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しおりを挟むレーニエは顔に包帯を巻いていた。
腕の方は長袖を着ていたので分からなかったが…
「この度は、リリアーヌが大変に申し訳無い事を致しまして…」
父が謝罪の言葉を述べる間、わたしは目を上げられなかった。
あまりに痛々しい姿に、とても見ていられなかったのだ。
レーニエは一通りの謝罪を聞いた後で、口を開いた。
「父がリリアーヌとの結婚を迫ったと聞きました、
僕としては、そんな気はありません___」
彼の言葉に、わたしは唇を噛んだ。
やはり、レーニエはわたしなんかとは、結婚したくなったのだ!
それを知り、わたしは泣き出しそうだった。
シャーリーの様に泣き喚けたら、どれだけ良いだろう…
「この怪我の事でしたら、原因はリリアーヌでは無く、あの植物にあります。
それを扱っていた者や、怒らせた者にあるでしょう、リリアーヌはただ巻き込まれただけです。そして、僕は、咄嗟に体が動いてしまっただけです。それで、無理矢理結婚を迫るなど…父も急な事で混乱していたのでしょう、どうかお許し下さい」
レーニエは淡々と言うと、「僕はこれで失礼します」と背を向け部屋を出て行った。
父はわたしにレーニエを追う様に言った。
「フォレー公爵が納得する筈が無い!おまえが、なんとかレーニエ様を説得するんだ!出来なければ、我が家が破滅なんだぞ!」
わたしはレーニエを追い、庭に出た。
「レーニエ様!」
わたしが呼び止めると、レーニエは足を止めた。
「この度は、助けて頂き、感謝致しております…
ですが、その所為で、レーニエ様に怪我を負わせてしまい…申し訳ありません」
レーニエは嘆息した。
「謝罪は必要無いよ、さっきも言ったと思うけど、君の所為では無いし、
君を庇った訳じゃない、咄嗟に体が動いただけだよ」
彼の口調は淡々とし、冷たく感じられた。
こんな彼は初めてだった。
余程、わたしとの結婚が気に入らないのだろう…
そんな彼に、無理に結婚を迫るなんて…
そんな酷い事が出来るだろうかと胸が痛んだ。
「父の事なら、僕が説得するから、心配しなくていいよ」
「でも、わたしの所為です…何か、償いをさせて下さい…」
わたしが言うと、彼は笑った。
「償いで結婚?僕も落ちぶれたものだね…
リリアーヌ、君は気付いていないのかもしれないけど、それは酷い侮辱だよ。
こんな醜い姿では、誰も結婚などしてくれないだろうと?」
レーニエは顔の包帯を解くと、わたしを振り返った。
その端正な顔の左側…黒ずんだ紫色に変色し、不自然なおうとつが見えた。
そして、その左目は深紅___
わたしが息を飲むと、彼は薄く笑みを見せた。
「分かっただろう、大人しくお帰り、リリアーヌ」
何が分かったのか…彼の言った意味は、わたしには分からなかったが、
わたしはその場から動けなかった。
レーニエはそのまま庭園に入って行き、姿を消した。
◇
結局、レーニエはフォレー公爵を説得する事は出来ず、
結婚するにしても魔法学園を出てから…という事で、
婚約はこのままの状態となり、この件は放置された。
魔法学園に入学したわたしは、いつもレーニエの姿を探していた。
レーニエとは学年が違い、会う事はあまり無かったが、
見掛けた時には、彼はいつも独りだった。
気品があり穏やかだが、話題は豊富で社交的だった彼が、周囲に誰も寄せ付けずに独りで過ごしている…その姿に胸が痛んだ。
そうさせてしまっている原因は、『わたし』なのだから。
彼は「咄嗟に体が動いた」と言っていたが、それでも、わたしの所為に違いは無かった。
レーニエは怪我の痕を隠す為に、左側に黒いアイマスク…仮面を着けていた。
そして、赤い目を隠す様に、左の前髪を伸ばし始めた。
それは、周囲の目を惹き、彼と擦れ違った生徒たちは囁き合った。
「レーニエ様、夏休暇に怪我をされたのでしょう?」
「酷い怪我らしいな」
「治らないのかしら…」
「すっかり暗くなられて…」
「まるで、人が変ったみたいですわ…」
「お可哀想に…」
最初こそ、同情する者は多かった。
だが、その怪我が魔毒によるもので、醜い姿になったと噂される様になってからは、皆顔を顰め倦厭する様になった。
「見たけど、気味悪かったぜ…」
「魔物が乗り移ってんじゃねーかと思ったぜ」
「ヤべーよな…」
「変な液とか出てきそうじゃね?」
「嫌だわ、移ったりしないでしょうね?」
「美しい顔も台無しね…」
「近くに来て欲しく無いわ…」
そんな噂が聞こえて来ると、わたしは耳を塞ぎたくなった。
わたしは学年が違うので、あまり会えなかったが、何とかレーニエに会おうとした。
彼の姿を見付けると、わたしは勇気を振り絞り、声を掛けに行った。
「レーニエ様!」
「僕に何か?」
素っ気無いレーニエに、わたしの勇気は萎んでしまいそうになる。
会話の糸口も見つからず、彼の顔を見る事も出来ず、わたしは俯いていた。
「何も用が無いなら、失礼するよ」
彼が踵を返す、わたしは慌ててその手を掴んだ。
「待って下さい!」
彼の視線が、掴んだ手に向けられ、わたしは慌ててそれを離した。
「も、申し訳ありません!でも、わたし…」
「責任を感じているなら、もう止めてくれないか、君に責任は無い。
それに、同情されるのは嫌なんだ」
僅かに、辛そうな感情が含まれた声に、わたしの胸は痛んだ。
「お願いです、前みたいに話して下さい…
『これからはもっと会えるね』と、おっしゃって下さったでしょう?
そんなに、わたしの事が…お嫌いですか?」
わたしでは、あなたの結婚相手にはなれませんか?
彼の青い方の目は辛そうに見えた。
わたしは視線を落とし、震える手を合わせて握った。
「君を嫌いになったんじゃないよ、ただ…僕といれば、君が何と言われるか…」
「何と言われても、わたしは構いません…!」
「それに、償いで傍に居られるのは、僕も辛い…
そんな顔をして傍に居られるのも…見たくないんだ」
レーニエは踵を返し、行ってしまった。
『これからは、もっと会えるね』
そう言ってくれたのに…
もう、元には戻れないのだろうか…
「やだ、あの子、レーニエ様の何?」
「よく話せるよなー、あの化け物と」
「レーニエ様も落ちたものね…」
「親しそうだけど、あの事知ってるのかしら?」
わたしは聞こえてくる周囲の声に駆け出していた。
わたしは何を言われても構わない、だけど…
レーニエ様が、こんな風に言われるなんて!!
公爵令息で、学年首席の彼は、本来であれば、尊敬され、憧れられる存在の筈だ。一年前はそうだった筈なのだ!
「わたしの所為だわ…」
全部、わたしの所為!!
あんな事さえ無ければ___!
ああ、時間が戻ればいいのに!!
魔毒を受けるのは、馬鹿なわたしで良かったのだ___
「おい、おまえ、二年のあの化け物の婚約者なんだって?」
「おまえ、よく婚約なんかしたよなー」
「すげー、勇気あるじゃん」
「あんなのと結婚すんの?可哀想ー」
「ちょっと、なんとか言いなさいよ___!」
誰かがわたしの肩を押した。
わたしの体は大きく揺れ、足場を失くした。
「リリアーヌ!!」
彼の手がわたしを掴もうと伸ばされた。
わたしはそれを掴む事は無かった。
ごめんなさい
酷い目に遭わせてしまって
一番、大切で、大好きな人を、傷付けて、苦しめて
こんな自分なんて消えてしまえばいい___
わたしは、あの日、魔法学園で数人の生徒たちに絡まれた。
生徒たちはレーニエの事を悪く言い、そして、嘲笑った。
わたしは自分の罪の大きさに絶望していた。
全てが自分の所為であるのに、
どうあっても、レーニエに償う事は出来無いのだ___
その時、誰かに肩を押され、わたしはわざと…
そう、わざと、塔の窓から、外に落ちたのだ。
そんなわたしを、彼は助けようとしてくれた、だけど、その手は届かなかった。
わたしは、もう、終わりにしたかったのだ___
わたしが死ぬ事では、何の贖罪にもならないだろう。
だけど、レーニエの気持ちが少しでも軽くなるなら、それでいい…
わたしは、自分が死ぬのだと思った。
だが、目を覚ますと、そこは、自分の部屋だった。
魔法学園の寮の部屋では無く、ジュレ家の自分の部屋だ。
両親も妹のシャーリーも、何事も無かったかの様に、笑っている。
意味が分からずに茫然とする中、
わたしはこの世界が、『半年前の夏』だと、知らされた。
半年前の夏、そう、あの事が起こる前だ___
時が戻ったのだと知り、当然だが、とても信じられなかった。
こんな事が、現実に起こる筈がない___
だけど、それなら…
レーニエ様を、救う事が出来る…?
わたしの胸に光が差した。
もう、彼をあんな目に遭わせたりしないわ!
あんな、辛そうな彼は、もう見たく無いもの___
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