とか平静を装った。
「スチュアートは良い人だと思うけど…彼は友達よ。
それに、彼には、誰か想う女性がいると思うわ」
わたしはキャロラインを思い出し、口を曲げた。
「あら、そうなの?スチュアートなら良いと思っていたのに…
優しくて、穏やかで、真面目で、従順、あなたの好みでしょう?
それに、彼、あなたより背が低いけど、気にしていないじゃない?」
好みなんて考えた事は無かった。
だけど、確かに、母の上げた資質は、わたしが好感を持った所だった。
「まぁ、そうだけど…」
「彼、何処か、ミゲルと似ているわよねー」
母が言い、わたしは「はぁ?」と思わず真顔で見返していた。
「全然、似てないわよ!」
「あら、そう?」
「強いて言えば、十六歳までのミゲルね。王都に行ってからは、変わってしまったもの!」
従順じゃなくなったし、意地悪になったし、口うるさくなったし、不真面目な所も…
「まぁ、それなりに?」とか、「そこまでじゃない」とか…女性に対して誠実じゃないわ!!
「王都がミゲルを堕落させたのよ!」
「堕落なんてしていないでしょう?
それに、見違える程立派になったけど、根の部分は変わっていないと思うわよ?」
わたしは肩を竦め、菓子を頬張った。
そして、話は終わりとばかりにソファから立ち上がった。
「話しは分かりました、お母様に習う事にします。
勿論、手が空いた時には父の手伝いをするけど、構わないでしょう?」
「ええ、それじゃ、早速始めましょうか___」
母は上機嫌でソファを立った。
応援ありがとうございます!
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