闇に堕つとも君を愛す

咲屋安希

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第五章  真実

真実(2)

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「……あやまったって返ってこないんだよ命ってのは。謝罪くらいでは返ってこないモノを、お前らは俺たち家族からうばったんだよ」

 かけがえのない存在を奪われ、その上幽閉ゆうへいされて育ったあきらの幼少期を思うと、千早ちはやは刺されたように胸が痛んだ。

 幼い明の苦しみを思い、そして目の前で土下座までして謝罪する皆の気持ちを思い、とてもジャッジが付けられない二つの立場の苦しさを思い、千早は明の腕に手を伸ばした。

 優しくかけられた千早の手に、明は反対側の手を重ねる。きゅっと細い手をにぎった。

「……俺の母親を、きちんとほうむって欲しい。墓に向かって謝ってくれ。そしてできれば、宗家の嫁としてあつかって欲しい。父はあんな風になってしまったが、それでも生前は神刀しんとうの使い手で、母をただ一人の妻としていた。母を、父の正妻として認めてくれ」

 両親は正式には入籍していなかった。今になって事情を考えれば、たしかに入籍などできる状況ではなかっただろう。

 けれどそれでは母があまりにかわいそうだった。今はこの世になくとも、せめて一人の男に誠実に選ばれた痕跡こんせきを残してあげたかった。

 条件を出したからと、明が全てを水に流すとは言っていない。それでも初めて口に出た要望に、ひかるは地面から顔を上げた。

「分かった。必ず対処する。―――この戦いに生き残れたら、必ず」

 まっすぐに見上げてきた輝に、明が静かに返す。

「お前まだ死ねないだろう。やり残したことがある」

 真剣なやり取りの途中、ふと柔らかくなった明の口調に、輝がけげんな顔をする。

「お前言ってただろう、死ぬ前にクレープ食べてみたいって。昨日結局食えなかったじゃないか。しっかり生き残って食いに行けよ」

 一族総出そうでの土下座中に、ジャンクなデザートへの執着を暴露ばくろされ、輝の耳が静かに赤く染まっていく。

 集団の後ろの方で、小さく吹き出すのが聞こえた。若手の術者が、宗主のかわいらしい一面に吹き出してしまったようだ。

 若手の無礼におどろき身を起こす中年の術師たちと、忍び笑いが広がっていく若手の術師たちと。

 妙になごんでしまった後方をふり返れず、輝はうっすら赤くなった顔で明をにらんだ。

「……覚えとけよ、お前」

「カッコつけんな。キャラを作り過ぎると後で困るぞ」

「ああもう、何やってるのよ明は……」

 土下座から顔を上げて、三奈みなは頭を抱えたい気分でこぼす。

「あんなにがんばって育てたのに、こんな空気読めない子に育っちゃうなんて……!」

 自分の子育てを嘆く三奈の横で、体を起こした義人よしとが笑う。

「いい子に育ってますよ。強くて優しくてついでに超絶イケメンで。三奈さんイイ子育てしましたよ」

「後で輝と大ゲンカよ絶対……」

「いいじゃないですか。『後』の予定が入ったから、輝様も絶対生き残ろうと思えますよ」

 立ち上がって自分より頭一つ高い従兄弟をにらみ付けている輝と、それを涼しい顔で受け流している明と、そんな二人の仲裁に入る千早と。

(俺、あの子たちのサポートができて本当に良かった) 

 ごく普通の十代に見える三人をながめ、数時間後の自分の生死は分からないのに、義人は落ち着いた、あたたかい気持ちになっていた。



 魔法陣の中央には、型の古いスニーカーや使い込まれた道着どうぎ、止まった腕時計が置かれていた。これらは宗家屋敷に残されていた、御乙神みこがみ織哉おりやの持ち物だ。

 召喚術しょうかんじゅつの中心となるのは、御乙神分家・折小野おりこの家の当主だ。三奈の父親である。

 その他、共に召喚術をになう六人の術者の中に、義人の姉である片野坂かたのさか家の新当主の姿もある。

 義人の護身用のショットガンは彼女が作ったものだ。

 呪術が扱えない弟が宗家の裏方加勢に行くと言い出し、心配した彼女は弾丸や銃身に呪術的な細工をほどこし、わずかながら霊能の力が発揮できるよう改造したのだ。


 千早は、数人の術師と共に魔物をばくする役目をまかされていた。呼び寄せた魔物を縛し、全員で総力を挙げて倒す作戦だった。

 元々魔法陣自体にも空間を区切る力はあるし、魔法陣の外部にも召喚対象の動きを封じる結界が張られているが、あれほどの魔物相手では足止め程度にしかならないだろう。

 皆は千早の加勢を百人力ひゃくにんりきと喜んでくれたが、期待されるほどの働きがになえるか、正直あまり自信はなかった。


 空に満月が昇り始めた頃、召喚術が始まる。

 暮れた景色に薄青い月光が降る中、七人の術者たちは手順通り魔法陣へ霊能的な接触を開始する。

 魔法陣の中心に置かれた品物に宿る波長を増幅ぞうふくし、空間を超え結び付けていく。それと同時に、魔法陣内に流れ出てくる冷たい気配を、術者たちは敏感に感知する。

 おぼえのある冷気に、輝は右手に下げた神刀・天輪を強くにぎり直す。

 御乙神織哉を仕留めることについて、明は何も言及げんきゅうしなかった。

 きっと明自身も分からないのだろう。恨む相手とはいえ虐殺を続ける父を見かねたのも本心だろう。明は未だに、父親への対処の方法に迷っている気がした。

 
 輝はここ数日先視さきみで一族の未来を視ていない。父の遺言通り、自分の力で未来を手繰たぐり寄せようと考えたのだ。

 本来未来とは、今現在の積み重ねの結果であるはずだ。望む未来に向けての正しい現実を積み重ねていけば、欲しい未来にたどり着くはずなのだ。

 御乙神一族は、先視さきみというイレギュラーな方法を持っていたばかりに、現実を積み重ねるという当たり前の努力を置き忘れてしまった気がした。

 きっとそこを『滅亡の魔物』とやらに付け込まれたのだと、輝は思っている。

 便利な方法を持っていても、基本を忘れてはいけない―――考え抜いた末、輝は子供に言い聞かせるような正論にたどりついたのだ。


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