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第四章 決断
決断(7)
しおりを挟む自己申告があった通り、一番クレーンゲームが上手かったのは義人だった。
ぬいぐるみだけではなく、お菓子やアクセサリーなどが取れるゲームもあり、二時間ほどで四人は紙袋いっぱいの戦利品をゲットした。
残念ながら一つも賞品を取れなかった千早には、義人が某有名な茶色いクマのぬいぐるみを取ってくれた。
同年代に比べ背も高く大人びた千早が、気の抜けた顔をしたぬいぐるみを抱いている姿は、年なりで妙にかわいい。
「ね、明。このぬいぐるみ、すごくかわいくない?」
「……ああ」
うれしそうな千早に、明はそっけない返事をしてそっぽを向いてしまう。明のつれない態度に、千早は笑顔が消えてしまった。
さっそく何か物申そうとした輝のそでを引っぱり止めて、義人はにっこり営業スマイルで提案する。
「ちょっと疲れましたね。カフェで一息つきましょうか。俺、いい店知ってるんですよ」
義人が案内したのは、アンティーク風の内装がお洒落なカフェだった。
ショッピングモールには珍しく個人経営の店舗のようで、客の年齢層も比較的高めだ。
いわゆる純喫茶と呼ばれるそのカフェで、義人は千早にクリームソーダを注文してあげる。男三人はコーヒーを注文した。
届いたクリームソーダに、千早の表情が明るくなる。くっきりとした緑色の透明なソーダに、白いバニラアイスと赤いチェリーがあざやかだ。
笑顔の戻った千早は、義人にお礼を言ってクリームソーダに手を付ける。
その様子を明は、いわゆるしかめっ面で見ていた。そして正面きって見つめている訳ではない。あさっての方を見ながらチラ見である。
なんともバランスの悪い二人の様子を、輝は無表情でながめていた。そして口を開く。
「こんな時に申し訳ないけど。ふたりに話があるんだ」
口調があらたまった輝は義人に目くばせをする。
申し合わせていたのだろう、義人はショルダーバッグから白い正絹に包まれた細長い包みを取り出し、輝に渡す。
受け取った輝は、自分を見つめるふたりに布を解いてみせた。
千早の表情が固くなったのは、現れた華やかな懐剣の正体を感づいたからだ。
けれど輝は千早の方には向かず、金地に桜の蒔絵が美しい懐剣を、明へと差し出す。
「これをお前に託したいんだ」
手を出さない明の前に懐剣を置いて、輝はこわばった表情の千早へと向き直る。
「こんな時に言い出してごめん。千早ちゃん、君との婚約を解消させてほしい」
炭酸がやわらかな音を立てるクリームソーダをはさんで、輝はほほえみかける。
その笑顔は、せつなさと悲しさを飲み込んで無理矢理笑っていた。まるで楽しそうではない、造った笑顔だった。
「決して君に非がある訳じゃない。俺なりに君の幸せを願った結果だよ。明日、生き残れるか分からないから、その前にはっきりさせておきたかったんだ」
おだやかな口調で語り優しく千早を見つめ、輝はなおほほえんだ。
「本当に、君のことが好きだった。何も分からず一緒に遊んでいた頃からずっと好きだった。信じてもらえないかもしれないけど」
「輝君……」
言葉を失う千早から、今度は隣の席の明へと向き直り、輝は伝える。真剣に、嘘偽りなく。
「俺はずっとお前のことを誤解していたよ。俺への当てつけに千早ちゃんを弄んだんだと思っていた。
でも、お前本当に千早ちゃんに惚れてるんだな。それが確信できたから、これをお前に託したいと思ったんだ」
「おい輝、これは……」
自分の前に置かれた美しい懐剣に触れることなく、明はとまどった声を上げる。
懐剣は、神刀と対になる刀だった。
神刀の使い手が妻をめとる際、その花嫁へと贈られるもので、神刀が代々受け継がれるものであるのに対し、懐剣は結婚の都度作成される。
神刀の使い手にとって、懐剣はいわば結婚指輪の様なものだった。この懐剣は、六年前に千早が輝の許嫁に決まった際に作られたものだ。
「俺のお下がりっていう訳じゃない。千早ちゃんのために先代宗主が作らせたものだ。だから誰が所有するかというより、誰が千早ちゃんに渡すかが重要な品物だと思う」
「でも、お前、これは……」
戸惑う明に、輝は淡々と語る。あくまで表情はおだやかだった。
「これはけっして策略でも取引でもない。千早ちゃんが一番幸せになる道を考えた結果だ。俺は父親から、そう言われていたんだ」
父との最後の共闘となった年の瀬の防衛戦。巌の様に厳しい父が、めずらしくやわらかい顔で輝に説いた。
『千早の事を本当に大切に思っているなら、よくよく考えて、千早が一番幸せになる道を選んであげなさい。一時は痛みがあったとしても、最後には必ずその判断がお前の幸せにもつながるからな』
次々と起こる異常事態の中で、さまざまな真実が表ざたになった。
それは各人、隠しつくろう余裕がなくなったからこそ現れてきた真実で。
そのひとつひとつに向き合い、輝は考えてきた。何が千早の幸せにつながるかを。
そしてたどり着いた答えを今、示しているのだ。
とがめるような、とまどうような、迷うような、入り乱れた複雑な顔をする明に、輝はしずかに伝える。
「もちろんお前のことも含めて考えた結果だ。できるだけフラットな目線で考えたが、どんな理由があっても、女子供を含めて百人単位の人間を殺してその後幸せになれるとは思えない」
「……お前に何が分かるんだよ」
「お前の気持ちはもちろん全部分からないよ。でも、自分の中の正義を貫いても、実際手を汚したことでその後の人生を棒に振るほど苦しむ人間もいる。そんなお前を千早ちゃんが見れば彼女も苦しい。
それはきっと『幸せ』じゃない。もちろんお前もな」
輝の父も、祖父も、一族のため家族のためにと、御乙神織哉とその家族を手に掛け、その後悩み苦しんでいた。
結局人間の心は、そんなに強くはできていないのだ。仕事のためだと非道を行い、それでも平気な人間は、心がすでに人間ではないのだ。
「俺が言うことではないんだが、復讐の仕方は、他にも何かあるんじゃないのか?命まで奪ってしまえば、必ず禍根が残る。その最たるものが魔物の存在じゃないか。
父が織哉さんを追いつめ過ぎなければ、きっとあの人は魔物に堕ちることはなかったと思う。だから父はあれほど後悔して、苦難を承知でお前を生かすことを選んだ。
腹をくくれば、何か方法は出てくるものなんだと思う。俺は父親の生き様を見て、そう思ったよ」
飴色の家具に囲まれた、かすんだように明かりの弱い店内で会話は交わされていく。
時代の流れから切り取られた景色の中に、十八歳には重すぎる言葉をつづる輝の姿は、現実のものとは思えないほどよく似合っていた。
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