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第三章  十三夜の月の下で

十三夜の月の下で(10)

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 はだか千早ちはやを抱きとめころがったあきらは、視線しせんを感じて顔を上げる。

 振り向いた白虎びゃっこあおい目が、明を見つめていた。そして音でも言葉でもなく、思念しねんが霊能の感覚に舞い降りてきた。

『すまない。気が付かなかった』

 人間の言葉として伝わった白虎の思念は、つぶやくように終わった。

星覇せいは使つかひとときで一〇〇〇年ぶりか。人間の手にあま代物しろものだが、良く使え』

 そして前を向き、自らつないだ霊能の道に入り白虎は帰還きかんした。


 周囲の天変地異てんぺんちいうその様におさまる。しかし特異とくいな力にねじ切られた屋敷は、あちこちからうすけむりが上がり、鼻につく火事場かじばくさにおいが立ち込めていた。


 千早ちはやを抱きとめたまま、あきらは座り込んでいた。体もなまりのように重く、立ち上がる気力がわかない。

星覇せいは……?)

 何から考えていいのか分からないまま、思わずにぎったままの刀に目をやる。

 そんな明を、ひかるは見つめていた。何かがのどにつかえたような顔をしていた。

 しかしすぐにするどく振り返る。遠く剣戟けんげきの音がひびいていた。父と魔物の一騎打いっきうちが続いている事に気付き、輝はきびすを返す。そして明へと怒鳴どなる。

「お前はここで千早ちゃんを守ってろ!」

 ほぼ瓦礫がれきの山となった屋敷の一棟ひとむねを身軽に飛んで、輝は父の元へと急ぐ。


 池のほとりで、輝明てるあき織哉おりや戦闘せんとうを続けていた。しかし輝明の動きは重く、織哉に押されていた。

 こごえる風と共に織哉がり込む。激しい炎と共に受け止める輝明は、しかしつばぜり合いで押され、かろうじてみとどまっていた。

 顔の近づいた魔物へと、輝明は不意につぶやく。状況にまるで合わない、静かな声音こわねだった。

「……お前の、大切な唯真ゆまさんを手に掛けてしまい、本当に悪かった。あれは、僕の間違まちがいだった」

 輝明の顔に走る壮絶そうぜつな傷は、織哉にわされたものだった。

 十三年前、かくれ住む織哉達の居場所をつかんだ輝明は、『滅亡めつぼう』を抹殺まっさつせんと三人をおそった。
 
 瞬間移動である次元渡じげんわたりの最中さいちゅうに織哉をせ、家族の救出に向かう事をはばんだ。異次元の狭間はざま一騎打いっきうちとなった勝負は、輝明が勝利した。

 兄にとどめを刺すのをわずかためらった織哉が、火雷からいによって心臓を突かれ、輝明は寸前すんぜん急所きゅうしょを外した織哉のおおかで一命は取り止め、顔に壮絶そうぜつな傷を負った。

「本当にすまなかった。それだけを……どうしてもお前に言いたかった」

 輝明は、傷にひきつる顔で微笑ほほえむ。それは昔と変わらない、輝明が家族にだけ見せる繊細せんさいな笑顔だった。


 輝は瓦礫がれきの山を飛び越え、魔物と切り結ぶ父を見つける。

 ろうとした。距離は五〇メートルほどか。

 しかし輝の足が止まる。つばぜり合いになっていた父の身体が、突然のけった。

 くずれた父の向こうに、刀を振り抜いた魔物の姿があった。

 凍える風が、かたまった輝のわきを吹き抜ける。ピクリとも動かない父の姿を見留みとめ、自分でも信じられない様な雄叫おたけびが上がった。

「うわああああぁぁっ――!」

 縦横無尽じゅうおうむじんかみなりを暴発させながら、輝はほぼ空を飛び魔物に斬りかかった。

 勢いに押されてか、魔物は竜巻を起こしその中へ姿を消す。

 消えかけた竜巻に向かって無茶苦茶むちゃくちゃ天輪てんりんで斬りつける輝は、まだ父が身動きをしたことに気づく。

「父さんっ!」

 大切な神刀しんとうを投げ捨て、輝は地面に飛び込む様にひざを突き、父親をき起こす。

「父さん!父さん!父さんっ!」

 輝明てるあきの命の火は消えかけていた。それは輝の目にもあきらかだった。

 息子のうでに抱かれた輝明は、どこかうれしそうに見えるあわい笑みを浮かべ、そして静かに目を閉じた。


 池端いけはたに、輝の絶叫ぜっきょうひびき渡る。

 その悲痛ひつうさけびを、明は千早を介抱かいほうしながら聞いた。

 何度も命をねらったはずの相手の死に、明は目をせうつむいた。両手をひたいに押し付け、頭をかかえる。



 天頂てんちょうへと差しかかった十三夜じゅうさんやの月は、往古来今おうこらいこん、変わらぬあおい光で地上を照らしていた。


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