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11 /ジェレミア

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あの日から、わたしたちは毎日、昼休憩には食堂で一緒に食事をする事になった。
ジェレミアは先に来て席を取り、わたしが来るとトレイを持ってくれ、椅子を引いてくれた。
一度教えただけなのに、すんなりと身に付けている。
頭の良さに加え、基礎となる礼儀作法が身に付いていたからだろう。
それに、カーターが色々と教えている様で、立ち姿や所作が、何とも決まっている。
恰好良過ぎて、時々吹き出しそうになるが、今の所は我慢出来ている。

放課後は空き教室で、打ち合わせや反省会をしているが、然程、反省する事は無かった。

「僕、今日はどうだった?」

「完璧よ!流石、侯爵子息ね!何をしても上品だわ!
あんなにスマートに椅子が引ける人は、学院でも数える程よ!」

「そんな事ないと思うけど…」

「まぁ、筆頭は、カーターかしらね?」

わたしが軽口を言うと、ジェレミアは肩を揺らして笑った。
《カーター》は、ジェレミアの笑いのツボらしい。

「うん、それには賛成だよ!」

随分、気楽に話せる様になってきている。
良い兆候だわ!
わたしは内心でニヤリとした。

「ジェレミア、明日の時間割を見せ合いましょう!」

わたしたちはそれを合わせ、どの小休憩で会うかを決める。

「わたしは、ここと、ここかしら?」
「僕は、ここと、ここだから…ここだね、共有棟の玄関でいいかな?」
「ええ、いいわ」

わたしは時間割に書き込み、それを鞄に仕舞った。

「それじゃ、図書室へ行きましょう!」

これから、陽がある内は、図書室で勉強をする。
一緒の机で、向かい合って座ってはいるが、あまり気にならなかった。
ジェレミアは話し掛けてくるタイプではないし、わたしは没頭するタイプだ。
時々、分からない所を質問するが、いつも丁寧に教えてくれる。

「ジェレミアは、わたしが一緒で、勉強の邪魔にならない?」

「大丈夫だよ、君は?」

「わたしは没頭してるから、それに、教えて貰えて助かってるわ!」

「それなら、良かった」

ジェレミアがふわりと笑う。
穏やかで優しい表情は、彼の両親と似ていた。
だが、ふと、それが陰りを見せた。

「オードリー、僕の事で、何か言われていない?」

わたしたちが一緒に居る様になり、当然、周囲は驚いていた。
奇異な目で見て、好き勝手、面白おかしく噂をした。

『白豚が女子と居るわ!』
『そういえば、婚約したのよね?』
『カルロスに婚約破棄されたとはいえ、他に相手は居なかったのかな?』
『マジ、可哀想!俺が結婚してやるのに』
『馬鹿、白豚は侯爵子息だぞ、俺たちはお呼びじゃねーよ』
『あー、爵位があるヤツはいいよなー』
『けど、侯爵ったって、白豚だぜ?良く婚約したよなー』
『きっと、自棄になったのね…』

嘲笑もされた。
だが、それは最初の内だけで、徐々に変化していった。

『けど、嫌々って感じでも無いぜ?』
『楽しそう…だよな?』
『小休憩でも、会ってるの見たぜ』

『彼女、男の趣味が悪いんだな…』
『あんなに、可愛いのに…』
『白豚は、いい相手見つけたよなー』
『カルロスは、本当は彼女に振られたんじゃないのか?』

そんな声まで出始めていた。

ベリンダたちは、今の所は静観している。
先のわたしの脅しが利いているらしく、わたしと会うのを避けている様にも見える。
廊下で見掛けても、彼女の方が踵を返すのだ。

「そうね…『婚約者と仲が良くて羨ましい!』とは、言われるわよ」

わたしが言うと、ジェレミアはふっくらとした頬を、ポッと赤くした。
一緒にいて気付いたが、ジェレミアは驚く程純情だ。

「ええ!?それは、その、『白豚なんかと仲良くして』っていう、嫌味かな?」

純情だけど、卑屈だわ。
わたしは内心で頭を振った。

「あなたがわたしに優しいから、皆、羨ましいのよ」

「皆、そうじゃないの?」

「《皆》とはいかないわね、人それぞれよ」

カルロスは良くしてくれたが、儀礼的で、長い時間一緒に居る事よりも、
短い時間共にするのを好んだ。学院の外で会おうとはしなかったし、
大掛かりなサプライズも無かった。
友人との付き合い、勉強等、お互いに忙しいからだと思っていたが、
今は、カルロスはわたしに対して、然程熱意が無かったのだと思えた。
うんざりすると言われたもの…
気持ちが落ちそうになり、わたしは慌ててそれを頭から追い出した。

「自信を持って、あなたは素敵な婚約者よ、ジェレミア」

わたしは笑顔で告げた。
ジェレミアは赤い顔で、少し照れながら返した。

「ありがとう、君も、最高の婚約者だよ、オードリー」

胸にじんわりと、暖かいものが広がった。


◇◇ ジェレミア ◇◇

新学期、ジェレミアは、オードリーが自分と婚約をした事で、
嫌な思いをしてはいないかと、日々心配していた。
それを漏らすと、親友のカーターは「じゃ、様子を見て来てやるよ」と胸を叩き、
ジェレミアが止める間も無く、行ってしまった。

そして、帰って来るなり…

「ジェレミア、オードリーから伝言だ。
明日、昼休憩に食堂で会おう、それから、彼女より早く行って、席を取っておけってさ」

は???

ジェレミアは目を眇め、親友を見た。

「どうしてそうなるの?僕は会いたいなんて言ってないし、思ってないし…
それも、食堂なんて!皆が居るんだよ!?」

ジェレミアは責め立てたが、カーターは冷ややかな目で聞き流した。

「ジェレミア、おまえが会いたくなくても、会った方がいい。
そうじゃなきゃ、ここまで押し掛けて来るぞ!あの女ならあり得る…」

確かに、気の強そうな女性だった…と、ジェレミアは思い出した。

「『婚約者なのに、一度も会いに来ないし、誘いもしないなんて、失礼だわ!』
『結婚する気があろうとなかろうと、婚約しているなら当然の礼儀だ』と言われた。
俺も一理ある気がしてさ、それに、おまえの為にも良い気がするんだ」

「何処がいいの!?きっと、明日、彼女は食堂には来ないよ…
僕は待ちぼうけをして、皆の前で恥を掻かされるんだ…
これは、彼女の復讐なんだ…」

「復讐?何で?」

「僕みたいな白豚と婚約させられたからだよ!!」

ジェレミアは叫んでベッドに潜り込んだ。

「おまえさー、被害妄想が過ぎるだろ、明日、絶対行けよ!
じゃなきゃ、俺があの女に責められるだろう!めっちゃキツイんだよ!
言いたい放題言ってくれるしさー、あれじゃ、カルロスも逃げるってもんだ…」

「彼女の悪口は言わないで!それに、あの男は最低だよ!」

ジェレミアは顔だけ出し、言っていた。

「ああ、悪い…じゃ、絶対行けよ!昼休憩に食堂だぞ!」

カーターはしつこく言い付けてから、部屋を出て行った。
ジェレミアはベッドの中で嘆息した。

明日、食堂で、どんな恐ろしい事が待ち受けているのか…
それを考えると、血の気が引き、吐き気がし、頭痛までしてきた。





絶対に無理!断ろう___

朝からジェレミアは固く心に決めていたが、断る術が思いつかず、
結局、そのまま昼休憩に入り、カーターに捕まり、
強制的に食堂へ連れて行かれたのだった。

「ああ…」

ジェレミアは空のトレイを手に、暗い顔で肩を落とし、幽霊の様に歩いた。
それでも習慣で、サンドイッチを三つ、トレイの皿に乗せた。
スープと野菜、果実も忘れてはいない。

「食事取ったか?席は何処にする?」

カーターに聞かれ、ジェレミアは漸く顔を上げた。
早い時間で、まだ空席も十分にあった。
ジェレミアは「隅の方…」と、一番遠い席を指したが、カーターは即座に却下した。

「彼女が見つけ難いだろう、ああ、そこにしよう!丁度三つ空いてる!」

カーターが選んだ席は、中程で、成程、見つけ易い席とも言える。
その分、周囲の視線を集め易くもあり、ジェレミアは増々顔色を失くした。
「早く!」と、カーターに急かされ、不承不承、ジェレミアは席に着いた。

「早く食べて帰ろう…」

「馬鹿!彼女が来るまで手を付けるな!何言われるか分かんねーぞ!」

カーターはオードリーを恐れている様に見える。
そんなに怖い女性だっただろうか?
ジェレミアは頭を傾げた。

はっきりと、自分の意見を言う子だった___

だけど、その言葉には悪意が無く、嫌な感じはしなかった。
ただ、鋭く本質を突いて来るので、そこは怖い気がした。

そんな事を考えていると、カーターに脇を突かれた。

「来たぞ!」

ジェレミアは反射的に顔を上げた。
ブルネットの長い髪の女性が、背を正し、綺麗な姿勢で歩いて行く。
ジェレミアはドキリとした。

何て、美しく、凛としているんだろう…

彼女は食事を取ると、迷わず、こちらに向かって来た。
ジェレミアは緊張に、体を固く強張らせた。

「ジェレミア、おまたせ!」

明るい声を掛けられ、おずおずと振り返る…
そこには、夏の日に咲く花の様な笑顔があり、息を飲んだ。
ジェレミアは、考えていた台詞を口にするのがやっとだった。

「や、やぁ、オードリー、あの、席はここで良かった?」

「あなたと一緒なら、何処でもいいわ!ありがとう」

思ってもみなかった返事に、ジェレミアの頭は真っ白になった。
正に、気を失う寸前だったが、彼女が動こうとしないのに気付いた。
どうしたんだろう?
心配になってきた所、隣からカーターが小声で教えてくれた。

「ジェレミア!トレイを取って、椅子を引いてやれよ」

「ああ!ごめん!」

ジェレミアは慌てて立ち上がると、トレイを受け取り、テーブルに置き、
彼女の為に椅子を引いた。
彼女は「ありがとう」とにこやかに礼を言い、優雅に座った。
間近で女子に接する機会の少ないジェレミアは、息をするのも忘れ、見惚れていた。

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