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ネックレスだけ
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「邸の使用人たちは、皆マリリンが私の恋人だと思っていたのか?」
私はガブリエルに訊ねた。
彼は戦地では私の隊にいて共に戦っていた。勿論スコットの事も知っているし、マリリンの事も知っている。
「旦那様、いえ隊長。私はスコットとマリリンの事を知っていますし、戦地でマリリンが隊長の恋人ではなかったと分かっています。けれど、邸に帰ってからのマリリン親子に対する扱い方は間違いです。隊長の接し方で、使用人たちに誤解が生じても仕方がないと思います」
「まさか……私が間違えただと!」
隊で共に命を懸けた部下からも、そのような事を言われるとは思ってもみなかった。
彼は私の事を分かっている物だと思っていた。
「新しく入った使用人たちは恋人はマリリンで、奥様はお飾りだと思っているでしょう。かくいう私ですら、隊長の気持ちはマリリンにあるのだろうと思っていました」
まさか、自分だけ気が付いていなかったのか。晒し物にされたような屈辱感。
私はガブリエルに睨みつけるような眼差しを向けると、妻の部屋へ向かい足を進めた。
「ダミア、もうソフィアは荷物を運び出したのか……」
私は妻の部屋へ入り、中を見渡した。
まったく飾り気も何もない殺風景な部屋だった。
「はい。ご自分のお洋服などは持って行かれました」
「家具など大型の物はそのままだが、ドレスや、バッグや靴、宝飾品も全て運び出したのか」
「奥様がお召しになっていた高価なドレスは全てレンタルだとお聞きしています」
……レンタル?
「まさか……侯爵夫人がレンタルドレスなど、聞いた事もない。よくパーティーなどに参加していると聞いたが」
「全てレンタル品でした」
ダミアはメモを取り出すと、今までにレンタルだった物のリストを読み上げていく。
「なぜだ……」
「戦時中の貧乏性が身についているのよと、ご本人はおっしゃっていました」
恥だとは思わなかったのか!
「金がなかったわけではないだろう。私は十分に夫人の予算を渡しているつもりだが?」
ダミアもそれは知っているだろう。なぜ使わなかった。夫としての面目がない。
私に対する当てつけか!
「戦時中、我が領はけして裕福な状態ではありませんでした。ドレスや宝石などの贅沢品は必要ありませんでしたので、奥様は全て、食糧に変えられました」
食料に……自分の持ち物をすべて食糧に変えただと?
「戦時中の話ではない!私が邸に帰ってから彼女にはプレゼントを渡していただろう。誕生日にはダイヤモンドのネックレスを贈ったはずだ」
ダミアはメモ帳をめくり、ソフィアの誕生日の日の出来事を読み上げた。
◇
先月、ちょうど私が帰還して、八カ月目の事だ。
ソフィアは二十三歳になった。
「旦那様はお仕事のめどが立つからと、ソフィア様の誕生日に食事をしようとおっしゃっていました。奥様はレストランの予約はせず邸で少し豪華な食事ができればと準備されるように申されました」
そうだ。あの日は邸の食事で十分だとソフィアが言っていると聞き、店の予約はしなかった。その代わり、いつもより良い食事を用意するのと、プレゼントも値が張る物を頼んだ。
「古くから邸に仕えるコックは腕によりをかけて食事の準備をしました。その日は、偶然でしたがアーロン様がお誕生日を迎えられた日と重なりました」
「あ、あれは……仕方がなかった!マリリンがアーロンの誕生日を黙っていたのだ。気を使ってその日まで言わなかった。アーロンにとっては初めての誕生日だったのだ」
「勿論存じています。私はあった事実だけを申し上げております」
「ぷ、プレゼントにダイヤのネックレスを渡した」
「ええそうです。その日、旦那様を少し待ちますと奥様はおっしゃられて、食堂でお待ちになっていました。二時間ほどでしょうか。そしてプレゼントを執事のモーガンから受け取られました。以上です」
帰宅してすぐに、マリリンがアーロンと共に泣いていると聞いた。
何があったと訊ねると、誕生日なのだが、誰にも祝ってもらえないこの子が不憫でと泣いているのだという。
アーロンの出産時に立ち会ったにもかかわらず、忘れていた事にショックを受けた。
生まれて最初の記念すべき日だ。
何故、ソフィアと重なっていた事に気が付かなかったんだろうと、その時は自らの失態に呆れてしまった。
ソフィアには前々から準備していたダイヤのネックレスがある。でもアーロンには何も用意していなかった。
今回はアーロンと共に過ごし、また改めてソフィアの誕生日は祝おうと思った。
「奥様は旦那様から頂いたネックレスを置いて行かれました。一番上の引き出しに入っています」
私はソフィアのチェストの中を覗いた。
帰って来てから私がソフィアに渡したプレゼントが、そのまま並べてあった。
ハンドクリーム。アメジストのネックレス。ダイヤのネックレス。パールのネックレス(これは母の形見の品だった)。
これだけ?これだけだったのか……
確かに彼女の好みもあるだろうから、ドレスなどはプレゼントしていないが。ハンドクリーム以外は全てネックレスだ。
そもそも彼女はネックレスが好きだったのだろうか。
「奥様はご自分の予算を使い、ちゃんと必要な物はお買いになっていました。けれど、その額は、マリリン様の予算の十分の一にも満たないでしょう」
なんだと……私は驚きのあまり、動揺を隠せなかった。
「これは想像ですが、奥様がレストランの予約をされなかったのは、前回のように急にキャンセルになると辛いからではないでしょうか」
私はガブリエルに訊ねた。
彼は戦地では私の隊にいて共に戦っていた。勿論スコットの事も知っているし、マリリンの事も知っている。
「旦那様、いえ隊長。私はスコットとマリリンの事を知っていますし、戦地でマリリンが隊長の恋人ではなかったと分かっています。けれど、邸に帰ってからのマリリン親子に対する扱い方は間違いです。隊長の接し方で、使用人たちに誤解が生じても仕方がないと思います」
「まさか……私が間違えただと!」
隊で共に命を懸けた部下からも、そのような事を言われるとは思ってもみなかった。
彼は私の事を分かっている物だと思っていた。
「新しく入った使用人たちは恋人はマリリンで、奥様はお飾りだと思っているでしょう。かくいう私ですら、隊長の気持ちはマリリンにあるのだろうと思っていました」
まさか、自分だけ気が付いていなかったのか。晒し物にされたような屈辱感。
私はガブリエルに睨みつけるような眼差しを向けると、妻の部屋へ向かい足を進めた。
「ダミア、もうソフィアは荷物を運び出したのか……」
私は妻の部屋へ入り、中を見渡した。
まったく飾り気も何もない殺風景な部屋だった。
「はい。ご自分のお洋服などは持って行かれました」
「家具など大型の物はそのままだが、ドレスや、バッグや靴、宝飾品も全て運び出したのか」
「奥様がお召しになっていた高価なドレスは全てレンタルだとお聞きしています」
……レンタル?
「まさか……侯爵夫人がレンタルドレスなど、聞いた事もない。よくパーティーなどに参加していると聞いたが」
「全てレンタル品でした」
ダミアはメモを取り出すと、今までにレンタルだった物のリストを読み上げていく。
「なぜだ……」
「戦時中の貧乏性が身についているのよと、ご本人はおっしゃっていました」
恥だとは思わなかったのか!
「金がなかったわけではないだろう。私は十分に夫人の予算を渡しているつもりだが?」
ダミアもそれは知っているだろう。なぜ使わなかった。夫としての面目がない。
私に対する当てつけか!
「戦時中、我が領はけして裕福な状態ではありませんでした。ドレスや宝石などの贅沢品は必要ありませんでしたので、奥様は全て、食糧に変えられました」
食料に……自分の持ち物をすべて食糧に変えただと?
「戦時中の話ではない!私が邸に帰ってから彼女にはプレゼントを渡していただろう。誕生日にはダイヤモンドのネックレスを贈ったはずだ」
ダミアはメモ帳をめくり、ソフィアの誕生日の日の出来事を読み上げた。
◇
先月、ちょうど私が帰還して、八カ月目の事だ。
ソフィアは二十三歳になった。
「旦那様はお仕事のめどが立つからと、ソフィア様の誕生日に食事をしようとおっしゃっていました。奥様はレストランの予約はせず邸で少し豪華な食事ができればと準備されるように申されました」
そうだ。あの日は邸の食事で十分だとソフィアが言っていると聞き、店の予約はしなかった。その代わり、いつもより良い食事を用意するのと、プレゼントも値が張る物を頼んだ。
「古くから邸に仕えるコックは腕によりをかけて食事の準備をしました。その日は、偶然でしたがアーロン様がお誕生日を迎えられた日と重なりました」
「あ、あれは……仕方がなかった!マリリンがアーロンの誕生日を黙っていたのだ。気を使ってその日まで言わなかった。アーロンにとっては初めての誕生日だったのだ」
「勿論存じています。私はあった事実だけを申し上げております」
「ぷ、プレゼントにダイヤのネックレスを渡した」
「ええそうです。その日、旦那様を少し待ちますと奥様はおっしゃられて、食堂でお待ちになっていました。二時間ほどでしょうか。そしてプレゼントを執事のモーガンから受け取られました。以上です」
帰宅してすぐに、マリリンがアーロンと共に泣いていると聞いた。
何があったと訊ねると、誕生日なのだが、誰にも祝ってもらえないこの子が不憫でと泣いているのだという。
アーロンの出産時に立ち会ったにもかかわらず、忘れていた事にショックを受けた。
生まれて最初の記念すべき日だ。
何故、ソフィアと重なっていた事に気が付かなかったんだろうと、その時は自らの失態に呆れてしまった。
ソフィアには前々から準備していたダイヤのネックレスがある。でもアーロンには何も用意していなかった。
今回はアーロンと共に過ごし、また改めてソフィアの誕生日は祝おうと思った。
「奥様は旦那様から頂いたネックレスを置いて行かれました。一番上の引き出しに入っています」
私はソフィアのチェストの中を覗いた。
帰って来てから私がソフィアに渡したプレゼントが、そのまま並べてあった。
ハンドクリーム。アメジストのネックレス。ダイヤのネックレス。パールのネックレス(これは母の形見の品だった)。
これだけ?これだけだったのか……
確かに彼女の好みもあるだろうから、ドレスなどはプレゼントしていないが。ハンドクリーム以外は全てネックレスだ。
そもそも彼女はネックレスが好きだったのだろうか。
「奥様はご自分の予算を使い、ちゃんと必要な物はお買いになっていました。けれど、その額は、マリリン様の予算の十分の一にも満たないでしょう」
なんだと……私は驚きのあまり、動揺を隠せなかった。
「これは想像ですが、奥様がレストランの予約をされなかったのは、前回のように急にキャンセルになると辛いからではないでしょうか」
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