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第四章  背徳にまみれた真実

背徳にまみれた真実(4)

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 今まで見せたことのない、しぶい表情の飛竜ひりゅうが床にひざを着いた。けげんな顔をするひかるの前に何のためらいもなく伏せ、いわゆる土下座どげざをした。

 欧米人並みに大柄おおがらな男の土下座を、二人の少し後ろに立つ義人よしとはわずかに眉間みけんにしわを寄せて見ている。

 大して動揺どうようしていないのは、彼は過去の職業がら、こういう修羅場しゅらばを何度も経験しているからだ。金融機関は、追い詰められた人間の姿を見ることが多いものだ。


 顔をせた飛竜が、低く声を発する。動揺どうようはしているようだが、それでも聞き取りの良い言葉だった。

「輝様。どうかおゆるしください。たしかに千早ちはやは私ども夫婦の実子じっしではありません。先に生まれた三人の子供たちに霊能の力がさずからず、あせった私は孤児こじの中から、霊能の才能を持つ子供をひそかに引き取りました。どうしても力を持った子供が欲しかったのです」

 床にひたいを付けたまま、飛竜は言葉に力を込めてかたっていく。

「力を持った実子を持てなかった事をじ、今まで真実をいつっていました。本当に申し訳ありませんでした。
 ただ、引き取った千早ちはやしんと思い、持って生まれた才能を伸ばしてやるべく大切に育ててきました。あれだけの破格はかくの力は、一般社会では絶対に受け入れられぬものです。

 異端者いたんしゃとして追われる前に飛竜家に引き取ったことは、結果として千早を守る事となったと自負じふしております。飛竜家の娘として育てられたことは、千早にとってもっとも正しい道だったはずです」

 床にせたままの飛竜の背中を見つつ、輝は思案しあんめぐらす。

「千早ちゃんを実子じっしいつわったことは認めるが、飛竜家の娘として育てた事は正しかったと、言いたいんだな?」

「その通りです。でなければ、あのような破格はかくに霊能力にめぐまれた子供など、腹黒はらぐろい術師に見つかればどのような目にわされるか。悪ければ邪神のにえにでもされかねない……」

「それはお前の事だろう。腹黒い術師は、まさしくお前だ」

 顔を上げた飛竜の目に入ったのは、切りきざむような目で見降みおろしてくる、今や宗主そうしゅとなった輝だった。

 わずかに白く放電ほうでんし始めた輝が、表情は変えず淡々たんたんべていく。しかし語る内容は、いかりに満ちたものだった。

「お前、千早ちゃんに呪術じゅじゅつ行使こうしつらなる危険性を教えていなかっただろう。退魔たいまの技術ばかりを教え、呪術の反動はんどうで術者の身に起こりうる危険は『あえて』教えていなかったんだろう?」

「いや、そんな、そんなことは!」

 あわてて首を横に振る飛竜に、輝は冷淡れいたんに言いわたす。

「でなければあれほど仕事を立て続けにこなし、さらに行使こうしできるとはいえ神格しんかくを呼び出すほどの人の身を超えた大技おおわざを使わないはずだ。分かっているならば、自分の身の丈をはかり調整をかけるはずだろう」

「それは、あの強力な魔物に対抗たいこうするために、必死のあまりやったことでは」

「それ以前の問題だ。お前が千早ちゃんを散々さんざんこき使っていた事は当然とうぜん俺の耳にも入っている。
 わずか一〇歳までに無理矢理むりやり退魔の技術をんで、大人と同じ現場げんばに出して命がけの仕事をさせ、だから彼女は自分を守るために退魔の技術をみがくばかりで、危険性まで学ぶ余裕よゆうが無かったんだろう。

 金になる技術より先に身を守る技術を教えるのが親や師匠ししょうの役目じゃないのか!何がと思ってだ!千早ちゃんの事を自分と同じ人間だとすら思っていないだろう!」

 怒鳴どなる声と同調どうちょうして、輝の身体から白い雷光らいこうが放たれる。腰板こしいたの張られた美しいかべに、飴色あめいろつややかなリビングチェストに、そして燦然さんぜんと輝くシャンデリアの一部も雷光につらぬかれ破損はそんする。
 
 ぶすぶすとけむりを上げる周囲は一切いっさい気にもめず、無言で歯を食いしばる飛竜に輝は言い渡した。

「もういい。千早ちゃんの事は、今後一切こちらで世話をする。お前の元には二度と返さん。――義人さん」

「え、な、何ですかひかる様?」

 かみなり飛び交う修羅場しゅらばっただ中で名指なざしで呼ばれ、さすがに声がうわずった義人は、なかば明の背中に隠れるようにして返事をする。

「千早ちゃんを飛竜家から法的に切り離すことはできますか?」

「ええと、ちょっと戸籍謄本こせきとうほん見ないと何とも言えませんが、実は孤児だったんならなんらか司法的な細工さいくがしてあると思います。俺、司法書士しほうしょしの資格持ってるんで、戸籍の調査させてください。方法をさぐります」

 お願いします、と輝が返した時だった。



 まず、気付いたのは明だった。部屋のすみに、空間のゆがみがしょうじた。

 そして輝もその存在に気付く。霊能力のある者には、部屋の隅がゆらゆらとゆがんだのがえ、一体の霊体が姿を現す。

 それに気づき飛竜ひりゅうが顔色を変えた。ほぼ反射的にふところから呪符じゅふを出し、攻撃を仕掛しかけようとする。

 しかし呪符は攻撃こうげき式神しきがみへと変化する前に、床に落ちる。とうてき用の小刀こがたなが突き立った腕を、飛竜はうめきながら押さえる。

 ドン引きしている義人にかまわず、まだもう一本小刀をにぎったままの明は、姿を見せた白蛇はくじゃの霊体に話しかけた。

「あなた、飛竜ひりゅう夫人ですね」

 白銀はくぎんうろこがシャンデリアの光に輝いている白蛇は、黒い目を明、そして輝へと向けた。

飛竜ひりゅう照子てるこか。あなた随分ずいぶん千早ちゃんを冷遇れいぐうしていたようだが、実子ではなかったのが理由か」

 深々ふかぶかと刺さった小刀を無理矢理抜いて、手で止血しけつをしながら飛竜が怒鳴る。

「照子、帰れ!千早の世話もせず遊び回っているお前が顔を出していい時じゃない!」

 わきまえろ!と怒鳴りつける夫の声を聞きながら、飛竜夫人の式神である白蛇は、じっと輝に視線をそそいだ。

『輝様。弱くおろかな私の……ただ一つの願いを聞いていただきたいのです』

 場違ばちがいな事を言い出したふうの飛竜夫人に、輝もまゆをひそめる。

 しかし次の瞬間、全力で床をって白蛇に向かおうとした飛竜の襟首えりくびをつかみ、一瞬で投げ床にたたき付ける。

 背中を強打して息が詰まった飛竜を、動けないように右足でみつける。苦し気な声を上げた飛竜は無視して、輝は飛竜夫人に先をうながす。

「言ってくれ。千早ちゃんにかんすることだな?」

「やめろ照子てるこ!止めるんだ!」

 怒鳴どなる飛竜をもう一度力を込めて踏みつける。固いものが複数ふくすう折れた音がしたが、特にかまわず飛竜夫人は、白蛇はくじゃは口を開いた。

『……『本物』の千早ちはやを……探していただきたいのです』 


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