旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾

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35 私の決意

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『今は引くが、必ずまたここに来るからな!』バーナードはそう言って帰っていった。

ムンババ大使はバーナードが出て行くまでずっと一緒にいて下さった。

ミラは憔悴しきっている。

なんとか彼女をなだめ、私はバーナードから逃げるために王宮へ行くと告げた。
必ず手紙を書くからと言い、困ったことがあれば連絡する、ステラに任せれば私は大丈夫だと説得した。

それからムンババ大使と二人だけで話がしたいからと、彼女に席を外してもらった。






私は大使に、迷惑をかけたことを謝り、助かりましたとお礼を言った。

「ムンババ大使がいて下さったおかげで、彼も無茶をせずに、帰ってくれたのだと思います」

ムンババ様は頷いた。

「彼は自己愛が強いタイプだな」

昔のバーナードは違った。
もっと領主らしく、正義感に溢れ指導力や統率力に長けた、能力のある人だった。

「君がかなり困った様子だったのでここにいたが、彼をこのままにしていると危険だ」

バーナードの憤った姿を目の当たりにした。

「私は彼にとって元妻ではなく、敵になってしまったようです」

「逃げるのが一番だが……やっかいだな」

関わらないようにしたいが、彼が追ってくる。そして話は通じない。



私は正当な方法で離婚していない。それが今、自分自身の首を絞めている。
そしてお腹に彼の子供がいる。自分一人の体ではないから無茶はできない。

だからといって、関係のない皆を巻き込むわけにはいかない。

「ムンババ大使。先程のステラの話ですが、ステラから私のことを、どこまでお聞きになっていますか?」

「王太子妃からは、君が友人で、離婚してこの国に来ていると聞いた。自分は簡単に王宮から外に出られないから、ソフィアの様子を知らせて欲しいと頼まれた」

「そうですか」

お腹の子供のことはステラからということだろう。

「面接の時、大使は確か『ご主人はどうしているか』とお尋ねになりました」

彼はフッと苦笑いした。

「すまないな。君にその質問をして、どう答えるかで、訳があるのかどうかを判断した。子供がいるが離婚している。そして私にそのことを正直に話さなかった。確か、この子の父親は外国にいると言っていたな」

「申し訳ありませんでした。正直に話せませんでした」

「つまり話せなかったということは、理由があるということだ」

私は黙ってしまう。全てを彼に話してしまっていいのだろうか。

考え込んでしまい、気まずい沈黙が続く。ムンババ様はその沈黙を埋めようとはしなかった。

時間が過ぎる。

「大丈夫だ。私は待っているから、ゆっくり考えて説明してほしい」

彼は急かさず、そう一声かけてくれた。

ムンババ大使は、感情に振り回されず、周りを思いやることができる大人な男性だ。


私は意を決し、話し始めた。

今までにあったこと、問題や恥ずかしい話も包み隠さず伝えた。

彼はまっすぐ私を見て真剣に話を聞いた。

「……そうか」

彼は相槌を打った。



「ソフィア。君がとった行動は、その時の精一杯だったんだろう。それが間違っていたかどうかを考えるより、この先どうするかを決めるのが先だな」

「はい」

「君は、先程バーナードの目の前で、侍女を祖国へ帰すと言った。わざとあの場で、言ったのではないかと思ったのだが……」

発する言葉の裏側にある本質を、彼は聞き分けていたようだ。

「今回私の居場所が特定された原因は、ミラです。彼女は私を大切に思ってくれています。けれど嘘がつけない。ですから敢えてバーナードの前でミラを国へ帰すと言いました」

「彼女が国へ帰れば、これから先の君の情報が外部に漏れないと考えたんだな」

今後ミラから情報が得られないと思えば、彼女は用済みになるだろう。ミラは彼女の実家へ帰そう。
今まで尽くしてくれた感謝は忘れない。
今後彼女が生活していくのに十分な謝礼を渡そう。

共に過ごしてきた侍女に首宣告をする酷い主人だろう。

けれどミラと一緒に行動するのはハイリスクだ。

「情報が漏れないようにする為と言いますか……」

正しくは情報を錯綜させるつもりだった。漏れても大丈夫な状況にする。




私は話を変えた。

「ムンババ大使が先ほど言われた、ステラが私を王宮に呼んでいるという話は事実ではないでしょう」

大使は、おやっ?という風に少し驚いた顔を見せる。

「すまない。あの場で彼を引き下がらせるいい手段が他に思いつかなかった」

やはりそうかと頷きムンババ大使の説明を待った。

「王宮だったら、彼は簡単に中には入れない。それに君は慈善事業で母子の為の施設を立ち上げたと聞いている。この国にも今後、必要になる良い施設だと思う。実際ステラ妃も母子施設の建設を考えていらっしゃる」

確かに慈善事業は王室の仕事の一つだ。でも、妊婦で平民で他国の国民だった私を、王宮に住まわせることは難しいだろう。

「ありがとうございます。けれど今、私はそのような大きな仕事ができる体ではありません。ステラが概要を知っているので、本当に必要ならば、彼女が慈善活動の一環としてすると思います」

「そう……なのだろうが。まぁ、そうだな」

「女性のための基金を立ち上げたり、マザーハウスに全面的に協力してくれていたのは、他でもないステラですから」

ムンババ様は眉間にしわを寄せ「王太子殿下がその考えに納得すればいいが」と呟いた。

王太子とステラの夫婦関係に、なにか含むところがありそうだと思った。
けれど王室の詳しい内情を外部に漏らすことはできないだろう。

「ステラにも手紙を書きます。落ち着いたら皆にも連絡します」

「落ち着いたら?」


「私は王宮へは行きません。この国を出ます」

彼は私の言葉にハッとする。

「それは、良い考えではない。まず、ステラ妃に相談すべきだ」

ムンババ大使は早まった行動をとるなと言いたげだった。

「ステラの……王太子妃のお立場を考えてのことです」

彼は険しい表情だったが、しばらく考えている。

「王宮へ行くと言ったのは、ミラとバーナードにステラ様の傍にいると思わせるためか」

「はい。そうです」


「……だが、行く当てはあるのか?」

『行く当ては……ない』

けれど私は「あります」とムンババ大使に頷いた。



私はもう誰にも迷惑をかけず、私一人で行動しようと決意していた。


「大使。お世話になりました。本当にありがとうございました」

そして私は深く頭を下げた。



母親になるということは強くなるということだ。

私は必要最低限の荷物を鞄につめ、ステラから離婚を決意した時に貰った大事な宝石を握りしめる。

これがあれば何とか生きられるだろう。

そして思い切りよく立ち上がった。

私はお腹の子と一緒に絶対に幸せになってみせる。

ミラは嘘がつけない正直者だ。だからもし、国に帰って彼女が私の居場所を聞かれたら王宮だというだろう。
彼女が事実だと思っていることがフェイクなら、きっと相手は混乱する。

余計なことを深読みさせて相手を欺き、絶対バーナードから逃げ切ってみせる。


私は、完全に皆の前から消息を絶つ。


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