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苦い思い出
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公爵邸の門から続く並木。黄色の絨毯のように
落葉が積もっている。
多忙な公爵が視察から帰ってくるのを邸でじっと待つなんてできなくて、並木まで来てしまった。
落葉を蹴って舞い上がるのが面白い。掬って上に投げるともっとヒラヒラと舞う。
エリオットは八歳。父上に話したいことがたくさんあった。
家庭教師に褒められたことや、妹を見張っていたこと。
葉っぱを投げても父上には叱られないだろう。母上は落葉が髪につくのを嫌がるかもしれないからやめておこう。
妹のフィオナは喜ぶかもしれない。まだ二才だから侍女に抱っこして連れてきてもらおう。
馬車が帰ってきた。
馭者の死角から落葉を持って近づく。
父上が降りてくる
駆け寄って葉っぱを投げた
「父上、お帰りなさ……」
父上が馬車から下ろしたのは、クリーム色の布の塊。
ではなくて。
白銀のウェーブした髪の女の子だった。
キラキラとした木漏れ日と落葉が、スローモーションのように女の子に振りかかる。
まばたきをして、目を丸くしていた。その紫色の目に驚きの次に怯えが現れた。
まずい、と思った。
妹よりは大きいけれど自分よりは小さい女の子だ。お茶会などで小さな女の子はすぐに泣くし母親に言いつける。
だから苦手だった。
その子は、泣かなかったけれど父上の服をギュッと掴んだ。
それを見て、怒りが湧いた。僕の父上だ、ずっと帰りを待っていたのに。
「ああ、びっくりしたんだな。大丈夫、これは私の息子で。あなたに酷いことをする者ではない」
父上が女の子を抱き上げた。僕に声をかけるより先に。
父上の銀髪と女の子の髪の毛が触れ合う。
そっくりだ。
「父上、それは誰ですか」
「この子はリズ。事情があって、うちで預かることにした。」
女の子は、軽く頭を下げたけれど父上に抱っこされているから僕を見下ろしている。
父上は、出迎えた使用人に女の子の世話を指示していた。
これは、知っている。
妹が生まれたときに邸が慌ただしくなって、僕は兄になった。
父上と母上を独り占めできなくなった。それは仕方ない。妹は小さいし可愛いし守るべき存在だ。
だけど、お前は違う。
いきなり現れて、なんなんだ。
僕だって、父上に話したいことがたくさんあったんだ。
夕食の席にも、そいつは現れた。
ずっと下を向いている。
もそもそと食べているが、マナーを習っていないようだった。
「お前、何歳だ」
きょとんとして黙っている。
「自分の歳もわからないのか」
そういうと、ぷるぷると震えた。
ちょっとウサギみたいだ。面白い。臆病なんだな。
「リズは、知り合いに預けられていたから誕生日を覚えていないんだ。聞いたところ、五歳だと思う。」
「優しくしてあげてね」
母上にそう言われたので、それ以上は聞けなかった。
翌日、父上と母上に呼ばれた。
「リズに教育を受けさせてやりたい。お前も妹が増えたと思って優しくしてやれ」
嫌だ、と思った。
リズは家庭教師から学んで少しずつ令嬢らしくなっていった。
僕も慣れていた。リズは控えめだけれど馬鹿ではない。聞かれたことはきちんと答えるようになっていた。
それでも時々は意地悪なことを言った。
泣くのを我慢する顔が、面白かったから。
僕が十歳、リズが七歳
フィオナが四歳。
フィオナはリズのことを姉だと思って慕っている。なんでもお揃いを欲しがるようになっていた。
学園に通い始めた僕はリズたちと遊ぶことはなくなった。学友と体を動かす方が楽しかったし、リズはフィオナと遊んでくれていたのだろう。
ままごとの道具や人形の服を片付けているのを見た。
学園の行事に家族を招待したときに、友達に言われた。
「お前の妹、絶対美人になるよな。なあ、今度会わせてくれよ」
「まだ七歳と四歳だぞ」
「だって、公爵にそっくりじゃないか。婚約なんか早い家は生まれたときから決めるらしいぞ。美人になるってわかってるから話はもう纏まっててもおかしくないだろ」
リズが婚約……?
「でもあの子は義理の妹なんでしょ。」
女子から言われた。
「公爵の隠し子が引き取られたって噂になったらしいわよ。」
隠し子……、確かにそう噂されていたのは知っている。
でも父上と母上がリズに優しいから、そんな筈はないと思っていた。
刺のように時折思い出して苦しくなった。
確かにリズを見る父上は、誰かを思い出しているような優しい顔をする。
でも聞けないままだった。
実際に娘のように接しているけれど、本当に……?母上を裏切ったのか聞くことが出来なかった。
十三歳から寮に入ることになった。
フィオナが抱きついて離れなかった。最後の夜は一緒に寝ると言って困らせた。
リズはそういう甘え方をしたことはない。
「俺は、お前が俺の妹だなんて認めないし、家の養子になるのも認めない」
リズは、泣きそうになったあと、笑顔を作った。
「私は公爵邸に引き取ってもらえて、感謝しています。
安心してください、養子先を探してくださっています。そのうち、出ていきます。
私のせいで、不名誉な噂が出て申し訳ありませんでした」
リズも隠し子と言われているのを知っていたのか。
お茶会などで女性は陰湿なことをするらしい。
もしかしたら今までにひどいことを言われたのだろうか。
それはお前のせいじゃない、と言いかけたけれど嘘っぽいのでやめた。
また今度、買い物のついでにプレゼントでも買った時に謝ろうと思っていた。
落葉が積もっている。
多忙な公爵が視察から帰ってくるのを邸でじっと待つなんてできなくて、並木まで来てしまった。
落葉を蹴って舞い上がるのが面白い。掬って上に投げるともっとヒラヒラと舞う。
エリオットは八歳。父上に話したいことがたくさんあった。
家庭教師に褒められたことや、妹を見張っていたこと。
葉っぱを投げても父上には叱られないだろう。母上は落葉が髪につくのを嫌がるかもしれないからやめておこう。
妹のフィオナは喜ぶかもしれない。まだ二才だから侍女に抱っこして連れてきてもらおう。
馬車が帰ってきた。
馭者の死角から落葉を持って近づく。
父上が降りてくる
駆け寄って葉っぱを投げた
「父上、お帰りなさ……」
父上が馬車から下ろしたのは、クリーム色の布の塊。
ではなくて。
白銀のウェーブした髪の女の子だった。
キラキラとした木漏れ日と落葉が、スローモーションのように女の子に振りかかる。
まばたきをして、目を丸くしていた。その紫色の目に驚きの次に怯えが現れた。
まずい、と思った。
妹よりは大きいけれど自分よりは小さい女の子だ。お茶会などで小さな女の子はすぐに泣くし母親に言いつける。
だから苦手だった。
その子は、泣かなかったけれど父上の服をギュッと掴んだ。
それを見て、怒りが湧いた。僕の父上だ、ずっと帰りを待っていたのに。
「ああ、びっくりしたんだな。大丈夫、これは私の息子で。あなたに酷いことをする者ではない」
父上が女の子を抱き上げた。僕に声をかけるより先に。
父上の銀髪と女の子の髪の毛が触れ合う。
そっくりだ。
「父上、それは誰ですか」
「この子はリズ。事情があって、うちで預かることにした。」
女の子は、軽く頭を下げたけれど父上に抱っこされているから僕を見下ろしている。
父上は、出迎えた使用人に女の子の世話を指示していた。
これは、知っている。
妹が生まれたときに邸が慌ただしくなって、僕は兄になった。
父上と母上を独り占めできなくなった。それは仕方ない。妹は小さいし可愛いし守るべき存在だ。
だけど、お前は違う。
いきなり現れて、なんなんだ。
僕だって、父上に話したいことがたくさんあったんだ。
夕食の席にも、そいつは現れた。
ずっと下を向いている。
もそもそと食べているが、マナーを習っていないようだった。
「お前、何歳だ」
きょとんとして黙っている。
「自分の歳もわからないのか」
そういうと、ぷるぷると震えた。
ちょっとウサギみたいだ。面白い。臆病なんだな。
「リズは、知り合いに預けられていたから誕生日を覚えていないんだ。聞いたところ、五歳だと思う。」
「優しくしてあげてね」
母上にそう言われたので、それ以上は聞けなかった。
翌日、父上と母上に呼ばれた。
「リズに教育を受けさせてやりたい。お前も妹が増えたと思って優しくしてやれ」
嫌だ、と思った。
リズは家庭教師から学んで少しずつ令嬢らしくなっていった。
僕も慣れていた。リズは控えめだけれど馬鹿ではない。聞かれたことはきちんと答えるようになっていた。
それでも時々は意地悪なことを言った。
泣くのを我慢する顔が、面白かったから。
僕が十歳、リズが七歳
フィオナが四歳。
フィオナはリズのことを姉だと思って慕っている。なんでもお揃いを欲しがるようになっていた。
学園に通い始めた僕はリズたちと遊ぶことはなくなった。学友と体を動かす方が楽しかったし、リズはフィオナと遊んでくれていたのだろう。
ままごとの道具や人形の服を片付けているのを見た。
学園の行事に家族を招待したときに、友達に言われた。
「お前の妹、絶対美人になるよな。なあ、今度会わせてくれよ」
「まだ七歳と四歳だぞ」
「だって、公爵にそっくりじゃないか。婚約なんか早い家は生まれたときから決めるらしいぞ。美人になるってわかってるから話はもう纏まっててもおかしくないだろ」
リズが婚約……?
「でもあの子は義理の妹なんでしょ。」
女子から言われた。
「公爵の隠し子が引き取られたって噂になったらしいわよ。」
隠し子……、確かにそう噂されていたのは知っている。
でも父上と母上がリズに優しいから、そんな筈はないと思っていた。
刺のように時折思い出して苦しくなった。
確かにリズを見る父上は、誰かを思い出しているような優しい顔をする。
でも聞けないままだった。
実際に娘のように接しているけれど、本当に……?母上を裏切ったのか聞くことが出来なかった。
十三歳から寮に入ることになった。
フィオナが抱きついて離れなかった。最後の夜は一緒に寝ると言って困らせた。
リズはそういう甘え方をしたことはない。
「俺は、お前が俺の妹だなんて認めないし、家の養子になるのも認めない」
リズは、泣きそうになったあと、笑顔を作った。
「私は公爵邸に引き取ってもらえて、感謝しています。
安心してください、養子先を探してくださっています。そのうち、出ていきます。
私のせいで、不名誉な噂が出て申し訳ありませんでした」
リズも隠し子と言われているのを知っていたのか。
お茶会などで女性は陰湿なことをするらしい。
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