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しおりを挟む音楽会は、学院が休みになる週末を使い、大ホールで開催される。
参加者は十組、ソロ、三重奏、四重奏…楽器だけでなく、歌での参加者も居る。
演奏の順番は、教師がバランスを考えて決めており、わたしたちの出番は8番目だった。
鑑賞には、学院の要人が集い、来賓も多く招かれる事になっている。
学院生は自由参加だったが、反応が悪いのか、
学院側から、しつこく参加が呼びかけられていた。
「サマンサは鑑賞に来てくれるでしょう?」
「他の子たちにも声を掛けてるからぁ、皆で行くねぇ」
「ありがとう!サマンサ!あなたって、最高に頼りになる親友よ!」
「うふふ、任せてぇ♪」
当日は、サマンサに手伝って貰い、支度をした。
光沢のある、深緑色の上品なドレスに、髪はハーフアップで、深緑色のリボンを結んだ。
目立たない、小さな首飾りとピアス。
舞台に上がるので、化粧もいつもよりも少し濃い。
「完璧ね!ありがとう、サマンサ、後で会場でね!」
「うん、オードリー、頑張ってね~」
わたしは姿見に映る自分の姿に満足し、部屋を出た。
寮の門を出ると、ヴァイオリンケースを手に、タキシード姿のジェレミアが立っていた。
中々決まっているが、何やら目を見開き、口をポカンと開け、固まっている。
「どうしたの?緊張してる?」
「ええ!いや、そうじゃなくて…君が、凄く綺麗だから…」
子供の様な素直な賛美に、舞い上がりそうになるのを抑えつつ、
わたしは「ありがとう」と返した。
「ジェレミア、迎えに来てくれたのね、うれしいわ!」
待たせてはいけないので、直接控室で会う事にしていたのだが、
わざわざ寮の前で待っていてくれた事に、わたしは感動した。
「う、うん、こういう時は、迎えに行くものだって、カーターが教えてくれたから…」
カーターの入れ知恵だったのね!
肩透かしを食らった気がしたが、ジェレミアは経験値が低いのだから、当然だろう。
きっと、これから自然に出来る様になる。
もっと、わたしの事を好きになればね…
◇
出演者は控室に集められ、出番が近くなると、舞台袖に移動する。
わたしたちは8番という事で、待ち時間も長かったが、漸く、その時が来た。
人前でピアノを弾く事は珍しく無いが、こんな大舞台では初めてだ。
緊張も勿論あるが、期待も大きく、胸は高潮していた。
ふと、隣のジェレミアが動かない事に気付いた。
硬直し、その顔は蒼褪めて見える。
「ジェレミア、緊張してる?」
「うん、初めてだから…人も多いし…」
「沢山の人に、わたしたちの演奏を聴いて貰えるわ!」
「そ、そうだね…」
「大丈夫よ、自信持って!あなた、学園パーティの時も演奏してたじゃない!」
「あれは、皆、注目なんてしないと思ったから…」
学園パーティは、自分たちが楽しむ事が目的なので、音楽は背景に過ぎない。
それを覆すだけの腕があった事は、誤算だっただろう。
「素敵だったわ、今日はわたしと一緒だし、あなたは目立たないタキシードで、
わたしは華やかなドレスよ、きっと、皆はあなたではなく、わたしを注目するわ!」
ジェレミアが「ふふ」と小さく笑った。
「君となら、何でも出来そうだよ、ありがとう、オードリー」
最高の褒め言葉だ。
わたしは、カーテシーを返した。
『次は、《アリアの丘》です』
『ヴァイオリンはジェレミア・ハートフォード、ピアノ伴奏はオードリー・ブルック___』
紹介があり、わたしは美しく威厳を放つ、黒塗りのピアノに向う。
ジェレミアは舞台の中央に立ち、礼をした。
拍手を受け、ジェレミアはヴァイオリンを構え、わたしは指を鍵盤に置いた。
今、正に、最初の音が生み出されるという時、それを遮ったものがあった。
「おい!白豚だぜ!」
鎮まり返ったホールに、その声は驚く程響いた。
「白豚のヴァイオリンなんか、聴けるかよ!」
「下がれ白豚!おまえなんか、お呼びじゃねーんだよ!」
「白豚!白豚!」
野次が飛び、鑑賞席も騒然となった。
ジェレミア…
ああ、どれ程、傷ついているか…
だが、わたしの位置からでは、その後ろ姿しか見えない。
ジェレミアはヴァイオリンを構えたまま、硬直している。
『静かに!』
『黙りなさい!』
教師たちや警備の者たちが駆け付け、野次は消えたが、会場は騒然としたままだ。
『皆さん、お静かに!』
進行役や教師たちが、騒ぎを収めようと奔走する。
程なくして、数人の生徒が、警備の者に引っ張られ、ホールを出された。
「ジェレミア!」
わたしが声を掛けると、ジェレミアは顔だけで振り返った。
彼は落ち着いた様子で、『大丈夫だよ』という風に、頷いた。
学園パーティの時には、演奏を止め、出て行った彼が…
今は、頼もしくさえ見えた。
わたしは微笑み、頷き返した。
『それでは、《アリアの丘》です___』
わたしは鍵盤に向かい、小さく息を吸った。
田舎町に舞い込むそよ風の様な、優しい曲の始まり。
優美なヴァイオリンは、次第に色を増し、甘美な世界へと誘う___
わたしの指は自然に動いた。
ヴァイオリンの音色に合わせ、囁く様に、支える様に…
やがて、曲は消える様に終わりを告げた。
時が止まった様な、静けさがホール全体を包んでいた。
最初は、誰だったのか?
パンパン!
一つの拍手の音が響き、それは瞬く間に広がり、大拍手となった。
歓声が上がり、皆の称賛の声が舞う。
満足感に胸はいっぱいだった。
わたしたちは礼をし、舞台を後にした。
ジェレミアの顔は火照っていた。
その濃い青色の目は、キラキラとしている。
「オードリー!ありがとう!」
興奮している所為だろう、ジェレミアは何の迷いも無く、わたしを抱きしめた。
厚みのある体は、安心感をくれる。
わたしは腕を回し、抱きしめ返した。
「ああ!ごめんね!君に断りもなく、抱きしめるなんて…」
我に返ったジェレミアが、わたしから離れ、慌て出した。
「婚約しているんだもの、断りなんて必要無いわ」
「そ、そう?でも、僕は、君が嫌がる事はしたくないから…」
「わたしを大事に思ってくれるのね、ありがとう、ジェレミア」
わたしはそのふっくらとした頬に口付けた。
ジェレミアは真っ赤になり、更に慌てていた。
音楽会が終わり、ホールを出ると、カーターやサマンサたちが待っていて、
笑顔と拍手で迎えてくれた。
「おまえら、すげー、良かったぜ!」
「素敵だったわぁ!」
「うっとりしちゃった!」
「皆も感心してたぜ!」
手応えは感じていたが、こうして感想を聞くと、更に気持ちは高まった。
わたしとジェレミアは目を合わせ、笑った。
それを目にしたカーターは、「おお!熱いねぇ!」と冷やかし、
ジェレミアは顔を真っ赤にし、その口を塞ぎに行った。
「カフェでお茶でもしようぜ、今日は俺の奢りだ!」
カーターが気前良く言ったので、皆でカフェに行き、楽しい時間を過ごした。
カーターは話題が豊富で、話も上手い。
サマンサたち女子は、すっかり彼の虜になっていた。
野次があった事など、すっかり忘れていた。
寝る時になり、それを思い出したが、直ぐに掻き消えた。
それよりも浮かんで来たのは、彼の輝く様な笑顔だ。
ジェレミア、幸せそうだったわ…
◇◇
週明け、学院の共同掲示板に、一枚の紙が貼り出され、生徒たちを驚かせた。
そこには、音楽会で野次を飛ばした生徒たちの名と、処分が書かれていた。
驚く事に、その中にはベリンダの名も含まれていた。
野次を飛ばしていたのは男子生徒の声だったが、
それを指示したのは、ベリンダだったのだろう。
処分は、反省文、一月の外出禁止、一月の指導、奉仕活動となっていた。
以降、尊厳を踏みにじる仇名を付ける事、呼ぶ事は禁じられた。
音楽会には、来賓も多く来ていた為、学院側も早急に処分を下し、
信頼を回復したかったのだ。
わたしたちの演奏は、音楽会でも評判が良く、学院中で話題となった。
「演奏、素敵だったわ~」
「婚約者同士で出演なさるなんて、仲がよろしいのね」
「息もピッタリでしたわ!」
「オードリーは、ジェレミア様を愛しているのね」
「ジェレミア様も、オードリーを愛しているのよ!」
「ああ、素敵なカップルね!羨ましいわ…」
わたしたちの評判が上がれば、皺寄せを受ける者もいた___
「そういえば、オードリーは以前、婚約していた方がいたわよね?」
「婚約破棄されたとか…」
「あんな素敵な女性を婚約破棄なさるなんて!見る目が無いのね」
「相手の方が浮気をなさったそうよ」
「ローラよ、今は彼女と婚約しているわ」
「いつまで持つか分からないわね、きっとまた浮気するわよ…」
「浮気するのは、カルロス?それともローラ?」
面白おかしく噂され、ローラはムキになり、言い返しているらしい。
「あたしたちは、愛し合っているのよ!
カルロス様は、親の決めた婚約者より、あたしとの愛を選んだの!
浮気なんかじゃないわ!真実の愛だもの!」
《真実の愛》を前にしては、婚約者など、ただの契約、紙切れにしか思えないらしい。
神聖な婚約を蔑ろにされ、神様はさぞ怒っているだろう。
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