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本編

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その週は、他にも来客があった。

従兄のチャーリー・ジョンソン男爵子息と妻のポーラ、チャーリーの弟のマイルズだ。

わたしと従兄弟は、年こそ近いが、決して仲良くはない。
幼い頃から家に来る度、何かと意地悪を言われてきた。
お互いに嫌い合っていた訳だが、積もり積もって、爆発した事がある。
あれは確か、わたしが十三歳の頃だ___


「おまえ、捨て子なんだろう?」

十三歳ともなれば、少しは賢くなり、わたしは意地悪を言われても、無視する事にしていた。
だが、それが面白く無かったのか、チャーリーとマイルズは、他でもない、ミゲルに絡んできた。

「貴族の振りしても直ぐに分かるぜ!」
「臭いが違うよなー!」

十二歳のミゲルは小さく華奢で、わたしの傍で視線を落とし無言でいた。
わたしは頭に来ていたし、ミゲルを護らなくては!という責任感に突き動かされていた。

「いい加減な事言わないでよね!ミゲルに意地悪を言ったら、許さないから!」

「へー、どう許さないってんだ?」

この挑発に、わたしは切れ、箒を手に取り、二人を追い回した。
二人を箒でボコボコにしている所に、大人たちが駆け付け、引き離なされた。
チャーリーとマイルズの両親は、烈火の如く怒っていた。

「まぁ!何て狂暴なのかしら!これで、伯爵令嬢だというの?
ロバート!あなた、どういう教育をなさっているの!
ああ、可哀想なチャーリー、マイルズ…傷が残ったら責任を取って貰いますからね!」

「ヴァイオレット、暴力はいけない」

両親に促され、わたしは渋々謝罪したのだった。
わたしだけが怒られたのには頭に来たが、チャーリーとマイルズがミゲルを「捨て子」と言ったなど、
ミゲルや皆の前ではとても口に出来なかった。
そんなの、ミゲルが傷付くに決まっている!

ミゲルは恐らく、それに気付いていたのだろう、
申し訳なさそうにしていたし、後でわたしに謝ってきた。

「ヴィー、ごめんね、僕の所為で…」

「悪いのはミゲルじゃない、あいつ等よ!もっと、ボコボコにしてやるんだったわ!」

それで終わり___の筈だったのだが、当のチャーリーとマイルズが、終わりにしなかった。
彼等は叱られていなかったので、調子に乗っていた。
わたしを怒らせようと、わたしとミゲルにしつこく絡んで来た。

「あいつ、女じゃねー?」
「おーい!スカート穿いてみろよ!」
「おまえら、女と男、逆だろう!」
「おまえも男だったら良かったのになー」
「おまえみたいな、デカくて狂暴な女、絶対、結婚なんか出来ないぜ!」

実の所、わたしもミゲルに似た様な事を言った事があったので、罪悪感に胸が疼いた。
ミゲルは女の子よりも可愛いし、綺麗な顔をしている。
だから、つい、「可愛い!」「ちいさい!」「お姫様みたい!」と言ってしまうのだ。

あれって、良く無かったのかも…

今更ながらに気付き、反省したのだった。
だが、ミゲルは違う事を思った様で、わたしを励ましてくれた。

「あんなの、気にする事ないよ!ヴィーは狂暴なんかじゃないよ、優しいし、綺麗だよ…
結婚だって、絶対に出来るから!」

そんな事は心配していなかったのだが、本当の事を言うには、ミゲルに申し訳ない気がし、
「うん」と頷いた。

だが、問題は、その直ぐ後だ…

わたしは自分の部屋に入り、床に散らばるものを見て、愕然となった。
そこには、ベージュの布切れ、そして白い綿が飛び散っていた。

それが何の残骸であるか、わたしには直ぐに分かった。
わたしの5歳の誕生日に、両親が贈ってくれたうさぎの人形で、
わたしの初めての友であり、宝物___

ハッピー!!

足元に転がっている赤いボタンを見て、わたしは我を忘れ、部屋を飛び出していた。

あいつ等がやったんだ!!
絶対に許さない!!

わたしは、こちらに気付き、ニヤニヤと笑いながら歩いて来たチャーリーとマイルズに、
勢いのまま飛び掛かった。
わたしの方が二人よりも背が高く、この時のわたしは、自分の方が強いと信じて疑っていなかった。
ハッピーの為にも、絶対に思い知らせてやるつもりだった。

だが、実際は、チャーリーは十四歳、マイルズは十二歳の男子で、
しかも二人掛かりだ、力では全く敵わなかった。
掴み合いになり、わたしは顔を殴られたが、幸い、憤慨していたので気にならなかった。
床に倒され、頭を打っても、体を蹴られても、痛みよりも怒りの方が勝っていた。
長い髪を掴まれ引き摺られる中、わたしは一矢報いてやろうと、狂った様に両手を振り、
足をバタバタとさせたが、手応えは全く無かった。

悔しい!悔しい!!

ミゲルが助けを呼びに行ってくれていた様で、
程なく駆けつけたメイドや使用人たちが、わたしたちを引き離し、わたしは助けられた。

「ヴィー!大丈夫!?」

ミゲルが泣きそうな顔でわたしに取り縋った。

わたしは酷い有様だった。
自慢の黒髪はぼさぼさになり、絡まって、まるで箒だ。
普段着用のドレスはくしゃくしゃで、汚れ、フリルは取れ、あちこち破れていた。
冷静になってくると、痛みを感じてきた。
体が痛い、顔も痛い…
だが、わたしは絶対に『泣かない!』と、歯を食いしばり、ふんばった。

「こいつが殴りかかってきたんだ!」
「そうだ!ヴァイオレットが悪いんだ!」

チャーリーとマイルズは、当然の様にわたしを責め立てた。
わたしは二人を睨み付け、吠えた。

「ハッピーに手を出すからよ!絶対に許さない!!」

ボコボコにしてやりたかったが、逆に自分がボコボコにされてしまった。
わたしは何も出来なかった、悔しい!!
だが、それをチャーリーとマイルズには知られたくない___

「勝手に決めつけんなよ!俺たちがやったんじゃねーし!」

チャーリーとマイルズは白を切り通す気だ!
わたしはカッとしたが、ミゲルがわたしの手を握り、小さく「ヴィーは黙ってて!」と言った。
黙ってなんていられる筈がない!
だが、ミゲルが手を強く握るので、《本気》だと分かった。

程なく、わたしの両親を先頭に、チャーリーとマイルズの両親、
その後ろからは他の親族たちが駆け付けて来た。

「ヴァイオレット!どうしたんだ、その恰好は…」

変わり果てた娘の姿に、父は唖然とし、母は悲鳴を上げた。

「チャーリーとマイルズに聞いて下さい!」

ミゲルがいつもは出さない大きな声を上げた。
反射的に、皆はチャーリーとマイルズを注目した。
すると、チャーリーとマイルズは無邪気に、意気揚々、それを話した。

「ヴァイオレットが言い掛かりを付けて来たんだ!」
「俺たちが、うさぎの人形をナイフで切り裂いたって!」
「それで、急に殴りかかってきたんだよ!」
「俺たち、自己防衛しただけだから!悪くないでしょ!」

大人たちが今度はわたしの方を見た。
だが、その表情には同情、憐れみの様なものが見え、わたしは悔しく唇を噛んだ。
尤も、チャーリーとマイルズの両親は別で、怒りを露わにした。

「何て乱暴なの!私たちの子がそんな事をする筈が無いじゃない!」
「そうだ、先ずは事実を確かめるべきだろう、それを暴力で解決しようとは…」
「これが伯爵令嬢なの!」
「私たちは黙っていないからな!」

社交界で、この事を言って周るというのだ。
わたしは、自分で自分を貶めてしまった___
その上、伯爵家の名にも傷を付けてしまう事になるかもしれない…
わたしは事の重大さを知り、目の前が真っ暗になった。

流石に、折れそうになったが、ミゲルがわたしの手を強く握ったので、寸前で止まる事が出来た。
わたしは縋る様にミゲルを見た。

「待って下さい!証拠ならあります!」

ミゲルは、いつもとは違い、強い目をしていた。
ミゲルのこんな勇ましい表情を見たのは初めてで、わたしは茫然となった。

「証拠?へん!ある筈ないさ!」

チャーリーとマイルズは高を括っていた。
ミゲルは冷静にそれを話し出した。

「チャーリーとマイルズは、さっき、自白をしました。
『うさぎの人形をナイフで切り裂いたと言い掛かりを付けられた』、そう言ったよね?」

「それが、何で自白になるんだよ!そんなの、見れば分かるって!」

「ヴァイオレットは『人形をナイフで引き裂かれた』なんて、一言も言ってないよ。
『ハッピーに手を出すからよ』としか言っていないよね?」

そうだわ!
だから、ミゲルは黙っていろと言ったのね…
わたしはミゲルの意図に気付き、大きく頷いた。

「ハッピーが、あの薄汚いうさぎの人形だってくらい、皆、知ってるよ!」

わたしは小さい頃はよく、ハッピーを連れていたので、覚えていたとしても不思議ではなかった。
ああ、どうするの?
ミゲルをチラリと見たが、その横顔に動揺は無かった。

「ふぅん、でも、ハッピーはヴァイオレットの部屋にあったんだよ?
君たちは、ナイフで引き裂かれたハッピーを、どうやって見たの?」

ああ!そうだわ…
部屋にでも入らない限り、その事は、誰も知らない筈だ___

「僕たちが君たちの所に来る前に、こっそり部屋に入って見たのかな?
勝手に部屋に入るのは、マナーに反しているよね?
しかも、女の子の部屋に入るなんて…怖いよ」

ミゲルが軽蔑の目を向けると、チャーリーとマイルズは青くなり、「ええ…それは…」と口籠った。
チャーリーとマイルズの両親も、立場が悪くなった事を悟り、顔を引きつらせた。

「な、なんて生意気な子なの!捨て子の癖に偉そうに!チャーリーとマイルズに謝りなさい!」
「こいつを引き取る時、私たちは反対したんだ、性悪だと分かっていたからな!」

論点をすり替える為か、ミゲルを責め始めたが、父がすっと前に出た。

「ミゲルは捨て子ではない、それに、ミゲルが謝る必要は無いでしょう。
ヴァイオレットは女子ですよ、勝手に部屋に入るなど、許せる事ではない!
暫くの間、チャーリーとマイルズを館に招くのは止める事にしよう」

「そんな!部屋に入ったとしても、人形を破ったのはこの子たちじゃないわ!
罪を着せるなんて、酷いじゃないの!」

「館にいる全員に話を聞いてもいいが、他に怪しむべき者がいなければ、
チャーリーとマイルズの疑いは濃くなるだろうね。
二人がヴァイオレットの部屋に入ったのは確かなのだから。
使用人の誰かはチャーリーとマイルズの事を見たか、話を耳にしているだろう。
それに、疑われたからと言って、女性に手を上げる者は、この館には居て欲しくない!
極めて野蛮で恥ずべき行為だ!これを許せば、伯爵家の品位が落ちる、どうぞ、お帰り下さい___」

父が厳として告げ、チャーリーとマイルズ、二人の両親は早々に
伯爵家から追い出されたのだった。


この件で、わたしはミゲルが実は冷静で、とても賢い事を知った。
そして、わたし自身は、自分が思うよりも、ずっと弱いのだとも…

わたしはこれまで自分が一番強い気でいたので、ショックだった。
しかも、大嫌いな従兄弟に負けたのだ!

ハッピーの敵を取ったのも、ミゲルとわたしの父で、わたし自身ではない。
わたしたただ、暴れて怪我をしただけだ。
その上、危うく、自分と家の名に傷を付ける所だった___
自分が情けなく、酷く恥ずかしかった。

わたしは数日落ち込んでいた。
喧嘩の罰として、「一週間、部屋から出てはいけない」と言われていたので、丁度良かった。
ミゲルは心配して部屋に来てくれたが、わたしは話す気にもならなかった。

だって、ミゲルはわたしよりもずっと、賢いもの…

ミゲルの顔を見ると、自分が一層、情けなくなる。


だが、その日、目を覚ますと、わたしの隣には《ハッピー》がいた。
勿論、元の姿とはいえない。
あちこち縫い合わされ、痛々しい。
だが、新しく、首には黄色いリボンが結ばれ、体には紫色のワンピースが着せられていた。

わたしは、何故だか、『ハッピーを直してくれたのはミゲルだ』と思った。

ミゲルは誰よりも、わたしがハッピーを大事にしている事を知っていたから…

わたしはハッピーを持ち、ベッドから飛び降りた。
そして、部屋を飛び出し、ミゲルの部屋へ駆け込んだ。
ミゲルはもう起きていて、ソファで本を読んでいたが、それを置き、立ち上がった。
驚いた目をしているが、わたしは構わずにそれを言っていた。

「ミゲルがやってくれたんでしょう!?」

「うん、どうかな?裁縫は初めてなんだけど…」

やっぱり!ミゲルだった!!

わたしは「ありがとう!」と、ミゲルに抱き着いた。
それから、何故だか、わたしは大泣きしてしまった。
ミゲルは何も言わず、わたしの体を、そっと撫でてくれた。

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