【完結】結婚しても片想い

白雨 音

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「シャルリーヌ様、お疲れでしょう、直ぐにお部屋にご案内致します」

「待って下さい、これは、どういう事なのでしょうか?
わたしは、追放された身です…」

罪人を迎える態度ではない___
わたしは困惑していたが、執事は態度を変える事はなく、平然と答えた。

「伺っております、追放先はこちらで間違いありません、ご安心下さい」

安心する処では無く、益々混乱してきた。
そんなわたしの側に、一人のメイドが進み出た。

「シャルリーヌ様のお世話をさせて頂きます、ジェーンです。
お部屋へご案内致します」

ジェーンは微笑みを浮かべている。
執事も、周囲の使用人たちも同じで、わたしを睨み付ける者はいないと気付いた。
その理由は全く分からなかったが、それでも、少しだけ、強張りが解けた。

「はい、お願いします…」

ジェーンは笑みを見せると、「こちらです」と案内してくれた。


部屋は二階の客室で、広く豪華だった。
家具やベッド等、必要な物は揃えられており、それに、黒塗りのピアノまである。
わたしは驚いて言葉もなく、立ち尽くしていた。

「シャルリーヌ様、何かお召し上がりになりますか?」
「いえ、大丈夫です」
「お疲れでしょう、寝支度をお手伝い致します」

ジェーンは寝支度を手伝ってくれ、「失礼致します」と部屋を出て行く。
わたしは慌てて声を掛けた。

「ジェーン、遅くまでありがとう…」

ジェーンは振り返ると笑みを見せた。

「ゆっくりお休み下さい」

牢に入れられてからは、碌に眠る事も出来ず、心労も大きかった。
使用人たちの優しさと、二日ぶりの温かいベッドに、
わたしは意識を失う様に、眠りに落ちていた。


朝になり、全てを失った事を思い出し、また気持ちが沈んだが、
こうなってしまえば、仕方が無い、最善を探すしかないと自分を励ました。

一夜明けても、使用人たちの態度は変わらなかった。
優しく声を掛けてくれ、温かい朝食を運んでくれた。
だが、窓は全て開かない様にされており、部屋から出る事も止められた。

「申し訳ありません、窮屈でしょうがこちらでお過ごし下さい」

幽閉の様なものだろうか?

「ピアノを弾いても構いませんか?」
「はい、勿論です!楽譜はこちらです___」

ジェーンは本棚を指した。
至れり尽くせりで、わたしの為に用意された部屋としか思えなかった。

わたしはピアノに向かい、指で鍵盤を叩いた。
感情をぶつけるのにも、思考を整理するのにも、ピアノは最適だった。

追放された身で、こんなに好待遇を受けるなんて…
何か裏がありそうで怖かったが、それでも、心は落ち着けた。
寸前まで、わたしは敵しかいないと思えていたから___

お姉様の仇を取る事が出来なかった…
大司教はこのまま野放しになるのだろうか?
それを考えると怒りが沸き上がる。
一矢報いる事も出来ず、逆に陥れられてしまうなんて…
あまりに不甲斐なさ過ぎる。

わたしはどうすれば良かったのだろう?

どうすれば、姉の仇を討つ事が出来たのだろう?
どうすれば、離縁を避けられたのだろう?

「どうすれば、なんて、意味はないわ…」

何もかも、もう、遅すぎるのだ…


◇◇


別邸に来て、三日目ともなれば、生活にも慣れてきた。
尤も、部屋に閉じ籠る生活なので、ピアノを弾くか、刺繍をするか、読書をするか…
出来る事は限られている。

ジェーンは良くしてくれているし、他の使用人たちも親切で、
それが何より、わたしの心を慰めてくれていた。
ただ、皆、確信に触れる様な話になると、直ぐに交わしてしまう。
口止めをされているのかもしれない。

昼食を終え、わたしはピアノを弾いていた。
ピアノならば、何時間でも弾く事が出来る。
集中して曲に入り込んでいた為、扉が開いた事にも、
誰かが入って来た事にも、気付かなかった。

ただ、曲の終わりに、「パンパンパン」と拍手をされ、驚いて振り返った。
そこに立っている人を見て、わたしは更に驚き、息を止めた。

「腕は落ちていないね、とても上手だ」

眩しい金色の髪、宝石の様に美しい菫色の瞳、そして、優しい笑み…

「ランメルト様!?」

ランメルトはわたしの傍まで来ると、徐に、わたしを抱き締めた___

「!!」

固く引き締まった腹部、それに、温かい体温を感じ、わたしは固まった。

「辛い思いをさせてすまなかったね、でも、もう大丈夫だ、シャルリーヌ」

温かい声に、わたしの緊張はプツリと切れた。
わたしは彼に縋り、声を上げて泣いていた。

ランメルトはわたしを包み込む様に抱き、頭を撫で、キスを落としてくれた。
その優しさに安堵し、次第に気持ちも落ち着いていったが、
そうすると、この状況の不自然さに、気付かずにいられなかった。

妃でもないわたしを、罪人のわたしを、どうして抱き締めて下さるの?
それも、こんなに優しく…
こんな風に抱き締めてくれた事は、これまで一度も無かったのに…

わたしを信じて下さるの?

だが、否定されるのが怖く、聞けずにいた。
強張るわたしに気付いたのか、ランメルトは抱擁を解いた。

「説明もせず、突然、抱きしめてしまってすまなかったね、
君の顔を見て安心してしまった、あれからずっと、心配していたんだ…」

恐々と目を上げると、ランメルトがわたしに、気遣う様な目を向けていた。
これまで、顔を合わせる事さえ避けてきた彼が…
そんな場合でもないというのに、わたしの頬は熱を持った。

「それでは…わたしを、信じて下さるのですか?」

緊張したが、ランメルトはあっさりと頷いた。

「最初から疑いすらしていないよ、だけど、相手が相手だ。
聖職者というだけでも、皆信じてしまうというのに、大司教ともなれば、その発言力は高い。
表立って君を庇う事は悪手だった。それに、大司教を安心させておく必要もあって…
君を捕らえる事になった、悪かったね」

わたしは激しく頭を振った。
ランメルトが信じていてくれたのなら、それだけで十分だ。

「一人でも信じて下さる方がいれば十分です…
これ以上、わたしを庇い建てなさらないで下さい、あなたにもご迷惑が掛るでしょう。
わたしは大丈夫です、どの様な僻地にやられても、負けません」

わたしは何一つ罪など犯してはいない___
そう、胸を張って生きていける、彼が信じてくれたから…

ランメルトは「ふっ」と笑い、わたしの頬を撫でた。

「君は強いね、それに、僕の事を気遣ってくれてありがとう。
だけど、僕は君をそんな目に遭わせたりはしないよ、もっと、僕を信じて欲しい。
おいで、説明しよう…」

ランメルトはわたしを長ソファに促した。
わたしが座ると、直ぐ隣にランメルトが腰を下ろした。

ど、どうして、隣に!??

直ぐ傍に彼を感じ、ドギマギとしてしまう。
落ち着かずにいると、扉が開き、ジェーンとメイドたちがお茶を運んで来た。
わたしは助けを求める様にジェーンを見たが、彼女はウインクを返し、部屋を出て行ってしまった。

変に意識し、緊張するわたしとは違い、ランメルトはいつも通り落ち着いており、紅茶を一口飲んだ。

「最初から、順を追って話した方がいいね…
まず、僕がそれに気付いたのは、君の失言からだった。
あの日、君の言った事が引っ掛かってね、グレースに何があったのか調べる事にした。
グレースを診た医師に当たり、君の両親からも話を聞いたよ…」

それを悟り、全身から血の気が引いた。

「誰にも言わないで下さい!特に、クレモンには絶対に!
お姉様はクレモンに知られたくなかったんです!」

身を投げる程に___

わたしには、その気持ちが分かった。
わたしがもし、姉の様な事になったら、やはり、ランメルトには言えないだろう。
もし、彼がわたしに軽蔑の目を向けたら?
彼に嫌われるのが怖い、彼が去って行くのが怖い。
だけど、黙っている事も、彼を騙しているみたいで辛くて、
どうする事も出来ず、ただただ、追い詰められていくだろう。

だが、ランメルトの考えは逆だった。

「勿論、グレースの名誉は護るよ、だけど、クレモンは別だ。
クレモンはグレースを心から愛している、こんな事で愛は消えたりしない。
愛する者が負った不幸ならば、一緒に苦しみ、支えたいと思うものだろう?」

「でも、お姉様が…」

「グレースは大丈夫だよ。
実は、君には事後報告になってしまってすまないが…
君の両親も分かってくれて、クレモンをグレースに会わせてくれたんだ。
つい、数時間前の事だ。クレモンと会い、グレースは正気を取り戻した。
クレモンの愛が届いたんだ。
グレースもクレモンが来るのを待っていたのかもしれない」

「お姉様が正気に!?ああ!良かった!!」

わたしは歓喜に声を上げ、そして、また泣いてしまった。
「使って」と、ランメルトが白いハンカチを握らせてくれた。
ハンカチで目元を押さえていると、ランメルトがわたしの方に顔を向け、胡乱に見た。

「君は、グレースを陵辱した相手を、僕だと思っていた様だけど…」

わたしは再び真っ青になった。

「す、すみません!お姉様を酷い目に遭わせた者の事ばかり考えていたので、
あなたの言葉がそんな風に聞こえてしまって…
最初から疑っていた訳ではありません!あなたがそんな事をするなんて、絶対に無いと…」

いつも疑惑を打ち消してきた。
だが、あの瞬間、ランメルトを犯人だと思ったのは事実で、それを消し去る事は出来ない。
ランメルトを信じ切る事が出来なかった。
わたしは惨めに項垂れ、謝罪した。

「本当に、失礼な事を申しました…!」

「全く失礼にも程があるよ」

もう、駄目かもしれない、嫌われても仕方ないもの…
心臓が冷え冷えとし、再び涙が滲んだ。

「だけど、君は一緒に謝ると言ってくれたね、その意味を知った時、
少しだけど、希望が見えたよ…」

ランメルトが「ふふふ」と笑う。
それは、あの頃の彼みたいで、胸がキュっとした。
良かった…怒っていなかった…
でも、《希望》って?

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