つかわしめ戦記ゆめ語り

悠日里

文字の大きさ
19 / 28
第一章 導かれて☽第四夜 融合

内情

 引き裂かれた布地が血飛沫と舞い上がる。
 散った布は跡形もなく木端微塵に、血潮は勢いを失って重力に引っ張られて、砂利が混じる地面の上に赤黒いまだら模様が描かれた。

 頬にのみと思われた須佐神の傷は、腕や腹部など全身に亘って広がっていた。

「一体どうなってんだ……⁉」

 太秦の隣で睡蓮を腕の中へ抱き寄せつつも、昂は状況を飲み込めずに唖然とした。
 二人を包むのは、須佐神の周辺にも浮遊しているものと同じ漆黒の羽根。月明りに照らされた夜桜のように妖しく艶めきながら落ちていくが、程なくして消えた。
 そうして太秦の術により離れた場所まで回避していた二人は、須佐神の返り血を浴びずに済んでいた。昂が気を働かせて目隠しをしたお陰で、睡蓮は生々しい醜怪な光景を目の当たりにしていない。

「いやいや~」と、白狐は照れた様子で頭を掻いた。

「ボクらの攻撃、ちょーっとばかりラグがあるみたいなんだよね~?」
「そうそう。ま、ギミックみたいなもんよ?」

 白狐に続いて黒狐が便乗して相槌を打つと、影絵の狐を作る要領で両手の人差し指と小指を立てた。いわゆるコルナのポーズを取り、口に見立てた指をぱくぱくさせながら「こーんこん」と鳴き真似をする。
 そんな風に二人は、須佐神の背後で嬉しそうにお道化た。須佐神が自分たちの術を見抜けなかったのが嬉しかったのだろう。

 しかし須佐神は前方に居る睡蓮を眺め、一向に振り返らない。
 全く相手にされていないことを悟ったのか、狐たちは腹を立てた。呼吸を合わせたかのように同時に腕を組むと、「あったまくる~」と声を揃えた。真夏の大気を揺らす蜃気楼のように、微かに捉えられる程度の神気を身体の内側から放出する。神気はまだまだ未熟であるが、感情に共鳴して揺らめいている。

「それに、ねぇ?」と普段よりも低音で調子を合わせ、白狐と黒狐の二人は互いに視線を交わす。
 声色が不満や怒りを含んでいるのは明らか。けれど須佐神の方はというと、全身に傷を与えられているにも関わらずほくそ笑む。その構図だけを見たならば、反抗する子どもと成長の喜びを噛みしめている父親のようである。
 だが、それもここまで。

「やはり陽の巫女に触れられませんか。残念ですが、この八尋殿のもとでは私の張った結界の力が堅固に働くようです。特に、神気に溢れた須佐神あなた様には、効果も絶大でしたね」

 皮肉めく太秦に須佐神は顔をしかめる。対して太秦は「大変ご無礼を」と、実に愉快げであった。

「須佐神。昨今あなたがなされる業は悪行にあられます。陽の巫女が現れた今、我らの伝承は再び証明されたのも同然です。――再び。その意味は、あなたがよくご存じでしょう」

 須佐神が太秦をぎろりと睨む。
 血を流しながら放たれる神気の迫力は、白狐と黒狐のものとは一味も二味も何百倍にも違い、須佐神との距離は十分に取れていた昂であっても、身動き出来なくなってしまうほどだった。
 一方で、眉一つ動かさずに直視している太秦を須佐神は鼻で笑う。

「まあいい」

 短く済ますと、須佐神は全身へ神気を巡らす。すると見る見るうちに傷口が塞がっていき、とうとう完全に治癒してしまった。
 思わず睡蓮の目を覆っている手を解いて驚愕する昂に、白狐と黒狐の二人は肩を竦めて苦笑した。睡蓮の方は、視界が晴れたものの状況を読めずにいる。

「須佐神は再生能力をお持ちで有らせられる。つまり低級霊や浮遊霊たちが怨霊化するのは、そのお力の一端だ」
「再生、ですか……?」

 睡蓮の大きな瞳が微かに潤む。

「陽の巫女。西に月が沈み、倭に灯りが燈った時。己の眼で一度確かめてみるといい。お前が導き出した答えによっては、最高のもてなしをしてやろう」

 須佐神の眼球に、睡蓮が映る。
 黙ったまま言葉の意味を考える様子を、昂が立ちはだかって遮る寸前まで須佐神はその眼に納めた。
 須佐神は睡蓮たちに背を向けると昂の障壁をすり抜け、白狐と黒狐の二人に譲らせた道を通る。何か言いたげに熱視線を送ってくる二人には相変わらず目もくれないで須佐神は歩を進めたが、少し行ったところで立ち止まった。

 須佐神は未だ遠くで蠢く怨霊たちを何をすることもなく一掃し、瘴気の一部にする。
 怨霊たちのおぞましくも悲痛な声が響くなか、呆気に取られる昂の隣で泣き出しそうな顔をする睡蓮を須佐神は呼んだ。

「次はお前から逢いに来い。存分に可愛がってやろうぞ」

 須佐神はそう言い残すと、睡蓮たちの前から姿を消した。
 睡蓮たちの前には、美しいまんまるの月が浮かんでいた。
感想 10

あなたにおすすめの小説

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

猫なので、もう働きません。

具なっしー
恋愛
不老不死が実現した日本。600歳まで社畜として働き続けた私、佐々木ひまり。 やっと安楽死できると思ったら――普通に苦しいし、目が覚めたら猫になっていた!? しかもここは女性が極端に少ない世界。 イケオジ貴族に拾われ、猫幼女として溺愛される日々が始まる。 「もう頑張らない」って決めたのに、また頑張っちゃう私……。 これは、社畜上がりの猫幼女が“だらだらしながら溺愛される”物語。 ※表紙はAI画像です

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

黒騎士団の娼婦

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

異世界転移って?とりあえず設定を教えて下さい

ゆみ
恋愛
凛花はトラックに轢かれた記憶も階段から落ちた記憶もない。それなのに気が付いたらよくある異世界に転がっていた。 取り敢えずは言葉も通じる様だし周りの人達に助けられながら自分の立ち位置を把握しようと試みるものの、凛花を拾ってくれたイケメン騎士はどう考えてもこの異世界での攻略対象者…。しかもヒロインは凛花よりも先に既にこの世界に転生しているようだった。ヒロインを中心に回っていたこのストーリーに凛花の出番はないはずなのにイケメン騎士と王女、王太子までもが次々に目の前に現れ、記憶とだんだん噛み合わなくなってくる展開に翻弄される凛花。この先の展開は一体どうなるの?

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~

伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華 結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空 幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。 割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。 思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。 二人の結婚生活は一体どうなる?