虐めていた義妹に今さら好きだったなんて言えません

仙桜可律

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甘酸っぱい夜

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馬車の中ではお互いに話しかけようとしては黙る、ということが何度かあった。
エリオットは窓から外を眺めることにした。

というフリをして、窓に映るリズを見ていた。

小さな顔、新雪のような淡い銀髪。
横を編んで、一筋ほど髪を遊ばしている。素朴な花の髪飾りがよく似合っている。瞳と同じ紫色の雫の形のイヤリングが可憐だ。真珠も揺れるのか。
なんだあれは。触りたくなるじゃないか。
フィオナも髪色や瞳の色は似ているが、もっと派手なデザインを好む。
フィオナが言うには夜会は女の戦場でジュエリーは武装だ、と。

リズは違う。
朝露に輝くスミレみたいだ。首も細くて手も小さくて、

あの男、リズの腕を掴んでいたな。
許さない。

「先ほど……、掴まれていたが手は大丈夫か」

「はい、痛くありません」

「見せてみろ」

手をおずおずと差し出すリズに体を近づけた。

「跡は残ってないようだが、念のため見てもらうと良い。うちには元医者がいるから」

「はい……」

「ああいうことは良くあるのか?」

「いえ、今まで夜会に出たことはあまりなく、領地では父と何度か出掛けましたが若い男性は多くなかったので……。お酒もみなさん少ししか召されませんでしたし。お仕事の話が中心でしたので、私はご婦人たちと一緒にいました」

「そうか。これからは気をつけるように。お前は綺麗だから」

「っ、本当ですか」

「ああ。」

リズが手のひらで頬を押さえて赤くなるので、面白いと思った。
こんなに慣れてなくて大丈夫か、こいつ。
絶対アレンみたいなのに狙われたら危ない。
こんなことなら昔からお前は綺麗だから気を付けろって言い聞かせて自覚させれば良かった。

……フィオナには、そんな心配をしてないな。
あいつは、『お兄ちゃん、どう!?私綺麗でしょ!美しいでしょう!』って自分から言ってくるから。

リズは昔からおどおどして控えめで自信がなくて。意地悪なことをいえば泣きそうになって。でも泣かない。
自信がないのは俺が虐めたからか。

リズが綺麗なのは事実だし、何度でも言ってやる。正直、今までに見た女性のなかで一番綺麗だ。綺麗というより可愛いしなんかもう、言葉にならない感じがする。
子供の頃にドレスを着た母上を見たときに、言葉にならない感動のような、そんな感じの衝撃を、伴った……。

「エリオット様、どうされました?」

「少し考え事をしていただけだ」

邸に着くと執事が出迎えてくれていた。先触れを聞いたらしい。

「お帰りなさいませ」

「その、急に客を連れ帰ることにしてすまない。驚くと思うが、未婚の令嬢なんだ。噂にならないように配慮してほしい。それから、その令嬢というのが……偶然出会ったのだが、その……」

「存じております。さ、どうぞ中へ」

リズが降りるのに、手を差しのべると、おずおずと手を乗せた。

小さい。
地面に降り立ったのも、まるで重さがないみたいだ。

また見すぎていたようで、リズが首をかしげて見上げてくる。

可愛いを通り越してフツフツと怒りが沸いてくる。
こんなに綺麗な娘を一人で夜会に放り込むなんてダッフリー男爵は何を考えているんだ。狼の群れにウサギを投げ込むようなものだ。ホイホイ貴族の男に連れ帰られて、そのまま遊び相手として……

……連れ帰ったのが俺だから良いようなものだが……

そのままエスコートして歩き出すと、リズが緊張しているのが伝わってきた。
「緊張しているのか?大丈夫だ。みんなリズのことは歓迎するだろうし、忘れていない。邸も懐かしいんじゃないか?ゆっくり過ごすと良い」

「緊張はしていますが、お邸ではなくて、その、今が」

ドアを開けると使用人達が待っていた。
数が多い……?

「お帰りなさいませ!」

テンションが高い。
リズがびっくりして顔が赤くなっている。
「どうしたんだ、いつもそんなに出迎えに出てこないだろう。リズが驚いている」

みんな満面の笑みで、中にはハンカチで目元を押さえている者もいる。

二階のドアを開ける音と走る音がする。
「どういうこと!お兄様が帰ってくるなんて!ゲストハウスに泊まるんじゃなかったの?それも客を連れてくるなんて、やっぱり私が一緒に行けば良かった!私が今から向こうに泊まりに……!」

階段の上からフィオナが身を乗り出している。

行儀が悪いし騒がしい。

「フィオナ、静かにしろ。久しぶりだと思うが覚えてるよな?
今日偶然リズと会って……」

途中から階段を走り降りてきて、リズに、抱きついた。

「リズ姉さま!!」

「おいやめろ、リズが折れる」

「大丈夫ですよ。」

「せっかくリズが綺麗にしてるのに乱れるだろう」

「お兄様がリズを褒めた……!?私のこともめったに褒めないのに?」

「お前とリズは違うだろ。お前は褒め言葉を強要してくるから言わないだけだ。リズが綺麗なのは単なる事実だろ」

「残念な兄だと思っていたけど、残念すぎて1周回って攻撃力が意外と高い……!」

「お前がうるさいからリズが困っているだろ」

「違います、フィオナ様のせいではなく……」

赤い顔で震えている。

「久々なのにフィオナがうるさいからだろう。」

「久々じゃないわよ」

「え?」

「すみません、言いそびれたのですが、今日の支度も全部、ここでしていただいて」

リズが申し訳なさそうに言う。
「私が全部選んだのよ!」

フィオナが胸を張った。

「どう?綺麗だったでしょ。夜会でも目立ってた?」

「目立たなくていい」

思いの外、冷たい声が出てしまった。
うちの邸で俺だけがリズが来ることを知らなくて。それは実家に顔を出してない自分のせいだけど。フィオナがリズに親しくしているのにも、少し残念な気がしたし。
リズが夜会で男性に絡まれていたことも思い出したし。

「すまない。
知っていれば始めからエスコートして夜会でも離れなかった。そうすればリズが危ない目に合うことも無かったと思って。すまない。先に休む。リズもゆっくり休めるようにしてやってくれ。

あと、俺の部屋に酒を頼む」

エリオットが二階に消えたあと。

「フィオナ、エリオット様は怒ったのかしら。
私、たくさん迷惑をかけたわ」

「いや、あれは拗ねてるだけよ。リズ姉様、夜会で何があったか聞かせてもらいますからね!

計画ではリズ姉様をゲストハウスに送ったあと、お兄様の馬車の何らかの不具合で、馬を休ませるためにゲストハウスにお兄様も泊まることにしてたけど。
こっちに来てくれたのは好都合よ!!私も協力できるし」

「もう十分幸せで、どうしていいかわからないわ。近くで話せたし、手を握ってくれたし、それから、私のことを綺麗だって。
もう思い残すことはないわ……」

「ダメよ!私は、リズ姉様が本当に義姉さんになるまで諦めないからね!
ねえ、今日は一緒に寝ましょう!昔みたいに!お気に入りの香油を貸してあげる!お腹はすいてない?夜会では食べられないでしょ。」
腕を組んでリズを引いていく。








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