その娘、罪人の刻印をもちながら最強の精霊術師である。

一之森はる

文字の大きさ
9 / 9

7 翠の悪魔

しおりを挟む

 北門を抜け、そのまま道なりに向かえば小さな町へ辿り着く。
 フェイはそこを目指すべく、手綱を再び打ち鳴らし、速度を上げた。

 ローブに潜んでいたエルがひょっこりと顔を出し、綺麗な毛並みを風になびかせながら問いかける。

「馬術に心得があったのか?」
「まあね、元侯爵令嬢ですから。嗜みのひとつよ―――っと」

 応えながら、身体を左に倒す。矢はフェイのローブを掠め、地面へと突き刺さった。

「ふむ、そうだったな。そういえば侯爵令嬢であった。最早、言われても全く信じれぬほど、立派になったな」
「……」

 いまいち褒められているのか分からない。反応を返すこともせず、フェイは無言で手綱を握り締めた。

 道なりに走る馬は、どこまでも速度を上げていく。
 馬上で揺れるフェイは、後方から飛んでくる矢に身を低くして、なんとか避けた。

「……ああもう、しつっこいなあ」

 苛立ち混じりに呟くも、矢が止む訳ではない。
 フェイを追ってきた憲兵は馬を操りながら、それぞれに弓を引き絞り、フェイへと狙いを定めてくる。

「どうするのだ?」
「―――こうするっ!」

 エルの冷静な問いに、フェイは手綱を引いて方向を変える。
 補整されている道から外れ、草原へ繰り出したフェイは、目前に広がる森の入口へ迷いなく馬を走らせた。
 続き憲兵の馬達も、森へと入ってくる。

 乱雑な木々を回避し、フェイは速度を緩めることなく奥へ奥へと入り込んでいった。

 矢はフェイを掠めることなく、次々と立木に突き刺さる。
 素早い動きに翻弄され、憲兵達は苛立ちに顔を歪めた。

 ―――このままでは見失う。

 そう危惧した彼らは、先導するひとりの合図で一斉に隊列を離れる。
 集団ではなく個々となった彼らが、徐々に距離を詰めていく傍らで、補整された山道に出た憲兵がフェイの行く手を先回りし、弓を引いて姿を見せるのを待った。
 だが、険しい道を逸れてから他兵の様子がおかしい。

「うあっ、」
「ぎゃあああ」

 やがて聞こえてきた仲間の悲鳴に、山道を走る憲兵は戦慄した。

 ―――なんだ、何が起きている。

 馬に跨りながら、木々の隙間を目を凝らして睨む。急いで弓を持ち、緊迫に震える指で弦を引く。
 そして、一頭の馬が彼の視界に入り込んだ。―――同時に、引き絞られた弦から矢羽が離れる。

 手ごたえあった。

 確信した彼は馬の方向を変え、射た場所へと向かう。
 再び森の中へ戻った彼は、その目に映るものに驚きを露わにした。

 地面に横たわる、憲兵達。馬は逃げてしまったか、見えぬところで倒れているのか。
 仲間は剣を抜いた形跡もなく、皆がうつ伏せに倒れている。

「だ、大丈夫か……っ」
「う、……」

 馬から降り、仲間の傷を確認する。だが目立って怪我はないようだ。ただ兵はうめき声をあげ、かろうじて残る力で腕を持ち上げる。

「どうした、何があった」
「う、……え、」

 ―――上。

 彼の上げられた腕、更に指を指す意味を理解した彼は、はっと頭上を見上げた。
 今まさに彼を仕留めんと降ってくる、黒いローブの人物が瞳に映る。一瞬にして合わさった眼は、真正たる狩人のそれだ。いや、死神―――いいや、伝承に語り継がれる、悪魔そのもの。ローブから覗く鮮やかな翠を目に留め、彼は最後の言葉を発した。

「―――……翠の、悪魔」

 男の意識は、打撃の痛みと共にぷつり、と途切れた。



「誰が悪魔だ、誰がっ!」

 気を失った憲兵の頭を蹴り、憤慨の意を零す。
 かつてないほどの屈辱の名前に、フェイの腸は煮えくり返った。 

「あながち間違いではない」
「……下敷きにしたこと、まだ怒ってるの」

 フェイから離れ、地面に着地したエルはぷいっとそっぽを向いてしまう。
 どうやらエルの自尊心をいたく傷つけてしまったようだ。早く扱いに慣れてほしいものだが、とフェイは肩をすくめたところで、激痛が身体中に走った。

「もうよい。それよりも、早く止血を」

 促され、フェイは自分の肩口を確認する。
 先程の矢を避けきれず、射られてしまったのだ。突き刺さる矢から血が溢れ、赤黒くローブを染めてしまっている。

「痛みは」
「うん、……まあ、でも毒が塗られてなくてよかった」

 幸いにして、矢尻が出血を少なくしている。今抜いてしまうのは危険だろう。
 ローブで隠せるぐらいの短さに矢竹を手折り、律儀に待っていてくれていた馬をひと撫でして跨ったフェイは、再び手綱を強く打ち鳴らした。

 向かうは皇国のはずれにある、小さな町リエーヌ。
 フェイは馬へしがみつくような体制で、町へと急いだ。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

催眠術師は眠りたい ~洗脳されなかった俺は、クラスメイトを見捨ててまったりします~

山田 武
ファンタジー
テンプレのように異世界にクラスごと召喚された主人公──イム。 与えられた力は面倒臭がりな彼に合った能力──睡眠に関するもの……そして催眠魔法。 そんな力を使いこなし、のらりくらりと異世界を生きていく。 「──誰か、養ってくれない?」 この物語は催眠の力をR18指定……ではなく自身の自堕落ライフのために使う、一人の少年の引き籠もり譚。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

薬師だからってポイ捨てされました!2 ~俺って実は付与も出来るんだよね~

黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト=グリモワール=シルベスタは偉大な師匠(神様)とその脇侍の教えを胸に自領を治める為の経済学を学ぶ為に隣国に留学。逸れを終えて国(自領)に戻ろうとした所、異世界の『勇者召喚』に巻き込まれ、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。 『異世界勇者巻き込まれ召喚』から数年、帰る事違わず、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。 勇者?そんな物ロベルトには関係無い。 魔王が居るようだが、倒されているのかいないのか、解らずとも世界はあいも変わらず巡っている。 とんでもなく普通じゃないお師匠様とその脇侍に薬師の業と、魔術とその他諸々とを仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。 はてさて一体どうなるの? と、言う話のパート2、ここに開幕! 【ご注意】 ・このお話はロベルトの一人称で進行していきますので、セリフよりト書きと言う名のロベルトの呟きと、突っ込みだけで進行します。文字がびっしりなので、スカスカな文字列を期待している方は、回れ右を推奨します。 なるべく読みやすいようには致しますが。 ・この物語には短編の1が存在します。出来れば其方を読んで頂き、作風が大丈夫でしたら此方へ来ていただければ幸いです。 勿論、此方だけでも読むに当たっての不都合は御座いません。 ・所々挿し絵画像が入ります。 大丈夫でしたらそのままお進みください。

スラム街の幼女、魔導書を拾う。

海夏世もみじ
ファンタジー
 スラム街でたくましく生きている六歳の幼女エシラはある日、貴族のゴミ捨て場で一冊の本を拾う。その本は一人たりとも契約できた者はいない伝説の魔導書だったが、彼女はなぜか契約できてしまう。  それからというもの、様々なトラブルに巻き込まれいくうちにみるみる強くなり、スラム街から世界へと羽ばたいて行く。  これは、その魔導書で人々の忘れ物を取り戻してゆき、決して忘れない、忘れられない〝忘れじの魔女〟として生きるための物語。

処理中です...