闇に堕つとも君を愛す

咲屋安希

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第五章  真実

真実(5)

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 神刀しんとうの力をまとったあきらひかるは、人を超えた動きで魔物・乙神織みこがみ織哉おりやへと斬りかかる。

 しかし二人がかりであっても決定打を入れられず、追い込むことができない。


 凍るような魔の風が吹き荒れる中、切り裂くように雷光が走る。

 青い陽炎かげろうをまとった明が石を蹴り魔物の間合まあいいに踏み込むが、世界の創成の力とつながる神刀・星覇せいはは、黒く染まった元・神刀の建速たけはやにはじき返される。

(動きが速すぎるっ……!)

 一刀一刀のパワーと手数てかずが圧倒的すぎた。速くて重く、強い。

 風とつながる建速たけはやは、今はおそらく地獄と呼ばれる次元とつながっているのだろう、怖気おぞけのする魔風を巻き上げ、明と輝にダメージを与えてくる。


 広い池の水面みなもからわずかに出た石を飛びながら移動していた輝が、不意に強まった風にあおられ体勢を崩す。

 小島で明と切り結んでいたはずの魔物が、体勢を崩した輝の元に現れる。

 かたむいた身体から腕だけで防御しようとするが、かざした天輪てんりんの脇をぬって黒い刀身を入れてくる。
 

 気付いた明が星覇を振るうが間に合わない。

 輝は目前に迫った黒い刀身を認識したが、甲高い音と火花が炸裂さくれつし、建速の軌道はわずかにれた。

 左肩を何かが触っていく。一瞬後に火が付いたように痛みが走った。それでも長年の戦闘経験から体勢を立て直しすぐさまその場から飛びすさる。

「輝!」

 小島に避難した輝に明もかけよる。首に入るはずだった敵の一刀はかろうじてそれて、輝の左肩をかすっていた。

 燃えるような痛みに顔をしかめながら、それでも敵から目を離さない。

「利き手は無事だ。まだ戦える」

 黒衣の魔物は、池端の方を見ていた。その視線の先には、ショットガンを構えたままの義人よしとの姿があった。

 竜巻に飛ばされようやくこの場に駆けつけた義人が、輝の危機を目撃して、一か八かの賭けでショットガンを打った。そして運良く建速の刀身に弾が当たり、軌道が逸れたのだ。

 黒衣の魔物ににらまれた義人は、その場でへたり込んでしまう。正に、ヘビににらまれたカエルそのものだった。

 義人の周囲にいた者たちも、水面からにらみつけてくる魔物のあまりの殺気にじりじりと後ろすさってしまう。


 義人に切り殺す様な眼を向ける魔物に、明が怒鳴った。

「いくら恨む相手でも戦えない者まで殺すなんてやりすぎだろう!本当に母さんがこんな事を望んでいると思っているのか!
 子供も戦えない者も皆殺しにして母さんが本当に喜ぶと思っているのかよ!いい加減にしろ!」
 
 恐怖のあまり動けずにいる義人から目線を外し、魔物・御乙神織哉は怒鳴る息子を見やる。

「別の何かに入り込まれていても、俺の声が聞こえてはいるだろう。父さん、そこにいるんだろう?
 もう十分だろう、今までの事見ていたんだろう?一族の皆も輝明さんも輝も、非を認め充分謝罪してきた。言葉だけじゃなく謝罪を行動で示してきた。そのさいたる結果が俺が今ここに生きている事じゃないか!」

 自分の非を認めた輝明は、周囲から『おかざり宗主』と影口を叩かれても真実を隠し続け、明を育てた。

 今度こそ間違わないようにと、明を愛情持って育てることで未来を変えようとした。

 それには、長い年月の忍耐と苦労が必須であったにもかかわらず。
 
 輝明は長い年月、耐えて忍んで、自分の人生で謝罪を示してきたのだ。
 
 
 輝は、初恋の許嫁いいなずけから身を引いた。父親と戦わずに済む様にと別の生活を用意してくれた。過去の責任を一人で背負おうとした。

 そして一族の皆も宗主にならい、心から謝ってくれている。相手が本心で物を言っているかどうかなど、たとえ霊能力など無くとも伝わるものだ。

御乙神みこがみ一族を皆殺しにしても、もう母さんはかえってこないんだよ。どうやったって母さんは還ってこないんだよ。
 俺も悔しい、悲しい、できればもう一度だけでもいいから母さんに会いたい。
 でも、どうしようもないんだよ!どうしようもないことで、本気で謝ってる相手を殺して、関係ない弱い子供たちまで殺して、それはさすがに間違ってるだろう!いい加減目を覚ませよ!」

 明の声が池を渡っていく中、神柱かんばしらを維持し続ける千早ちはやの脳裏にたかき次元からメッセージが降りてきた。


『我と道をつなげよ』


 千早はいぶかしむ。貴き存在は、自ら人間に接触してくることはまずない。簡単に接触してくる人外の者は、十中八九次元の格が低い、術者をだまそうとする存在ばかりだ。

 けれど今のメッセージは確かに高次元からものだった。しかもそれは千早が覚えのある気配だった。

 まさか、と思いながらも、千早はそのメッセージが導くままに、もう一つ、別の霊能の道を形成する。
 
 それは神格の次元よりも、ほんの少し低い位置にあった。光り輝く霊能の道が夜空をつらぬき、池の水面でにらみ合う魔物と神刀の使い手達の間に雄々しく立った。
 
 光の柱から、古代の甲冑を付けた武人が現れる。それは神格を守護する、武神将ぶしんしょうと呼ばれる霊体だった。

 武神将は神格に仕える眷族けんぞくだが、他の眷族とちがう所は生前は人間であり、人間であった頃の生き方、武人としての功績により、死後、神格を守護する眷族として選ばれた魂なのだ。

 この武神将は二本の腕のほか、背中から四本の腕が出て、合わせて六本の腕を持っていた。背中の四本の腕にはそれぞれ、長刀や短刀を装備している。


 そでを破って傷を縛った輝が、眼を見開いた。息を詰めておどろいていた。

 今やっと池端に駆け付けた三奈みなが、霊能の道から現れた武神将を見て思わず声を上げる。

 それは、おどろきと―――なつかしさのあまりだった。

輝明てるあき様……!」

 ふるき甲冑をまとう武神将は、若き日の輝明だった。その姿はちょうど魔物となった弟、織哉と同じ年代で、かぶとの下の顔には傷もなく両目は健在だった。

 輝は母親似で、輝明とは顔の造りは似ていないといわれていた。けれど今目の前にある若き日の父と、何故か血のつながりが感じられた。まったく造りのちがう顔立ちが、どこか似ているのだ。


 水面に立った武神将・御乙神輝明は、空いている右手を天にかざす。

 すると夜空を、赤く燃える何かが輝明めがけて飛んでくる。

 もうずいぶん前のような気がする、宴席えんせきでの襲撃時のように、神刀・火雷からいえにしを結ぶ使い手の元へとはせ参じた。


 両手に燃える火雷を構えた輝明は、身もかろやかに水面を蹴って黒衣の魔物へと踊りかかった。


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