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第8話 山上加奈
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佳乃と私は大学時代、英語のクラスで出会った。
彼女のさっぱりした性格と、私の静かに信念を貫く気質が相性よく噛み合い、自然と親友になった。
今はメガバンクに勤めており、安定した高収入の仕事をしている。
私はコンビニでビールや惣菜をたくさん買い、彼女のマンションへ向かった。
佳乃は、私を部屋で待っていてくれた。
駅で浮気相手の女性に待ち伏せされたことを話すと、部屋の空気が一瞬で張り詰めた。
「いったいどういうことなの?何、その女!」
コンビニの惣菜をつまみながら、駅での衝撃的な出来事を一から十まで話した。
「いや、もう……突然すぎてびっくりして」
佳乃は勢いよくコンビニのパックを閉じ、指先で机をトントンと叩く。
その仕草から、彼女が怒りを隠せない様子が伝わる。
「びっくりとか、そういう問題じゃないわよ。ふざけてんじゃないの、その女!それに山上さんも、馬鹿じゃないの?浮気?不倫旅行?なにそれ、なめてるの?」
私以上に怒り心頭の佳乃を前に、恥ずかしさと情けなさで、ただ小さくうなずくことしかできなかった。
「証拠は?取ってないの?その子が言ったこと、録音は?スマホの画像とか、もらった?……いや、もらってないよね。そうだよね」
佳乃は呆れたように深くため息をついた。
「浮気していることは知っていた。だから、離婚を切り出される覚悟もしていた。
でも、旅行から帰ってきてから、斗真さんは私に優しくなったし、帰りも早くなった。
それで、再構築するつもりなのかなって思ったの」
「許すの?浮気を咎めずに、確認もせずに旦那を許すつもりだったの?」
「……そうね。この先一緒にやっていくなら、敢えて触れないほうが夫婦生活はうまくいくんじゃないかって」
「そんな……加奈はそんなに山上さんのことが好きだったの?いっそスッキリ離婚した方が楽じゃない?」
それは考えた。でも、すぐに踏み切ることはできなかった。
「今は、彼のことを愛しているのかどうか、分からない」
それが正直な気持ちだった。
「まぁ、離婚するにしてもしないにしても、浮気の証拠は押さえておくべきよ。相手から送られてきた画像は、この観光しているショットだけでしょ?あとはスマホを見せてもらったときに見た画像だけ。誤魔化されたら、それで終わりじゃない?」
証拠……そんなものが必要になる関係だったのか、と改めて突きつけられる。
「確かに、『浮気なんてしていない』と言われたらそれまでだけど。でも、実際にしているからね」
「それって、証拠がないとどうしようもない話よ。本人が浮気を認めなきゃどうにもならないし、そもそも山上さん本人はどうしたいわけ?」
それは私が知りたいことだった。
彼は私と夫婦を続けたいのだろうか。
「遊びだったんじゃないかと思う。私との間に離婚の話は出ていないし、林優香さんは別れを告げられたみたい」
その言葉は、思いのほか冷静だった。
自分の口から出ているはずなのに、まるで他人事のように聞こえる。
私の気持ちは、彼の行動に振り回されるうちに疲れ果ててしまっていたのかもしれない。
「いやいやいや、だからって許せるもんじゃないでしょう?」
確かにその通りだ。
「浮気は腹が立つけど、私に魅力がなかったんだろうって思ったの。最近、彼との間に温度差を感じていたし、妻への関心が薄れていくのが分かった。私はそれが夫婦というものだと思っていたけど、多分違ったのね」
「どういうこと?」
「何年も夫婦を続けていたら、新婚の頃みたいにいつまでもイチャイチャはできないでしょ?それでも、夫婦としての絆はあるし、お互いにとって大事な存在だと思っていたの。でも、彼はそうじゃなかった。だから浮気したのよね」
「クズ野郎だから浮気したのよ」
佳乃の言葉は容赦ない。
それは彼の行動に対して当然の怒りだけど、私はどこかで彼を擁護しようとしているのかもしれない。
「うん、まぁ、そうなんだけど。私も、彼に甘えたりわがままを言ったり、愛を伝えたりしなかった。だから、冷めてしまったのかもしれない。離婚になれば、それはそれで仕方がないと思ってた」
「いやいや、それ何?あなたは女神様か何かなの?慈悲深いの?釈迦か?」
「……しゃ……?」
かつてはどんな小さなことでも笑い合えたのに、今では沈黙が心地よくなっていた。
触れ合う体に温もりを求めることもなくなり、ただ互いに存在しているだけ。
それが今の私たちだった。
「で、山上さんは何か言ってきた?『私が大変』ってメッセージを送ったんでしょう?」
「そうなんだけど、とにかく電車が着きそうだったし、メッセージを送っただけで放置した。その場から逃げたいがために佳乃を頼ってしまった。ごめんなさい」
「まぁ、それはいいんだけど。その後、スマホは確認した?加奈が急に泊まるなんて、めったにないことでしょう?」
佳乃に会ってからはスマホの電源を切っていた。
考えがまとまらないうちに変なメッセージを送るわけにはいかない。
このままでは良くないと思い、斗真さんに説明する内容を考えた。
「骨折して介助が必要だから、2、3日泊まるってことでいいわね。ここから出勤すればいいし」
「分かった。骨折させちゃって悪いわね」
佳乃が怪我をしたことにして、斗真さんにメッセージを送った。
『そうか、了解。「お大事に」と伝えておいて』
思ったよりも返信があっさりしていた。
細かいことを聞かれるかと思ったのに、まるで何も気にしていないかのよう。
妻がいなくても、彼の生活は何も変わらないのだろうか。
それはそれで、なんだか「必要とされていない」ようで、寂しさを感じた。
彼女のさっぱりした性格と、私の静かに信念を貫く気質が相性よく噛み合い、自然と親友になった。
今はメガバンクに勤めており、安定した高収入の仕事をしている。
私はコンビニでビールや惣菜をたくさん買い、彼女のマンションへ向かった。
佳乃は、私を部屋で待っていてくれた。
駅で浮気相手の女性に待ち伏せされたことを話すと、部屋の空気が一瞬で張り詰めた。
「いったいどういうことなの?何、その女!」
コンビニの惣菜をつまみながら、駅での衝撃的な出来事を一から十まで話した。
「いや、もう……突然すぎてびっくりして」
佳乃は勢いよくコンビニのパックを閉じ、指先で机をトントンと叩く。
その仕草から、彼女が怒りを隠せない様子が伝わる。
「びっくりとか、そういう問題じゃないわよ。ふざけてんじゃないの、その女!それに山上さんも、馬鹿じゃないの?浮気?不倫旅行?なにそれ、なめてるの?」
私以上に怒り心頭の佳乃を前に、恥ずかしさと情けなさで、ただ小さくうなずくことしかできなかった。
「証拠は?取ってないの?その子が言ったこと、録音は?スマホの画像とか、もらった?……いや、もらってないよね。そうだよね」
佳乃は呆れたように深くため息をついた。
「浮気していることは知っていた。だから、離婚を切り出される覚悟もしていた。
でも、旅行から帰ってきてから、斗真さんは私に優しくなったし、帰りも早くなった。
それで、再構築するつもりなのかなって思ったの」
「許すの?浮気を咎めずに、確認もせずに旦那を許すつもりだったの?」
「……そうね。この先一緒にやっていくなら、敢えて触れないほうが夫婦生活はうまくいくんじゃないかって」
「そんな……加奈はそんなに山上さんのことが好きだったの?いっそスッキリ離婚した方が楽じゃない?」
それは考えた。でも、すぐに踏み切ることはできなかった。
「今は、彼のことを愛しているのかどうか、分からない」
それが正直な気持ちだった。
「まぁ、離婚するにしてもしないにしても、浮気の証拠は押さえておくべきよ。相手から送られてきた画像は、この観光しているショットだけでしょ?あとはスマホを見せてもらったときに見た画像だけ。誤魔化されたら、それで終わりじゃない?」
証拠……そんなものが必要になる関係だったのか、と改めて突きつけられる。
「確かに、『浮気なんてしていない』と言われたらそれまでだけど。でも、実際にしているからね」
「それって、証拠がないとどうしようもない話よ。本人が浮気を認めなきゃどうにもならないし、そもそも山上さん本人はどうしたいわけ?」
それは私が知りたいことだった。
彼は私と夫婦を続けたいのだろうか。
「遊びだったんじゃないかと思う。私との間に離婚の話は出ていないし、林優香さんは別れを告げられたみたい」
その言葉は、思いのほか冷静だった。
自分の口から出ているはずなのに、まるで他人事のように聞こえる。
私の気持ちは、彼の行動に振り回されるうちに疲れ果ててしまっていたのかもしれない。
「いやいやいや、だからって許せるもんじゃないでしょう?」
確かにその通りだ。
「浮気は腹が立つけど、私に魅力がなかったんだろうって思ったの。最近、彼との間に温度差を感じていたし、妻への関心が薄れていくのが分かった。私はそれが夫婦というものだと思っていたけど、多分違ったのね」
「どういうこと?」
「何年も夫婦を続けていたら、新婚の頃みたいにいつまでもイチャイチャはできないでしょ?それでも、夫婦としての絆はあるし、お互いにとって大事な存在だと思っていたの。でも、彼はそうじゃなかった。だから浮気したのよね」
「クズ野郎だから浮気したのよ」
佳乃の言葉は容赦ない。
それは彼の行動に対して当然の怒りだけど、私はどこかで彼を擁護しようとしているのかもしれない。
「うん、まぁ、そうなんだけど。私も、彼に甘えたりわがままを言ったり、愛を伝えたりしなかった。だから、冷めてしまったのかもしれない。離婚になれば、それはそれで仕方がないと思ってた」
「いやいや、それ何?あなたは女神様か何かなの?慈悲深いの?釈迦か?」
「……しゃ……?」
かつてはどんな小さなことでも笑い合えたのに、今では沈黙が心地よくなっていた。
触れ合う体に温もりを求めることもなくなり、ただ互いに存在しているだけ。
それが今の私たちだった。
「で、山上さんは何か言ってきた?『私が大変』ってメッセージを送ったんでしょう?」
「そうなんだけど、とにかく電車が着きそうだったし、メッセージを送っただけで放置した。その場から逃げたいがために佳乃を頼ってしまった。ごめんなさい」
「まぁ、それはいいんだけど。その後、スマホは確認した?加奈が急に泊まるなんて、めったにないことでしょう?」
佳乃に会ってからはスマホの電源を切っていた。
考えがまとまらないうちに変なメッセージを送るわけにはいかない。
このままでは良くないと思い、斗真さんに説明する内容を考えた。
「骨折して介助が必要だから、2、3日泊まるってことでいいわね。ここから出勤すればいいし」
「分かった。骨折させちゃって悪いわね」
佳乃が怪我をしたことにして、斗真さんにメッセージを送った。
『そうか、了解。「お大事に」と伝えておいて』
思ったよりも返信があっさりしていた。
細かいことを聞かれるかと思ったのに、まるで何も気にしていないかのよう。
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