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しおりを挟む柵を開け、家に続く道を走って行くと、わたしに気付いたヘレナが小さな男の子を庇う様に立った。
「何度言えば分かるの!ティムはここには来ていません!帰って下さい!」
誰かと勘違いしている様だ。
館の使用人が探しに来たのだろうか?
逃げ出したティムが行く場所は、《ここ》だと思ったのだろう。
それが分かっていて、どうして、ティムに優しく出来なかったのだろう?
「わたしは、ティムを探しに来たのではありません、ティムに頼まれて来たんです」
「ティムに!?ああ!あの子は無事なんですか!?」
ヘレナは急に泣きそうな顔になり、わたしに取り縋った。
ヘレナはティムを忘れてなんていない___それに勇気づけられた。
「ティムは無事です、ティムはあなた方の事を心配していました。
ここに戻りたいと思っている様です…」
「ここに…きっと、辛い目に遭っているのね…」
「ここでティムを匿う事は出来ないでしょうか?
この家でなくても、この町で良いので…」
だが、ヘレナは頭を振った。
「ティムに伝えて下さい、ここに戻って来てはいけないと」
厳しい言葉に、わたしは息を飲んだ。
わたしは「ヘレナならば迎えてくれる」と思っていたのだ。
「ここに、あの子の居場所はありません」
「どうしてですか!?ティムを愛しているのでしょう?
ティムには家族の愛が必要なんです!」
「それが、あの子の為だからです。
ティムはとても賢いし、才覚もある…こんな田舎の町で牧場主にする訳にはいきません。
あの子なら、もっと大きな事が出来る、大勢の人の役に立てる人になれます…」
彼女はティムの可能性を信じているのだ。
「ティムに伝えて下さい。
辛くても、逃げ出さずに頑張る様に…
いつか、胸を張れる様になったら、会いましょう…それまでは会いません。
離れていても、私たちはいつもあなたを想っていると…」
ヘレナは家に入ると、編み物を手に出て来た。
「これをティムに渡して下さい」
セーターにマフラー、それから帽子…
それらは、ティムの瞳の色に合わせ、濃い碧色をしていた。
わたしはそれを抱え、その場を後にした。
ヘレナはティムの弟を傍らに、わたしを見送っていた。
きっと、わたしを通して、ティムを見送っているのだろう…
だが、柵まで来て、こちらに向かって来る馬車に気付いた。
柵を開けて馬車を通す。
立派な馬車だ。馬車に乗る男がわたしを一瞥した。
ティムを探しに来たのね___!
わたしはそれを察し、血の気が引いた。
早くティムに伝えなければ___!
わたしは牧場の柵に沿い、足早に歩いた。
大きな樹から、ティムがヒョコリと顔を出し、わたしに手を振った。
「アンジェリーヌ!」
「ティム!大変!館の人たちがあなたを探しているわ!」
「やべー!早く行こう!」
ティムが顔を顰め、踵を返した。
わたしはふと、それに気付いた。
「ティム、馬は?」
連れていた馬の姿が見えない。
いつも馬に乗せているリュックは、ティムの背中にあった。
ティムはヒョイと肩を竦め、牧場の方を指した。
「あそこだよ、草が食べたかったんだな、あいつは置いて行こうぜ」
牧場の馬たちに紛れ、乗って来た馬がのんびりと草を食べていた。
「馬はまた買えばいいさ、アンジェリーヌと一緒だし、ここからは馬車使ってもいいなー」
これまでは、早くアザールに着きたいと気が急いていたが、目的もなくなり、気が抜けた様だ。
「ティム、あなたのお母様に会って来たわ、あなたの事、とても心配していたわ。
忘れたりなんてしていなかった…」
ティムは唇を噛んだ。
わたしはヘレナの言葉をティムに伝えた。
『辛くても、逃げ出さずに頑張りなさい。
いつか、胸を張れる様になったら、会いましょう。
それまでは会いません。
離れていても、私たちはいつもあなたを想っている…』
「あなたは、大きな事が出来る、大勢の人の役に立つ人になれるって…」
ティムは黙って聞いていた。
勢いで館を出て来たが、帰れない事は分かっていたのだろう。
母親が何と言うかも分かっていた…
だから、ここまで来て、会わずに帰ろうとした___
わたしは抱えていた物をティムに見せた。
「これは、お母様からよ、あなたに渡して欲しいって言われたわ」
「いつも、冬に編んでくれるんだ」
「あなたは愛されているわ、わたしが証人よ」
ティムは頷き、編み物に顔を埋めた。
わたしはそんなティムを抱き締めた。
アザールにいては追手に見つかるだろう。
わたしたちは身を隠しながら町へ行き、適当な荷馬車に潜り込んだ。
わたしは地図を広げ、荷馬車が何処に向かっているが確かめていた。
「アンジェリーヌ、リベルテまで一緒に来てくれる?」
ティムがそっと聞く。
いつもの元気さはない、だが、その目には光があった。
「ええ、そのつもりよ、あなたを送り届けないと安心出来ないわ」
「そうじゃなくてさ、アンジェリーヌ、おれと一緒にいてよ!
アンジェリーヌがいられる様に、おれから父さんに頼むよ!
アンジェリーヌがいてくれたら、おれ、頑張れると思うんだ…」
弱々しく頼られると、母性本能を擽られてしまう。
わたしはつい、「ありがとう、そうさせて貰おうかな…」と呟いていた。
それは簡単な事ではないだろう。
館の主人はわたしを追い出すかもしれない。
だけど、知らない男と結婚するよりも、このままティムと一緒にいたい…
「でも、わたしにメイドの仕事が出来るかしら?」
「乗馬の先生になればいいよ!」
「先生なんて無理よ、そんなに上手じゃないもの」
「生徒がいいから平気だよ!」
そんな事を楽しく話していると、ガタンと荷馬車が揺れ、停まった。
何かしら?
わたしとティムは目を合わせた。
こっそりと外を覗くと、別の馬車が前を塞いでいた。
「子供を見なかったか?」
「見なかったよ」
「荷物を見せて貰うぞ!」
ティムを探している者たちだ___!
「アンジェリーヌ!行こう!」
ティムが荷馬車から飛び降りる。
わたしも後に続いた。
「いたぞ!」
「あいつらだ!!」
「待てーーー!!」
わたしたちは必死に走ったが、相手は大人の男だ。
「こっち!!」
ティムが道を外れ、茂みの中を走って行く。
わたしも必死で追い駆けた。
逃げる事しか頭に無かった。
何処を走っているのかも分からない中、木立の向こうに光が見えた。
わたしはそれに気付き、手を伸ばした。
「待って!ティム___!!」
「うわ____!!」
意識が途切れ、真っ暗になった。
そして、再び浮上する。
「アンジェリーヌ!!」
自分の名を呼ぶ声に、意識がはっきりとし、わたしは目を開けた。
「誰…?」
視界に入った顔を前に、無意識に言っていた。
夜なのか、周囲は暗く、側に置かれたランプの灯りだけが、わたしたちを浮かび上がらせていた。
さっきまでは、昼間だったのに…
さっき…
わたしはそれを思い出し、飛び起きた。
「ティム!?ティムは何処!?わたしたち、崖から落ちて…」
わたしは自分の体を抱き締めた。
だが、ふと、それに気付いた。
わたしが身に着けているのは、薄い夜着だという事に…
一体、どういう事なの?
夢でも見ていたのだろうか?
「君は俺を庇い、崖から落ちた、そして、消えた」
わたしは「はっ」とし、顔を上げた。
だが、そこにいるのは、ティムではない。
もっと、大人で、顔半分を仮面で覆っている。
「このペンダントを残して___」
彼が自分の首からそれを取り出し、外した。
金色の星の飾りの付いた、ペンダント。
わたしは自分の首元に触れたが、そこにあるべき物が無い。
「どうして、あなたが?」
「どうしてかは分からないが、俺は八歳の時に、十八歳の君と会っている。
あれからずっと、十歳年上のアンジェリーヌという名の女性を探したが、見つからなかった。
パーティで君を見て、まさかと思ったが…君がしていたペンダントで確信した。
俺が出会い、恋をしたアンジェリーヌは、君だと___」
彼はわたしの首に手を回し、ペンダントを着けてくれた。
だが、わたしの頭はまるで働かなかった。
夢の中にいるみたいに、ぼんやりとしている。
不意に、彼の唇が頬に触れ、ビクリとした。
これは紛れもなく現実なのだと教えてくれる。
「___!」
わたしが何か言うよりも早く、唇は塞がれた。
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