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リナ号泣
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「いやー、まさか弟と来るとはね~」
緊張感のないヒューゴ姉。
マリアは少し緊張している。
ヒューゴは少しどころではなく緊張している。
女将が黒髪のカツラを差し出した。
「これを着けてくださいね」
「黒髪、これは」
「黒髪のリナという娼婦のことを探している男がいるので、うちではみんな黒いカツラをつけることにしたんです」
「リナちゃんが狙われているのですか?」
「わかりません。東の大陸でカイ様が恨みをかっているかもしれませんし、うちとしては取れる手はすべて取らないと。」
「それでカイ君もリナちゃんとの別居に納得してるのね」
ヒューゴ姉もカツラをつける。
「渋々ですね。そんな事情でもなければ、あの男がリナを離すわけありませんわ」
女将の口調が店用とは違っていた。あの男、呼ばわりとは。
「あの、女将さん、こちらをどうぞ」
マリアが籠を差し出した。
「私はパン屋に勤めています。前にリナちゃんからお姐さん達はお化粧が落ちないように小さくした食事をつまむと聞いたのですが。
パンは食べ辛いと聞きました。
それで、一口サイズのドーナツを売り出そうかと考えていて」
「まあ、いい匂いだと思っていました。まだ温かいですね。うちの女の子たちに持っていってやってもいいかしら」
「はい、どうぞ」
女将がすっ、と立つと襖が開いた。
「何ですか、はしたない」
「だって、とてもいい匂いがしてて。それにヒューゴ様の彼女をみたいんだもん」
数人の女が廊下にいた。
ヒューゴ、蒼白。
マリアが背中をさすってやる。
姉はニヤニヤしている。
「リナ、走らない!」
パタパタ、という足音のあと、飛びこんできた。
「マリアちゃん!」
「リナちゃん!」
抱き合っている。
「心配かけてごめんなさい」
「リナちゃんがここにいるのが安全だってわかってる。また落ち着いたらお茶しに行きましょうね」
「リナ、マリアさんもお座りになって。お茶が冷めたので入れ直してきますね」
女将が出ていった。マリアとリナが並んで座る。
手を握りあって頷きあっている。
ヒューゴは、女同士の結束を眺めていた。
ここまで仲良くなるものなのか。マリアにとってリナさんは、特別なんだな。
持ってきた紙の束が重みを増したような気がした。
女将がお茶を置いてくれた。
「リナさん、見てほしいものがある。カイは知られたくないと思っているかもしれないけど、俺は見てほしいと思った。」
手紙を渡す。
かなり大きい。
巻紙に書いてあるものと、便箋数枚。
「これは……?」
見慣れない文字、東の大陸の文字が墨と筆で書いてある。
「カイから来た手紙だ。龍の一族は正式な契約はこの文字で書くらしい。遺言など。
内容は、この大陸の文字でこっちにも同じものが書いてある」
「遺言……?」
リナは読めない文字の羅列を指でなぞる。
「リナさんと会わないと決めていたみたいだ。
一人で依頼を受けて、東の大陸に行った。俺が知ったのはこれが届いてからだった。
騎士団では任務中に命を落とすと、報償金がもらえる。」
リナはマリアにしがみつく。
「そんなに危険な任務だったの?カイさん、そんな覚悟で行ってたの?」
「わからない。ただ、一人での任務は代わりがいないから。これを用意することで精神的に落ち着く人もいるらしい。
大抵は親、兄弟、配偶者。あとは身元のしっかりした者を指名できる。
カイはリナさんに渡したいと思っていたが、君が断るかもしれないと思ったんだろう。オレを指名した。騎士団の身元審査も問題ないから」
リナもマリアも紙をじっと見ている。
「オレを指名して、その金でリナさんを身請けしてくれと言ってきた。
ここからが細かくてカイらしいんだが」
ヒューゴは笑って便箋をめくった。
びっしり。
『お前にはマリアさんがいるから心配してないけどリナに手を出したら呪い殺す』
『身請けしたあと、暮らしが落ち着くまで仕事を紹介してやって欲しい。マリアさんも市井で暮らす苦労は知っているだろうから力になってやってくれるとありがたい』
『リナに手を出したら呪い殺す』
『俺のことは言うな。たぶん忘れると思うが、もし聞かれたら別の大陸で暮らしてるとだけ言ってくれ』
『もし、リナが客に惚れてそいつが身請けの金が足りなくて困っていたら、お前はお人好しだから貸してやりたいと思うかもしれないが、それだけはやめてくれ。お前が身請けしてから、リナが誰かに惚れたら、ちゃんとした奴なら応援、いや、やっぱり邪魔してくれ。ことごとく邪魔しても諦めない奴なら仕方ない』
『だけどお前はだめだ。リナがお前に惚れるのは許さない。そんなことになったら化けて出る』
「うわあ……」
「重いわ……」
ヒューゴ姉とマリアは引いている。
「達筆なのがまた、余計にこう、ヒシヒシと切実さを感じるわね」
リナは泣いている。
「カイさん、カイさん……!」
「カイが本気でリナさんを思っているのは、結婚してから伝わってると思う。
でも、その前からあいつは君のことをずっと考えていたんだ。いつか、言わないといけないと思っていた。
だから、東の大陸での任務は君と離れるという決意も含めて、思い出したくないし言いたくない事なんだと思う。」
「この手紙を見られる以上にカイ君が嫌がることって無さそうだけど?」
ヒューゴ姉がいう。
「そうなのか?俺はカイの本気を知ったら許してもらえると思って」
「いえ、ありがとうございます。ヒューゴさん。」
涙を拭いながらリナが鼻をすすった。
緊張感のないヒューゴ姉。
マリアは少し緊張している。
ヒューゴは少しどころではなく緊張している。
女将が黒髪のカツラを差し出した。
「これを着けてくださいね」
「黒髪、これは」
「黒髪のリナという娼婦のことを探している男がいるので、うちではみんな黒いカツラをつけることにしたんです」
「リナちゃんが狙われているのですか?」
「わかりません。東の大陸でカイ様が恨みをかっているかもしれませんし、うちとしては取れる手はすべて取らないと。」
「それでカイ君もリナちゃんとの別居に納得してるのね」
ヒューゴ姉もカツラをつける。
「渋々ですね。そんな事情でもなければ、あの男がリナを離すわけありませんわ」
女将の口調が店用とは違っていた。あの男、呼ばわりとは。
「あの、女将さん、こちらをどうぞ」
マリアが籠を差し出した。
「私はパン屋に勤めています。前にリナちゃんからお姐さん達はお化粧が落ちないように小さくした食事をつまむと聞いたのですが。
パンは食べ辛いと聞きました。
それで、一口サイズのドーナツを売り出そうかと考えていて」
「まあ、いい匂いだと思っていました。まだ温かいですね。うちの女の子たちに持っていってやってもいいかしら」
「はい、どうぞ」
女将がすっ、と立つと襖が開いた。
「何ですか、はしたない」
「だって、とてもいい匂いがしてて。それにヒューゴ様の彼女をみたいんだもん」
数人の女が廊下にいた。
ヒューゴ、蒼白。
マリアが背中をさすってやる。
姉はニヤニヤしている。
「リナ、走らない!」
パタパタ、という足音のあと、飛びこんできた。
「マリアちゃん!」
「リナちゃん!」
抱き合っている。
「心配かけてごめんなさい」
「リナちゃんがここにいるのが安全だってわかってる。また落ち着いたらお茶しに行きましょうね」
「リナ、マリアさんもお座りになって。お茶が冷めたので入れ直してきますね」
女将が出ていった。マリアとリナが並んで座る。
手を握りあって頷きあっている。
ヒューゴは、女同士の結束を眺めていた。
ここまで仲良くなるものなのか。マリアにとってリナさんは、特別なんだな。
持ってきた紙の束が重みを増したような気がした。
女将がお茶を置いてくれた。
「リナさん、見てほしいものがある。カイは知られたくないと思っているかもしれないけど、俺は見てほしいと思った。」
手紙を渡す。
かなり大きい。
巻紙に書いてあるものと、便箋数枚。
「これは……?」
見慣れない文字、東の大陸の文字が墨と筆で書いてある。
「カイから来た手紙だ。龍の一族は正式な契約はこの文字で書くらしい。遺言など。
内容は、この大陸の文字でこっちにも同じものが書いてある」
「遺言……?」
リナは読めない文字の羅列を指でなぞる。
「リナさんと会わないと決めていたみたいだ。
一人で依頼を受けて、東の大陸に行った。俺が知ったのはこれが届いてからだった。
騎士団では任務中に命を落とすと、報償金がもらえる。」
リナはマリアにしがみつく。
「そんなに危険な任務だったの?カイさん、そんな覚悟で行ってたの?」
「わからない。ただ、一人での任務は代わりがいないから。これを用意することで精神的に落ち着く人もいるらしい。
大抵は親、兄弟、配偶者。あとは身元のしっかりした者を指名できる。
カイはリナさんに渡したいと思っていたが、君が断るかもしれないと思ったんだろう。オレを指名した。騎士団の身元審査も問題ないから」
リナもマリアも紙をじっと見ている。
「オレを指名して、その金でリナさんを身請けしてくれと言ってきた。
ここからが細かくてカイらしいんだが」
ヒューゴは笑って便箋をめくった。
びっしり。
『お前にはマリアさんがいるから心配してないけどリナに手を出したら呪い殺す』
『身請けしたあと、暮らしが落ち着くまで仕事を紹介してやって欲しい。マリアさんも市井で暮らす苦労は知っているだろうから力になってやってくれるとありがたい』
『リナに手を出したら呪い殺す』
『俺のことは言うな。たぶん忘れると思うが、もし聞かれたら別の大陸で暮らしてるとだけ言ってくれ』
『もし、リナが客に惚れてそいつが身請けの金が足りなくて困っていたら、お前はお人好しだから貸してやりたいと思うかもしれないが、それだけはやめてくれ。お前が身請けしてから、リナが誰かに惚れたら、ちゃんとした奴なら応援、いや、やっぱり邪魔してくれ。ことごとく邪魔しても諦めない奴なら仕方ない』
『だけどお前はだめだ。リナがお前に惚れるのは許さない。そんなことになったら化けて出る』
「うわあ……」
「重いわ……」
ヒューゴ姉とマリアは引いている。
「達筆なのがまた、余計にこう、ヒシヒシと切実さを感じるわね」
リナは泣いている。
「カイさん、カイさん……!」
「カイが本気でリナさんを思っているのは、結婚してから伝わってると思う。
でも、その前からあいつは君のことをずっと考えていたんだ。いつか、言わないといけないと思っていた。
だから、東の大陸での任務は君と離れるという決意も含めて、思い出したくないし言いたくない事なんだと思う。」
「この手紙を見られる以上にカイ君が嫌がることって無さそうだけど?」
ヒューゴ姉がいう。
「そうなのか?俺はカイの本気を知ったら許してもらえると思って」
「いえ、ありがとうございます。ヒューゴさん。」
涙を拭いながらリナが鼻をすすった。
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