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『ヴァイオレット、例え、婚約者であっても、俺の交友関係に口出す事は許さん!
今後、俺が友といる時、おまえが近付く事は許さんからな!
いや、学院では二度と、声を掛けてくるな!分かったか!』

カルロスから言われてしまったので、わたしは学院でカルロスに近付く事が出来なくなった。
当然、《作戦その参》も暗礁に乗り上げてしまった。
それ所か、カルロスとデイジーが、学院の廊下や中庭で堂々といちゃつくのを、
ただ、眺めているしかないのだ___

「わたしが婚約者なのに…」

これでは、《友》よりも遠い存在だ。

「本の中のカルロス様なら、きっと、こんな酷い事はしないわ…」

本の中のカルロス様は、優しく、正義感がある。
嘘を吐いたデイジーを叱ってくれただろう。
わたしに「跪け!詫びろ!」なんて言わないし、きっと、公平に見てくれるわ。

本の中のカルロス様なら…

「でも、本の中のカルロス様も、デイジーを選んだわ…」

嫌な事を思い出してしまった。

「本物のカルロス様も、秒読みかしら?」

そんな事を平気で呟いている自分が、不思議だった。
婚約者を略奪されるという、人生に於いて最大の危機に直面しようとしているというのに、
すっかり、傍観者になってしまっている。

「諦めかしら?」

でも、少し、違う気がする…

そんな事をぼんやりと考えながら廊下を歩いていると、前を行く男子生徒たちの会話が聞こえて来た。

「けど、何か気の毒になってくるよなー」
「ああ、幾ら何でも、酷過ぎるよ…」
「クラスの奴等、皆、カルロス様に引いてたからなー」

カルロス様?

その名を耳にし、わたしの神経は耳に集まった。

「机に贈り物を忍ばせるなんて、ヴァイオレット様もいじらしいよなー」
「ああ、俺もあんな婚約者欲しい!」
「なのに、皆のいる中で、燃やすなんてな!」

燃やした!??

わたしはてっきり、捨てられたのだと思っていた。
まさか、燃やすなんて…
あまりの事に、わたしは唖然とするしかなかった。

「ルイス様、めっちゃキレてたな!俺、初めて見た…」
「俺も!けど、あれは、ルイス様の方が正しいよ!」
「『王子のする事じゃない!それ以前に、人のする事じゃないよ!』ってさ」
「ルイス様って、普段は王子に見えないけど、いざって時は、王子オーラあるよなー」
「胸がスッキリしたなー」

ルイスが…

そういえば、あの日、ルイスは怒っていた。
わたしの為に、怒ってくれていたのか…

「普段は王子に見えない…ですって」

わたしは小さく笑ってしまった。

「ルイス様、手、大丈夫だったかな?」

手?

まさか、手で火を消したのだろうか?

そういえば、あの日、ルイスはずっと、ズボンのポケットに手を入れていた。
あれから、今日で五日目だが、ルイスとは顔を合わせていない…
いつもなら、昼休憩には食堂で会うのだが、
ここ数日は、ぼんやりしていた事もあり、意識していなかった。

嫌な予感に襲われたが、わたしはルイスが今、何処にいるのかすら、知らない。
いつも、ルイスの方から、声を掛けて来てくれるからだ___

「わたし、ルイスの事、全く知らないわ…」





「カルロス様には、ヴァイオレット様が…」
「気にするな、ヴァイオレットには厳しく言っておいた、俺と君の間は、誰にも邪魔はさせない」
「カルロス様は、あたしを《友》とおっしゃいましたわ…」
「ああ、君の様な素晴らしい《友》は、他にはいない…」
「カルロス様は、《友》とキスなさるのね…」
「悪いか?君の唇は理想的だ…」

放課後の中庭で、甘い吐息を漏らしキスを楽しむ二人を、運悪く見つけてしまった。
《友》が聞いて呆れる。

「《友》を盾に、好き放題するという訳ね?」

わたしは、あの時の様に二人の邪魔をする事はせず、黙って踵を返した。
中庭から戻っていると、渡り廊下に、探していた顔を見つけた。

「ルイス!」

わたしは笑顔で声を掛けたが、ルイスは不機嫌そうな顔でわたしを見ていた。
まだ、拗ねているのだろうか?

だが、わたしが声を掛ける前に、ルイスが言った。

「もう、兄さんなんて、止めなよ!
兄さんは、ヴァイオレットの事なんて、見てないし、これから先も見ないよ。
兄さんに、ヴァイオレットは勿体ないよ!」

真剣な表情に、緑色の目が強く光る。
わたしは頷いた。

「その事なら、わたしも気付いたわ」

わたしだって、馬鹿ではない。
これまでの事から、カルロスが如何に、わたしに興味が無いか、疎んじているか、
見下しているかが分かった。
愛される前に、まず、存在を認めて貰えていなかった。
カルロスの前では、わたしは人間ですら、無いのだ___

あっさりと答えると、ルイスは拍子抜けしたのか、ぽかんとした。

「そ、そうなんだ、それなら、良かった…」

「ええ、だから、刺繍を燃やされたって聞かされても、涙一つ、出無かったわ」

「え?何で、知ってるの?」

「隠そうとしても、何れ露見するものよ、ルイス、手を見せて___」

わたしはルイスの手を掴み、手の平を見た。
白く、華奢だと思っていたが、意外にも手は大きい。
指は長いし、しっかりとしていて、女性は全く違う。
手の平が、薄っすら、茶色になっている。

「馬鹿ね、痛かったでしょう?」

「ヴァイオレットが心を込めて作ったものだから、守ってあげたかったんだ。
だけど、ごめんね…」

ルイスはポケットから、ハンカチを取り出した。
半分は燃えて無くなっているが、刺繍の部分は残っていた。
それを見ていたら、目に涙が浮かんできた。

「ヴァイオレット!泣かないで!ごめんね…」

わたしは頭を振った。

「違うの、悲しいんじゃないの、うれしいのよ」

ルイスが守ってくれた…
それに、こんな切れ端なのに、ルイスが持っていてくれたのだと思うと、うれしかった。

わたしが笑うと、ルイスはわたしを抱きしめてきた。
強く抱きしめられ、安堵する…
その事に、少しだけ、罪悪感が疼いた。

相手は、婚約者の弟だし、不貞にはならないわよね?

そんな風に、自分に言い訳をするも…
ルイスに罪悪感は無いのか、わたしを抱きしめたまま、ハッキリと口にした。

「ヴァイオレット、好きだよ、出会った時から、ずっと、君が好きなんだ…」

ああ、駄目だわ!不貞になってしまった!

でも、こんな告白は、初めて…

わたしの胸は、ときめいている。
わたしの体は、この抱擁を望んでしまっている。

その手で、優しく、愛おしむ様に、頭を撫でられたら…

ああ!もう、無理よ!!

わたしの全てが、彼を望んでしまう___


「ルイス、わたしが好きなら、婚約破棄を手伝ってくれる?」

わたしが聞くと、ルイスは今まで見た事のない、邪悪な笑みを見せた。

「ヴァイオレットの為なら、なんだってするけど、それは、僕がずっと考えていた事だよ」

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