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第19話
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※斗真と佳乃が二人で飲みに行く時まで戻ります。
結城佳乃は加奈の友人だった。
加奈は俺には本音を言わず、佳乃には素直に相談しているようだった。
だから加奈との関係を修復するため佳乃を誘い何度か飲みに行った。
最初のうちは俺の浮気に対する説教がほとんどだった。
けれど、何度か会ううちにその内容は少しずつ変化していく。
「浮気してしまう男性はモテるのよね。だから浮気するんで、旦那が良い男だから当たり前なんだって諦めることも必要よ」
そう言われれば、まるで俺がモテているかのように聞こえるが、別に特別そう言うわけではない。
女性から頻繁に誘われることもないし、職場は男ばかりの場所だ。
「とはいえ、加奈を裏切ったことは事実だ。今さらなかったことになんてできない」
「でも、加奈には謝ってないんでしょう?その話を避けているって言ってたからね」
避けるさ。普通の男なら、自分の過ちをわざわざ妻に告白するなんてしない。
「駄目なのは分かってる。でも、彼女が何も言ってこないから、敢えて触れないでいる……いや、俺に覚悟がないだけかもしれない」
「……そうね。結局、あなたは加奈の気持ちよりも、自分の気持ちを優先してる」
鋭い指摘だった。図星すぎて、反論すらできなかった。
「でも、そんな曖昧な態度じゃ、いつか加奈に全部見透かされるわよ」
「わかってるさ。でも、どうすればいい?全部正直に話して、許してくれなんてそんなこと、いまさら言っても遅いだろう」
彼女はため息をついた。そして、じっと俺を見つめた。
「あなた、本当に加奈を愛してるの?」
その一言が、胸の奥に重くのしかかった。
愛しているのかと問われれば、きっと愛しているから離婚したくないと言うべきだ。だけど、最近の彼女との関係はぎくしゃくしていて、かなり俺のストレスになっていることも事実。
正直、妻のことをどう思っているのか自分でも分からない。
「……答えないのね」
冷たい視線が突き刺さる。
「そんな簡単な話じゃないんだ。愛してる、でも……」
「でも?」
彼女は言葉を待っている。
でも、俺は何を言えばいいのか分からない。ただ、今の俺と加奈の間には目に見えない壁があって、それをどうすれば壊せるのかすら分からない。
「最近は、彼女とまともに話していない。言葉を交わしても、どこかぎこちないんだ」
俺の言葉に、彼女は静かに頷いた。
「それが答えじゃない?」
「……どういう意味だ?」
「あなたは、加奈を愛しているつもり。でも、その愛が形を失っているのよ」
そうなのか?俺は、愛している「つもり」なのだろうか?
「確かに……愛の形としては、俺たちの間にはないかもしれない」
「あなたは、加奈に誠意を見せているのよね?それでも彼女の態度は軟化しない」
俺は、ああ、と頷いた。
「ずっと、妻の機嫌を窺って、好きに飲みに行くこともできず、仕事の出張ですら、妻に疑われないかと気をもんで。いつまでも弱い立場でいるのはストレスよね」
「じゃあ、俺はどうすればいい?」
「まず、自分の気持ちをちゃんと整理することね」
彼女はそう言い残し、ゆっくりとグラスを傾けた。その横顔はまるで、すべてを見透かしているようだった。
***
それから数回、佳乃に誘われ飲みに行った。
けれど彼女から頻繁にスマホにメッセージが届き、それが少し面倒になってきた。
相談したところで、加奈との関係に何ら変化は感じられないからだった。
俺は黙ったまま、氷の溶ける音を聞いていた。
「最近は加奈との会話も減ってきて、なんだか、結婚した夫婦なのかどうかもはっきりしない感じだ」
確かに、何もかもが曖昧だ。
加奈を愛しているのか?ただ、離婚したくないだけなのか?それすらも分からないまま、彼女との距離は広がっていく。
「……考える時間を持つのは悪くないわ。でも、長すぎるのは良くない。その間にお互いの気持ちが離れてしまったら?そんなことに悩むくらいなら、いっそのこともう離婚してしまった方が楽じゃない?」
「それは……」
答えが出ない。そう言おうとしたが、実際には答えを出せないでいる。
突然、佳乃が俺との距離を詰めてくる。
佳乃は右手を俺の太腿の上に置いて、体を寄せてきた。
その仕草はあまりにも自然で、しかし意図的であることは明らかだった。
「……佳乃ちゃん、何を考えてるんだ?」
彼女は微笑む。
けれど、その微笑みにはどこか挑発的なものを感じた。
「別に。ただ、あなたが少し疲れているように見えたから、慰めてあげようかなと思っただけ」
言葉の裏に隠された意味は、あまりにもわかりやすかった。
頭の中で警鐘が鳴り続ける。
「やめてくれ。俺は、そんなことをするつもりはない」
佳乃は肩をすくめる。
まるで冗談だったかのように振る舞うが、その目はまだ俺の反応を探っている。
「ふふ、そんなに真面目にならなくてもいいのに。でも、加奈とぎくしゃくしてるんでしょう?」
俺は黙った。言い返す言葉がすぐには出てこない。
「だったら、少しくらい楽になってもいいんじゃない?」
「……そんなことは考えていない」
俺の声は思ったよりも硬くなっていた。佳乃はその様子を見て、ゆっくりと笑った。
「加奈はね、なんていうか、柔軟性がないのよ。硬いというか、融通が利かないというか。正直に言えば、面白みがないでしょう?」
「そんなことは……」
「加奈と夫婦でいれば、刺激がない日々の生活。これからそれが一生続くのよ?言いたいことも言い合えない。お互いの心の内を探り合っているような関係、息が詰まるでしょう」
「何が言いたいんだ?君は加奈の友人だよね?」
「昔からそうなのよあの子。相手の気持ちを優先して自分の思いは押し殺すの。だから、山上さんが浮気をしようが何をしようが、結局は黙って耐える子なの」
彼女は意味深に微笑むと、グラスを傾ける。
俺はただ、静かに目を閉じた。
結城佳乃は加奈の友人だった。
加奈は俺には本音を言わず、佳乃には素直に相談しているようだった。
だから加奈との関係を修復するため佳乃を誘い何度か飲みに行った。
最初のうちは俺の浮気に対する説教がほとんどだった。
けれど、何度か会ううちにその内容は少しずつ変化していく。
「浮気してしまう男性はモテるのよね。だから浮気するんで、旦那が良い男だから当たり前なんだって諦めることも必要よ」
そう言われれば、まるで俺がモテているかのように聞こえるが、別に特別そう言うわけではない。
女性から頻繁に誘われることもないし、職場は男ばかりの場所だ。
「とはいえ、加奈を裏切ったことは事実だ。今さらなかったことになんてできない」
「でも、加奈には謝ってないんでしょう?その話を避けているって言ってたからね」
避けるさ。普通の男なら、自分の過ちをわざわざ妻に告白するなんてしない。
「駄目なのは分かってる。でも、彼女が何も言ってこないから、敢えて触れないでいる……いや、俺に覚悟がないだけかもしれない」
「……そうね。結局、あなたは加奈の気持ちよりも、自分の気持ちを優先してる」
鋭い指摘だった。図星すぎて、反論すらできなかった。
「でも、そんな曖昧な態度じゃ、いつか加奈に全部見透かされるわよ」
「わかってるさ。でも、どうすればいい?全部正直に話して、許してくれなんてそんなこと、いまさら言っても遅いだろう」
彼女はため息をついた。そして、じっと俺を見つめた。
「あなた、本当に加奈を愛してるの?」
その一言が、胸の奥に重くのしかかった。
愛しているのかと問われれば、きっと愛しているから離婚したくないと言うべきだ。だけど、最近の彼女との関係はぎくしゃくしていて、かなり俺のストレスになっていることも事実。
正直、妻のことをどう思っているのか自分でも分からない。
「……答えないのね」
冷たい視線が突き刺さる。
「そんな簡単な話じゃないんだ。愛してる、でも……」
「でも?」
彼女は言葉を待っている。
でも、俺は何を言えばいいのか分からない。ただ、今の俺と加奈の間には目に見えない壁があって、それをどうすれば壊せるのかすら分からない。
「最近は、彼女とまともに話していない。言葉を交わしても、どこかぎこちないんだ」
俺の言葉に、彼女は静かに頷いた。
「それが答えじゃない?」
「……どういう意味だ?」
「あなたは、加奈を愛しているつもり。でも、その愛が形を失っているのよ」
そうなのか?俺は、愛している「つもり」なのだろうか?
「確かに……愛の形としては、俺たちの間にはないかもしれない」
「あなたは、加奈に誠意を見せているのよね?それでも彼女の態度は軟化しない」
俺は、ああ、と頷いた。
「ずっと、妻の機嫌を窺って、好きに飲みに行くこともできず、仕事の出張ですら、妻に疑われないかと気をもんで。いつまでも弱い立場でいるのはストレスよね」
「じゃあ、俺はどうすればいい?」
「まず、自分の気持ちをちゃんと整理することね」
彼女はそう言い残し、ゆっくりとグラスを傾けた。その横顔はまるで、すべてを見透かしているようだった。
***
それから数回、佳乃に誘われ飲みに行った。
けれど彼女から頻繁にスマホにメッセージが届き、それが少し面倒になってきた。
相談したところで、加奈との関係に何ら変化は感じられないからだった。
俺は黙ったまま、氷の溶ける音を聞いていた。
「最近は加奈との会話も減ってきて、なんだか、結婚した夫婦なのかどうかもはっきりしない感じだ」
確かに、何もかもが曖昧だ。
加奈を愛しているのか?ただ、離婚したくないだけなのか?それすらも分からないまま、彼女との距離は広がっていく。
「……考える時間を持つのは悪くないわ。でも、長すぎるのは良くない。その間にお互いの気持ちが離れてしまったら?そんなことに悩むくらいなら、いっそのこともう離婚してしまった方が楽じゃない?」
「それは……」
答えが出ない。そう言おうとしたが、実際には答えを出せないでいる。
突然、佳乃が俺との距離を詰めてくる。
佳乃は右手を俺の太腿の上に置いて、体を寄せてきた。
その仕草はあまりにも自然で、しかし意図的であることは明らかだった。
「……佳乃ちゃん、何を考えてるんだ?」
彼女は微笑む。
けれど、その微笑みにはどこか挑発的なものを感じた。
「別に。ただ、あなたが少し疲れているように見えたから、慰めてあげようかなと思っただけ」
言葉の裏に隠された意味は、あまりにもわかりやすかった。
頭の中で警鐘が鳴り続ける。
「やめてくれ。俺は、そんなことをするつもりはない」
佳乃は肩をすくめる。
まるで冗談だったかのように振る舞うが、その目はまだ俺の反応を探っている。
「ふふ、そんなに真面目にならなくてもいいのに。でも、加奈とぎくしゃくしてるんでしょう?」
俺は黙った。言い返す言葉がすぐには出てこない。
「だったら、少しくらい楽になってもいいんじゃない?」
「……そんなことは考えていない」
俺の声は思ったよりも硬くなっていた。佳乃はその様子を見て、ゆっくりと笑った。
「加奈はね、なんていうか、柔軟性がないのよ。硬いというか、融通が利かないというか。正直に言えば、面白みがないでしょう?」
「そんなことは……」
「加奈と夫婦でいれば、刺激がない日々の生活。これからそれが一生続くのよ?言いたいことも言い合えない。お互いの心の内を探り合っているような関係、息が詰まるでしょう」
「何が言いたいんだ?君は加奈の友人だよね?」
「昔からそうなのよあの子。相手の気持ちを優先して自分の思いは押し殺すの。だから、山上さんが浮気をしようが何をしようが、結局は黙って耐える子なの」
彼女は意味深に微笑むと、グラスを傾ける。
俺はただ、静かに目を閉じた。
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