【完結】結婚しても片想い

白雨 音

文字の大きさ
1 / 15

しおりを挟む

眩い黄金の髪、彫りの深い端正な顔立ちに、宝石と見紛う菫色の瞳。
息を飲む程に美しい…

わたし、シャルリーヌ=デラージュが、第二王子ランメルトと初めて対面したのは、彼の婚約披露パーティの席上だった。
婚約するのが、わたしの姉のグレースという事から、両親だけでなく、わたしと弟ルシアンも招待された。

わたしは愛する姉の婚約には喜んでいたが、婚約式、披露パーティには気後れし、酷く緊張していた。
十七歳でデビュタントも終えておらず、王家や要人たちが集う婚約式は元より、パーティに出席した事すら無かった。
それに加えて、内気な性格もあり、パーティを楽しむなど、夢のまた夢だった。

弟のルシアンだけが頼りだったが、十五歳の少年に恐れるものはなく、
難しい会話に飽きると、さっさと料理の置かれたテーブルに行き、豪華な料理に舌鼓を打っていた。
わたしはルシアン程子供では無かった為、両親の後ろに付いて回っていた。

豪華な会場を招待客が埋めた頃、扉が開き、婚約したばかりの二人が入って来た。
ランメルトは背が高く、スラリとしている。
姉も程良く高身長で、スラリとしている為、遠目にも二人はお似合いだった。

金の王子、銀の王子妃___

姉は我がデラージュ公爵家の血を濃く引き、公爵家を象徴する美しい銀髪をしていた為、
ランメルトの相手に姉が選ばれた時から、周囲はそんな風に称賛していた。
尤も、姉の美しさはそれだけではない。
銀髪だけであれば、わたし、そして一族の何人かは同等のものを持っている。
姉は顔立ちも美しく、そして、優しい心を現したかの様な、慈愛に満ちた笑みを持つ。
立ち居振る舞いの優雅さも相まって、「女神」「聖女」と形容される程だった。

二人は招待客から拍手と祝福を受けながら、こちらに向かって来る。
わたしは緊張しつつ、姉を見守っていた。

近くまで来ると、姉がわたしに向けて、柔らかく微笑んだ。
ドキリとし、頬が熱くなる。

ああ、お姉様!なんて素敵なの…!

姉はいつも完璧で美しいが、今日は一段と光華していて、感嘆の息が漏れた。
姉の姿が見られただけでも、今日来た甲斐はあった。
だが、姉たちが両親に挨拶を始めると、わたしは違う緊張に襲われた。

ああ、どうしよう、ちゃんと挨拶出来るかしら?
お姉様に恥を掻かせてしまったら、どうしよう…

不意に、視界にピカピカの白い靴が映り、釣られて視線を上げた。

「!?」

わたしの目の前に立っていたのは、白色と金色の豪華な王子服を纏った、ランメルトだった。
背が高く、わたしを見下ろしている。
神々しい金色の髪、そして、神秘的な菫色の瞳、優しい口元…
金色の髪だけではない、彼自身が光りを纏っている様に見え、
わたしは時を忘れ、見入っていた。

「君がシャルリーヌだね___」

低いが、柔らかい響きを持った声に、ぞくりとした。
まるで、体を愛撫されたみたい…

「ランメルト様、申し訳ありません、妹は緊張しているみたいですわ」

姉の声に、わたしは我に返った。
わたしは慌てて、「失礼致しました!殿下、どうか、お許し下さい!」と頭を下げていた。
「ふふふ」と笑う声が降ってきて、わたしは恐々顔を上げた。
ランメルトが口元を手で押さえ、肩を揺すっている。
わたしは増々、顔を赤くした。

「そんなに怖がらないで欲しいな、君は我が婚約者の妹だ、私にとっても妹だよ。
私の事は《殿下》ではなく、《ランメルト》と呼んで欲しい、仲良くしよう、シャルリーヌ」

「も、も、勿体ない御言葉、感謝致します、殿下…いえ、ランメルト様…」

わたしは必死だったが、ランメルトは再び手で口を覆い、顔を背けて笑った。
そして、笑いが収まると、明るい笑みを見せた。

「ああ、ごめんね、君は面白い子だね、シャルリーヌ」

わたしの胸がドキリと跳ねた。
だが…

「グレースと婚約出来て良かったよ」

ランメルトが姉の手を取り、うっとりする様な笑みを向ける。
姉も微笑み返す…二人の間には、入り込めない空気を感じた。
わたしの舞い上がった心は、一瞬にして、暗い底に叩き付けられた。

わたしは自分がランメルトに恋をした事を知った。

そして、同時に、それが叶わぬ恋である事も…


◇◇


それからのわたしは、ランメルトへの想いを消し去ろうと努めた。
だが、ランメルトが姉を訪ねて館に来ると、必ずわたしも呼ばれ、顔を合わせる事になる。
一目顔を見てしまえば、元の木阿弥だった。
うっとりと見つめ、夢の様な時間を過ごし、その夜は悶々とし、眠れなかった。

こんな事では、誰かに気持ちに気付かれるかもしれない…

「二人きりの方が良いのでは?」と、それとなく言ってみた事もあったが、
姉は全く意に介さず、「ランメルト様は私の家族とも親しくしたいと言って下さっているの、素敵な方ね」と微笑んでいた。
家族思いの姉は、ランメルトの気持ちがうれしかった様だ。
それで、二人の仲が深まるのならば、わたしが何かを言える筈がない___

前もってランメルトが訪ねて来ると分かっていれば、
わたしは何か用事を見つけて館を出られるのだが、ランメルトの訪問は気まぐれで、
姉すら不在の時もあった。その時には、酷く気まずい思いをした。

「申し訳ありません、只今姉は不在で、陽が落ちる前には戻ると思いますが…」

『日を改めて欲しい』、そう促したのだが、ランメルトは『全く問題は無い』と言わんばかりで、

「君は付き合ってくれるかな?
婚約者に会えずに引き返して、《憐れな男》になっては臣下も気を遣うからね」

「それでは、お茶を…」

「お茶ならもう貰っているよ」

ランメルトがソファに着くと同時に、お茶と菓子は運ばれていた。
目の前のそれは、まだ少しも減っていない。
普段からわたしは少しぼんやりしているが、今の事に関しては、
想う相手を前にし、頭が真っ白になっているからに他ならない___
わたしは自分が恥ずかしく、真っ赤になった。

「も、申し訳ありませんっ!」

「シャルリーヌ、落ち着いて、今の僕は第二王子じゃない、
ただの《ランメルト》だ、君の兄だと思ってごらん」

ランメルトが優しい笑みを見せる。

《兄》だなんて、無理に決まっているわ…
わたしは、あなたに恋焦がれているのよ?

だが、ランメルトに変に思われてはいけないと、わたしは何とか笑みを返した。

「わたしには兄がいないので…良く分かりませんが、善処致します」

「兄が出来た気分はどう?」

「うれしいです」

「僕もだ、君のような可愛い妹が出来てうれしいよ。
妹のサーラは昨年結婚して異国に行ってしまってね、少し寂しかったんだ」

「仲がよろしかったんですね」

「普通だと思うよ、サーラは勝気でね、言いたい放題、人使いも荒いんだ、
僕を従者か何かだと思っていたんじゃないかな?」

ランメルトが軽口を言うので、笑ってしまった。

「元気が出たみたいだね」

言われて、ドキリとする。

「君たち姉妹は仲が良いし、グレースが結婚したら、寂しいかな?
お姉さんを取り上げるみたいで、すまないね…
でも、いつでも王宮を訪ねて来ていいからね、
グレースも君に寂しい思いはさせたくないと言っていたよ___」

ランメルトは妹が結婚した事で、寂しい思いをしていて、
わたしに同じ様に寂しい思いをさせない様、気を遣ってくれているのだ。

なんて、優しい方…

うれしく思いながらも、わたしの胸は切なく疼いた。
それに、それは、わたしが求めているものではない。

わたしは二人と距離を置きたいのに…
どうして、わたしを放っておいてくれないの?

込み上げてくる想いを必死に抑え、わたしは微笑んで見せた。

「ありがとうございます、ご親切に感謝致します」

ランメルトは苦笑した。

「君を手名付けるのは難しそうだな」

手名付ける?
わたしは問うように見たが、ランメルトは笑って違う事を言った。

「グレースから聞いたよ、君はピアノが得意なんだってね、僕の為に弾いて貰えるかな?」

わたしはこの場を離れられるなら___と、良い返事をし、ピアノに向かった。
そして、軽やかな曲を弾いたのだった。

ランメルトは「とても上手だ!もっと弾くべきだ」と恥ずかしくなる程に褒めてくれた。
そして、「ご褒美をあげよう」と、懐から小さな箱を取り出した。
菫色のリボンが結ばれている。

「これは、姉に用意された物ではないのですか?」

「実はそうなんだ、だけど、君のピアノを聴いて、どうしてもあげたくなったんだ。
グレースには別の物にするよ、それとも、姉妹で色違いがいいかな?
さぁ、開けてみてごらん」

ランメルトの気持ちがうれしく、わたしは震える手でリボンを解き、
そっと箱を開けた。
そこに入っていたのは、菫色の花の飾りの付いた髪留めで、
その美しさにわたしは思わず息を飲んだ。

「可愛い…素敵…」

何よりも、花の色はランメルトの瞳を思わせ、わたしの胸は高鳴った。
だが、元は姉に用意した物だと思い出し、スッと熱が引いた。
わたしが貰ってはいけないわ…

「やっぱり、これは、姉にあげて下さい…」

わたしは箱をランメルトに差し出した。

「気に入らなかったかな?」

「いいえ、ですが、これは姉を想って用意された物ですから…
わたしが貰ってはいけない気がして…」

「そうか、それなら今度は君を想って用意するよ、ピアノのお礼にね、
君の好きな色は?」

菫色…

わたしはそれを飲み込み、答えた。

「ピンク色、です」

ランメルトが「ふっ」と笑う。

「ピンク色か、君に似合うね___」

ああ、なんて残酷なのだろう…
彼の言葉はわたしの胸を引き裂いた。


後日、館を訪れたランメルトは、約束通り、わたしに贈り物をしてくれた。

「シャルリーヌ、約束の贈り物だよ、今度は受け取ってくれるかな?」

姉の見ている前で、彼は堂々とわたしにそれを差し出し、からかう様に言った。
わたしが酷く気まずい思いをしているなど、二人は想像もしないだろう。
姉は笑顔で、「良かったわね、シャルリーヌ」と喜んでいる。

「ありがとうございます…」

わたしは笑みを作り、その小さな箱を両手で受け取った。
淡いピンク色のリボンが結ばれている。
箱の中身は、先日に見た、あの花の飾りの付いた髪飾りと同じで、色だけが違っていた。
綺麗な淡い上品なピンク色。
素敵だと思うのに…

「私とお揃いなのね、うれしいわ、シャルリーヌ、着けてあげるわね…」

姉がわたしのハーフアップの髪の後ろに、髪飾りを付けてくれた。
ランメルトは笑顔で、「似合うよ」と言ってくれた。

うれしいのに、喜びたいのに、泣きたくなる…

彼にとって、妹でしかないと思い知らされる。
分かっていた筈なのに!
それなのに、胸が痛むのは、きっと、望みを持っていたからだ___

相手は、姉の婚約者なのに!

自分の浅ましさ、醜さを自覚し、わたしは自身を呪った。

わたしは髪飾りを引き出しの宝箱に仕舞い、一度も着ける事は無かった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

いっそあなたに憎まれたい

石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。 貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。 愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。 三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。 そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。 誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。 これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。 この作品は小説家になろうにも投稿しております。 扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。

新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」 政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。 妻カレンの反応は—— 「それ、契約不履行ですよね?」 「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」 泣き落としは通じない。 そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。 逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。 これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。 無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。 彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。 ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。 居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。 こんな旦那様、いりません! 誰か、私の旦那様を貰って下さい……。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

処理中です...