34 / 60
34 ムンババ大使の登場
しおりを挟む「私はカーレン国大使のムーン・ババール・ポゼッサーと申す。ソフィア様はボルナット王太子妃ステラ様の御友人であられる。今はボルナットの国民になり身分は平民ということなので、ここからはいつも通り、ソフィアと呼ばせてもらうよ」
ムンババ大使はバーナードとミラ、そして私に向かい話し出した。
「私はこの国の王太子殿下と、公私ともに仲良くさせていただいている。勿論仕事上の付き合いがあるのは当然なんだが、それ以上に友人としてだ。それ故にステラ様とも話をする機会もある。ステラ様からソフィアのことを宜しくと頼まれている。だから大使館での外国語教師の仕事もソフィアに任せた。彼女たちがこの国で苦労しないように見守るつもりでいる」
「ステラから頼まれたのですか……だから……」
なるほど大使館での仕事がすんなり決まった訳が分かった。
大使館で働く者は皆ちゃんとした身分や経歴を持っている。たいした知り合いでもない外国人を雇い入れるなんて、おかしいと思っていた。
バーナードはムンババ様の話に苛立っている。
「そんなことはどうだっていい。とにかくソフィアは国へ連れて帰る。私たちは話し合う必要がある。だが、それはこの国でなくともできるだろう。ゆっくり邸に帰ってからお互いの今後を考えていこうと言っているんだ。そもそも、ここでの生活を長く続けることが君にできるのか?収入は?持ってきた金だけでは生きてはいけないだろう」
よほど贅沢をしなければ暮らしていける。彼からの慰謝料を期待してもいない。
とにかく何もいらないから、私の前から消えて欲しかった。
「ステラ王女がこの国、ボルナットに母子専用の施設を建てる計画をされている。そこでソフィアに、その手伝いをしてもらうために、王宮へ出仕して欲しいという打診があった。今後は王宮内に住まいを移し、そこでステラ王女の側近となり仕事をしていくことになるだろう。勿論、ソフィアの考えを訊いてから返事をもらえればいいとおっしゃっていたが」
ステラが王宮で仕事をするように言っている?王宮に私を囲う?
「ステラ様が……そうですか」
私はムンババ大使の言葉の意味を考えた。
「バ、バーナード様は王宮へは来られませんよね?他国の王宮へ足を踏み入れるなんて無理です。そんな権力は持ってらっしゃいませんし、謁見を願い出たってステラ様が断られるわ」
「ミラ、少し黙っていて」
ステラは私を王宮で働かせる?私はもうあと四カ月もすれば子供が生まれる。それから少なくとも半年くらいはまともに仕事なんてできない。
今の私の身分は平民。その私の面倒を宮殿でみるというの?
ありえない。
「元夫である……バーナード。君はもう、彼女に会うことはできないだろう。あきらめて国へ帰りなさい」
「クソッ……!ソフィア!それでいいのか?一緒に帰ってはくれないのか?もう二度と私は間違いは犯さない。マリリンには騙されていただけだ。領地の者は君の帰りを待っているんだ。邸の使用人達も君のことを心配している。帰ってくることを望んでいるんだぞ!」
バーナードは悔しそうにテーブルを叩いた。
「バーナード。貴方はどうやってここの住所を知ったの?コンタンに教えてもらった?それともモーガン?ダミアかしら」
「私はここのことを調べるのに苦労したんだ。君が思っているよりずっと手間がかかった。ここの住所はその侍女の実家とメイドの手紙で情報を得て、それから調査員も使い調べたんだ。金も随分かかった」
要は邸の使用人は教えてくれなかったということだ。コンタンは言わなかった。他の者もバーナードを助けなかった。
彼の信頼は地に落ちている。
「貴方はご自分で調べられてここまでいらっしゃったのよね?ということは、コンタンやモーガンは私の居場所を教えなかった。貴方は、屋敷の者から私の居場所を聞き出せなかったということですね」
邸の使用人たちは彼を見限ったのかもしれない。
「とにかく!ソフィア様は国へは帰りませんし、ステラ様の御友人なんですからここで十分暮らしていけます。旦那様の心配には及びません」
「ミラ……」
多分ムンババ大使は私に助け舟を出してくれている。
ステラから『私を頼む』と言われたのは事実だろうけど『王宮に出仕する』というのは嘘の可能性がある。
ムンババ様は先程の会話から、妊娠をバーナードに隠していることに気が付いているだろう。
けれど彼はステラから、私の妊娠についての詳しい事情を聞いていない可能性が大きい。
万が一、ステラが司教を騙すことに手を貸した事実が知られたら、彼女に汚点が付き、ステラの王太子妃としての立場が危うくなる。
妊娠の事実をバーナードに知られるのは時間の問題だろう。それまでに私は……逃げなければならない。
急いで決断しなければ。
「ミラが言うように、私はステラの元へ行きます。宮殿に住まいを移し、そこで母子のための施設を作る手伝いをするわ。以前やっていたことだから、誰よりもその仕事の適任者だと思うし、ステラに求められているのなら私は応えるまでよ。そして、ミラ。あなたは国に帰りなさい。これは命令よ。王宮への出仕に侍女はついてこれないの。私が働くためにメイドがついてきたらおかしいでしょう?私は平民なんだし」
ミラはハッと驚いて、急に泣き出しそうな顔になる。
ここで情に流されてしまっては駄目だ。少なくとも私の居場所を話してしまうミラは、お腹の子のことも黙っていられないと思う。
「バーナード、ミラは国に帰るわ。そして私はステラの元に行きます。もう、バーナード、貴方とは二度と会わない。領主であるなら領民たちのことを一番に考えて。私を探すことに時間を取られて、領地は人任せにしているのなら、それは間違った行動よ。領民たちからの信頼を完全に失う前に、自分で取り戻す努力をするべきだわ」
領民を飢えさせないために、私がどれだけ尽くしていたかバーナードは知らないだろう。
領主であるならその職務を全うし、領地を発展させて領民たちを幸せにする義務がある。
私が領地に帰ったら自分の立場が良くなるだろうと考えること自体が怠慢だ。
良い人間関係を築けるように努力し、自身の成長を促進するべきなのに分かっていない。
そこに私に対する愛はない。
今の彼は自分の為に行動しているだけ。自己中心的な思考が極端になり、他人の視点を全く考慮できてない。
5,138
あなたにおすすめの小説
あなただけが私を信じてくれたから
樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。
一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。
しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。
処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。
殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。
和泉鷹央
恋愛
雪国の祖国を冬の猛威から守るために、聖女カトリーナは病床にふせっていた。
女神様の結界を張り、国を温暖な気候にするためには何か犠牲がいる。
聖女の健康が、その犠牲となっていた。
そんな生活をして十年近く。
カトリーナの許嫁にして幼馴染の王太子ルディは婚約破棄をしたいと言い出した。
その理由はカトリーナを救うためだという。
だが本当はもう一人の幼馴染、フレンヌを王妃に迎えるために、彼らが仕組んだ計略だった――。
他の投稿サイトでも投稿しています。
わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~
絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい
高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。
だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。
クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。
ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。
【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】
あなたへの愛を捨てた日
柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。
しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。
レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。
「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」
エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる