モブ系悪役令嬢は人助けに忙しい(完結)

優摘

文字の大きさ
281 / 284
最終章 悪役令嬢は・・・

29

しおりを挟む
船の中で私達はトラヴィスの船室に集まった。

私達の前には椅子に腰かけたマリオット先生がいる。私はまるで今から彼の授業が始まるかのような錯覚を覚えた。

魔力封じの腕輪をつけられ両手を鎖で縛られた先生は、不思議と穏やかな表情で、今までの凶行を彼が行ったとは思えない程だった。

「先生、話して頂けますか?貴方がどうしてこのような事をしたのかを」

トラヴィスが聞いた。

先生はいつもの優しげな笑顔を浮かべた。

「このような事とはセルナク国に戦争を起こさせようとし事かな?それとも闇の組織の者達を抹殺した事?いや、違うな・・・分かった!君を暗殺しようとした事だね?」

「・・・先生・・・」

眉を寄せたトラヴィスにマリオット先生が苦笑した。

「ごめんよ、そんな顔をしないでくれたまえ」

先生は肩の力を抜く様に、少し溜息をついた。

「軽口でも叩かないと、気持ちを抑えていられないんだ。僕の心にはまだ、じりじりと焦げ付いた思いが残っているからね・・・」

そう言って、先生は扉の横で壁にもたれて立っているイーサンを見た。その視線にほんの一瞬、ゆらりと憎悪の炎が立ち昇る。

だけどトラヴィスに目を戻した先生の瞳は、いつもの穏やかなものに戻っていた。

「なんでも話すよ。この戦いは僕の負けだからね。さて・・・長い話になるけど良いかな・・・?」

マリオット先生はまるで物語を読むように話し始めた。

「ある所にね、リーツという少年がいたんだ。彼の家は貧しくてね、両親はいつも喧嘩ばかりしていた。ある日、リーツ少年には平民には珍しく、強い魔力がある事が分かったんだ。しかもそれは闇の魔力だった。驚いた両親はどうしたと思う?」

先生は皆の顔を見回した。

「なんと大喜びで彼を売ったんだよ。闇の組織にね」

たんたんと、よどみなく先生の話は続く。

「闇の組織には彼の様に売られたり、捨てられてきた子供が何人かいた。みんな暗い目をしていたよ。そりゃそうだよね?自分達は親や兄弟達に厭われた為に、そこに集まっていたのだから。・・・それでもね、年の近い子供達が集まると、やっぱり仲良くはなるよね。同じ境遇で、同じ辛さを背負った仲間だからさ。リーツには友達が出来た。犯罪に手を貸すのは嫌だったけど、ここの暮らしも悪くないと思う様になった。そして今度はなんと恋人まで出来た。リーツは少し生きるのが楽しくなった・・・」

そう言って、先生は私の方に目を向けた。

「アリアナ君。リーツ達が闇の組織に集められた理由は分かる?」

突然そう質問されて、私はビクッと体を震わせた。先生はにこにこしながら私が答えるのを待ってる。

(ほんとの授業みたいに・・・)

だけどその問いに答えられても、私は全然嬉しくはない。少し早口になりながら私は答えた。

「理由の一つは闇の組織の人員として育てる為だと思います。闇の魔力を持つ人材や、精神魔術を使える者を組織は欲していたでしょうから」

「そうだね。その通りだ!闇の組織はそうやって、昔から歴史の中を生き残ってきた。では、もう一つの理由は?」

(先生、サドだな・・・)

私はため息をついて、先生の問いに再び答えた。

「・・・ライナス・アークとエンリル・ヴェリティの精神の器とする為・・・でしょうか」

「正解!さすがアリアナ君だ」

先生はにっこり笑った。

「リーツ達は彼らの容れ物候補だったんだよ。君達は知らないだろうから教えてあげよう。精神の容れ物となる身体は、なるべく強い魔力や魔術を使える者の方が良いんだ。その方が蘇った二人が魔術を使いやすいんだよ」

そこまで説明して、先生の声のトーンがいきなり下がった。

「13歳の時、僕はライナス・アークの容れ物に選ばれた」

(えっ!?)

皆も驚きに目を見開いている。さっきまで普通だった先生の顔に、自嘲する様な皮肉な笑みが浮かぶ。

「僕は仲間の中では一番魔力が強かったし、精神魔術も使えた。器として適していると判断されたんだ。・・・嫌だったけど、仕方ないと思ったよ。どうせ親にも見捨てられた命だ。仲間達や恋人と別れるのは辛かったけど、彼らが選ばれるよりましだと思った・・・なのに・・・」

マリオット先生は暗い炎が燃えるような目で、イーサンを睨んだ。

「僕に光の魔力がある事が分かって、役を外される事になったんだ。くっくっくっ・・・皮肉だろ?闇の組織に光の魔力の持ち主がいるなんて。組織の上の奴らは、僕には他に使い道があるって考えた。そして、代わりに僕の友達・・・親友のイーサン・ベルフォートがライナスの器に選ばれたんだ!」

私達の視線がイーサンに集まった。彼は黙ったまま無表情にマリオット先生を見ている。

「え・・・でも、年齢が・・・。イーサンは私達と同じくくらいにしか見えないし・・・」

そこまで言って私は気づいた。イーサンに初めて会ってから2年。私達は成長しているのに、彼は会った時の姿のままだ。

私の疑問に答える様に、イーサンが口を開いた。

「器になった者は成長しない。その身体は年齢と共に朽ちて行くだけだ・・・」

ゾクリとした。やっぱりこの魔術は禁術だと思った。

するとトラヴィスが訝しそうに声を上げた。

「ではアリアナは?今いる彼女は異世界から呼び寄せられた精神だ。だけどアリアナの身体は成長している」

(うん・・・成長したのは去年の夏からだけどね)

私とアリアナが意識の世界で会った時からだ。

「彼女は二人でヘンルーカだったからだろう」

イーサンは俯きながらそう言った。

「・・・最初に見た時に気付くべきだった。ヘンルーカの精神を引き裂いたのは俺だ。俺の魔術を逃れた精神は輪廻の輪に入った。そして残った欠片は像に封印されたのち、アリアナとして転生した。元は同じヘンルーカの精神だ。それに少しずつ溶け合っている・・・」

するとイーサンの言葉に被せる様に、マリオット先生が突然大きな声を上げた。

「ああそうだ!僕はそのヘンルーカにも恨みがあってね」

今度はぎらぎらとした目で私を見た。

「ライナスよ、2年前にエンリルがお前の為に用意した、ヘンルーカの器を覚えているか!?お前たちはヘンルーカを蘇らせる魔術を行っただろう?」

先生の目は私を見つめたままだ。

(2年前?だったらもう、ヘンルーカの欠片はアリアナに転生していたはず)

イーサンは珍しく顔をしかめて、苦し気に答えた。

「・・・エンリルは魔術が失敗するのを分かっていた。なのに、俺にヘンルーカを諦めさせるかのように、何度も器を用意してきたんだ。本人の精神が追い出された抜け殻の身体を・・・。2年前もそうだった・・・」

(げ!マジか!?)

マリオット先生が椅子から立ち上がった。

「そうだ!その身体は僕の恋人のものだった!」

先生がそう叫んだ。その声は苦痛と悔恨と憎しみが混ざり合いながら、船室の中に悲しく響いた。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...