神の代償 フィリアと伝説の終焉

せらどん

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第四章:灰色の瞳の教育者

1. 誤算と再会

 王立学院の実技試験会場。
 フィリアは受験生の列に並びながら、自分の手を見つめた。
 抑える。それだけを意識した。
 昨夜、邸宅で手に入れた力の「種」は、まだ自分の中で根を張りきっていない。
 扱い慣れない力というのは、刃を逆手に持つのと同じだ。少しでも気を抜けば、自分を傷つける。

 順番が来て、フィリアは的の前に立った。
 魔力を練る。
 昨夜まで一度も使えなかった火属性が、まるで昔から知っていたかのように指先に集まってくる。

 (…小さく。小さく放て)

 しかし、「小さく」という感覚の基準が、もう昨日までとは違っていた。
 放った瞬間、フィリアは悟った。
 失敗した、と。
 火球は的を貫通し、その奥の防壁を溶かした。
 石造りの壁が、飴のように歪んで崩れる。
 会場が静まり返った。試験官が声を失い、数秒後に「…合格」とだけ呟いた。

 木剣の実技も同様だった。
 構えを取った瞬間、試験官の目が細くなった。
 フィリアの重心、剣の握り、呼吸のタイミング。
 それらが全て、場違いなほど洗練されていたからだ。
 一振りのつもりが、衝撃波が走った。
 防御に回った試験官の腕が痺れ、その場に膝をつく。
 フィリアは剣を下ろしながら、内心で深く息をついた。
 火属性と同じだ。
 力の総量が変わった分、昨日までの「普通」が、もう通用しない。
 加減を学ぶのも、修練のうちだ。今日のところは、目立ちすぎたことを反省として受け取っておく。

 結果は全受験生中の首席。
 さらに特待生として学費全額免除。
 合格通知を手に廊下を歩きながら、フィリアは腰の革袋の重みを感じた。

 「…あの夜がなければ、今の自分もない。」

 呟いてから、首を振った。
 後悔ではない。
 ただの確認だ。あの選択は正しかった。
 それを繰り返し確かめることが、今の自分には必要だった。

 特進クラスの扉を開けると、視線が集まった。

 「お前が、平民枠で入ってきた特待生か?」

 教室の中央で不遜な笑みを浮かべるのは、第一王子リューク。
 その隣には、有力貴族の令息であるカインとゲイルが控えていた。
 さらに、彼らの傍らには、いかにも高貴な血筋を誇示する婚約者の少女たちが、フィリアを値踏みするように見つめている。

 フィリアにとって、彼らはただの「鼻持ちならない権力者」でしかない。
 目の前の王子が、昨夜自分を抱いた男の息子だとは微塵も思わず、フィリアは偽装した灰色の瞳を伏せ、一人の「貧しい平民学生」として静かにその場へ溶け込んだ。
 彼らの目に映る彼女は、せいぜい「少し見目の良い能力のある女」だろう。
 だが、フィリアにとっては彼らもまた、いずれ自分をさらなる高みへと押し上げるための、新しい「苗床」に過ぎなかった。
 どうやって交流を持つべきか、その悩みしか存在しなかった。

 特待生として学費こそ免除されたものの、学院生活が始まってみると、予想以上に物入りだった。
 最初の一週間だけで、教材費と寮の備品代が嵩んだ。
 実戦装備に手をつけたのは、それからだった。
 特に、週末にギルドの依頼をこなすための実戦装備――魔力伝導率の高い剣、衝撃を逃がす特注の防具、そして高価な魔力回復薬。
 それらを一通り揃えただけで、あの夜手に入れた150枚の金貨は砂が零れるように消えていった。

 「…また、足りない。」

 武具屋の店先で空になった革袋を見つめていた時、影が落ちた。

 「やあ、また会ったね。」

 顔を上げなくても分かった。あの夜、自分をあの邸宅へ連れて行った男だ。
 フィリアは一瞬、身体が強張るのを感じた。
 記憶が、意思より先に反応した。
 あの夜の感覚が、皮膚の奥から這い上がってくる。
 それを、フィリアは静かに押さえつけた。

 (感情は後でいい。今は話を聞け)

 「…また、依頼ですか。」
 「主が君のことを気に入っていてね。学院に入ったと聞いて、祝いを兼ねた再会の場を設けたがっている。来月、もう一度。」

 男は金額を告げた。装備代を余裕で賄える数字だった。
 フィリアは黙って計算した。感情で計算するのではなく、算術として。
 あの夜、自分は何を手に入れたか。スキルと金と、自分の中の「答え」を。
 ならば二度目は何を手に入れられるか。更なるスキルの深化と、学院での活動資金を。
 そこまで整理して、フィリアは初めて、自分の心の底を覗いた。

 恐怖はある。
 あの邸宅の空気を思い出すと、今も胃が冷える。
 だが恐怖は、力に変換できる。
 恐怖を知っている人間は、同じ恐怖に二度目は慣れる。
 一度目に失ったものは、戻らない。
 ならば二度目は、より多くを奪って帰るだけだ。

 「…お願いします。まだ、お金が必要なんです。」

 その声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。
 答えを出すまでの時間は、瞬きほどだった。
 しかしその刹那の間に、フィリアの中で何かが静かに塗り替わった。
 一度目の夜、フィリアは「少女」として踏み込んだ。
 二度目の夜、彼女は「略奪者」として踏み込む。
 その違いを、フィリアは静かに、確かに感じていた。
 そこにいたのは、前と変わらぬ三人だった。
 あの夜と同じ初老の男、そして二人の側近。
 幕を開けたのは、前回にも増して苛烈な「背徳の饗宴」だった。
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