さよならまでの六ヶ月

おてんば松尾

文字の大きさ
4 / 18

3

しおりを挟む
「もし死ななかったら離婚するの?」

社務所に戻り、パソコンの前でモニターを見つめていると、いつの間にか隣に先程の男性が立っていた。

……!

「ちょ……あなた何処から……」

どう考えても不審者だ、警察を呼ばなければ!
今日に限って、誰も社務所にはいなかった。

私が電話に手を伸ばそうとしたとき、不審者が「ふっ」と息を吐いた。

急に私の体が固まった。動けない。

「……!」

言葉は出ない。まるで時間が止まってしまったようだ。

「小春は、僕を覚えていないようだけど。僕は君を覚えている」

彼はゆっくりと勝手に話し出した。

「二十数年ほど前、君が五歳の頃、僕と話をしたよ。将来は僕のお嫁さんになるって言っていた」


彼は思い出しているのかクスクス笑った。

「神にとっては時間なんて、あってないようなものだから、僕にとってはついこの間の話なんだけどね」

そんなこと覚えていない。五歳の頃の話でしょう。

「君に人間の寿命が見えるようになった時期と同じくらいだけど、覚えてない?」

そう言われれば、人の余命が見えるようになったのは五歳の頃だった。

最初は何の数字だかわからなかった。
親に言っても信じてもらえなかった。
十歳の時に叔母が事故で亡くなって、初めてその数字は余命かもしれないと思った。

「余命のことは覚えているみたいだね。僕のことは忘れられたか。残念だよ」

この人は、私の考えていることを読んでいる?

「神様だからね。ああ何でもわかるよ」

とにかく話ができるように、この硬直を解いてほしい。
金縛りだか何だか知らないけど、変な能力は使わないで。

「解いてあげるけど、ちゃんと僕の話を聞いてくれなくては駄目だ。冷静になれなければ、また口が利けないようにするよ」

「わかったわ」

あ……声が出た。

「いい子だね。小春」

彼は私の頭を撫でた。
驚いて思わず後ろにのけ反ってしまう。

「それで……神様。なぜ私のところへ?私の余命があと半年だからお迎えにいらしたのですか?」

「まぁ、そうだね。死ぬまでに色々とやっておきたいことがあるだろうと思って、君に会いに来たよ」

やっておきたいこと。

「君は、さっきの質問に答えてない。もし、余命が延びたのなら、旦那さん、拓也と離婚したの?」

「……」

いいえ。しないわ。

私は多分、拓也さんと離婚はしないだろう。

彼以外の男の人を知らない。彼以外の人を愛したことがない。

「君は拓也を愛しているんだね。僕にプロポーズしておきながら酷いもんだ」

「その、もしそれが事実だとしても、プロポーズしたとき、私はまだ子供だった。ならば子供の戯言だと思って忘れて下さい。結婚といっても神様の嫁が務まるほど、信仰心が強い人間ではありませんので」

「そうか……残念だ」

神様は本当に残念そうに軽く肩をすくめてみせた。

「拓也さんと過ごすのはあと半年です。ですから事を荒立てるつもりはありません。もし、こうだったらという、もしもの話は現実的ではありませんので考えません」

現実的も何も、神様が目の前にいることが現実的じゃないけど。
彼はハハハと笑った。

「そうだね。現実的ではない。でも僕はこうして君の側にいるからね」

「神様が私の余命を延ばしてくれるのですか?」

「先に言っておくけど、僕は情状酌量しないんだ。だって、そんなことをしたらみんな死ななくてよくなる。よみがえりで人口増え過ぎて食糧難で人類滅亡。それは無理だ」

ああ。そうよね。そんなに都合よく事は運ばないでしょう。

「でしたら、もう、そっとしておいてください。もし、なにか願いをきいて下さるというなら、死ぬときは痛くないようにお願いします」

「ああ……瞬殺希望?まぁ、あるよねそういう願い。結構死に際にお願いされることが多いよ。皆、苦しんで死にたくはないよね」

どうせ死ぬのなら、誰しも苦しんで死にたくないだろう。当たり前だ。

「どうやって死ぬのかは教えてくれないんですか?」

「ああ、それも無理。でも気が付かないうちに静かに死ぬよ。だから安心してこっちにおいで。僕のお嫁さん。待ち遠しくて仕方がない」

少なくとも私が死んだら嬉しい人が天国にいるのは確かなようだ。
おかしな話だけど、少しだけ気が楽になった。

「あと半年の命だ。悔いが残らないように」

彼はそう言って帰っていった。

なんで神様が来たのかよくわからなかった。

死期がわかってから彼はやってきた。

神だとしたら死神だろう。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

政略結婚の先に

詩織
恋愛
政略結婚をして10年。 子供も出来た。けどそれはあくまでも自分達の両親に言われたから。 これからは自分の人生を歩みたい

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

旦那様の愛が重い

おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。 毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。 他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。 甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。 本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。

さようなら、初恋

芙月みひろ
恋愛
彼が選んだのは姉だった *表紙写真はガーリードロップ様からお借りしています

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

処理中です...