【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音

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目を覚ますと、自分の部屋で、ベッドに寝かされていた。

「リリアーヌ!気付いた?」

レーニエの声に視線を向けると、ベッド脇に彼が居て、
心配そうな、そして辛そうな顔でわたしを覗き込んでいた。
そんな顔、二度とさせたくなかったのに…

わたしは思い出し、「はっ」と息を飲んだ。

「思い出した?君は、僕を庇って…」

レーニエの声が震え、彼は綺麗なその青い瞳から、涙を零した。

「リリアーヌ、すまない、君をこんな目に遭わせて…!」

わたしはそれで悟った。
わたしは、前の時のレーニエの様に、魔毒を受けてしまったのだろう。
酷く体が熱く、そして左目の周囲と、左腕が痛む…
前の時の彼も、こんな思いをしていたのだと思うと、わたしの心は凪いだ。

「鏡を…」

わたしが手を伸ばすと、彼は戸惑った。

「今は、見ない方がいい…父が、治癒師を探しているんだ、だから…」
「いいの、魔毒は、治癒師では治らないわ…」

わたしが言うと、彼は目を見開き、息を飲んだ。
レーニエに鏡を渡され、わたしは顔の包帯を外した。
わたしの左目の辺り頬に掛けて、黒ずんだ紫色に変色し、ぼこぼことしていた。
とても、正気でいられないだろう、醜さだ。
そして、目は深紅に変っている。
前の時の彼と同じだ…
わたしがそれを眺めていると、レーニエがわたしの手から、手鏡をそっと抜き取った。

「リリアーヌ、本当に、ごめん、僕の所為で…!」

絞り出される声には、後悔が滲んでいた。
わたしには、その気持ちが良く分かった。
わたしは落ち着き、それを否定した。

「レーニエ様の所為ではありません、どうか、お気になさらないで下さい」

「そんな訳には!僕の所為だよ!」

レーニエは強く言う。
こんな風に声を荒げた彼は初めてだった。

「君は従者に、『見世物は危ない』と言ってくれていたのだろう?
それなのに、僕はシャーリーを止められなかった…
その上、こんな事になってしまって…!僕は自分が許せない!」

彼は俯き、体を震わせる…
それは、まるで、前の時の自分を見ている様だった。

「レーニエ様、お願いですから、ご自分を責めるのは止めて下さい…
わたしはあなたを庇うつもりは無く、体が勝手に動いてしまったのですから…」

わたしはわたしで、前の時のレーニエと同じ事を言っていた。
もしかしたら、彼も、こんな気持ちだったのだろうか?
少しでも、わたしを思っての言葉であれば、どれだけうれしい事か…
いや、でも、あの時のわたしでは、そんな想いを知れば、余計に申し訳ない気持ちになっただろう…

わたしも、目の前のレーニエには、素っ気無い態度を取る事にした。
なるべく、罪悪感を持って欲しくは無かったのだ。

「そんな事、信じられる筈が無いだろう!」
「それが、真実です…すみませんが、少し眠らせて頂きます…凄く熱くて…」

わたしが目を閉じると、レーニエはわたしの額から布を取り、水で濡らして掛けてくれた。
彼にこんな事をさせてはいけない…
わたしは熱に魘されながら、そんな事をぐるぐると考えていた。
どうしたらいいのか…
彼に罪悪感を持たせずに、自由にしてあげるには…





驚く事に、レーニエはわたしが町で倒れ、ジュレ家に運ばれ、目を覚ますまでの間、ずっと付き添ってくれていたという。
そして、熱が下がり、再び意識を戻した時も、彼は傍に居た。

彼は優しい人だ。
だけど、それではいけない。
罪悪感を持たせず、彼を自由にしてあげなくては…
彼には幸せになって貰いたい___
前の時も、そして今も、その想いは同じだった。

前の時、レーニエは翌日には起き上がっていたが、
わたしの熱が下がり、起き上がれるまでには、5日程掛かった。
レーニエは幾ら断っても、ずっとわたしの傍に付いていてくれた。
だが、彼からは後悔や自責の念を強く感じ、わたしの気持ちを暗くした。
これでは、助けた意味は無い。
いや、少なくとも、彼を孤独からは助ける事が出来た筈だ…
それと、意に染まぬ結婚からも。

5日間、フォレー公爵が何人もの治癒師を呼んでくれたが、痣を消す事は叶わなかった。
わたしは『そうなる結果』を良く知っていたので、驚きも無ければ、失望も無かった。
だが、レーニエは失望し、落胆し、絶望に討ち震え…
その姿を見るのは非常に辛いものがあった。
そして、ここまで彼が絶望する理由を、わたしは直ぐに知る事となった。

6日目、フォレー公爵が見舞いに来て、わたしに言ったのだ。

「レーニエを助けて下さり、リリアーヌ嬢には感謝してもしきれない、ありがとう」

前の時には、あれ程怒鳴り散らし、高圧的であった姿は何処にもなく、
渋い顔をしたフォレー公爵は、十歳は老けて見えた。
そして、渋い顔のまま、それを告げた。

「こうなったからには、レーニエに責任を取らせ、リリアーヌ嬢を貰い受けたい。
だが、レーニエの失態であるからして、家督を継がせる事は出来無い…
ジュレ家を継ぐか、若しくは、家を出て…勿論、援助はさせて貰う、
リリアーヌ嬢を困窮させたりはしない、安心されるが良い…」

「フォレー公爵の御厚意、感謝致します…」

わたしは泣き出しそうに震える胸をなんとか抑え、続けた。

「ですが、このお話はお受けする事は出来ません…」
「こ、断ると言うのか!?レーニエが家督を継がないのが問題かね!?」

失礼な物言いだが、それが気にならない程に、わたしは打ちのめされていた。
わたしは頭を振った。

「レーニエ様にも申しましたが、これは、レーニエ様の責任ではありません。
わたしは、レーニエ様を庇ったのではありません…
実は、わたしは、こうなる事を半ば予知していたのです」

わたしが言うと、フォレー公爵は驚いていた。
わたしはこの数日、レーニエを罪悪感や自責の念から解き放つ術を考え続け…そして、みつけていた。
その切っ掛けは、レーニエに話した「悪い夢を見る」という事だった。
あの事を覚えていれば、彼も納得してくれるだろう…

「はっきりとしたものではありません、ぼんやりと夢に見たのです…
何かが、見世物の檻の中で蠢き、それが毒を吐く…
誰かは分かりませんでしたが、その者を庇ってわたしがそれを受ける…
わたしは、二人には内緒で、その『誰か』を助ける為に、そこへ行ったのです。
それがただ、レーニエ様だっただけの事…」

フォレー公爵は呆気に取られていた。
わたしは厳粛に続けた。

「これは、神の啓示だったのではないかと…
わたしには人を救う使命があると、道を示されたように思えます。
これより、わたしは魔法学園へ行く事は止め、修道院へ向かいます。
そして、神に仕える者となります。
全ては神の導き___どうか、御理解下さいませ」

「そ、それは、真に…素晴らしい事で…」

「こうして、自分の使命を知る切っ掛けとなったレーニエ様には、
感謝致しております。
どうか、フォレー公爵、レーニエ様を処分なさらないで下さい、
良きご令嬢をお迎えし、公爵家を継がれますよう、望みます___」

「ああ、それは勿論だ!そなたが言うのなら、そうさせて頂こう!」

予想外の事に、フォレー公爵は困惑していたが、それが齎す利にも気付いたのだろう、喜んでいた。
やはり、フォレー公爵はレーニエに家督を継がせたかったのだ。
わたしが足枷だったのだ。

フォレー公爵が部屋を出てから、数分もしない内に、レーニエが部屋に飛び込んで来た。

「リリアーヌ!修道女になるなんて…!君は、何故、そんな事を言ったんだ!」

レーニエは酷く狼狽し、そして、半ば怒ってもいた。

「レーニエ様、少し前にお話しましたでしょう?悪夢の話です。
あれが予知夢となったのです、これは神の啓示ですわ。
わたしは、神の道に入ります、それが、神の与えて下さった、
わたしの生きる道なのです」

「父は騙せたかもしれないが、僕は無理だよ、リリアーヌ。
君は数日前、そんな事は言っていなかった、体が動いたのだと言っただろう?
その『何者か』を助けに来ていたなら、君が故意に動いたという事だ。
そして、恐らく君は、その『何者か』が僕だと、分かっていたんだ…
そうでなければ、幾らなんでも、君では助けられないよ…」

彼は目を伏せ、金色の髪を振った。
どんな時でも、レーニエの頭は冷静に働くらしい。
だが、わたしはそれを認める気は無かった。

「わたしは夢を見ました、だから、従者に忠告出来たのです。
勿論、予知だとは思いませんでした、その為、強く言う事が出来ず、
申し訳ありません…」

「リリアーヌ、芝居は止めてくれないか、君の考えは分かっているつもりだ。
君は、僕の為に自分を犠牲にしようとしている…
それとも、そんなに、僕との結婚が嫌なのか?」

レーニエの辛そうな表情に、わたしの胸は痛んだ。

「あなたの為の自己犠牲だなんて、そんな事、思わないで下さい。
わたしは、あなたにも喜んで頂きたいのです、わたしは神の御意思に従い、
無事にその役目を果たしたのですから…
それに、あなたとの結婚は…そう、わたしには、魅力的ではありません」

わたしが言うと、彼は鋭く息を飲んだ。

「あなたと結婚したら、一生、あなたはわたしに罪悪感を抱き、
わたしの隣で、その様な顔をしているのでしょう…」

そんなのは耐えられない。
そう強く思う一方、わたしは前の時にレーニエがわたしに言った言葉を、
思い出していた。

『償いで結婚?僕も落ちぶれたものだね…』
『リリアーヌ、君は気付いていないのかもしれないけど、それは酷い侮辱だよ』

『償いで傍に居られるのは、僕も辛い…』
『そんな顔をして傍に居られるのも…見たくないんだ』

ああ…同じだわ。
きっと、彼も同じ気持ちでいたんだわ…

彼は、もしかしたら、わたしを嫌っていたのでは無いのかもしれない。
ただ、そんな顔をして欲しくなかったのだ。
負い目を持たせ、縛りたくない。
折角、助けたのだから、幸せになって欲しいと…

今のわたしには良く分かった。

わたしたちは、決して結ばれない。
結ばれてはいけない、お互いが不幸になるだけだ…

だから、わたしは、目の前のレーニエに笑顔を見せた。
前の時、彼が出来無かった事を、わたしは目の前の彼にしてあげよう…

「今、わたしの心は晴れ晴れとしているのです。
どうかレーニエ様、お悔やみにならず、しっかりとご自身の務めを果たし、
幸せになられて下さい。わたしもわたしの道で、幸せになります___」

レーニエは僅かに顔を顰めた。

「君は、変ってしまったね…」

ええ…
あなたの為に、強くならなければいけないの…
そういえば、わたしも、前の時、彼を『変った』と思った…
どれ程の思いを抱え、そう見せていたのだろうか…

わたしは微笑む、彼の為に…

「僕は、君の為に、何か出来無いだろうか…」

「幸せになって下さい、わたしが望むのは、それだけです」

レーニエは力無く頷き、「努力するよ」と呟くと、部屋を出て行った。
わたしの顔を見る事は無かった。

わたしは安堵の息を吐いた。

これでいい…

彼は、わたしの事を忘れない限り、幸せになれないだろう…
わたしが幸せにならない限り、ずっと、罪悪感に苛まれ続けるのだ。
前の時のわたしと同じ。
そして、厳しい現実を叩きつけられた時、彼の心も砕けてしまう。
わたしの様にしてはいけない…

レーニエ様には、幸せになって貰いたい…


わたしは両親に、修道院に入り、神に仕える道を選ぶと話した。
両親は戸惑いながらも、「それが最善だ」と喜んだ。
シャーリーは無邪気に、
「そんな顔じゃ、結婚も出来無いもの!仕方ないわ!」と言った。


わたしは魔法学園への入学を取り止め、早急に修道院へ入る手続きをした。
両親がアイマスク…仮面と腕を隠すアームカバーを用意してくれた。
仮面は、左目辺りから、頬に掛けて隠れる様になっていて、
前の時のレーニエが着けていた物を思い出した。
レーニエは黒い仮面だったが、わたしの物は白く、そしてユリの花の模様が
全体に刻まれていて、とても上品でお洒落だった。

「とても素敵だわ…ありがとうございます」
「ええ…リリアーヌ、頑張ってね」
「連絡はするんだぞ」

わたしはそれを着け、夏が終わるのを待たずに旅立った。
馬車が町を出る手前で、わたしは白い馬を見た。
白い馬に乗る人は、金色の髪、青い瞳…レーニエだ。

小高い丘の上、彼は、ただ、じっと、こっちを見ていた。
わたしはただ、それを眺めていた。

笑って手を振るべきだったのかもしれない。
だけど、もう会えないと思うと、その姿を目に焼きつけておきたかった。


あなたが好きでした

心から愛していました

幼い恋かもしれないけれど、わたしの胸は、あなたで埋め尽くされていた

決して、結ばれない運命だけど、それでも、愛しています

わたしは、いつまでも、あなただけを…


馬車が町を出て、わたしは仮面を外し、泣いた。
これまで我慢してきたものが、溢れ出した。

わたしは泣き続け


そして、再び仮面を着けた。


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