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第三章  十三夜の月の下で

十三夜の月の下で(6)

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 「おい……っ!」

 あれを、と指を差された先には、夜空に浮かぶ黒装束の男と、その手にり下げられた人間が見える。

 八岐大蛇やまたのおろち頭突ずつきを喰らって気絶した次期宗主を介抱かいほうしながら、飛竜ひりゅうら数人の術師たちは屋敷上空に浮かび上がった魔物の姿を凝視ぎょうししていた。

 
 宗家屋敷の屋根よりまだ高く浮かぶ魔物・御乙神みこがみ織哉おりやは、右手に持つ建速たけはやを振り上げる。

 瞬間、二〇〇メートルは離れている池端いけはたまでこごえる風がたたき付ける。

 黒装束の魔物を中心に、急速に竜巻が形成されていく。それに気づき一瞬目をやった輝明てるあきは、あと四つ残った八岐大蛇やまたのおろちの首をかわしながら声を張り上げる。

「誰かこいつの気を引いてくれ!一時の足止めだけでいいから!」

 八岐大蛇やまたのおろちに喰い殺されそうになったひかるを救出に入り、輝明は織哉おりやを逃がしてしまった。そのまま八岐大蛇やまたのおろちは輝明だけをしつこく狙い続け、この場から逃がさまいとする。

 今も屋敷内へと向かおうとする輝明の進路をはばみ、二つの首が前方におどり出る。

 輝明の炎の一振ひとふりが二つの頭を焼く。半分炎に包まれたまま、それでも大口を開けて威嚇いかくし、輝明を行かさまいとする。

 渾身こんしんの一振りでまた一つの頭を落としながら、輝明は叫ぶ。

「誰か!織哉を止めろ!何でもいいから!」

 立っていられないほど大地がれた。地震かと思ったが、揺れは一瞬で終わる。

 また魔の風が吹きすさぶ。宗家屋敷内に再び立ち上がる巨大な竜巻に、輝明が傷が走る顔を激しくゆがめた。



 
 椿つばきの間にひかえる呪術師たちにも激しい魔の風が届いていた。

 状況確認に飛ばした式神を通じて、屋敷のむねの一つが大破たいはした事を知る。

 それは、堅牢けんろうな造りの日本家屋が重く揺れるほどの衝撃だった。

 式神からの映像は巻き上がるほこりで視界が効かず、魔物の姿もはっきりとしなかった。
 
 そんな中でまた地震のような衝撃が来る。屋敷を破壊している魔物を捕らえなければいけないが、ここまでの力を持った魔物に立ち向かうなど、一般の術師には無理だった。
 
 
 予想をはるかに超えた魔物の力に、呪術師たちは戦慄せんりつし、動けずにいた。
 
 動揺する呪術師たちは、いつの間にか千早ちはやの姿が消えている事に気付かなかった。




 魔の風が渦巻き、その力が建速たけはやに収束していく。竜巻の力を叩き付け、魔物・御乙神みこがみ織哉おりやは屋敷を破壊し続けていた。

 襟首えりくびをつかまれ、まるで子猫のように吊り下げられた明は、ただでさえ大怪我をして弱っている所に激しい風と瓦礫がれきになぶられていた。

 気を失いそうになっている息子にかまうことなく、織哉は黙々もくもくと竜巻を起こし、その威力を足下あししたの屋敷へと打ち込み続ける。

 余裕のない明は気付けなかったが、織哉が破壊し続ける場所は屋敷の中心に位置する、宗主の執務室しつむしつだった。

 竜巻の力を繰り返しち込まれた執務室は、すでに部屋は跡形もなくなり床は基礎きそも吹き飛ばされ、地面の土が黒々と穿うがたれていた。

 そこへさらに次の一撃が撃ち込まれる。湿しめり気をびた土が大量に巻き上げられ、地面は底の見えない深い洞穴どうけつとなっていた。


 地下特有の湿った土の匂いをかぎながら、明は朦朧もうろうとした意識の中、何かを感じた。

 正体の分からない何かが、明が過去遭遇そうぐうしたことのないモノが、明の意識へと接触せっしょくしてきた。

 
 それは明にとって初めての感覚だった。遠かった何かの存在が、急速に明のそばへと近づいて来る。存在は見えないのに、それが分かった。

 
 穿うがたれた穴の奥から、物音がした。それは何かの破壊音だった。

 深い穴の底に、一瞬光が見える。そして魔物・御乙神みこがみ織哉おりやは、つかんでいた息子の襟首えりくびを離した。
 

 
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