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本編
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しおりを挟む「ヴァイオレット様は良くお眠りになられていたので…
ミゲル様が運んで下さいましたよ」
メイドから聞かされ、わたしは羞恥で顔が赤くなった。
何と言う失態か!
「ミゲルがここまで運んで来たの?信じられないわ…」
「あら、ミゲル様はお若いですし、立派な体格の持ち主ですから、
お茶の子さいさいでしたよ!」
そういえば、ミゲルはわたしを抱きかかえ、パーティ会場から連れ出した。
あの時も、全く疲れは見えなかった。
お茶の子さいさいだなんて…
随分、良く育ったものだ。
廊下でバッタリ、ミゲルに会った時には、何故だか、顔が赤くなった。
「昨夜は、その、運んでくれたんですってね!あり、ありがとう…」
ミゲルは全く気にしてはおらず、愛想の良い笑みを見せた。
「気にしなくていいよ、これもエスコート役の務めだからね。
それより、良い夢でも見てたの?『王子様』って言ってたよ」
「!!!」
わたしはこれ以上ない程に、赤面した。
「寝言は聞いても忘れるのが礼儀よ!」
「そうだったの?ごめんね~。
それにしても、王子様かぁ、懐かしいなぁ。
ヴィーは昔から、王子様が好きだったよねー」
ミゲルが思い出したのか、ニマニマと笑っている。
ミゲルは誤解している。
王子様は好きだけど…
「わたしは王子様になりたかったのよ」
だから、あっさりと、「うん、知ってるよ」と返って来た時には、自分の耳を疑ってしまった。
「どうして?」
誰にも言った事は無かった筈だ。
「義姉さんは潔かったし、恰好良かったからね、それだけでも王子様の風格があったよ。
それに、いつも僕を護ってくれたでしょう?
僕の目には、義姉さんはいつも王子様に見えていたよ___」
知らなかった…
わたしは確かに、ミゲルを護る王子様の気でいたけど、気付いていないと思っていた。
だって、ミゲルは、本当は、わたしに護られる様な弱い人間じゃなかったから…
でも、そう思ってくれていたなら、うれしい…
「だけど、今は違うでしょう?」
ミゲルが微笑む。
ミゲルは、今のわたしにガッカリするかと思っていた。
王子様になれず、お姫様にもなれないわたしは、酷く惨めだ。
だけど、ミゲルはうれしそうに見える。
「義姉さんも、王子様を待つ様になったんだね…」
ゆったりと微笑む。
その碧色の目は、蕩ける程に優しい。
どうして、胸がドキドキするのだろう?
「ミゲルだって!王子様になるって言ってたでしょう…」
何故、そんな事を言ってしまったのか!
わたしは自分の舌を噛みたくなった。
「ああ、覚えてたんだ…」
ミゲルは苦笑し、金色の髪を掻いた。
頬がほんのりと赤い。
子供の頃の発言って、恥ずかしいわよね。
わたしはしてやったりという気分だったが…
「いつかなるよ、誰かの為だけの《王子様》にね___」
どうしてだろう…
狡いわ!という自分の向こうで…
泣きたい自分がいた。
◇◇
翌週、キャロラインが突然、わたしを訪ねて来た。
これまで、キャロラインがオークス伯爵家に来た事はなかった。
それが、突然何の前触れも無くやって来たのだから、
『スチュアートとの婚約を伝えに来たのだろう』と思った。
スチュアートとキャロラインの話を聞いた時には、ショックだったが、
パーティから帰って以降は、すっかり忘れていて、思い出す事も無かった。
わたしはそんな自分に驚いていた。
わたしは自分がスチュアートに好意を抱いていると思っていたが、
すんなり諦めが付く程度の事だったのだろうか…
それとも、単に、諦めが早いだけだろうか?
わたしは複雑な思いで、キャロラインと対峙したのだが、
キャロラインは意外な事を言い出した。
「ヴァイオレット様に、義弟がいらっしゃると聞いてぇ、
あたしたち、お友達だしぃ、ご挨拶をしておきたくてぇ」
何処からか、ミゲルの事を聞いた様だ。
だが、そんな事でわざわざ訪ねて来なくても良かったのに…
「それなら、パーティで会った時にでも…」
「ええ~!折角来たんだものぉ、お会いしたいわぁ!」
約束もせずに勝手に来ておいて…
キャロラインの我儘にわたしは苛立ったが、それは隠して応対した。
「でも、ミゲルは仕事中だから…一応、声は掛けてみるけど」
メイドに伝えて貰った所、程なくしてミゲルがパーラーに現れた。
その途端に、キャロラインの顔がパッと輝きを見せた。
その瞳はミゲルを直視し、爛々と輝いている。
ああ、何だか、凄く嫌な予感がするわ…
「キャロライン、義弟のミゲルよ。
こちらは、わたしの友人の、キャロライン・タスカー男爵令嬢」
「初めまして、ミゲルです、義姉がいつもお世話になっています」
ミゲルはわたしの内心など知らず、愛想良く挨拶をした。
キャロラインはといえば、とびきりの笑顔を見せた。
「初めましてぇ、キャロラインですぅ。
ヴァイオレット様に、こんな素敵な義弟がいるなんてぇ、知らなかったわぁ!
早く教えて下さればよろしかったのに~」
まるで、わたしが悪いと言わんばかりだが、珍しい事ではないので、聞き流した。
だが、ミゲルはわたしの隣に座ると、それとなく庇ってくれた。
「実は、長く館を離れていたんです、戻ったのは最近で…」
「そうなんですかぁ?これまでは、どちらにいらしたんですかぁ?」
「王都の王立貴族学院に通っていました」
「ええ!すご~~~い!!」
キャロラインが大袈裟に声を上げる。
ミゲルは感じ良く微笑み、頷くと、席を立った。
「それでは、僕は戻ります、キャロライン、ゆっくりして行って下さい」
「ええ~、あたしぃ、まだお話したいですぅ」
キャロラインが強請る様に言う。
わたしはキャロラインを止めようとしたが、それよりもミゲルの方が早かった。
「生憎、父を待たせていますので、また機会があれば___」
ミゲルは感じ良く、だが儀礼的な挨拶をし、パーラーを出て行った。
わたしは、ミゲルがキャロラインに興味を示した様子が無かった事に安堵した。
「ああ~、行ってしまったわぁ…
ヴァイオレット様酷いわぁ!引き止めて下さらないなんてぇ!!」
キャロラインがわたしを責め始め、わたしはウンザリとし、それを聞き流した。
キャロラインは以前からこんな調子で、わたしはいつも彼女の機嫌を取って来た。
機嫌を直せば、悪い子では無かったからだ。
だが、今は、機嫌を取る気にはなれなかった。
「この埋め合わせはして下さいますよねぇ?」
「埋め合わせ?」
聞き流していたら、変な方に話が進んでいた様だ。
「義弟さんとの仲を、取り持って下さいねぇ」
わたしはポカンとしていた。
「どうして?だって、あなた、スチュアートと婚約するんでしょう?」
「スチュアート様とはぁ、婚約したけどぉ、義弟さんの方が素敵だものぉ!
義弟さんと上手くいかなかったらぁ、スチュアート様と結婚しようかなぁ」
「そんなの、駄目に決まっているでしょう!
ミゲルにもスチュアートにも、失礼だわ!」
わたしは咄嗟に言っていた。
キャロラインはあからさまに顔を顰めた。
「ええ~、ヴァイオレット様怖い~~~。
仕方ないじゃないですかぁ、義弟さんと出会う前に、婚約しちゃったんですからぁ。
こうなったのもぉ、ヴァイオレット様が義弟さんを紹介してくれなかったからですよぉ、
あたしだって、責任取って欲しいですぅ」
彼女は持論を主張し始めた。
こうなると、何を言っても無駄だ。
キャロラインは自分が正しいと信じ、疑わないのだから…
「キャロライン、スチュアートと婚約したなら、彼との事を最優先するべきよ。
それに、誰であれ、ミゲルとの橋渡しは出来ないわ。
ミゲルの相手に関しては、両親も厳しく目を光らせているから___」
最後のは嘘だが、キャロラインを諦めさせる為だ、仕方が無い。
それが功を奏し、キャロラインはぶつぶつ言いながらも、帰ってくれた。
キャロラインの乗った馬車が門を出て行くのを見て、どっと疲れが出た。
「彼女が、スチュアートと婚約した《キャロライン》?」
部屋に戻ろうとしていた所、ミゲルがやって来た。
「ミゲル、仕事は良いの?」
「うん、さっきのは、彼女を避ける為の口実だよ」
ミゲルがニヤリと笑う。
キャロラインに気が無い事が証明され、わたしは安堵の息を吐いた。
「ごめんなさい、急に訪ねて来て、あなたに会いたいって言うものだから…」
「困った人の様だね、本当に友達なの?」
「友達というか、懐かれているの、それに、放って置けない感じがして…」
「義姉さんは面倒見が良いし、世話好きだからね。
だけど、もっと人は見た方がいいよ」
ミゲルが素っ気なく言うので、わたしはつい、庇ってしまった。
「悪い子じゃないわ、だけど、時々、常識が無いの」
「それに、浮気性みたいだね。
もし、僕が彼女に気のある振りをしたら、スチュアートは戻って来るかもしれないよ?」
わたしはカッとし、ミゲルを睨み付けた。
「馬鹿な事言わないで!キャロラインと付き合ったら、絶交だから!」
「絶交って、子供みたいだよ?」
「子供で結構よ!」
わたしはツンと顔を上げ、早足で廊下を突進した。
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