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第二章 継承の儀
継承の儀(6)
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気合と共に、雷光をまとう一刀が突き立てられた。
床に這わされ縫い留められるように神刀・天輪を突き立てられ、満身創痍の黒龍はそれでも激しく身を震わせ抵抗する。
しかし三方に散った術師たちが、手にした宝珠に呪を込め強力な亜空間の檻を形成する。
呪術により形成される疑似の空間、亜空間に黒龍は封じられていく。現世から姿が薄れていく中、最後の抵抗を試みたが、術師たちの力が勝り姿は消えてしまった。
天輪を突き立てていた相手が消えて、輝は床から刀身を引き抜く。
前頭部の辺りから流血があり、茶色がかった髪は一部が黒く固まっていた。着衣も乱れ、いかにも血なまぐさい姿だった。
甘やかな容姿に合わない荒々しい空気をまとい、輝は切れるような眼差しで廊下の先を見る。激しい戦闘の疲労を無視して神刀の間へと走り出した。
屋敷の北西に当たる棟に、神刀の間はあった。重い木製の扉を乱暴に開け放ち、ためらいなく中に踏み入る。
広い板の間には、無造作に投げられた二枚の布、そして一振りの日本刀が散らばっていた。
輝は天輪を構え、睨んでくる明を見据えた。そして、鼻で笑った。
「お前、どちらの神刀に選ばれなかったんだな」
何も言えず、激しい動揺と恨みを込めた目で睨んでくる明を、じりじりと追い詰めながら、輝は煽るように言う。
「お前みたいな性根の腐った奴が、神刀に選ばれる訳がない。俺とお前じゃ血筋は同じでも、やってきた事は天と地ほどの差があるんだよ!」
神刀の使い手は、独特の気配をまとう。それは特に神刀の使い手同士なら良く分かる。
黒龍との戦闘中も輝は常に気配を探っていたが、父に感じる、これという気配が現れる事はなかった。だから明が、海神、月読のどちらの神刀にも選ばれなかったことは分かっていたのだ。
明は、何の奇跡も見せなかった神刀・海神を構え、輝に対峙する。しかし縁を結んでいない神刀は、嘘のように重かった。
しかし他に武器のない明は、重さをこらえて海神を構える。
その様子を見切った輝は、明をあざ笑った。受け入れられぬモノにすがり付いて醜態をさらしている、そんな明をあざ笑った。
「その手を離せ。汚い手で神刀に触れるな。お前は神刀の使い手にはなれなかったんだよ。現実を受け入れて諦めろ。
もうお前に、御乙神一族を滅ぼす手段は未来永劫ないんだよ。きっとお前の素行が悪すぎて神刀が愛想をつかしたんだろうよ」
斬り込んできた輝と、明は海神を振るい切り結ぶ。
しかし縁を結び、一体となった神刀を振るう輝と、何の助力も得られない鉛の塊のような海神を振るう明とでは、正に勝負にならない。
しばらく切り結んだ後、天輪の軌跡が消えたと思った途端、紙でも貫く様に明の左肩は串刺しにされた。
そのまま足払いをかけられ、明は肩を貫通した天輪に床に縫い留められる。
背中と床の間に、生ぬるい液体が染みていく。激痛に耐える明の腹を足で踏んで、輝は手首をひねりつつ天輪を肩から引き抜いた。
「―――っ!」
声にならない叫びを上げて、明が痛みのあまり体をのけ反らせ、輝がその体を足で踏んで押さえつける。
体内で切っ先を回され、明の左肩は筋肉も腱もずたずたに切れただろう。みるみる広がっていく自らの血だまりの中、痛みのあまり呼吸ができない明を、輝は凍る様な眼で見下ろしていた。
「お前の陳腐な復讐劇のせいで、千早ちゃんはとんでもなく傷ついてるよ。あんな心の優しい子を弄びやがって、よくもそんな惨いことができたもんだな。
父さんの命懸けの厚意を無にして何の罪も無い女の子を苦しめて、こんな腐ったお前を神刀が選ぶ訳がないんだよ」
血の池の中で苦しみあえぐ従兄弟に、金音を立てて鍔を鳴らしながら、天輪の切っ先を向けた。
「従兄弟のよしみだ。俺の手であの世に送ってやる」
明の心臓を狙った切っ先が止まった。
神格の清く貴い気配が満ちる神刀の間に、突如霊能力の『道』が開いた。
それは天に向かって立つ巨大な柱の様で、天井を貫き空の高みから別の次元へと連なっている。
神格の気配が濃厚になる。そしてどこからか飛んで来たらしい大小四振りの日本刀が『道』へと向かっていく。
さすがに驚いた輝の目の前で、日本太古の飾り気のない鎧を纏う持つ武人が『道』から姿を現した。
輝へと向き、通常の二本の腕、そして背中から生えたもう二本の腕に飛んできた日本刀を構える。明らかに輝への戦意を現した。
大出血で目がかすみ始めた明は、気力だけでわずか首を動かし、出現した霊体を見る。
それは、神格を護衛する、武神将と呼ばれる霊体だった。
いわゆる神格に仕える眷族だが、他の眷族と違う所は、彼らは生前は人間であり、人間であった頃の生き方、武人としての功績により、死後、神格を守護する眷族として選ばれた魂なのだ。
武神将は元は人間であったため、完全な神格ではないが近い属性を持つ。並の術者では召還などまずできない。
神刀の間に雄々しく立つ霊能力の『道』は、あり得ないほど太く強い。こんなものを形成できるのは、今の御乙神一族にはただ一人しかいない。
「……千早ちゃん、どうして……!」
先ほどまでとは打って変わった悲壮な声を上げた輝に、四本腕の武神将は軽やかに躍りかかる。
明から飛び離れ、輝は武人の最高峰とも言える武神将と刀を交える。神格の力を帯びた者同士、それは力の均整の取れた、激しい刀の応酬となる。
神刀の使い手がその力を振るう時、周囲に被害が及ばぬよう、疑似の空間、亜空間を形成しその中で戦闘を行うのが慣例だ。
しかし今はその余裕はなく、神刀の間はこの世に非ざる超威力のぶつかり合いによって次々と破壊されていく。
そんな危険な状況下で、武神将は明を庇い刀を振るう。
武神将が召喚された理由が間違いなく明を守るためだと確信し、輝はやり切れない思いで歯を噛む。
「ちくしょう……!」
床に這わされ縫い留められるように神刀・天輪を突き立てられ、満身創痍の黒龍はそれでも激しく身を震わせ抵抗する。
しかし三方に散った術師たちが、手にした宝珠に呪を込め強力な亜空間の檻を形成する。
呪術により形成される疑似の空間、亜空間に黒龍は封じられていく。現世から姿が薄れていく中、最後の抵抗を試みたが、術師たちの力が勝り姿は消えてしまった。
天輪を突き立てていた相手が消えて、輝は床から刀身を引き抜く。
前頭部の辺りから流血があり、茶色がかった髪は一部が黒く固まっていた。着衣も乱れ、いかにも血なまぐさい姿だった。
甘やかな容姿に合わない荒々しい空気をまとい、輝は切れるような眼差しで廊下の先を見る。激しい戦闘の疲労を無視して神刀の間へと走り出した。
屋敷の北西に当たる棟に、神刀の間はあった。重い木製の扉を乱暴に開け放ち、ためらいなく中に踏み入る。
広い板の間には、無造作に投げられた二枚の布、そして一振りの日本刀が散らばっていた。
輝は天輪を構え、睨んでくる明を見据えた。そして、鼻で笑った。
「お前、どちらの神刀に選ばれなかったんだな」
何も言えず、激しい動揺と恨みを込めた目で睨んでくる明を、じりじりと追い詰めながら、輝は煽るように言う。
「お前みたいな性根の腐った奴が、神刀に選ばれる訳がない。俺とお前じゃ血筋は同じでも、やってきた事は天と地ほどの差があるんだよ!」
神刀の使い手は、独特の気配をまとう。それは特に神刀の使い手同士なら良く分かる。
黒龍との戦闘中も輝は常に気配を探っていたが、父に感じる、これという気配が現れる事はなかった。だから明が、海神、月読のどちらの神刀にも選ばれなかったことは分かっていたのだ。
明は、何の奇跡も見せなかった神刀・海神を構え、輝に対峙する。しかし縁を結んでいない神刀は、嘘のように重かった。
しかし他に武器のない明は、重さをこらえて海神を構える。
その様子を見切った輝は、明をあざ笑った。受け入れられぬモノにすがり付いて醜態をさらしている、そんな明をあざ笑った。
「その手を離せ。汚い手で神刀に触れるな。お前は神刀の使い手にはなれなかったんだよ。現実を受け入れて諦めろ。
もうお前に、御乙神一族を滅ぼす手段は未来永劫ないんだよ。きっとお前の素行が悪すぎて神刀が愛想をつかしたんだろうよ」
斬り込んできた輝と、明は海神を振るい切り結ぶ。
しかし縁を結び、一体となった神刀を振るう輝と、何の助力も得られない鉛の塊のような海神を振るう明とでは、正に勝負にならない。
しばらく切り結んだ後、天輪の軌跡が消えたと思った途端、紙でも貫く様に明の左肩は串刺しにされた。
そのまま足払いをかけられ、明は肩を貫通した天輪に床に縫い留められる。
背中と床の間に、生ぬるい液体が染みていく。激痛に耐える明の腹を足で踏んで、輝は手首をひねりつつ天輪を肩から引き抜いた。
「―――っ!」
声にならない叫びを上げて、明が痛みのあまり体をのけ反らせ、輝がその体を足で踏んで押さえつける。
体内で切っ先を回され、明の左肩は筋肉も腱もずたずたに切れただろう。みるみる広がっていく自らの血だまりの中、痛みのあまり呼吸ができない明を、輝は凍る様な眼で見下ろしていた。
「お前の陳腐な復讐劇のせいで、千早ちゃんはとんでもなく傷ついてるよ。あんな心の優しい子を弄びやがって、よくもそんな惨いことができたもんだな。
父さんの命懸けの厚意を無にして何の罪も無い女の子を苦しめて、こんな腐ったお前を神刀が選ぶ訳がないんだよ」
血の池の中で苦しみあえぐ従兄弟に、金音を立てて鍔を鳴らしながら、天輪の切っ先を向けた。
「従兄弟のよしみだ。俺の手であの世に送ってやる」
明の心臓を狙った切っ先が止まった。
神格の清く貴い気配が満ちる神刀の間に、突如霊能力の『道』が開いた。
それは天に向かって立つ巨大な柱の様で、天井を貫き空の高みから別の次元へと連なっている。
神格の気配が濃厚になる。そしてどこからか飛んで来たらしい大小四振りの日本刀が『道』へと向かっていく。
さすがに驚いた輝の目の前で、日本太古の飾り気のない鎧を纏う持つ武人が『道』から姿を現した。
輝へと向き、通常の二本の腕、そして背中から生えたもう二本の腕に飛んできた日本刀を構える。明らかに輝への戦意を現した。
大出血で目がかすみ始めた明は、気力だけでわずか首を動かし、出現した霊体を見る。
それは、神格を護衛する、武神将と呼ばれる霊体だった。
いわゆる神格に仕える眷族だが、他の眷族と違う所は、彼らは生前は人間であり、人間であった頃の生き方、武人としての功績により、死後、神格を守護する眷族として選ばれた魂なのだ。
武神将は元は人間であったため、完全な神格ではないが近い属性を持つ。並の術者では召還などまずできない。
神刀の間に雄々しく立つ霊能力の『道』は、あり得ないほど太く強い。こんなものを形成できるのは、今の御乙神一族にはただ一人しかいない。
「……千早ちゃん、どうして……!」
先ほどまでとは打って変わった悲壮な声を上げた輝に、四本腕の武神将は軽やかに躍りかかる。
明から飛び離れ、輝は武人の最高峰とも言える武神将と刀を交える。神格の力を帯びた者同士、それは力の均整の取れた、激しい刀の応酬となる。
神刀の使い手がその力を振るう時、周囲に被害が及ばぬよう、疑似の空間、亜空間を形成しその中で戦闘を行うのが慣例だ。
しかし今はその余裕はなく、神刀の間はこの世に非ざる超威力のぶつかり合いによって次々と破壊されていく。
そんな危険な状況下で、武神将は明を庇い刀を振るう。
武神将が召喚された理由が間違いなく明を守るためだと確信し、輝はやり切れない思いで歯を噛む。
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