【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音

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わたしは修道院で三年修業をした後、聖シルヴァン教会に移った。
そして、約2年近くが経とうとしていた。

聖シルヴァン教会は、わたしの故郷から遠く離れた地にある。
この地を選んだのは、わたしを誰も知らない場所へ行きたかったからだ。
それに、レーニエを忘れる為だ。残念ながら、効果はないが…
それでも、居心地は良かった。

最初の修道院での修行は辛く、孤独に苛まれもしたが、慣れてくると次第に
順応していった。そして、この町に来てからは、修道女として務めを果たし、
信頼を得てきていた。

教会での修道女の仕事は、主に礼拝、町の人たちの悩みや懺悔を聞き、
祈りを捧げる。清掃、雑用…
大きな教会なので、修道女も多く、それぞれ、得意分野に受け持ちがあり、
ある者は聖書を読み教え、ある者は讃美歌を歌い、オルガンを弾く…
わたしは魔力が強い事もあり、魔法の訓練を受けていた。

この町では、魔物が現れる事があり、教会で対処出来るものは神父に一任されていた。
退治出来るのは神父で、修道女は補佐役だったが、
わたしは魔力も強い事もあり、実戦力になると期待された。
対魔物魔法だけでなく、魔物退治に欠かせ無い聖水を造る魔法も教わった。

魔物退治は年に数える程度で、依頼を受け動く。
神父が年齢の割に剛健な方だったので、わたしは今まで補佐でしか動いた事は無かったが、色々と教えて貰っていた。
だが、その頼りになる神父は、先月、町で馬車に撥ねられそうになった
子供を助け、その際打ち所が悪く、そのまま逝ってしまった。

そして、二週間前、代わりの新任神父が来たのだが…

「修道女長!ボーモン神父がお酒を持って来いとおっしゃって…」
「まぁ、まだお昼間ですよ!困りましたね…私が行ってみましょう…」

新任のボーモン神父は酒好きで、朝から就寝時間まで酒を飲んでいる。
ボーモン神父は、神学校を卒業し、今まで大聖堂で働いていた。
神学校も大聖堂も規律の厳しい所だ。ここは厳しい監視の目が無い事から、
気が緩んでいるのか、若しくは、娯楽が無い事に不満を持っているのか…

魔物退治が出来る、体力に自信のある神父が良い___
その要望で差し向けられたのが、このボーモン神父で、
決め手は二十五歳という若さと、魔法が使える事だろう。
その他は全く、無能なのか…いい加減だった。

彼は、『自分しか魔物退治が出来る者がいない』という環境に、酔い、
傲慢になっている様に見える。
それで、他の一切の仕事を放棄しても許されると思っているのだ。
当然、神父にしか出来ない仕事もあり、それはイヤイヤながらも行っているが、
後は修道女長や、修道女の仕事と決め、扱使っていた。

修道女長が嗜めてもいたが、今の所、全く効果は無かった。
修道女たちの間でも、ボーモン神父の暴君ぶりは有名で、皆辟易していた。

案の定、修道女長が入ってから、数分も経たず、
神父の部屋から罵倒が聞こえて来た。

「うるせー!俺に魔物退治して欲しいんだろー!酒位、好きに飲ませろ!
出て行け!そんな汚れた面見せんな!この部屋は、婆は禁止だ!!」

ガシャン!!バタン!!
恐ろしい音が響き、修道女長が部屋から出て来た。

「修道女長様!御無事でしたか!?」
「まぁ!修道女長様の額が!!」

その額には痣があり、集まっていた者たちは息を飲んだ。

「大袈裟に騒がないで…大した事はありませんよ」

修道女長は言うが、皆心配そうな顔をしていた。

「あの神父様で大丈夫なのでしょうか…」
「私も心配ですわ…」
「町の人はどう思うでしょうか…」

一人が不安を洩らすと、皆、後に続いたが、修道女長がそれを止めた。

「悪く言うものではありませんよ、まだ馴染めていないだけです、
あの方にも、チャンスを与えなければ…これも神の御意思です」

修道女長に言われ、皆口を閉じた。

「修道女長様、手当をしてもよろしいでしょうか」

わたしが申し出ると、修道女長はその厳しい表情を緩めた。

「ええ、お願いするわ、シスター・リリアーヌ」

わたしは治癒魔法を少し使えた。大きな怪我や病気を治す事は
無理だが、かすり傷や打撲などには役に立っている。
わたしは修道女長の額に手を翳した…白い光が浮かびあがる。

「ありがとう、良くなったわ」

修道女長が笑みを見せる。

ここでは、わたしの仮面やその下の痣を奇異な目で見る者はいない。
最初こそ、心配もされたが、今はすっかり普通の事とし、受け入れられている。
それがわたしには楽で有難かった。

やはり、魔法学園では無く、修道院、そして教会への道を選んで良かった。

前の時、学園ではレーニエに対し、酷い事を言う生徒たちが多かった。
その批難、暴言、蔑み…それら全て、わたしは自分の所為だと感じ、
自分で自分を追い詰めていった。
もし、学園に通っていたなら、
今度はレーニエにその様な想いをさせていただろう…
あの方は優しいから…


◇◇


「若くて可愛い修道女はいないのかー!おお、そこの、おまえ!幾つだ?」
「十六です…」
「名はなんという」
「ミラといいます…」
「おまえでいい!部屋に来て、相手をしろ!」

ボーモン神父が若い手伝いの娘に目を付け、彼女の肩を抱き、迫っていた。
ボーモン神父は酔っ払っているし、ミラは明らかに怯えている。
わたしは見ていられず、助けに入った。

「神父様、ミラは手伝いの町娘でございます、お酒の相手はお許し下さい」

当然、ボーモン神父は嫌な顔をした。

「おまえが代わりにするというのか?なんだ、醜女じゃないか!
…いや、おまえ、中々に美人じゃないか?」

酔った半眼で、じろじろと見られる。
左側の仮面を好奇や侮蔑の目で見られる事には慣れていたが、
右側をこんな風に見られると、落ち着かない気分になった。

「よし、おまえだ!醜女!部屋に来い!」

ボーモン神父に呼ばれ、わたしは「行きなさい」とミラを帰らせ、後に従った。
ボーモン神父は長ソファに座ると、わたしを呼んだ。

「こっちへ来い!おまえは右側だけ見せていろ!それならまだ、観賞出来る、
おい!酒を注げ」

わたしは黙って、神父のグラスに酒を注いだ。
それだけならば良かったが、酔いが回ったのか、徐々に無遠慮になってきた。

「おまえ、そんな顔だから、修道女になったのか?それまでは何をしていた?
平民の出では無かろう?」

わたしの記録は、前の修道院で止まっている筈だ。
人数も多く、いちいち記録を管理したりはしないのだ。
わたしは静かに答えた。

「いえ、平民の娘でございます」

「ふん!平民の娘にしては小奇麗過ぎる、大方、怪我を負って結婚が
破綻したのだろう!おい、仮面を外せ!」

わたしは言われたまま、仮面を外す。
ボーモン神父は一瞬、ギョっとし、それから取り繕った。

「酒が不味くなる!早く隠せ!まぁ、顔を見なければ良い話だ」

何を思ったのか、ボーモン神父が、わたしにすり寄って来た。
わたしは当然、その分逃げたが、ソファの端に当たる。

「ボーモン神父、お戯れを…」
「いいだろう?どうせ、おまえなど、誰も相手にはせんのだからな」

神父は覆い被さる様に迫って来ると、修道服越しに、
わたしの太腿を撫で回して来た。

「!?」

おぞましい!!
その嫌悪感から、わたしは咄嗟に、魔法で神父を弾き飛ばしていた。

ガン!!ゴトゴト!!

ボーモン神父は吹き飛ぶと、床に仰向けに転がった。
酔っている所為もあり、動きが鈍い。
神父がのろのろと起き上がろうとしている間に、
わたしは急いでソファから立ち上がると、逃げる様に部屋の扉まで移動した。
自分でも情け無いと思うが、どうしようもなく怯え、動転してしまっていた。
気付かれないといいが…と、不安に思い伺っていると、
神父は顔を真っ赤にさせ、怒鳴った。

「俺は神父だぞ!!神父に手を上げるとは!!許さんからな!!」

「申し訳ございません、酔っていらっしゃる様なので、これで失礼致します」

わたしは内心の怯えに気付かれない様、淡々と言うと、部屋を出た。
仕方ないとはいえ、ボーモン神父に恥を掻かせてしまったのは事実だ。
このまま何事も無く済ませるなど…あの神父相手では、到底望めなかった。


わたしは修道女長に、この件を話しておいた。
ミラが同じ目に遭わないとも限らないからだ。

「そうですか…分かりました、ミラには暫く来ない様に伝えましょう。
他の修道女たちにも、それとなく注意しておかなくてはいけませんね…
あなたも気を付けなさい、シスター・リリアーヌ」

修道女長は渋い顔で嘆息していた。





二日後、案の定、わたしはボーモン神父から呼び出しを受けた。

「おまえは、魔法が得意だそうだな?」
「いえ、わたしは魔法学校も出ておりませんし、修行中の身です」
「謙遜する事は無いだろう?醜女、修道女長は褒めておったぞ!」

わたしは嫌な予感がしつつも、大人しく次の言葉を待った。
ボーモン神父は机の向こうで、残忍な笑みを浮かべ、それを命じた。

「これからは、魔物退治の依頼が来た場合、まず、おまえに行って貰う事にする!
おまえ如きで間に合う程度ならば、わざわざ俺が出て行く事も無かろう?
俺には大事な仕事が山の様にあるからな。
それでだ、早速依頼が来ている、直ちに向かい、片付けて来い」

ボーモン神父は、依頼書をわたしに向けて放った。
それは床に落ち、わたしは屈んで拾った。

見ると、依頼の日付は一週間前になっている。神父が忘れていたのか、
それとも放置していたのか…わたしは頭に過った考えを吹き飛ばした。
考えた所で、不愉快にしかならないだろう。

「まぁ、逃げ帰って来ても良いが、無傷で戻る真似はすまいな?
せめて、右側の顔も焼かれてからでないとな___」

ボーモン神父が愉快そうに笑う中、わたしは「失礼します」と頭を下げ、
部屋を後にした。


わたしはこれまで、前任神父と共に現地へ行き、魔物退治の助手的な事は
していたし、魔物に対しての戦い方を習ってはいたが、実際にわたし自身が実戦をした事は無かった。
前任神父は、修道女のわたしに何かあってはいけないと、気遣ってくれていたのだ。

たった独りで、魔物退治に行けと言われ、自信は無かったが…
やるしかないだろう。

「大丈夫よ、魔法は使えるわ」

わたしの魔力が強いのは、前任神父のお墨付きだし、対魔物の戦い方も習って来た。それに、前の時に魔法学園で、魔物や魔法についても少しは勉強もしている…
きっと、出来るわ…
自分を励ました。

わたしは聖水の瓶や蝋燭を鞄に詰めた。首にはロザリオ。
そして、机の引き出しを開け、小さな包みを取り出した。
14歳の夏に、レーニエがくれたユリの花の飾りの付いた髪飾りだ。
わたしは何かの時は、いつもこれを御守りにしていた。

もし、死ぬ事があれば、身に着けておきたい…
そうすれば、生まれ変っても、また、レーニエと会えるのではないか…
そんな気持ちがあった。

わたしは髪飾りにキスを落とし、巾着に入れ、首に掛けた。


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