目玉焼きにはウインナーでもいい

日向理歩子

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しんにゅう3

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「何やねん。条件って」
「うん。それはね、秋に行われるコンクール本選で入賞できなければ、君たちに対する私の監督権は失われてしまうということなんだ」
「じゃあ、ジェーピー先生が顧問を続けるためにはぁ~、この同好会が部活動に昇格する必要があるってことぉ~?」
「そう。僕は所詮、お爺様のコネクションで、この役割を与えて頂いたに過ぎないからね」
「ひゃー。ほな次のコンクール予選が、俺らにとって最初で最後の晴れ舞台になるかもしれへんってことか!」
「最初で最後か……! 恐ろしいな!」

 愉快げに肩を揺らす浦野を見て、よく笑っていられるなと思った。

「コンクールの本選で結果を残すって、かなり無理ゲーなんだけど……」
「何や、壮馬。ビビリかいな?」
「う、うるせぇ!」

 皆と違って、俺は初心者なんだ。そんな大舞台で演奏したことなんて、生まれて一度もない。

「壮馬くん。まずはその先入観を捨てないとね?」
「海……?」
「大丈夫。壮馬くんのことは、僕たちがフォローするよ。だから頑張ろう?」

 海に真っ直ぐ見つめられて言われると、俺は無条件で返事せざるを得なかった。

 なぁ、海。俺の所為で全てが台無しになっても、お前は言ったよな?
 ただ俺と音楽が出来ればいいって……。

「君。壮馬くんと言ったよね?」
「そうですけど……何ですか?」
「いいんだよ。そのまま、ありのままで居てくれれば」
「ありのまま……ですか?」
「ああ」

 目を細める日之本の顔に、俺は不覚にも安心感を覚えた。

「……」
「せやで! 誰だって緊張するもんや。俺かて怖いもん」
「えーボクは楽しみだなぁ~。だってボクたちの合奏を皆に聴いてもらえるのって、すごーく嬉しいよぉ~?」
「ハハハッ! 確かにそうだな! 嬉しいな!」

 嬉しい……か。
 正直、俺にはまだ分からない。でも何ていうか皆は、そこまで気張っていない感じなのだろうか?

「そっか。責任者なんて、また見つければいいもんな……」
「ちょっと壮馬くん、聞こえているからね!? ま、まぁ、心配は練習で解消していくしかないさ。あとは――」


「わーい。明日からの実践じっせん楽しみぃ~」

 部活が終わった。オレンジ色が射した渡り廊下に、俺たち四人の影が伸びる。
 俺のヴィオラは、部室の楽器倉庫に返却してきた。
 でも耕介とラブ沢は、自前のものだから持ち帰っている。耕介は海と同じヴァイオリンだからまだいいが、チェロのラブ沢は大変だろう。水中を漂っているクラゲのようにふにゃふにゃとしたラブ沢だけれど、こうしてみると、それなりに力があるっぽい。

「ハハハッ! JPのお陰で予選も突破出来ちゃうかもな!」

 そう豪快に笑う浦野はピアノだから、俺と一緒で手ぶらだ。お前がラブ沢の楽器ケースを運んでやればいいのに。

「はぁぁ、そんなに簡単に言うなよな。俺は不安で堪らないんだぞ、もう」
「お。やっと本音言いよったか?」
「あ……って、おいっ。肩組んでくんなよ耕介うざすけ!」

 掴まれた肩を旋回して、うざ介の腕を払い退ける。するとそれを前にした浦野は高らかに笑った。

「口でっか。本当よく笑うよな」
「いいだろ、俺らしくて。それよりも、なぁ壮馬。JPも言ってたけど、無理難題押し付けられているのはこっちなんだ。もし駄目だったとしても、同好会の活動が出来なくなるわけじゃないんだしさ、あまり気張らなくてもいいんじゃないのか? な?」

 たった今、耕介の腕を払ったばかりの俺の肩を、浦野は労うように叩いた。

 気張るなだと? 
 やっぱり皆は、そこまで真剣じゃない感じなのか?
 でも海はどう思っているんだろう。ずいぶん嬉しそうに日之本と話をしていたからな……。

「何にしてもや! チャンスっちゃーチャンスや! 余計なこと考えんと思いっきりやろうや。JPも個人練に付きおーてくれるって言うてるし、今日の練習かて質がたこうなったわけや。実践も楽しめばええて!」

 耕介が畳み掛けるように言った。うざいけれど、こいつなりに俺を励ましているのだろう。

「はぁぁ、もう分かったよー。頑張ればいいんだろー? にしても海は何でいつも部活が終わると、途端に居なくなるんだろ――」
「フン。お前はあいつが居ないと、何も出来ないんだな」

 咄嗟に振り返ると、俺の嫌いなおかっぱ頭が佇んでいた。

「黒都! 何だよっ、まだ残っていやがったのか!」
「生徒会執行部の仕事があるのだから当然だ。お前は部活……ではなくて、同好会で遅くなったのか?」

 くぅ~~っ、いちいち嫌味な奴~っ!

「チッチッチ。黒都はん~。こっちには、JPがるんやでー?」
「……JP?」

 眉根を寄せる黒都に「そう、ジェーピー♪」と、ルンルン声でラブ沢が返す。
 黒都はキラキラスマイルを向けられ、何かやりにくそうだ。フン、と言いながらラブ沢から視線を背け、眼鏡をくいっと上げた。

「やれやれ。JP呼びが定着しちゃったか」

 黒都の背後に現れたのは、日之本だった。俺たちから付けられたあだ名が嫌なのか、日之本は力なく笑っている。

「……誰だ?」
「ああそうか。君は、初めましてだったね?」

 そう言って日之本は、不気味なほど綺麗な顔で笑ったのだった。
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