48 / 96
第1部 仮初めの婚約者
トスカへの罰
しおりを挟む
クレアがトスカに対して怯まなかったのは、短い期間ではあったがアーサーと共に時間を過ごしたことでクレアの心に余裕が生まれたためだと思われる。
だが、同時にとても聞き捨てならないことを言い捨てられたためでもあった。
「切り裂かれた? どうしてそのことをご存知なのでしょうか」
「何であんたが言い返すのよ! 人質のくせに弁えなさい!」
アーサーがスッとクレアの前に出た。
「彼女は私の大切な婚約者だ。侮辱するのはたとえ妹でも許さない」
大切な、という言葉が際立って聞こえた。
そもそも、仮初めの婚約者のクレアに対して、何故そのような言葉を掛けてくれるのだろうか。
「どういうことだ」
いつの間にか、皇帝がクレアたちの周囲に近寄っていた。
皇帝は無表情であり、その蒼瞳からはどこまでも冷たさを含んでいるように感じられる。
「お父様……‼︎」
「トスカ、説明しなさい。お前は何をしたのだ」
「わたくしは……何も……」
「正確に説明をすることができなければ、どうなるかわかっておるな……」
トスカはヒッと大声を上げる。
「……わたくしが……侍女を使ってクレアの衣装を引き裂かせ……ました」
途端に周囲が騒めき立った。
「そうか。衣装は確実に裂いたのだな」
「…………はい」
瞬間、クレアは青ざめた。
クレアが今身につけているのは確実に引き裂かれたはずの衣装であって、それはあの不思議な力によって修復したから現在身につけることができているのだ。
あの力のことを皇帝に知られたら、クレアは一体どうなってしまうのだろう。
「そうか。……お前は実に愚かな行いをしたのだ。皇太子の婚約者の持ち物を傷つけるということは、即ち未来の皇后、ひいては皇帝をも傷つけたことと同義。お前が皇女であってもその咎からは逃れられない」
そう言って皇帝が右手を軽く上げると、すぐさま周囲の三名の近衛騎士がトスカの周囲を取り囲み、抵抗する彼女を何の躊躇もなく連れて行ってしまった。
近衛騎士が腰に下げている剣が、より恐ろしさを引き立てているように感じる。
瞬間、クレアは背筋が凍りついた。
(実の娘に対して、何の躊躇いもなくこんなことができるなんて……。皇帝陛下は私が思っていたよりもずっと冷酷な方なのかもしれないわ……)
そう思うと、身体が恐ろしさから小刻みに震えてくる。
いくら止めようとしても、震えが心の奥から湧き出てくるようだった。
「大丈夫だ」
冷え切った身体に温もりが溶け込んだ。
咄嗟に確認をすると、アーサーがクレアの右手を力強く握りしめていた。
「皇太子殿下……」
「君には俺が付いている」
そう短くクレアの耳元で囁くと、アーサーは前方を見据えた。
アーサーのその言葉が、心遣いが嬉しかった。
「して、そなただが」
皇帝はクレアの方に視線を移した。
「……はい」
何とか声を絞り出したが、皇帝は自分に何と声を掛けるのだろうか。想像しただけで恐ろしさが込み上げてきたが、右手の温もりが勇気をくれた。
無表情だった皇帝の表情が少し緩んだ。
「大事はないか? 何か物入りであったら何なりと侍女に申し伝えるとよい」
思ってもみなかった皇帝からの気遣いに、力が抜け落ちるようだった。
「……はい。皇帝陛下におかれましては、細やかなお心遣いに感謝いたします」
そう言って深く辞儀をすると、アーサーも同じように辞儀をした。
「うむ。今日はこれで仕舞いにしようと思うが、よいか」
二人は顔を見合わせ小さく頷き合った。
「はい、構いません」
「それでは二宮へと戻り身体を休めるように」
「はい」
そうして去っていく皇帝を見送った後、二人も侍従や近衛騎士と共に第二宮へと戻ったのだった。
その後、トスカには厳しい処分が下され、当分の間、罪を犯した皇族が入れられる塔に幽閉されることになったらしい。
クレアは胸がチクリと痛んだが、衣装を切り裂くというトスカのしでかしたことは彼女が心からの謝罪を受けない限り、きっと許すことはできないと思った。
(それにしても、何故皇女様は自らの罪を告白したのかしら……)
そうは思ったが、あの時のトスカは余程クレアが切り裂いたはずの衣装を身につけていたことがショックだったのだろうと思い、納得しようとした。
そうして、婚約式は終了したのだった。
だが、同時にとても聞き捨てならないことを言い捨てられたためでもあった。
「切り裂かれた? どうしてそのことをご存知なのでしょうか」
「何であんたが言い返すのよ! 人質のくせに弁えなさい!」
アーサーがスッとクレアの前に出た。
「彼女は私の大切な婚約者だ。侮辱するのはたとえ妹でも許さない」
大切な、という言葉が際立って聞こえた。
そもそも、仮初めの婚約者のクレアに対して、何故そのような言葉を掛けてくれるのだろうか。
「どういうことだ」
いつの間にか、皇帝がクレアたちの周囲に近寄っていた。
皇帝は無表情であり、その蒼瞳からはどこまでも冷たさを含んでいるように感じられる。
「お父様……‼︎」
「トスカ、説明しなさい。お前は何をしたのだ」
「わたくしは……何も……」
「正確に説明をすることができなければ、どうなるかわかっておるな……」
トスカはヒッと大声を上げる。
「……わたくしが……侍女を使ってクレアの衣装を引き裂かせ……ました」
途端に周囲が騒めき立った。
「そうか。衣装は確実に裂いたのだな」
「…………はい」
瞬間、クレアは青ざめた。
クレアが今身につけているのは確実に引き裂かれたはずの衣装であって、それはあの不思議な力によって修復したから現在身につけることができているのだ。
あの力のことを皇帝に知られたら、クレアは一体どうなってしまうのだろう。
「そうか。……お前は実に愚かな行いをしたのだ。皇太子の婚約者の持ち物を傷つけるということは、即ち未来の皇后、ひいては皇帝をも傷つけたことと同義。お前が皇女であってもその咎からは逃れられない」
そう言って皇帝が右手を軽く上げると、すぐさま周囲の三名の近衛騎士がトスカの周囲を取り囲み、抵抗する彼女を何の躊躇もなく連れて行ってしまった。
近衛騎士が腰に下げている剣が、より恐ろしさを引き立てているように感じる。
瞬間、クレアは背筋が凍りついた。
(実の娘に対して、何の躊躇いもなくこんなことができるなんて……。皇帝陛下は私が思っていたよりもずっと冷酷な方なのかもしれないわ……)
そう思うと、身体が恐ろしさから小刻みに震えてくる。
いくら止めようとしても、震えが心の奥から湧き出てくるようだった。
「大丈夫だ」
冷え切った身体に温もりが溶け込んだ。
咄嗟に確認をすると、アーサーがクレアの右手を力強く握りしめていた。
「皇太子殿下……」
「君には俺が付いている」
そう短くクレアの耳元で囁くと、アーサーは前方を見据えた。
アーサーのその言葉が、心遣いが嬉しかった。
「して、そなただが」
皇帝はクレアの方に視線を移した。
「……はい」
何とか声を絞り出したが、皇帝は自分に何と声を掛けるのだろうか。想像しただけで恐ろしさが込み上げてきたが、右手の温もりが勇気をくれた。
無表情だった皇帝の表情が少し緩んだ。
「大事はないか? 何か物入りであったら何なりと侍女に申し伝えるとよい」
思ってもみなかった皇帝からの気遣いに、力が抜け落ちるようだった。
「……はい。皇帝陛下におかれましては、細やかなお心遣いに感謝いたします」
そう言って深く辞儀をすると、アーサーも同じように辞儀をした。
「うむ。今日はこれで仕舞いにしようと思うが、よいか」
二人は顔を見合わせ小さく頷き合った。
「はい、構いません」
「それでは二宮へと戻り身体を休めるように」
「はい」
そうして去っていく皇帝を見送った後、二人も侍従や近衛騎士と共に第二宮へと戻ったのだった。
その後、トスカには厳しい処分が下され、当分の間、罪を犯した皇族が入れられる塔に幽閉されることになったらしい。
クレアは胸がチクリと痛んだが、衣装を切り裂くというトスカのしでかしたことは彼女が心からの謝罪を受けない限り、きっと許すことはできないと思った。
(それにしても、何故皇女様は自らの罪を告白したのかしら……)
そうは思ったが、あの時のトスカは余程クレアが切り裂いたはずの衣装を身につけていたことがショックだったのだろうと思い、納得しようとした。
そうして、婚約式は終了したのだった。
23
あなたにおすすめの小説
婚約者の命令により魔法で醜くなっていた私は、婚約破棄を言い渡されたので魔法を解きました
天宮有
恋愛
「貴様のような醜い者とは婚約を破棄する!」
婚約者バハムスにそんなことを言われて、侯爵令嬢の私ルーミエは唖然としていた。
婚約が決まった際に、バハムスは「お前の見た目は弱々しい。なんとかしろ」と私に言っていた。
私は独自に作成した魔法により太ることで解決したのに、その後バハムスは婚約破棄を言い渡してくる。
もう太る魔法を使い続ける必要はないと考えた私は――魔法を解くことにしていた。
【完結】聖女の私は利用されていた ~妹のために悪役令嬢を演じていたが、利用されていたので家を出て幸せになる~
ゆうき
恋愛
十七歳の誕生日を迎えた男爵令嬢のリーゼは、社交界では有名な悪役令嬢で、聖女と呼ばれる不思議な力を持っていた。
リーゼは社交界に出席すると、いつも暴言を吐き、粗暴な振る舞いを取る。そのせいで、貴族達からは敬遠されていた。
しかし、リーゼの振る舞いは全て演技であった。その目的は、か弱い妹を守るためだった。周りの意識を自分に向けることで、妹を守ろうとしていた。
そんなリーゼには婚約者がいたが、リーゼの振る舞いに嫌気がさしてしまい、婚約破棄をつきつけられてしまう。
表向きでは強がり、婚約破棄を了承したが、ショックを隠せないリーゼの元に、隣国の侯爵家の当主、アルベールが声をかけてきた。
社交界で唯一リーゼに優しくしてくれて、いつも半ば愛の告白のような言葉でリーゼを褒めるアルベールは、リーゼに誕生日プレゼントを渡し、その日もリーゼを褒め続ける。
終始褒めてくるアルベールにタジタジになりつつも、リーゼは父に婚約破棄の件を謝罪しようと思い、父の私室に向かうと、そこで衝撃の事実を聞いてしまう。
なんと、妹の性格は大人しいとは真逆のあくどい性格で、父や婚約者と結託して、リーゼを利用していたのだ。
まんまと利用され、自分は愛されていないことを知ったリーゼは、深い悲しみに暮れながら自室に戻り、長年仕えてくれている侍女に泣きながら説明をすると、とあることを提案された。
それは、こんな家なんて出て行こうというものだった。
出て行くと言っても、リーゼを助けてくれる人なんていない。そう考えていた時、アルベールのことを思い出したリーゼは、侍女と共にアルベールの元へ訪ねる。
そこで言われた言葉とは……自分と婚約をし、ここに住めばいいという提案だった。
これは悪役令嬢を演じていたリーゼが、アルベールと共に自分の特別な力を使って問題を解決しながら、幸せになっていく物語。
☆全34話、約十万文字の作品です。完結まで既に執筆、予約投稿済みです☆
☆小説家になろう様にも投稿しております☆
☆女性ホットランキングで一位、24hポイントで四位をいただきました!応援してくれた皆様、ありがとうございます!☆
完結 王子は貞操観念の無い妹君を溺愛してます
音爽(ネソウ)
恋愛
妹至上主義のシスコン王子、周囲に諌言されるが耳をを貸さない。
調子に乗る王女は王子に婚約者リリジュアについて大嘘を吹き込む。ほんの悪戯のつもりが王子は信じ込み婚約を破棄すると宣言する。
裏切ったおぼえがないと令嬢は反論した。しかし、その嘘を真実にしようと言い出す者が現れて「私と婚約してバカ王子を捨てないか?」
なんとその人物は隣国のフリードベル・インパジオ王太子だった。毒親にも見放されていたリリジュアはその提案に喜ぶ。だが王太子は我儘王女の想い人だった為に王女は激怒する。
後悔した王女は再び兄の婚約者へ戻すために画策するが肝心の兄テスタシモンが受け入れない。
【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください
ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。
義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。
外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。
彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。
「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」
――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。
⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎
追放された聖女は隣国で幸せをみつける
ゆるり
恋愛
聖女としての辛い務めをこなすユリアは、突如として婚約者から偽聖女と糾弾され婚約を破棄される。加えて神殿からも追放されることになった。辛い務めから解放されたことで、ユリアは自分が幸せに暮らせる新天地を求めて隣国に渡ることにした。そしてその隣国の地で優しい人たちや愛しい人に出会い自分の幸せを見つけていく。
【完結】亡くなった婚約者の弟と婚約させられたけど⋯⋯【正しい婚約破棄計画】
との
恋愛
「彼が亡くなった?」
突然の悲報に青褪めたライラは婚約者の葬儀の直後、彼の弟と婚約させられてしまった。
「あり得ないわ⋯⋯あんな粗野で自分勝手な奴と婚約だなんて!
家の為だからと言われても、優しかった婚約者の面影が消えないうちに決めるなんて耐えられない」
次々に変わる恋人を腕に抱いて暴言を吐く新婚約者に苛立ちが募っていく。
家と会社の不正、生徒会での横領事件。
「わたくしは⋯⋯完全なる婚約破棄を準備致します!」
『彼』がいるから、そして『彼』がいたから⋯⋯ずっと前を向いていられる。
人が亡くなるシーンの描写がちょっとあります。グロくはないと思います⋯⋯。
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
完結迄予約投稿済。
R15は念の為・・
義妹がやらかして申し訳ありません!
荒瀬ヤヒロ
恋愛
公爵令息エリオットはある日、男爵家の義姉妹の会話を耳にする。
何かを企んでいるらしい義妹。義妹をたしなめる義姉。
何をやらかすつもりか知らないが、泳がせてみて楽しもうと考えるが、男爵家の義妹は誰も予想できなかった行動に出て―――
義妹の脅迫!義姉の土下座!そして冴え渡るタックル!
果たしてエリオットは王太子とその婚約者、そして義妹を諫めようとする男爵令嬢を守ることができるのか?
彼女を選んだのはあなたです
風見ゆうみ
恋愛
聖女の証が現れた伯爵令嬢のリリアナは聖女の行動を管理する教会本部に足を運び、そこでリリアナ以外の聖女2人と聖騎士達と出会う。
公爵令息であり聖騎士でもあるフェナンと強制的に婚約させられたり、新しい学園生活に戸惑いながらも、新しい生活に慣れてきた頃、フェナンが既婚者である他の聖女と関係を持っている場面を見てしまう。
「火遊びだ」と謝ってきたフェナンだったが、最終的に開き直った彼に婚約破棄を言い渡されたその日から、リリアナの聖女の力が一気に高まっていく。
伝承のせいで不吉の聖女だと呼ばれる様になったリリアナは、今まで優しかった周りの人間から嫌がらせを受ける様になるのだが、それと共に他の聖女や聖騎士の力が弱まっていき…。
※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。
※中世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物などは現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっていますのでご了承下さい。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる