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最終話
しおりを挟む奪うかの様に強引で、それでいて、切実に渇望していた。
ティム…
もし、彼が本当にティムなら…
わたしの胸に愛しさが募る。
わたしは彼が望むままに、許したのだった。
彼の唇がそっと離れて行く。
わたしはゆっくりと、瞼を上げた。
目の前にあるのは、美しい少年の顔ではない、あどけなさなど無い、大人の顔だ。
だが、無表情ではない。
深い色の瞳は艶があり、その唇には笑みが浮かんでいた___
本当に、ティムなの?
わたしはまだ信じられず、ぼうっとしていたが、
がっしりとした腕に支えられている事に気付くと、顔が熱くなり、鼓動が大きくなった。
「あ、あの、離して頂いて、大丈夫ですから…」
わたしがもごもごと言うと、彼は「ふっ」と笑った。
「やっと、意識してくれたか。
抱き合って寝ても、君はまるで意識してくれなかったからな」
「あ、あなたこそ、意識していなかったわ!」
「いや、実は直ぐに意識した、君に抱き締められて、女性というものを知ったよ、
柔らかくて、いい匂いがして…」
「わ、分かりましたから!それ以上、何も言わないで下さい!!」
わたしは羞恥心で、顔から火を噴きそうだった。
彼が楽しそうに笑う。
その表情を見て、わたしはティムを思い出していた。
「ティム…」
彼が笑うのを止め、目を向けた。
「本当に、ティムなのね?」
「ああ、名誉の負傷もある」
ティムが仮面を取る。
あの日に見せられた時には、恐ろしくて見られなかったが、
今度は目を反らさなかった。
あの時、わたしを庇って負った傷…
それは古傷として残っていた。
痛々しくあるが、それ以上に、愛おしかった。
「ごめんなさい…わたしの所為だったのね…」
彼は一生、仮面で傷を隠さなくてはいけない。
好き勝手に噂され、皆から避けられるのを、わたしも見ていて知っている。
それが、どれだけの枷になるか…
だが、彼はあの頃の様に、簡単に言ってくれた。
「言っただろう、俺は男だ、大した事ではない。
君じゃなくて良かった___」
優しく頬を撫でられ、わたしは頬を染めた。
「アンジェリーヌ様!!」
侍女のニナが駆け付けて来て、わたしはティムから離れようとしたが、
ティムはわたしの肩を抱き離さなかった。
ニナはティムがいる事に気付き、「はっ」とし、足を止めた。
うう、気まずいわ…
明日結婚する仲とはいえ、これまでの態度と違い過ぎる。
ニナに変に思われないかとどぎまぎとしたが、彼女は気にならなかった様で、わたしの心配をしてくれていた。
「旦那様、アンジェリーヌ様はご無事でしょうか?」
「ああ、無事だ、何があった?」
「ジョルジュ様がアンジェリーヌ様のお部屋に侵入なさったんです」
「何だって!?」
肩を掴む手に力が込められ、わたしの胸に喜びが溢れた。
こんなにも、わたしを心配して下さるなんて…
両親、兄を失い、もう、誰もいないと思っていた。
「気付くのが遅くなり、アンジェリーヌ様がテラスから落ちてしまって…申し訳ございません」
ニナは神妙に頭を下げたが、ティムは一欠片も怒ってはいなかった。
「いや、十分だ、それでジョルジュはどうした?」
「逃げようとしたので、館の者を呼びました。
その後の事はリリーに任せて来ました」
「相手が相手だ、使用人では無理だろう、抗議は明日にする、今日の所は離してやれ。
アンジェリーヌは私が引き受ける」
え?
わたしが聞き返すよりも早く、ティムがわたしを抱え上げた。
「きゃ!?」
「部屋に戻るのは不安だろう、それに、花嫁が寝不足では格好が付かないぞ?」
「で、でも、何処へ…?」
「俺の部屋だ、俺と一緒に寝るのは慣れているだろう?」
ティムがニヤリと笑う。
わたしはカッと赤くなった。
「な、慣れてなんていません!」
わたしが慣れているのは、小さなティムだ。
今の彼には、面影など無い。
大人だし、大きいし、逞しいし…
「安心しろ、結婚するまでは待ってやる、キスだけで___」
言い終わらない内に、その唇はわたしの唇を奪った。
一体、ニナはどんな顔をしているだろう?
呆れているのではないか?
だが、そんな心配は直ぐに消えた。
その、甘い口付けに___
◇
わたしはティムに抱えられたまま、彼に与えられた館で一番豪華な客室に運ばれた。
大きなベッドに下ろされた時には、流石に緊張した。
ティムはガウンを脱ぎ、仮面を外した。
そして、ベッドに入って来ると、わたしを横から強く抱き締めた。
「!!」
わたしの緊張は最高潮となったが、ティムが深く安堵の息を吐いた事で、それは和らいだ。
「君が消えてしまわなくて良かった…」
「君が《アンジェリーヌ》で良かった…」
わたしも、あなたがティムで良かったわ…
わたしは胸の内で返し、彼の逞しい腕を抱いた。
「あの後、あなたはどうしたの?」
「ああ、子守歌代わりに話そうか…」
ティムはわたしが消えた後、追手と共に館に帰っていた。
顔に怪我を負った事で、正妻は「跡取りには相応しくない!」と主張した。
男子が生まれれば、その子を跡取りにするという約束をしたが、
結局の所、その後、二人の間に子は生まれなかった。
その後のティムは、母親との約束もあり、辛い事があっても我慢した。
寂しい時には、母親から貰った編み物、そしてわたしのペンダントが救いになった。
努力の甲斐もあり、ティムは優秀な跡取りに成長した。
貴族学院の成績も優秀で、父親の自慢になった。
三年前に、父親が病で亡くなり、爵位を継いだ。
正妻は勿論、反対した。
正妻の娘婿に爵位を継がせようとしたが、
父親が全て手配していた事もあり、それは叶わなかった。
その後も何かにつけ妨害してきた為、正妻及び異母姉、婿には遠く離れた別邸に移って貰った。
全てが落ち着き、ティムは漸く本格的に《アンジェリーヌ》を探し始めた。
十年前の事なので、既に結婚していると思っていた様だ。
ダラカスに住む、《アンジェリーヌ》を調べた所、
わたしが浮かび上がったが、年齢が違う為、親戚筋と思った様だ。
最初はわたしに《アンジェリーヌ》の事を聞こうとしていたが、
パーティで会い、『アンジェリーヌ本人ではないか?』と思う様になった。
幾らもしない内に、デラージュ伯爵家の不幸が伝えられ、彼は直感に従い、行動を起こしたのだった。
「君は俺の傷に見覚えが無い様だったし、ペンダントもしていたから、
自分たちはまだ会っていないのだと思った。
結婚するまでの間に、君がテラスから落ち、消えるのではないかと考えたが、
前夜になっても、君に変わりは無い様だった。
それで、事が起きるなら、今日しかないと思ったんだ」
狙いは当たり、テラスから落ちて来たわたしを受け止めてくれたのだった。
わたしは彼の直感と行動力に感心した。
「あなたのお陰で助かりました…」
それにしても、不思議な話だ。
ペンダントが引き合わせてくれたのだろうか?
それとも、わたしを心配した、天国の両親と兄が___?
わたしはそっと、ペンダントに触れた。
「そのペンダントだけど、大事にしているだろう、誰から貰ったものだ?」
目を上げると、ティムが少し不機嫌そうに見ていた。
拗ねているのかしら?
わたしは小さく笑ってしまった。
「笑うなよ!」
「だって、《ティム》みたいだったから」
「アンジェリーヌの前だと、調子が狂うんだよ、全然、変わっていないから…」
わたし自身は、あれから一日も経っていない為、変わらないのは当然だった。
わたしの方こそ、突然成長した相手に戸惑うのだけど…
「このペンダントは、母から貰った物なの。
母が父と出会った時に着けていたもので、運命の人に出会えるお守りなの」
「それなら、お役御免だな、俺と出会えただろう」
顔がカッと熱くなる。
こういう事を普通に言うんだから…!
どぎまぎしていると、ティムがわたしの手を取り、指先にキスを落とした。
「十年後に、もう一度申し込む約束だったな。
アンジェリーヌ、俺はずっと君を探していた、君は俺にとって特別で、大切な人だった。
あれから二十年だ、君を愛せるかどうかは正直分からなかったが、
君を一目見て、不要な心配だったと知った。
君を愛している、アンジェリーヌ。
君をもう離したくない、これからの人生を君と共に送りたい、俺と結婚して欲しい」
幸せに頬が緩む。
「十年後に、もう一度申し込んで下さったら、お受けするつもりでした。
わたしにとっても、あなたは特別で大切な人でしたから。
出会ったばかりで、信じられないかもしれませんが、あなたが好きです」
きっと、愛になる___
「喜んで結婚致します、どうか、わたしをあなたの妻にして下さい!」
ティムは喜びの声を上げ、わたしを抱き締めた。
◇◇
夜が明け、ティムはわたしを部屋まで送り届けてくれた。
わたしは直ぐに結婚式の支度に取り掛かったが、
ティムはその前に、叔父とジョルジュを呼び出し、抗議したらしい。
ジョルジュの所業を知った叔父は、真っ青になり、ティムに謝罪をした。
不祥事を起こせば、金を返せと言われ兼ねないからだ。
ティムの手前、ジョルジュの事も厳しく叱った。
「ジョルジュも若いですし、衝動を抑えられなかったのでしょう、
しっかりと言い聞かせますので、どうかお許しを…」
「生温いな、伯爵、アンジェリーヌはテラスから落ちたのだぞ?
ジョルジュがアンジェリーヌを傷ものにしていたら、どう責任を取るつもりだ?
衝動を抑えられず、花嫁を襲うなど、常軌を逸している!
厳しく罰せねば、自分を律する事は出来まい、一月、私に預けるのはどうだ?
私が立派な後継ぎにしてやろう___」
『何をさせられるか分からない!』と、叔父とジョルジュは必死に謝った。
結局の所、「今後アンジェリーヌに近付かない」という誓約書を書かせ、ティムは許した様だ。
その後、ティムは叔父の不正を暴き、徹底的に叔父を追い詰め、
遂にはデラージュ伯爵家を奪還してくれるのだが、それは少し先の話___
◇
吸い込まれそうな程に高い天井。
真直ぐと伸びる白い道を挟み、ズラリと並んだ席は招待客が埋めている。
今日、ここは厳かにして、幸せな空気に包まれている。
パイプオルガンが奏でる曲に合わせ、
わたしは純白のドレスで、ゆっくりと進む。
その先には、彼が立つ。
顔の半分に着けられた銀色の仮面は、今は誇らしく見える。
碧色の瞳は煌めき、微笑みを持ち、わたしを待っている。
「____共に愛し、助け合い、その命ある限り、真心を尽くす事を誓いますか?」
わたしは喜びを持って、誓うだろう
《完》
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