【完結】うっかり者の看板役者は冷たい龍に惚れる

仙桜可律

文字の大きさ
11 / 18

リナ号泣

しおりを挟む
「いやー、まさか弟と来るとはね~」
緊張感のないヒューゴ姉。
マリアは少し緊張している。
ヒューゴは少しどころではなく緊張している。
女将が黒髪のカツラを差し出した。

「これを着けてくださいね」

「黒髪、これは」

「黒髪のリナという娼婦のことを探している男がいるので、うちではみんな黒いカツラをつけることにしたんです」

「リナちゃんが狙われているのですか?」

「わかりません。東の大陸でカイ様が恨みをかっているかもしれませんし、うちとしては取れる手はすべて取らないと。」

「それでカイ君もリナちゃんとの別居に納得してるのね」

ヒューゴ姉もカツラをつける。

「渋々ですね。そんな事情でもなければ、あの男がリナを離すわけありませんわ」

女将の口調が店用とは違っていた。あの男、呼ばわりとは。

「あの、女将さん、こちらをどうぞ」
マリアが籠を差し出した。
「私はパン屋に勤めています。前にリナちゃんからお姐さん達はお化粧が落ちないように小さくした食事をつまむと聞いたのですが。
パンは食べ辛いと聞きました。
それで、一口サイズのドーナツを売り出そうかと考えていて」

「まあ、いい匂いだと思っていました。まだ温かいですね。うちの女の子たちに持っていってやってもいいかしら」

「はい、どうぞ」

女将がすっ、と立つと襖が開いた。
「何ですか、はしたない」

「だって、とてもいい匂いがしてて。それにヒューゴ様の彼女をみたいんだもん」

数人の女が廊下にいた。

ヒューゴ、蒼白。

マリアが背中をさすってやる。
姉はニヤニヤしている。

「リナ、走らない!」

パタパタ、という足音のあと、飛びこんできた。

「マリアちゃん!」

「リナちゃん!」

抱き合っている。

「心配かけてごめんなさい」
「リナちゃんがここにいるのが安全だってわかってる。また落ち着いたらお茶しに行きましょうね」

「リナ、マリアさんもお座りになって。お茶が冷めたので入れ直してきますね」

女将が出ていった。マリアとリナが並んで座る。
手を握りあって頷きあっている。

ヒューゴは、女同士の結束を眺めていた。
ここまで仲良くなるものなのか。マリアにとってリナさんは、特別なんだな。

持ってきた紙の束が重みを増したような気がした。

女将がお茶を置いてくれた。

「リナさん、見てほしいものがある。カイは知られたくないと思っているかもしれないけど、俺は見てほしいと思った。」

手紙を渡す。
かなり大きい。
巻紙に書いてあるものと、便箋数枚。

「これは……?」

見慣れない文字、東の大陸の文字が墨と筆で書いてある。
「カイから来た手紙だ。龍の一族は正式な契約はこの文字で書くらしい。遺言など。
内容は、この大陸の文字でこっちにも同じものが書いてある」

「遺言……?」

リナは読めない文字の羅列を指でなぞる。

「リナさんと会わないと決めていたみたいだ。
一人で依頼を受けて、東の大陸に行った。俺が知ったのはこれが届いてからだった。
騎士団では任務中に命を落とすと、報償金がもらえる。」

リナはマリアにしがみつく。
「そんなに危険な任務だったの?カイさん、そんな覚悟で行ってたの?」

「わからない。ただ、一人での任務は代わりがいないから。これを用意することで精神的に落ち着く人もいるらしい。
大抵は親、兄弟、配偶者。あとは身元のしっかりした者を指名できる。
カイはリナさんに渡したいと思っていたが、君が断るかもしれないと思ったんだろう。オレを指名した。騎士団の身元審査も問題ないから」

リナもマリアも紙をじっと見ている。
「オレを指名して、その金でリナさんを身請けしてくれと言ってきた。

ここからが細かくてカイらしいんだが」

ヒューゴは笑って便箋をめくった。
びっしり。

『お前にはマリアさんがいるから心配してないけどリナに手を出したら呪い殺す』

『身請けしたあと、暮らしが落ち着くまで仕事を紹介してやって欲しい。マリアさんも市井で暮らす苦労は知っているだろうから力になってやってくれるとありがたい』
『リナに手を出したら呪い殺す』

『俺のことは言うな。たぶん忘れると思うが、もし聞かれたら別の大陸で暮らしてるとだけ言ってくれ』

『もし、リナが客に惚れてそいつが身請けの金が足りなくて困っていたら、お前はお人好しだから貸してやりたいと思うかもしれないが、それだけはやめてくれ。お前が身請けしてから、リナが誰かに惚れたら、ちゃんとした奴なら応援、いや、やっぱり邪魔してくれ。ことごとく邪魔しても諦めない奴なら仕方ない』
『だけどお前はだめだ。リナがお前に惚れるのは許さない。そんなことになったら化けて出る』


「うわあ……」
「重いわ……」

ヒューゴ姉とマリアは引いている。
「達筆なのがまた、余計にこう、ヒシヒシと切実さを感じるわね」

リナは泣いている。
「カイさん、カイさん……!」

「カイが本気でリナさんを思っているのは、結婚してから伝わってると思う。
でも、その前からあいつは君のことをずっと考えていたんだ。いつか、言わないといけないと思っていた。
だから、東の大陸での任務は君と離れるという決意も含めて、思い出したくないし言いたくない事なんだと思う。」

「この手紙を見られる以上にカイ君が嫌がることって無さそうだけど?」
ヒューゴ姉がいう。

「そうなのか?俺はカイの本気を知ったら許してもらえると思って」

「いえ、ありがとうございます。ヒューゴさん。」

涙を拭いながらリナが鼻をすすった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました

ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!  フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!  ※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』  ……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。  彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。  しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!? ※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月るるな
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。 始めは夜会での振る舞いからだった。 それがさらに明らかになっていく。 機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。 おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。 そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

皇后陛下の御心のままに

アマイ
恋愛
皇后の侍女を勤める貧乏公爵令嬢のエレインは、ある日皇后より密命を受けた。 アルセン・アンドレ公爵を籠絡せよ――と。 幼い頃アルセンの心無い言葉で傷つけられたエレインは、この機会に過去の溜飲を下げられるのではと奮起し彼に近づいたのだが――

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

「二年だけの公爵夫人~奪い合う愛と偽りの契約~」二年間の花嫁 パラレルワールド

柴田はつみ
恋愛
二年だけの契約結婚―― その相手は、幼い頃から密かに想い続けた公爵アラン。 だが、彼には将来を誓い合った相手がいる。 私はただの“かりそめの妻”にすぎず、期限が来れば静かに去る運命。 それでもいい。ただ、少しの間だけでも彼のそばにいたい――そう思っていた。 けれど、現実は甘くなかった。 社交界では意地悪な貴婦人たちが舞踏会やお茶会で私を嘲笑い、 アランを狙う身分の低い令嬢が巧妙な罠を仕掛けてくる。 さらに――アランが密かに想っていると噂される未亡人。 彼女はアランの親友の妻でありながら、彼を誘惑することをやめない。 優雅な微笑みの裏で仕掛けられる、巧みな誘惑作戦。 そしてもう一人。 血のつながらない義兄が、私を愛していると告げてきた。 その視線は、兄としてではなく、一人の男としての熱を帯びて――。 知らぬ間に始まった、アランと義兄による“奪い合い”。 だが誰も知らない。アランは、かつて街で私が貧しい子にパンを差し出す姿を見て、一目惚れしていたことを。 この結婚も、その出会いから始まった彼の策略だったことを。 愛と誤解、嫉妬と執着が交錯する二年間。 契約の終わりに待つのは別れか、それとも――。

処理中です...