17 / 17
最終話
しおりを挟む十一月も終盤、その日、昼食の食堂にジェレミアの姿は無く、
カーターがわたしを手招きした。
キュっと、胃の辺りが痛んだ。
「ジェレミアはどうしたの?」
「お祖母さんが危篤なんだ、昨夜、侯爵家に帰ったよ。
あんたに伝言だけど、暫く学院には来れないけど、心配しないでってさ」
わたしはガタン!と音を立て、トレイをテーブルに置いた。
「後片付け、お願いするわね、カーター!」
「おい!何処行くんだよ!」
「決まってるでしょう!わたしは、ジェレミアの婚約者なのよ!」
わたしは廊下を全力疾走し、教員棟へ向かった。
心配しないで?
心配するに決まってるわ!
どうして一人で行ってしまうの?
こんな時にこそ、わたしたちは一緒に居なきゃいけないのよ!
わたしは教師に許可を貰い、急いで荷物を詰めると、
ハートフォード侯爵家へと、馬車を急がせた。
ハートフォード侯爵領には、王都から馬車で一日あれば着くが、
今は途轍もなく、長く感じられた。
ああ、どうか、間に合って___!
荘厳な、ハートフォード侯爵の館に馬車が着き、わたしは急いで馬車を降り、
数段ある石段を駆け上がった。それと同時に、扉が開かれ、老執事が現れた。
執事が何かを言う前に、わたしは声を上げていた。
「ジェレミアの婚約者、オードリー・ブルックです!
お祖母様の急を聞き、駆けつけました、お祖母様はご無事ですか?」
「はい、ですが危険な状態でして…」
「案内して下さい!」
わたしの勢いに圧されてか、執事は「どうぞ、こちらです!」と、足早に案内してくれた。
「ブルック伯爵令嬢がお見舞いに来られました」
執事が扉を叩き、伝えると、少しして扉が開かれた。
扉を開けたのはジェレミアで、彼は蒼白な顔で目を見開き、わたしを見た。
「オードリー!?どうして、ここに?」
「お祖母様が危ないと聞けば、来るのが当然よ!わたしはあなたの婚約者なのよ?
お祖母様に会わせてくれる?」
「うん…来て、オードリー」
部屋の中央に置かれた、大きなベッド。
そこには、痩せた老女が目を閉じ、静かに眠っていた。
ジェレミアの両親、兄、兄嫁も揃っていたが、わたしに気付くと、場所を空けてくれた。
「お祖母ちゃん、オードリーが来てくれたよ、僕の婚約者だよ」
ジェレミアが優しく声を掛けると、痩せた顔の皺が動き、その目が薄く開いた。
「オードリー…」
「コーデリア様、初めまして、ジェレミアの婚約者のオードリーです」
わたしは祖母を覗き込み、ゴツゴツと骨の浮き出た手を、両手で握った。
「来てくれて…ありがとう…ジェレミアを…愛している?」
「愛しています」
はっきりと紡ぐ。
顔の皺が深くなり、笑みが浮かんだ。
「ジェレミアを、お願いね…オードリー」
「はい」
「ジェレミア、指輪を…彼女に…」
「うん…」
ジェレミアがポケットから、指輪を取り出した。
装飾のある古い銀色の指輪だった。
ジェレミアがわたしの手を取ると、祖母が注意した。
「ジェレミア、跪いて…」
ジェレミアは跪くと、わたしの左薬指に、それを嵌めた。
祖母はうれしそうに微笑んでいた。
◇◇
それから幾らもしない内に、ジェレミアの祖母は息を引き取った。
館中が悲しみに包まれた。
中でも、ジェレミアは酷く気落ちしていて、ふとした瞬間、涙を零していた。
わたしはジェレミアを支え、葬儀や埋葬の手伝いをした。
埋葬を終えると、少しは落ち着き、わたしたちは学院に戻る事にした。
本当は、もう少し館に居たかったが、学院生となれば、自由も利かない。
学院に戻る日の朝、ジェレミアはわたしを誘い、祖母の墓へ向かった。
ジェレミアは墓に向かい、声も無く、祈っていた。
わたしも彼の隣で目を閉じ、祈った。
時間が停まったかの様に、静かだった。
祈り終えたジェレミアの表情は、穏やかだった。
「オードリー、お祖母様に、僕を愛していると言ってくれて、ありがとう」
「お祖母様の為に言ったんじゃないわよ」
「え?」と、ジェレミアが目を丸くする。
わたしは、まだ汚れの無い墓を見つめた。
「あなたが痩せたくないのは、お祖母様を安心させる為だと、
カーターから聞いた時、素敵な人だと思ったわ。
わたしも祖父が大好きで、慕っていたから、自分と似ている気がしたの。
一緒に生きるなら、あなたの様な人がいいと思って、わたしはあなたと幸せになると決めた。
でも、あなたは、縁談に反対だったし、わたしを避けていたでしょう?
だから、解決法を考えたのよ」
わたしはジェレミアを振り返った。
「解決法って、あれは…」
「あなたにわたしを好きになって貰う作戦よ!
あなたがわたしを好きになれば、全て丸く収まるもの!
あなたは、わたしの事、少しは好きになってくれた?」
ジェレミアと接していて、『好意を持ってくれている』と、自信はあったが、
改めて聞くのには、やはり緊張した。
祈る様な気持ちのわたしに、ジェレミアは頭を振った。
「《少し》なんかじゃないよ、
僕は君を好きになって、君を守りたくて…体を鍛え始めたんだ」
「もしかして、ジェレミアが痩せた理由?」
ジェレミアは恥ずかしそうに、「うん」と頷いた。
それじゃ、カーターが言っていた、《大丈夫な悩み事》というのは…恋煩い??
顔が熱くなり、わたしは頬を指で押さえた。
「お祖母ちゃんにも、話したよ…」
『痩せたんじゃないよ、僕、体を鍛えているんだ』
『オードリーを守れる男になりたいから』
『強い男になるから、お祖母ちゃんも、心配しないで』
「お祖母ちゃんが心配するんじゃないかって、不安だったけど、言ってくれたんだ…」
『婚約したんだ、おまえはもう、一人前の男だよ』
『お祖父さんは、剣の名手だったよ、私を守ってくれた』
『おまえも頑張るんだよ』
「その指輪だけど、お祖父ちゃんがお祖母ちゃんに贈った指輪でね、
本当は、婚約が決まった時、オードリーに渡す様に、お祖母ちゃんに言われていたんだ。
だけど、君は縁談に反対していたし、見込みも無いって思っていたから、渡せなかった…
お祖母ちゃんは、気付いていたのかな…」
わたしたちが、まだ、上手くいっていないと…
「オードリー、僕は君が大好きだし、君を愛しているよ!
君がお祖母ちゃんに言ってくれた時、本当だったらって、願ったんだ」
ジェレミアは頬を染め、その濃い青色の目を煌めかせた。
優しく、純真で、可愛い、そして誰よりも男らしい人___
わたしの自慢の婚約者だ。
「願いを叶えてあげる」
そっと、唇を重ねた。
《完》
77
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
白い結婚のはずでしたが、理屈で抗った結果すべて自分で詰ませました
鷹 綾
恋愛
「完璧すぎて可愛げがない」
そう言われて王太子から婚約破棄された公爵令嬢ノエリア・ヴァンローゼ。
――ですが本人は、わざとらしい嘘泣きで
「よ、よ、よ、よ……遊びでしたのね!」
と大騒ぎしつつ、内心は完全に平常運転。
むしろ彼女の目的はただ一つ。
面倒な恋愛も政治的干渉も避け、平穏に生きること。
そのために選んだのは、冷徹で有能な公爵ヴァルデリオとの
「白い結婚」という、完璧に合理的な契約でした。
――のはずが。
純潔アピール(本人は無自覚)、
排他的な“管理”(本人は合理的判断)、
堂々とした立ち振る舞い(本人は通常運転)。
すべてが「戦略」に見えてしまい、
気づけば周囲は完全包囲。
逃げ道は一つずつ消滅していきます。
本人だけが最後まで言い張ります。
「これは恋ではありませんわ。事故ですの!」
理屈で抗い、理屈で自滅し、
最終的に理屈ごと恋に敗北する――
無自覚戦略無双ヒロインの、
白い結婚(予定)ラブコメディ。
婚約破棄ざまぁ × コメディ強め × 溺愛必至。
最後に負けるのは、世界ではなく――ヒロイン自身です。
-
【完結】氷の令嬢は王子様の熱で溶かされる
花草青依
恋愛
"氷の令嬢"と揶揄されているイザベラは学園の卒業パーティで婚約者から婚約破棄を言い渡された。それを受け入れて帰ろうとした矢先、エドワード王太子からの求婚を受ける。エドワードに対して関心を持っていなかったイザベラだが、彼の恋人として振る舞ううちに、彼女は少しずつ変わっていく。 ■《夢見る乙女のメモリアルシリーズ》2作目 ■拙作『捨てられた悪役令嬢は大公殿下との新たな恋に夢を見る』と同じ世界の話ですが、続編ではないです。王道の恋愛物(のつもり) ■第17回恋愛小説大賞にエントリーしています ■画像は生成AI(ChatGPT)
【完結】私が誰だか、分かってますか?
美麗
恋愛
アスターテ皇国
時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった
出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。
皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。
そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。
以降の子は妾妃との娘のみであった。
表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。
ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。
残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。
また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。
そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか…
17話完結予定です。
完結まで書き終わっております。
よろしくお願いいたします。
婚約破棄された公爵令嬢は厨二病でした。私は最後までモブでいたい』
ふわふわ
恋愛
王立学園で行われた、王太子による公開の婚約破棄。
婚約者だった公爵令嬢エスカレードは、なぜかまったく動じることなく、
「自分は転生者だ」と思い込み、前世の記憶(※ただの思いつき)をもとに領地改革を始めてしまう。
周囲が困惑する中、改革はなぜか成功。
やがて彼女の“勘違い”は加速し、中二病全開の方向へ――。
一方、その裏で静かに日常を送る令嬢C。
彼女こそが本物の異世界転生者であり、真の聖女の力を持つ存在だった。
しかし彼女の望みはただ一つ。
目立たず、名乗らず、モブとして平穏に生きること。
聖女を「肩書き」としか見ない王太子。
祭り上げられるだけの新聖女。
そして、誰にも気づかれないまま、歪みを修正していく名もなき令嬢。
やがて王太子の暴走がすべてを壊し、
“ざまぁ”は、派手な復讐ではなく「拒否」という形で完成する。
これは、英雄にも聖女にもならなかった少女が、
最後まで自分の人生を選び続けた物語。
静かで、皮肉で、どこか優しい
婚約破棄ざまぁファンタジー。
-
全てから捨てられた伯爵令嬢は。
毒島醜女
恋愛
姉ルヴィが「あんたの婚約者、寝取ったから!」と職場に押し込んできたユークレース・エーデルシュタイン。
更に職場のお局には強引にクビを言い渡されてしまう。
結婚する気がなかったとは言え、これからどうすればいいのかと途方に暮れる彼女の前に帝国人の迷子の子供が現れる。
彼を助けたことで、薄幸なユークレースの人生は大きく変わり始める。
通常の王国語は「」
帝国語=外国語は『』
魔女の祝福
あきづきみなと
恋愛
王子は婚約式に臨んで高揚していた。
長く婚約を結んでいた、鼻持ちならない公爵令嬢を婚約破棄で追い出して迎えた、可憐で愛らしい新しい婚約者を披露する、その喜びに満ち、輝ける将来を確信して。
予約投稿で5/12完結します
【完結】さっさと婚約破棄が皆のお望みです
井名可乃子
恋愛
年頃のセレーナに降って湧いた縁談を周囲は歓迎しなかった。引く手あまたの伯爵がなぜ見ず知らずの子爵令嬢に求婚の手紙を書いたのか。幼い頃から番犬のように傍を離れない年上の幼馴染アンドリューがこの結婚を認めるはずもなかった。
「婚約破棄されてこい」
セレーナは未来の夫を試す為に自らフラれにいくという、アンドリューの世にも馬鹿げた作戦を遂行することとなる。子爵家の一人娘なんだからと屁理屈を並べながら伯爵に敵意丸出しの幼馴染に、呆れながらも内心ほっとしたのがセレーナの本音だった。
伯爵家との婚約発表の日を迎えても二人の関係は変わらないはずだった。アンドリューに寄り添う知らない女性を見るまでは……。
婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜
夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」
婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。
彼女は涙を見せず、静かに笑った。
──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。
「そなたに、我が祝福を授けよう」
神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。
だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。
──そして半年後。
隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、
ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。
「……この命、お前に捧げよう」
「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」
かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。
──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、
“氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる