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しおりを挟む眩い黄金の髪、彫りの深い端正な顔立ちに、宝石と見紛う菫色の瞳。
息を飲む程に美しい…
わたし、シャルリーヌ=デラージュが、第二王子ランメルトと初めて対面したのは、彼の婚約披露パーティの席上だった。
婚約するのが、わたしの姉のグレースという事から、両親だけでなく、わたしと弟ルシアンも招待された。
わたしは愛する姉の婚約には喜んでいたが、婚約式、披露パーティには気後れし、酷く緊張していた。
十七歳でデビュタントも終えておらず、王家や要人たちが集う婚約式は元より、パーティに出席した事すら無かった。
それに加えて、内気な性格もあり、パーティを楽しむなど、夢のまた夢だった。
弟のルシアンだけが頼りだったが、十五歳の少年に恐れるものはなく、
難しい会話に飽きると、さっさと料理の置かれたテーブルに行き、豪華な料理に舌鼓を打っていた。
わたしはルシアン程子供では無かった為、両親の後ろに付いて回っていた。
豪華な会場を招待客が埋めた頃、扉が開き、婚約したばかりの二人が入って来た。
ランメルトは背が高く、スラリとしている。
姉も程良く高身長で、スラリとしている為、遠目にも二人はお似合いだった。
金の王子、銀の王子妃___
姉は我がデラージュ公爵家の血を濃く引き、公爵家を象徴する美しい銀髪をしていた為、
ランメルトの相手に姉が選ばれた時から、周囲はそんな風に称賛していた。
尤も、姉の美しさはそれだけではない。
銀髪だけであれば、わたし、そして一族の何人かは同等のものを持っている。
姉は顔立ちも美しく、そして、優しい心を現したかの様な、慈愛に満ちた笑みを持つ。
立ち居振る舞いの優雅さも相まって、「女神」「聖女」と形容される程だった。
二人は招待客から拍手と祝福を受けながら、こちらに向かって来る。
わたしは緊張しつつ、姉を見守っていた。
近くまで来ると、姉がわたしに向けて、柔らかく微笑んだ。
ドキリとし、頬が熱くなる。
ああ、お姉様!なんて素敵なの…!
姉はいつも完璧で美しいが、今日は一段と光華していて、感嘆の息が漏れた。
姉の姿が見られただけでも、今日来た甲斐はあった。
だが、姉たちが両親に挨拶を始めると、わたしは違う緊張に襲われた。
ああ、どうしよう、ちゃんと挨拶出来るかしら?
お姉様に恥を掻かせてしまったら、どうしよう…
不意に、視界にピカピカの白い靴が映り、釣られて視線を上げた。
「!?」
わたしの目の前に立っていたのは、白色と金色の豪華な王子服を纏った、ランメルトだった。
背が高く、わたしを見下ろしている。
神々しい金色の髪、そして、神秘的な菫色の瞳、優しい口元…
金色の髪だけではない、彼自身が光りを纏っている様に見え、
わたしは時を忘れ、見入っていた。
「君がシャルリーヌだね___」
低いが、柔らかい響きを持った声に、ぞくりとした。
まるで、体を愛撫されたみたい…
「ランメルト様、申し訳ありません、妹は緊張しているみたいですわ」
姉の声に、わたしは我に返った。
わたしは慌てて、「失礼致しました!殿下、どうか、お許し下さい!」と頭を下げていた。
「ふふふ」と笑う声が降ってきて、わたしは恐々顔を上げた。
ランメルトが口元を手で押さえ、肩を揺すっている。
わたしは増々、顔を赤くした。
「そんなに怖がらないで欲しいな、君は我が婚約者の妹だ、私にとっても妹だよ。
私の事は《殿下》ではなく、《ランメルト》と呼んで欲しい、仲良くしよう、シャルリーヌ」
「も、も、勿体ない御言葉、感謝致します、殿下…いえ、ランメルト様…」
わたしは必死だったが、ランメルトは再び手で口を覆い、顔を背けて笑った。
そして、笑いが収まると、明るい笑みを見せた。
「ああ、ごめんね、君は面白い子だね、シャルリーヌ」
わたしの胸がドキリと跳ねた。
だが…
「グレースと婚約出来て良かったよ」
ランメルトが姉の手を取り、うっとりする様な笑みを向ける。
姉も微笑み返す…二人の間には、入り込めない空気を感じた。
わたしの舞い上がった心は、一瞬にして、暗い底に叩き付けられた。
わたしは自分がランメルトに恋をした事を知った。
そして、同時に、それが叶わぬ恋である事も…
◇◇
それからのわたしは、ランメルトへの想いを消し去ろうと努めた。
だが、ランメルトが姉を訪ねて館に来ると、必ずわたしも呼ばれ、顔を合わせる事になる。
一目顔を見てしまえば、元の木阿弥だった。
うっとりと見つめ、夢の様な時間を過ごし、その夜は悶々とし、眠れなかった。
こんな事では、誰かに気持ちに気付かれるかもしれない…
「二人きりの方が良いのでは?」と、それとなく言ってみた事もあったが、
姉は全く意に介さず、「ランメルト様は私の家族とも親しくしたいと言って下さっているの、素敵な方ね」と微笑んでいた。
家族思いの姉は、ランメルトの気持ちがうれしかった様だ。
それで、二人の仲が深まるのならば、わたしが何かを言える筈がない___
前もってランメルトが訪ねて来ると分かっていれば、
わたしは何か用事を見つけて館を出られるのだが、ランメルトの訪問は気まぐれで、
姉すら不在の時もあった。その時には、酷く気まずい思いをした。
「申し訳ありません、只今姉は不在で、陽が落ちる前には戻ると思いますが…」
『日を改めて欲しい』、そう促したのだが、ランメルトは『全く問題は無い』と言わんばかりで、
「君は付き合ってくれるかな?
婚約者に会えずに引き返して、《憐れな男》になっては臣下も気を遣うからね」
「それでは、お茶を…」
「お茶ならもう貰っているよ」
ランメルトがソファに着くと同時に、お茶と菓子は運ばれていた。
目の前のそれは、まだ少しも減っていない。
普段からわたしは少しぼんやりしているが、今の事に関しては、
想う相手を前にし、頭が真っ白になっているからに他ならない___
わたしは自分が恥ずかしく、真っ赤になった。
「も、申し訳ありませんっ!」
「シャルリーヌ、落ち着いて、今の僕は第二王子じゃない、
ただの《ランメルト》だ、君の兄だと思ってごらん」
ランメルトが優しい笑みを見せる。
《兄》だなんて、無理に決まっているわ…
わたしは、あなたに恋焦がれているのよ?
だが、ランメルトに変に思われてはいけないと、わたしは何とか笑みを返した。
「わたしには兄がいないので…良く分かりませんが、善処致します」
「兄が出来た気分はどう?」
「うれしいです」
「僕もだ、君のような可愛い妹が出来てうれしいよ。
妹のサーラは昨年結婚して異国に行ってしまってね、少し寂しかったんだ」
「仲がよろしかったんですね」
「普通だと思うよ、サーラは勝気でね、言いたい放題、人使いも荒いんだ、
僕を従者か何かだと思っていたんじゃないかな?」
ランメルトが軽口を言うので、笑ってしまった。
「元気が出たみたいだね」
言われて、ドキリとする。
「君たち姉妹は仲が良いし、グレースが結婚したら、寂しいかな?
お姉さんを取り上げるみたいで、すまないね…
でも、いつでも王宮を訪ねて来ていいからね、
グレースも君に寂しい思いはさせたくないと言っていたよ___」
ランメルトは妹が結婚した事で、寂しい思いをしていて、
わたしに同じ様に寂しい思いをさせない様、気を遣ってくれているのだ。
なんて、優しい方…
うれしく思いながらも、わたしの胸は切なく疼いた。
それに、それは、わたしが求めているものではない。
わたしは二人と距離を置きたいのに…
どうして、わたしを放っておいてくれないの?
込み上げてくる想いを必死に抑え、わたしは微笑んで見せた。
「ありがとうございます、ご親切に感謝致します」
ランメルトは苦笑した。
「君を手名付けるのは難しそうだな」
手名付ける?
わたしは問うように見たが、ランメルトは笑って違う事を言った。
「グレースから聞いたよ、君はピアノが得意なんだってね、僕の為に弾いて貰えるかな?」
わたしはこの場を離れられるなら___と、良い返事をし、ピアノに向かった。
そして、軽やかな曲を弾いたのだった。
ランメルトは「とても上手だ!もっと弾くべきだ」と恥ずかしくなる程に褒めてくれた。
そして、「ご褒美をあげよう」と、懐から小さな箱を取り出した。
菫色のリボンが結ばれている。
「これは、姉に用意された物ではないのですか?」
「実はそうなんだ、だけど、君のピアノを聴いて、どうしてもあげたくなったんだ。
グレースには別の物にするよ、それとも、姉妹で色違いがいいかな?
さぁ、開けてみてごらん」
ランメルトの気持ちがうれしく、わたしは震える手でリボンを解き、
そっと箱を開けた。
そこに入っていたのは、菫色の花の飾りの付いた髪留めで、
その美しさにわたしは思わず息を飲んだ。
「可愛い…素敵…」
何よりも、花の色はランメルトの瞳を思わせ、わたしの胸は高鳴った。
だが、元は姉に用意した物だと思い出し、スッと熱が引いた。
わたしが貰ってはいけないわ…
「やっぱり、これは、姉にあげて下さい…」
わたしは箱をランメルトに差し出した。
「気に入らなかったかな?」
「いいえ、ですが、これは姉を想って用意された物ですから…
わたしが貰ってはいけない気がして…」
「そうか、それなら今度は君を想って用意するよ、ピアノのお礼にね、
君の好きな色は?」
菫色…
わたしはそれを飲み込み、答えた。
「ピンク色、です」
ランメルトが「ふっ」と笑う。
「ピンク色か、君に似合うね___」
ああ、なんて残酷なのだろう…
彼の言葉はわたしの胸を引き裂いた。
後日、館を訪れたランメルトは、約束通り、わたしに贈り物をしてくれた。
「シャルリーヌ、約束の贈り物だよ、今度は受け取ってくれるかな?」
姉の見ている前で、彼は堂々とわたしにそれを差し出し、からかう様に言った。
わたしが酷く気まずい思いをしているなど、二人は想像もしないだろう。
姉は笑顔で、「良かったわね、シャルリーヌ」と喜んでいる。
「ありがとうございます…」
わたしは笑みを作り、その小さな箱を両手で受け取った。
淡いピンク色のリボンが結ばれている。
箱の中身は、先日に見た、あの花の飾りの付いた髪飾りと同じで、色だけが違っていた。
綺麗な淡い上品なピンク色。
素敵だと思うのに…
「私とお揃いなのね、うれしいわ、シャルリーヌ、着けてあげるわね…」
姉がわたしのハーフアップの髪の後ろに、髪飾りを付けてくれた。
ランメルトは笑顔で、「似合うよ」と言ってくれた。
うれしいのに、喜びたいのに、泣きたくなる…
彼にとって、妹でしかないと思い知らされる。
分かっていた筈なのに!
それなのに、胸が痛むのは、きっと、望みを持っていたからだ___
相手は、姉の婚約者なのに!
自分の浅ましさ、醜さを自覚し、わたしは自身を呪った。
わたしは髪飾りを引き出しの宝箱に仕舞い、一度も着ける事は無かった。
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