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しおりを挟む婚約から半年が過ぎ、結婚式の日取りが決まった。
そして、結婚式の三月前から、姉は王宮で暮らす様になった。
様々な準備や、王子妃としての教育を受ける為だ。
姉は賢く、必要な教育や所作は身に付いているので、わたしたち家族は心配していなかった。
これで、ランメルトも館を訪ねて来る事は無い___
わたしは安堵しながらも、酷く気落ちしていた。
会えないと思うと、会いたくなる…
「駄目よ、忘れなきゃ!」
ランメルトを想い続けて、何になるというのだろう?
二人が知れば、わたしを可哀想に思い、憐れむだろう。
優しい二人は、きっと、ずっと、わたしに気を遣う筈だ___
「そんなのは嫌!!」
わたしは《妹》でいなければいけない。
二人の事が大好きだから___
だが、わたしの思惑は外れた。
『一週間に一度、グレースに会いに来る様に』と、王宮からデラージュ公爵家に通達があった。
そして、それを手配したのはランメルトだった。
「私が寂しい思いをしない様にと、ランメルト様が手配して下さったのよ」
グレースが綺麗な笑みを見せ、誇らしげに言った時、わたしの内で嫉妬が渦巻いた。
わたしはそれを必死に押さえ、笑みを返した。
「ランメルト様はとてもお優しい方ね、それに、とてもお姉様の事を想っているのね。
お姉様が羨ましいわ」
姉はわたしの手をその両手で包み、言い聞かせる様に言った。
「シャルリーヌ、あなにもきっと良い人が現れるわ。
あなたを愛してくれる、たった一人の人よ…」
姉はわたしを想ってくれている。
それなのに、叫び出しそうになる。
胸が痛いの!
苦しいの!
泣きたいの!
だって、わたしが愛する、たった一人の人は、お姉様を愛しているんだもの!
わたしはきっと、一生、独りなんだわ…
◇◇
姉の結婚が一月後に迫った頃、わたしは父から書斎に呼ばれた。
「シャルリーヌ、ダントリク侯爵から縁談の打診が来た、子息のジョルジュを知っているだろう?」
ダントリク侯爵家とは古くから付き合いがあり、ジョルジュとは顔馴染みだ。
デビュタントを終えてからは、パーティで何度か顔を合わせていた。
その度に、ダンスに誘ってくれていた。
四歳年上で、真面目で大人しく、礼儀正しいという印象だった。
「おまえを気に入ったらしい、ジョルジュは次期侯爵だ、年齢も合っている。
返事は直ぐにという訳ではない、考えてみなさい___」
父の声が遠くに聞こえる。
縁談…
考えてもみなかったが、年頃になれば、それも当然の話だった。
姉のグレースには、デビュタントを終えてから絶えず縁談が来ていた。
良い話もあったのだが、姉は承知しなかった。
わたしは不思議に思い、聞いた事がある。
「お姉様はどうして縁談を受けないの?」
「結婚なんて、想像出来ないもの…
でも、それは、運命を感じないからかしら?」
姉は何処か他人事の様に言ったのだった。
十八歳の姉は、まだ結婚など早いと思っている様だった。
そして、年が明け、第二王子ランメルトの妃候補に名が上がり、
王室の話し合いの末に、姉が選ばれた。
王室からの打診では、断る事は出来ない。それを承知していたからか、
姉は笑顔で「第二王子の結婚相手に選ばれるなんて、とても光栄だわ」と喜んで見せた。
その時のわたしは、勝手に結婚を決められた姉が気の毒で、喜ぶ気にはなれなかった。
だが、両親は喜んでいた。
「王子妃か!グレースなら申し分ない!」
「グレース、おめでとう!私の娘が王子妃なんて!素晴らしいわ!」
わたしは時々思う。
もし、わたしがもう一年、早く生まれていたら…
せめて、デビュタントを終えていたら…
姉が結婚していたら…
わたしが選ばれる事もあっただろうか?
「まさか!」
わたしは自分を笑い、頭を振った。
それは、甘い夢でしかない___
姉だからこそ、王子妃に選ばれたのだ。
わたしが姉と同じなのは、この銀髪だけ。
姉は目を惹く美人だが、わたしは姉の足元にも及ばない。
姉は細身で手足が長くスタイルも良いが、わたしは背が低く、丸みがある。
姉は賢く、語学にも通じているが、
わたしの貴族学校での成績は、頑張っても上の下だった。
姉よりも勝ものは、ピアノ、刺繍位だろう。
ピアノも刺繍も、どれも王子妃には必要無い…
「これが、《運命》なの?」
姉は『運命を感じない』と言っていたが、自然と結婚に向かっている。
わたしは叶わない恋をしている。
そこに、降って湧いた縁談…
ランメルトの事は、後にも先にも、諦めなければいけない…
笑って、二人を祝福する為にも、わたしはこの縁談を受けた方が良いのではないか…
わたしは白地の綺麗な布を取り出し、裁縫道具を開いた。
「これで、最後にするわ…」
一針、一針、ランメルトへの想いを込め、縫っていく。
彼との時間を思い出しながら…
◇◇
「シャルリーヌ、どうしたの?急に訪ねて来るなんて、驚いたわ」
わたしたち家族が姉に会いに王宮に上がる日は、予め決まっていた。
自由に訪ねて来ても良いとは言われていたが、姉にも都合があり、会えない場合もあるからだ。
わたしはこの日、勇気を振り絞り、一人で王宮の姉を訪ねた。
不安と緊張で倒れそうだったが、王宮の衛兵たちはわたしの顔を覚えてくれていた様で、感じ良く、すんなりと取り次いでくれた。
だが、突然訪ねて来たわたしに、姉は酷く驚いていた。
普段のわたしは、気が弱く、虚を突く大胆さは持ち合わせていないからだ。
「お姉様に会いたかったの」
わたしは微笑んだが、姉は信用していない様で、心配そうな目をしていた。
「座って、何があったか聞かせて頂戴」
姉がソファに座る様、進めてくれ、わたしはそこに座った。
上等のソファは座り心地も良かった。
わたしはそっと、ソファを撫でた。
もう、来る事は無いから…
「実は、わたしに縁談が来たんです、それで、お姉様にお知らせしたくて…」
姉は驚いたのか、目を見開いた。
「縁談を受けるの?お相手はどなたなの?」
「お相手はダントリク侯爵子息、ジョルジュ様です」
ジョルジュの事は姉も知っていた為、話は早かった。
姉は「ダントリク侯爵子息ね…」と呟き、頷いた。
「そう、真面目で大人しい方ね…
シャルリーヌ、あなたは、彼の事が好きなの?」
姉の目がじっとわたしを見つめる。
その真剣さに、わたしは少し困惑した。
普段の姉は、何か問題が起きても、あまり焦ったりはしない、冷静沈着だった。
いつも優しく、包んでくれる…そんな人だ。
だけど、目の前の姉からは、何処か張り詰めたものを感じた。
「感じの良い方だと思います、それに、良いお話なので…」
「シャルリーヌ、良く聞いてね、早急に答えを出すのは避けた方がいいわ。
結婚は一生を左右するものですからね、良く相手を知る事よ。
それに、あなたはまだ若いもの、これから愛する人が現れるかもしれないわ…」
わたしは笑いたくなった。
ランメルト様以上に、愛せる人は現れないわ!
それなら、誰と結婚しても一緒だ。
ジョルジュならば、顔馴染みで、少なくとも好意は持てた。
わたしは内心を隠し、「はい、お姉様」と笑顔で答えた。
わたしは姉の見送りを断り、一人で部屋を出た。
ゆっくりと歩き、目に焼き付ける。
もし、ランメルトに会えたら、刺繍を渡し、想いを絶ち切ると決めていた。
もし、ランメルトに会えなければ、諦めないでいよう、縁談は断ろうと思っていた。
運命がどちらに転ぶか…
わたしは賭けていたのだ。
何事もなく、わたしが宮殿を出ようとした時…
「シャルリーヌ!」
名を呼ばれてドキリとした。
その声の響きをわたしの耳は覚えてしまっている。
わたしは足を止め、振り返った。
予想した通り、ランメルトが金色の光を放ち、大股で歩いて来た。
「来ていたなら、僕も呼んで欲しかったな、仲間外れなんて寂しいよ」
ランメルトが少々不機嫌そうな顔で、不満を漏らした。
彼のこんな表情は初めて見る。
怒らせてしまったのかと、わたしは慌てて頭を下げた。
「ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません!」
「いや、責めている訳じゃないよ、
ただ、僕も君に会うのを楽しみにしていると、知っておいて欲しい」
楽しみだなんて…
ああ、なんて罪深い言葉だろう…
わたしは急いで用意してきたハンカチを取り出し、彼に差し出した。
「結婚のお祝いにと、刺繍をしました…」
緊張し、声も手も震えていた。
だが、ランメルトは気付かない振りをしてくれ、
「ありがとう、見せて貰うよ」と受け取ってくれた。
ランメルトがそれを広げ、その菫色の目は刺繍を辿る…
刺繍は、加護を齎すと言われている伝説の鳥で、
その周囲を菫色の花や緑の蔦の模様で飾った。
「凄いな、これを君が?」
感心した様に見られ、わたしは赤くなった。
「はい、気に入って頂けましたか?」
「勿論気に入ったよ!これ程見事な刺繍には、中々出会えない。
見ていると惹き込まれそうだ…ありがとう、大事にするよ」
その言葉がうれしく、わたしは泣きそうになった。
涙をぐっと堪え、わたしはランメルトに別れを告げた。
「ランメルト様、姉をよろしくお願いします、幸せにしてあげて下さい」
「ああ、誠心誠意、グレースを幸せにすると誓うよ」
わたしは深々と礼をし、その場を後にした。
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