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しおりを挟む本の中とは違い、カルロスはクッキーを受け取ってくれなかった。
手作りクッキーに喜んだりもしなかったし、食べてもくれなかった。
それ処か、護衛に味見をさせた上に、捨てさせた___
「カルロス様は、王子様だから…」
王太子は第一王子のローレンスだが、
第二王子のカルロスは、王太子の代理として公務に出る事もあり、責任も大きい。
学院を卒業した暁には、ローレンスの右腕となる事を期待されている。
カルロスは常に、王子としての振る舞いに努めているのだ。
だから、高級店の高級菓子以外は口にしないし、紅茶だって自分では淹れない。
そういう事なのだろう…
「そうよ!ルイスの方が、王子らしくないのよ」
第三王子のルイスは、幼い頃から、期待をされていない。
神学に進ませ、司教にするか、異国の姫と政略結婚させるか…そんな所だ。
ルイスもそれを知っているので、「どうせ、王家の駒だもん」と、自由気ままにやっている。
だが、逆に親しみが持てるのか、民からの人気は高く、皆から慕われている。
人徳だ。それに、随分、甘やかされてきたのだろう、甘え上手だ。
「もう、いいわ、手作り菓子は止めよ!次は、コレでいくわ___」
わたしは刺繍針を白い布に突き刺した。
公爵令嬢たるもの、刺繍の一つ二つ、嗜んでいる。
だが、わたしはあまり手先が器用ではない。
「刺繍って、苦手なのよね…」
面倒臭い。
それに、気が遠くなる位、時間が掛かる。
時間の無駄にしか思えない…
「だけど、これも、カルロス様の為…痛っ!!」
鋭い針が指を刺した。
これは、ちょっとした凶器だ。
「もう!刺繍なんて、誰が考えたのかしら?」
わたしは指を舐めた。
◇◇
わたしは三日を掛け、刺繍を仕上げた。
カルロスのイニシャル入り、ハンカチだ。
それを丁寧に包み、リボンを掛け、カードを入れた。
【愛しいカルロス様へ】
【あなたのヴァイオレット】
「完璧ね!」
わたしは今度こそ、カルロスの手に渡る様、ルイスに頼む事にした。
「ルイス、お願い!これを、カルロス様の机の引き出しに忍ばせて欲しいの」
「いいけどー、報酬はぁ?」
ルイスが上目でわたしに強請る。
ふ、ふ、ふ、勿論、用意してあるわ!
わたしは鞄からクッキージャーを取り出した。
「わたしが焼いたクッキーよ、これで、お願い出来る?」
「任せて~♪」
ルイスは軽く請け負ってくれた。
カルロス様は喜んでくれるかしら?
感激して、お礼を言いに来るかもしれないわね!
わたしは期待しつつ、カルロスが何か言って来るのを待った。
だが、その日の授業が終わり、放課後になっても、カルロスはわたしの前に姿を見せなかった。
代わりに、ルイスがズボンのポケットに手を入れ、ぶらぶらと歩いて来た。
「ルイス、どうだった?カルロス様には渡ったわよね?」
ルイスは困ったような顔で、「んー」と、唸った。
ルイスらしくない。
わたしは嫌な予感に、胸がざわついた。
「喜ばなかったのね…」
「そんな事ないよ!ほら、兄さんは恰好付けたがりだからさー、
うれしくても、顔には出さないんだよ!態度にも、だけど…」
ルイスの足は落ち着かず、床を蹴っている。
取り繕おうとしているのが、見え見えだ。
そんな必要は無いのに…
わたしは自分から言ってあげた。
「それで、どうなったの?ゴミ箱の刑?」
クッキーの件で学んでいる。
「ごめんね、ヴァイオレット…」
ルイスが暗く零す。
そんな風にされると、逆に惨めになる。
「あなたの所為じゃないでしょう、謝らないで。
いいのよ、刺繍は苦手だし、捨てられて当然だもの」
わたしは強がって言ったが、ルイスは「当然じゃないよ!」と強く言った。
「婚約者が心を込めて作った物を、あんな風にするなんて、兄さんは馬鹿だよ!
兄さんは、ヴァイオレットの気持ちなんて、全然分かってないんだ!
気付こうともしない!大馬鹿者だよ!」
「ルイス、どうしたの?」
ルイスがこんな風に、誰かの事を言うのは、初めてだった。
真面目な事なんて、普段は全く言わないのに…
「僕は怒ってるんだからね!」
ルイスは頬を膨らませ、唇を尖らせた。
わたしを睨み見るので、わたしが怒られている気がした。
「あなたが怒る必要はないのよ、ルイス…」
「ヴァイオレットの馬鹿!」
ルイスはそう言うと、踵を返して行ってしまった。
「わたしに怒ってたの?どうして?」
わたしは訳が分からず、頭を傾げ、小さくなる背中を見つめていた。
◇◇
ルイスが何故怒ったのか…
「きっと、わたしがルイスに頼んだからね」
折角、机の引き出しに忍ばせてくれたのに、捨てられたのでは、
ルイスも骨折り損だろう___
わたしはそう納得し、気持ちを切り替え、次の作戦を考えた。
作戦その参、《スキンシップ》!
本の中のカルロスは、何かとデイジーに触れてくる。
触れられると意識するし、胸がときめくものだ。
実際の所、カルロスがわたしに触れて来る事は無いので、
逆に、わたしが触れれば良いだろう。
◇
昼休憩の食堂ならば、自然だろうと、
わたしは押しかけ、カルロスの隣の席を譲って貰った。
「来るなと言っただろう!」
カルロスは怒ったが、わたしは微笑み、そっと、腕に触れた。
「申し訳ございません、カルロス様、お会いしたかったのです…」
「止めろ!気持ちの悪い!」
カルロスはわたしの手を振り払った。
ならば…と、わたしは椅子ごと、体を寄せた。
「カルロス様、放課後、お会い出来ないでしょうか?」
耳元に唇を寄せ、甘ったるく囁く。
カルロスがぶるりと身震いした。
ふ、ふ、ふ、効果ありね!
わたしは内心ニヤリとしたが、カルロスは勢い良く立ち上がった。
「止めろ、虫唾が走る!」
言い捨てると、トレイを片付けもせずに、出て行ってしまった。
護衛が慌ててトレイを片付けている。
わたしはポカンとし、カルロスを見送っていた。
「恥ずかしかったのかしら?」
良く考えてみたら、ここでは人目もある。
「やっぱり、放課後が良かったわね…」
わたしはサンドイッチを頬張った。
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