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しおりを挟む【ああ!なんと麗しい娘だ!】
【そなたこそ、私が長年探し求めてきた姫に違いない!】
【どうか、私の城に来て、私と結婚して下さい!】
【そして、二人で、いつまでも幸せに暮らしましょう___】
姫の前で跪き、愛を乞う王子、それを側で見守る白馬…
わたしはこの挿絵をしばし無言で眺めていたが、そうしていた所で何かが変わる訳でもなく、
溜息と共に、本を閉じた。
「最低の脚本ね」
美しい娘の窮地に、都合良く現れる白馬に乗った王子様。
そして、娘の美しさに一目惚れをし、身分などそっちのけで、求婚する…
「全く、現実的じゃないわ!
美しいだけの貧しい娘を城に連れ帰って、王と王妃が喜んで結婚を許すとでも?
本気でそんな事を考えているなら、とんだ、すっとこどっこいのお気楽王子だわ!
結婚なんて、絶対に無理!許されないわ!良くて側室よ!」
わたしは今一度、最後の挿絵の頁を開いた。
「悪い事は言わないから、あなたも夢なんて見ていないで、今直ぐ、その王子を蹴飛ばして逃げた方がいいわ!
白馬を奪って逃げれば、王子も追っては来れないわよ、この王子、見るからに鈍臭そうだもの!
ヒョロヒョロしてるし、きっと風が吹いたら飛んでいくわ!
そう、そして、逃げた先で、黒騎士に出会うのよ…」
わたしは頭に逞しく勇猛果敢な騎士を思い描き、うっとりと微笑んだ。
「どうして、世の物語は、《白馬の王子様》ばかりが脚光を浴びるの?
騎士の方が断然、恰好良いのに!
白馬の王子様なんて、好色だし、軽薄だし…
ああ、世の中、間違っているわ!」
わたしはポイと本を放り、ベッドに仰向けになった。
これが、わたし、オリーヴ=デュボワ伯爵令嬢の、幼い頃から変わる事の無い主張だ。
デュボワ伯爵家の家系は、虚弱体質の者が多く、体格にも恵まれていない。
この悪しき血を断ち切ろうと、祖先は長年に渡り、祈祷だの、占術だの、呪いだの…方々に手を出して来た。
それが功を奏したのか、わたしは周囲が感嘆する程、剛健に生まれた。
ふくよかな赤子で、成長と共にスレンダーになったが、骨太で、骨格がしっかりとしている。
手と足は大きく、身長は規格外に高い。
「伯爵家の令嬢なのに…」
ご存じだろうが、貴族令嬢たちの美の基準は、《華奢》である事だ。
繊細な作りの整った顔…もちろん、小顔だ。
腕と脚は細く長く、手と足は小さい程良い。
それに、何も持てないのでは?と疑う程に、細い指。
腰は細く、対して胸はふくよか…
ついでに言うと、肌は白さと張りが求められ、決して染みなどあってはならない。
だが、染みや黒子を無理に取ろうとしてはいけない、
失敗し、社交界から消えた令嬢たちの話は珍しくない。
令嬢たちは皆、そんな自然に反した体型を追い求め、努力の上に作り上げているのだ。
勿論、遺伝的な要素もあるが、その努力には平伏すしかない、天晴である。
この事を、名家デュボワ伯爵一族が知らぬ筈はない。
だが、虚弱体質一族の彼らにとって、健康、剛健は何よりも勝り、言ってしまえば、《神様の贈り物》であった。
貴族の仕来り、慣習よりも、当然、《神様》の方が上である為、見て見ぬ振り…
いや、それ処か皆が手に手を取り、増長させてきた。
『オリーヴ、おまえは元気があって良いな、自慢の娘だ!』
『病気にならない様に、しっかり食べるのよ、オリーヴ!』
『おまえを見ていると私たちも元気になるよ…』
その為、わたしの身長は今や180センチに近い(最近は測っていない)
辛うじて、腕や脚は細くて長いが…何の助けになるだろうか?
令嬢たちの中にいるよりも、令息たちの中にいた方が目立たないなんて…
素材は決して悪くないのに…
艶のある豊かな黒髪に、鮮やかな緑色の瞳、長い睫毛、彫りの深い整った顔立ち…
《可愛い》とは言えないが、《美人》の類には入るだろう。
「育てられ方を間違えたわ…」
わたしが遅まきながら、それに気付いたのは、十五歳、貴族学校に入学した時だった。
周囲の令嬢たちから奇異の目で見られ…周囲を見て…気付かされた。
わたしは、違い過ぎる!!
別世界に紛れ込んだみたい!!
そこから、わたしは令嬢の在り方を学んでいったのだが…矯正するのは難しかった。
今更、身長や手足が縮む事は無いし、骨が細くなる訳でもない。
食事を減らせば、父、母、兄が大騒ぎし、医師を呼ばれる始末…
結局、わたしは、《貴族令嬢》としての自分を諦めた。
わたしになれるのは、デュボワ伯爵家の《健康の女神》だけだ___
一族の者たちが子を授かった時には、わたしの元に来るのが習慣で、
わたしは健康長寿、丈夫に生まれる事を願い、神に祈りを捧げた。
効果があるとも思えなかったが、皆は一様にありがたがった。
生まれてからも、健康を祈って欲しいと訪れる者が多い。
「わたしの一生って、これだけかも…」
ふっと、弱気になる時もある。
だけど、いつだって、わたしは、そんな自分を奮い立たせてきた!
「いいえ!弱気になっては駄目よ!オリーヴ!
誰にだって、運命の相手はいるもの!
背が高い位、何よ!世の中の男性の半数は、あなたよりも背が高いわ!
…多分ね」
わたしにだって、神様は用意していてくれる筈!
わたしを姫にしてくれる、黒騎士がこの世界の何処かにいる!
きっと、わたしに出会うのを待ちわびているわ___!
悲哀は消え、希望が輝き出す。
わたしは興奮冷めやらぬまま、眠りに落ちた。
あまりに深く眠ったので、夢に出てきたのが黒騎士だったかどうかは分からないが、
目覚めた朝は、清々しい気持ちだったので、恐らく、出会えたのだろう。
「ふふ、わたしの未来の旦那様…」
◇◇
体格の問題はあるにしろ、
デビュタントを終えるまでのわたしは、《夢見る娘》だったと言える。
デビュタントを終え、招待された最初のパーティで、それは最大限に膨れ上がっていただろう。
『ああ、緊張する~』
『誘われたらどうしよう~』
『上手く踊れるかしら~?』
キャッキャとはしゃぐ、同年の令嬢たち。
わたしは淑女らしく、表には出さないまでも、彼女等となんら変わりはなく、内では大はしゃぎしていた。
素敵な男性と出会い、誘われ、ダンスをする…!
年頃の令嬢に「はしゃぐな」というのは無理だ、それが出来るのは、氷の女だけに決まっている!
わたしは情熱を持つ女だもの!
だが、そわそわとする中…
『僕と踊って頂けますか?』
『私!?ええ、勿論です…』
『キャー!』
誘われるのは、わたし以外の令嬢たちばかりだった。
一人減り、二人減り…
遂に、わたしは独りになっていた。
これは、想定外だった。
膨らんでいた気持ちは、いつしか穴が開いたらしい、萎んでしまっていた。
『でも、次は、絶対にわたしが誘われるわ!』
だって、わたし独りしかいないんだもの!
気持ちを持ち直し、ピンと背筋を伸ばし、心持顎を上げる。
だが、結局、パーティが終わるまで、わたしに声を掛けて来る者は、一人としていなかった。
『あー、楽しかった~』
『私、三人も誘って頂いたわ!』
『あら、私は五人よ!』
『すご~い!ねぇ、オリーヴ様は?』
話を振られた時の気まずさったら、無かった。
それに、皆にも分かっていた筈だ。
わたしはずっと、同じ場所に立っていたのだから…
『あら、オリーヴ様に聞くなんて、やめなさいよ…』
『まぁ!私ったら気が利かなくて…』
皆の目は語っていた、『こんな大女を誘う男などいない』と___
だが、元来、わたしは負けず嫌いなので、
踏み付けられた胸の痛みを気取られない様、ニコリと笑って見せた。
そう、何でもない!という風にね。
『あら、気になさらないで、見ているだけでも、とても勉強になりますもの』
超然として答えると、何故だか、令嬢たちは蒼褪めた。
『まぁ!怒っていらっしゃるわ!』
『早く謝った方がよろしくてよ!』
『ああ、どうか、許して下さいね…』
『別に、怒ってなどいませんけど?』
『目が怒っているわ!』
『目が笑っていませんもの!』
彼女たちは散々喚き散らし、こちらを不快にさせるだけさせ、去って行った。
『全く、何だっていうの??』
「馴染めない」と、一瞬で悟った出来事だった。
その後、どのパーティに出席しても、令息はおろか、令嬢すら寄って来なくなった。
それだけならば良いが、どうやら、陰口を言われている様だ。
わたしにとって、パーティは無意味で居心地の悪い場所になっていたが、
それでも、わたしは出来る限り、パーティには顔を出す様にしている。
それは、ただただ、理想の男性に出会う為だ!
「わたしの理想の男性は、
逞しくて、剣術が得意で、わたしよりも身長が二十センチは高い人!
キラキラした優男は駄目!くっきりとした太い眉に、滅多に開かない口!
賢くて教養もなければね!でも、少しばかり無作法なのは、ご愛敬で良いわ!
一目惚れなんて信じない、わたしという人間を知って、好きになってくれる人の方が良いもの!」
そんな理想を掲げて、パーティ行脚をしている。
たまに、稀だけど、理想的な逞しい体躯の男性を見つける事もある。
そんな時は、自ら声を掛けに行く様にしている。
黒騎士は、自分から姫に声を掛けたりしないもの!
姫の方から彼を見つけてあげなくちゃ!
とは言え、今の所は全て空振りしている。
声を掛けると直ぐに逃げてしまうのよね…
追い駆けると嫌がられるし…
黒騎士は女性が苦手だし、奥手だから…
それに、きっと…
「運命の人では無かったのよ!」
運命の人に出会うのは、案外難しいものらしい。
「でも、だからこそ、物語も感動的になるというものよ!」
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