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本編
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しおりを挟むそれからすぐ、ミゲルが剣術や武術を習う様になり、わたしは自分も習いたいと両親に迫った。
両親はわたしが従兄弟に怪我をさせられた事で、「護身術は必要だな」と
それを許してくれた。
十六歳で貴族女子学校に入るまで、わたしは剣術と武術を習った。
稽古相手はミゲルで、わたしはいつもミゲルを負かしていた。
だが、今思えば、もしかしたら、ミゲルは手を抜いていたのかもしれない…
チャーリーとマイルズが伯爵家に来る事を許されたのは、
去年、チャーリーの結婚が切っ掛けだった。
《大人》と認められ、過去を水に流す事にしたのだ。
そうして、現れたチャーリーとマイルズは、意地悪を言って来る事は無かったが、
わたしの事は、いつも見下す様な目で見ていた。
お互い、必要以上に顔を合わせる事も、言葉を交わす事もなかった。
わたしは予め、両親から言われていた。
「親戚だから仕方が無いが…チャーリーとマイルズは信用出来ない。
他の者のいない所では会わない様にするんだよ」
互いに相容れない存在ではあるが、面倒事にはなっていなかった。
だが、そのチャーリーとマイルズが突然訪ねて来た。
しかも、両親が遠方に出掛けている時に…
チャーリーとマイルズは両親の不在を知っていて訪ねて来たのではないか?
わたしは嫌な予感がしていた。
「チャーリー様、ポーラ様、マイルズ様が来られていますが、いかがなさいますか?」
使用人たちも、わたしたちの確執は知っていたので、心配そうな顔で聞いて来た。
会わない方が良いかもしれないが、何か用があって来ているなら、
追い返す訳にもいかない。取り敢えず、会ってみる事にした。
「直ぐに行くわ」
わたしは短く返事をし、パーラーへ向かった。
パーラーの扉を開けると、騒音にも思える、チャーリーとマイルズのダミ声が聞こえてきた。
チャーリー、ポーラ、マイルズは、長ソファに座り寛いでいた。
わたしは威厳を放ち、堂々と進み、彼等の前に立った。
「ようこそ、ジョンソン男爵子息、夫人、今日はどういったご用件でしょうか?
生憎、両親は出掛けていて、帰りは来週になります。
良ければ、わたしがお話を伺いますが___」
感情を含めず、儀礼的に言う。
チャーリーとマイルズはニヤニヤと笑っていた。
「久しぶりだな、ヴァイオレット」
「俺たち従兄妹なんだ、いつでも訪ねて来たっていいだろう?」
良い訳がない。
しかも、親しい仲でもないのだから、今直ぐにでも放り出したい気分だ。
「俺の妻、ポーラを紹介していなかっただろう?」
まぁ!それでわざわざ?と、感激する事は無い。
チャーリーの妻のポーラは、驚く程化粧が厚く、年齢不詳だ。
素顔で会えば気付かないだろう。
それに、随分豪華に着飾っているので、資産を持っているのかもしれない。
「チャーリーとマイルズの従妹、オークス伯爵令嬢ヴァイオレットです」
「チャーリーの妻、ポーラです」
ポーラはツンとして答える。
まるで、高位貴族の風格だ。
一体、何故、チャーリーと結婚したのだろう?
チャーリーは意地が悪いし、粗野で加虐的で、不真面目な人間だ。
良い所が思いつかない…
「おまえ、二十一歳だろう?まだ結婚してねーの?」
とうとう、チャーリーが本性を現した。
ほらね、分かっていたわ。
人間、そう簡単には変わらないってね!
さては、結婚を自慢して、わたしを悔しがらせたいのね?
わたしがどうやり込めようかと思案していると、チャーリーが先に手札を切った。
「そういや、あいつとはどうなったんだ?」
「あいつ?」
誰の事かと頭を傾げると、チャーリーはニヤリとした。
「スチュアート・モットレイ男爵子息だよ、おまえ、あいつの事好きだったんだろう?
けど、スチュアートはおまえの友達を選んだんだってな」
「そんな話、何処で聞いたの?」
わたしは心当たりがなく、顔を顰めた。
「パーティで令嬢たちが話してたぜ」
そんな話が周っているとは思わなかった。
憶測で話が大きくなったのだろうが…
中らずと雖も遠からずで、嫌な感じだ。
人の口に戸は立てられないし…こうなれば、屈辱に耐え、忘れて貰えるのを待つしかない。
「まー気持ちは分かるよ。
幾ら伯爵令嬢でも、おまえじゃ、男を相手にする様なもんだろ」
「おまえと町娘なら、町娘を選ぶよなー。
おまえも、いい加減、女を磨けよ、まー、その狂暴さと身長はどうにもなんねーか!」
チャーリーとマイルズは声を上げて笑い、ポーラは嘲る様な目で口の端を上げた。
結婚しようが、二十歳を超えようが、全く改心しない様だ。
わたしは苛立ちもあり、ピシャリと言ってやろうと思った。
だが、わたしよりも早く…
「用が無いなら、お引き取りを」
厳とした声と共に、扉から入って来たのは、ミゲルだった。
チャーリーたちはミゲルと会っていなかったので、分からなかったのだろう、
その顔から得意気な表情は消え、「誰だ?」と囁き合った。
「まさか、ヴァイオレットの婚約者か?」
その結論に、わたしは吹き出しそうになった。
ミゲルが近くまで来て、チャーリーたちを見下ろす様に立つと、漸く気付いたらしい。
「おまえ、まさか、ミゲルか?」
「なんだ、ミゲルか!フン!養子が偉そうに!」
相手がミゲルだと分かり、チャーリーたちは勢いを取り戻した。
わたしは呆れた口調で言ってやった。
「ミゲルは次期伯爵よ?言わば、父の代理です。
その彼が帰れと言っているの、どうぞ、お引き取り下さい」
チャーリーたちはそれでも尚、偉そうな態度は改めず、堂々と、呆れる事を言い出した。
「そう言うなよ、折角来たんだから泊まって行ってやるよ、部屋を用意させろ」
「ヴァイオレットを悪く言う者は、誰であれ、この館には泊める事は出来ません。
どうぞ、お引き取り下さい___」
ミゲルがチャーリーたちを見下ろし、厳として言った。
チャーリーたちが駄々を捏ねれば、摘まみ出しそうな雰囲気がある。
こんなミゲルを見るのは初めてだ。
本当に、ミゲルは大人になったのだ…
「フン!養子の癖に、偉そうに!」
「父さんに言いつけてやるからな!後悔すんなよ!」
「えー、ここに泊まらないの?私、安宿は嫌よ、臭いし汚いし…」
「家に帰りなさいよ、男爵家までは半日あれば着くでしょう?」
「煩い!おまえは黙ってろ!」
「男爵家なんて、小さくて古いし、カビが生えそう、結婚なんかするんじゃなかったわ…」
このポーラの発言に、チャーリーは自尊心を傷つけられた様で、顔を真っ赤にしていた。
止めどなく文句を言い続けるポーラを、チャーリーは半ば引き摺る様にし、館を出て行った。
チャーリーは金を掛けず、ポーラの要望を叶える為に、ここに来たらしい。
ジョンソン男爵家の者は、全員、かなりの守銭奴で、質が悪い。
しかし、それならそれで、上手い言い訳でも考えて来たら良いものを…
あんな意地の悪い事を言い、どうして泊めて貰えると思ったのか?
頭が悪いとしか言い様がない。
それとも、相手がわたしだったから、下手に出られなかったのだろうか?
父になら、まだ泣きつく事が出来たのかもしれない。
運が悪かった様だ___
そう思いながらも、わたしは内心、ニンマリしていた。
わたしやミゲルを悪く言うからよ!ざまぁ!!
「ミゲル、さっきは、ありがとう」
わたしはミゲルに礼を言った。
『ヴァイオレットを悪く言う者は、誰であれ、この館には泊める事は出来ない』
あの言葉は、うれしかったし、感動した。
だが、ミゲルは難しい顔をしていた。
「当然の事だよ。本当は、義父さんも彼等を許したくなかったんだよ。
親戚を盾にされて、仕方なく表面上許しただけなんだ。
自分たちの居ない間に彼等が来たと知れば、心配するよ」
「本当に?知らなかったわ…」
確かに、『信用出来ない』とは言っていたけど…
もう、何年も経っているので、去年、父が許しを与えた時、
わたしは父がこれまで許さなかった事に驚いていた位だ。
「義姉さんは呑気だね、あの時、義父さん、義母さん…僕が、
どれ程心を痛めたと思っているの?
あんな事、二度とごめんだよ___」
《あの時》、わたしがチャーリーとマイルズに負けた時だ…
「大丈夫よ、剣術も武術も習ったし、今度はそう簡単にはやられない…」
ミゲルの表情が険しくなり、わたしは反射的に語尾を飲み込んでいた。
ミゲルはわたしに近付いて来たかと思うと、わたしの肩を掴み、ソファに押し倒した。
「!?」
驚いて声を上げようとしたが、至近距離に碧色の目があり、息を飲んだ。
その目に怒りが見える___
「義姉さんは懲りない人だね、
いい加減にしておかないと、泣く事になるよ___」
その言葉と同時に、噛みつく様に唇を塞がれた。
「ん!!!」
覆い被さってくる、その強い力に、わたしは抗ったが、成す術はなかった。
戒めの様なキスが終わり、体を離される。
息苦しく、空気を求め、胸が上下した。
顔を上げると、目の前に立つミゲルも、荒い息をしていて、わたしはカッと顔が熱くなった。
「分かったら、自重して」
ミゲルはわたしの頭を撫でると、パーラーを出て行った。
「な、なによ!子供扱いして!!」
「わたしは、二十一歳なのよ!」
「もう、世間知らずの小娘じゃないわ!!」
だけど、あのキスは…
わたしは震える指で、そっと唇を辿った。
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