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6 ジェレミア

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◇◇ ジェレミア ◇◇


パーティ会場を出て、そのまま、庭へ向かった。
何も考えずに、草木の間を突き進む___

「おい!ジェレミア!」

カーターに手を掴まれ、ジェレミアは漸く足を止めた。
酷く疲れ、息が荒かった。
息切れなどしていないカーターは、珍しく沈んだ顔をしていた。

「その、悪かったな、俺の所為で嫌な思いをさせて…」

カーターの所為だ!
ジェレミアは叫びたくなったが、『それは違う』と頭の片隅で声がした。
ジェレミアはカーターの手を振り切った。

「君の所為じゃない、まさか、気付かれるなんて思わなかった…僕が甘かったよ」

「それはさ、それだけ、おまえのヴァイオリンが凄いって事だよ。
それを、あの馬鹿共が台無しにしやがって!」

「いいよ、もう、弾かないから…」

「馬鹿!止めんなよ!あれだけ弾けるヤツはいないって!もっと自信持て!
久しぶりに最高の音楽が聴けて、俺はうれしかったよ」

「最高?僕は音楽家じゃないよ」

「それじゃ、天才だ」

カーターの軽口に、ジェレミアはつい笑っていた。
不思議と心も晴れていたが、「よし、戻ろうぜ!」というカーターの誘いは、丁重に断った。

「僕は寮に帰るよ、そんな気分じゃないから」

流石にカーターも引き止めなかった。
二人で戻っていた時だ、言い合いの様な声が聞こえてきた。

「何か揉めてるみたいだな、向こうだ、行ってみようぜ!」



「全く君は!だから嫌なんだ!」

カーターを追い掛けて行くと、そこでは今正に、修羅場が繰り広げられていた。
ベンチには寄り添い座る男女の姿があり、それを仁王立ちで睨み付けている女性という図だ。

「…理屈っぽいし、命令ばかりする!もう、うんざりだ!
君の様な女が婚約者なら、誰だって逃げ出すさ!」

散々な言いようだが、要は、婚約者がいながら、浮気をしたという事だ。
それを正当化し、相手を責めるなんて…
人と関わらずに育ったジェレミアは、潔癖な所があり、嫌悪感に眉を顰めていた。

一方のカーターは、呆れてはいたが、興味深く見ていた。

「カルロス・バーレイ伯爵子息か…哲学部の奴だ。
婚約者はオードリー・ブルック伯爵令嬢、愛人はローラ・トンプソン男爵令嬢だな」

スラスラと、この修羅場の構図を説明するカーターに、ジェレミアは関心した。

「良く知ってるね」

「婚約者がいるヤツは目立つからな。
まぁ、カルロスと婚約者はあんま目立ってなかったけど…不仲って事か」

不仲?と、ジェレミアは頭を傾げた。
不仲であれば、婚約者のオードリー・ブルック伯爵令嬢も、この状況を喜ぶだろう。
だけど、彼女は喜んでなどいない…

「ローラの様に可愛い女性なら、僕も心変わりなんてしなかったよ…」
「ああ、カルロス…」

浮気男カルロスとその愛人ローラは、婚約者オードリーを前に、熱く見つめ合う。
まるで、見せ付けるかの様に…

「何て、醜悪な…」

ジェレミアは嫌悪感に、とうとう漏らしていた。

「心変わり?カルロス、本気で言っているの?」

オードリーが『信じられない』という様に、問い詰める。
ジェレミアは見ているだけで胸が痛んだ。
だが、当のカルロスは、胸が痛まないのか、堂々と言い放った。

「ああ、本気さ、僕はローラを愛しているんだ。
愛する者がいるのに、他の者と結婚は出来ない。
誠実さを求める君なら、分かるだろう?」

誠実…?
何を持って、誠実とするのか?
ジェレミアは頭が痛くなる気がした。

「この際、はっきり言っておくけど、オードリー、君とは結婚出来ない。
悪いけど、君との婚約は破棄させて貰う___」

カルロスがローラを抱きしめ、言い放った。
オードリーは何も言わず、立ち尽くしていた。

「行きましょう、カルロス、あの人、何だか怖いわ…」
「そうだな、ああ、やっと自由になれたよ!」

二人はベッタリと体を引っ付け、楽しそうに笑いながら去って行った。
だが、オードリーは、立ち尽くしたままだった。

「声掛けてみようか…」

カーターが出て行こうとしたのを、ジェレミアは止めた。

「独りの方がいいよ…」

オードリーは背を伸ばし、毅然とし、立っている。
だが、ジェレミアには、彼女が泣いている様に見えた。


酷く印象に残る出来事だった。
お陰で、ベリンダの事も忘れていた位だ。
だが、言ってしまえば他人事で、ジェレミアは自分には関係無いと、頭から追い出した。

後々、思わぬ所で自分に絡んでくるなど、この時のジェレミアは、想像もしていなかった___


◇◇


夏休暇に入り、ジェレミアはハートフォード侯爵家の館に戻った。
祖母の相手をしたり、ヴァイオリンを弾いたり、勉強をしたり、美術鑑賞をしたり…
ジェレミアにとっては、心穏やかな日々だった。

それが、陰を落としたのは、館に戻り二週間が経った頃だ。
父から書斎に呼ばれ、それを聞かされた。

「ジェレミア、おまえに縁談の打診が来ている」

縁談?
ジェレミアの表情が曇る。

「良い話だぞ、相手は伯爵令嬢で、結婚相手が爵位を継ぐ事になっている。
先方は、学院でのおまえの成績に感心してな、是非とも伯爵家に迎えたいと言っている」

そんな美味い話、ある筈がない___
ジェレミアは即座に疑って掛かった。

「それは、どんな落とし穴があるのですか?
先方は僕をご覧になった事が無いのではありませんか?」

一目でも見ていれば、娘と結婚させようとは思わないだろうし、
伯爵を継がせようともしないだろう。

「ああ、一度会う機会を持つ事にしているから、安心しなさい」

安心?まさか!不安でしかない___
どうせ、その場で手痛く振られて終わるのだ。
いや、想像を絶する、暴言を吐かれるかもしれない。
ジェレミアは体中の血の気が引き、蒼褪めた。

「気が進みません」

「一度も会わずに断っては、失礼だろう?」

「わざわざ会った後では、更に失礼でしょう?」

ジェレミアが冷たく返すと、父は大きく嘆息した。

「それならば、落とし穴を話そう。
お相手の令嬢は、つい数週間前まで、他の者と婚約していたのだ。
だが、婚約者の裏切りより、手痛く婚約破棄をされてしまった。
可哀想に、さぞ傷心しているだろう…」

ジェレミアは眉を寄せた。

「傷心しているなら、縁談などという話は出ないでしょう?
縁談を急ぐ理由は、他にあるのではありませんか?
例えば、お腹に子がいるとか…」

「馬鹿な事を申すな、お相手は、おまえと同じ王立ラディアンス学院に通う、淑女だぞ?」

王立ラディアンス学院の女子が淑女?
ジェレミアは鼻で笑った。

「まぁ、そういう者もいるかもしれませんね。
婚約破棄となれば、醜聞が悪く、相手が見つからないとか?
それとも、新たな婚約者を迎え、相手を見返したいとかですか?」

それなら、即座に断られるだろう。
見返す所か、笑われるだけだ。
しかも、同じ、王立ラディアンス学院の生徒だ___

「やっぱり、お断りします。
学院の生徒では、新学期に顔を合わせる事もあるでしょう、気まずい思いをします…」

「おまえは、どうしてそう、後ろ向きなのだ?
少しは上手くいく事を考えろ、そうでなければ、上手く行くものも、上手くいかなくなるぞ」

それを言う父は、年を重ねても腹が出る事なく、ダンディだ。
それに、母とは恋愛結婚だ。
上手くいった事しか無いのでは?と疑いたくなる。
ただ、お人好しでおっとりしている為、
たまに贋作や駄作を買わされる事はあるが、それ位だ。

「新学期、婚約者と楽しい学院生活を送る事を想像してみろ!」
「そんな事になれば、僕の成績は下がり、将来に響くでしょう」
「若い内に、自分を見失う経験をしておく事も大事だ」
「兎に角、お断りします」

ジェレミアは聞く耳持たず、書斎を出ようとしたが、これまで黙っていた母が口を開いた。

「お待ちなさい、ジェレミア、侯爵家で勝手は許しませんよ」

母も普段は穏やかでおっとりとしているが、たまに、我を通す事がある。

「お祖母様が最近、元気が無い事は、あなたも知っているわね?
あなたに婚約者が出来れば、お祖母様もきっとお喜びになるわ」

「ですが、その為に結婚など、相手に失礼でしょう」

「いいえ、お相手のお母様にお会いして話を伺いましたが…
名のある占い師が、断言なさったそうよ、二人は《運命で結ばれた相手》だと。
これを逃すと、生きている内には、結婚出来ないと言われたそうよ」

「迷信ですよ、占いなんて…」

あまりの馬鹿馬鹿しさに、ジェレミアは額を押さえた。
ジェレミアは両親が騙され易い事を知っている。
きっと、お人好しの性格に付け込まれたのだ___

「兎に角、一度、会うだけはして貰うわよ、ジェレミア。
《運命の相手》だなんて、わくわくするじゃない?
きっと、私がショーンと会った時みたいな事が起こるわね!」

母が年を忘れ、「キャッキャ」と声を上げた。
父はというと、「ああ、楽しみだね、カリーナ」と、デレデレとしている。

僕は絶対にそんな風にはならない___

ジェレミアは胡乱な目で、両親を眺めた。

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